銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】LAMB/ラム

映画日誌’22-38:LAMB/ラム
 

introduction:

アイスランドの人里離れた場所に住む羊飼いの夫婦が、羊から産まれた羊ではない「何か」を育てる様を描いたスリラー。監督は『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』などの特殊効果を担当、本作が長編デビューとなるヴァルディミール・ヨハンソン。『プロメテウス』『ミレニアム』シリーズなどのノオミ・ラパスが主演・製作総指揮を務めた。第74回カンヌ国際映画祭のある視点部門で「Prize of Originality」を受賞。(2021年 アイスランドスウェーデンポーランド)
 

story:

アイスランドの山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、羊の出産に立ち会うと「羊ではない何か」が産まれ、二人はその存在を“アダ”と名付けて育てることにする。子どもを亡くしていた二人にとって、"アダ"との家族生活は大きな幸せをもたらすが、それはやがて彼らを破滅へと導いていく。
 

review:

問題作を次々と世に放り出す「A24」配給の北欧映画だ。少々迷ったが、とりあえず押さえておこうという気持ちで観に行った。アイスランドの広大な自然に抱かれるように暮している羊飼いの夫婦が、羊から産まれた羊ではない何かに死んだ娘の名前をつけて育て始める実に奇妙な物語は、カンヌ国際映画祭で上映されると観客が騒然としたそうだ。
 
そもそも、そんな異形のものをすんなりと受け入れている時点で夫婦の精神状態が危ぶまれる。のちにその理由が明らかになるのだが、あとからやってきた第三者である弟が「それ」は「人間ではない」ことを繰り返し訴えるも、やっと手に入れた幸せを壊してくれるなと逆ギレするし、子どもを返せと言わんばかりに鳴き続ける母親羊に銃口を向けたりする。
 
しかしアダちゃんが何ともかわいらしく、訝しがっていた弟も、観ている我々も存在を受け入れてしまう。半身が羊という異形はなんとなくキリスト教における悪魔を連想するが、本来その役回りは山羊。おそらくギリシャ神話に登場する半人半獣の精霊サテュロスあるいは牧羊神パンがモチーフと思われ、それは自然の豊穣の化身であり、欲情の塊、男根を意味する。
 
つまりアイスランド大自然を背景に、生殖と性、人間のエゴを描いた寓話なのだろう。その顛末は虚しさすら覚えるが、禁忌とされるもの、超自然的なものをエゴで侵してしまったことの報いなのか、それともただの因果応報なのか。それにしても、最後のアレは映し方なり演出がもうちょっと何とかならなかったんだろうか。弟の使い方にも勿体無さがあり。まあ、観て損するものでもないけど必ず観なくてもいいかな・・・。
 

trailer:

【映画】秘密の森の、その向こう

映画日誌’22-37:秘密の森の、その向こう
 

introduction:

『燃ゆる女の肖像』で各国の映画賞を総なめにしたセリーヌ・シアマが監督・脚本を手がけた人間ドラマ。娘・母・祖母の3世代をつなぐ「喪失」と「癒し」の物語を紡ぎ出す。本作が映画初出演となるジョセフィーヌ・サンスとガブリエル・サンスの姉妹が主演。カミーユ』などのニナ・ミュリス、『サガン -悲しみよ こんにちは-』などのマルゴ・アバスカルらが共演する。2021年・第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品。(2021年 フランス)
 

story:

8歳のネリーは、森の中にぽつんと佇む祖母の家を両親とともに訪れる。大好きだった祖母が亡くなり、母が少女時代を過ごした家を片付けることになったのだ。しかし、何を見ても祖母との思い出に胸を締め付けられる母は耐えかね、ついに家を出ていってしまう。残されたネリーはかつて母が遊んだ森を散策するうちに、母と同じ名前「マリオン」を名乗る同じ歳の女の子と出会う。親しくなった彼女の家に招かれると、そこは“おばあちゃんの家”だった。
 

review:

一言で言うと宮崎駿アニメのフランス実写版である。監督自身が「駿ならどうするかしら」と考えながら作ったらしいので、然もありなん・・・。静謐なタッチで描かれる、ジブリの森のファンタジー。聞こえてくるのは風の音、虫の音、水の音。美しい森に抱かれて、睡魔に襲われる人も多いだろう。
 
画集や絵本をめくるような映像世界が好きでなければ、何の抑揚もない退屈なドラマに映るかもしれない。しかし実際は、73分という短い尺に良質なドラマが凝縮されている。一切の無駄を削ぎ落とし、多くを語らない寡黙な脚本だが、雄弁に物語る演出や構成が見事。役者の繊細な演技も相まって、説明がなくとも大体の事情を察することができる。
 
祖母が身体だけでなく精神的な問題を抱えていたのではないか。そのための葛藤によって、母マリオンは少女時代を過ごした家と向き合うことが耐え難かったのではないか。勝手な想像が頭を駆け巡る。母と娘のあいだには、他人には分からない葛藤やわだかまりがあったりするものだ。
 
8歳のマリオンとネリー、最初は見分けがついたのに、だんだん見分けがつかなくなっていく。演者が双子だからではなく、おそらく監督が意図したものではないかと推測する。その後、成長していくマリオンはどんな気持ちで子どもを産んだのだろう。冒頭に比較的時間をかけて描かれる、友達のような母娘関係の描写に思いを馳せる。心に染み入る、良作であった。
 

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【映画】靴ひものロンド

映画日誌’22-36:靴ひものロンド
 

introduction:

ニューヨーク・タイムズ」2017年「注目の本」に選出されたドメニコ・スタルノーネの小説「靴ひも」を、『ワン・モア・ライフ!』『ローマ法王になる日まで』などで知られるイタリアの名匠ダニエレ・ルケッティが映画化した家族ドラマ。『幸福なラザロ』『おとなの事情』などのアルバ・ロルヴァケルと『閉ざされた雪国』などのルイジ・ロ・カーショが壮年期、『息子の部屋』などのラウラ・モランテ、『ボローニャの夕暮れ』などのシルヴィオオルランドが老年期の夫婦を演じた。(2020年 イタリア/フランス)
 

story:

1980年代初頭のナポリ。ラジオ朗読のホストを務めるアルドと妻ヴァンダ、アンナとサンドロの二人の子どもたちの平穏な日々は、アルドの浮気により一変する。家族の元を去り愛人と暮らす父アルド、衝突を繰り返す両親、壊れていく母ヴァンダの姿を見つめながら子どもたちは育っていくが、数年後、ふとしたきっかけで家族は再び共に暮らし始める。そしてさらに月日は流れ、老齢のアルドとヴァンダは夏のバカンスへ出かけるが、帰宅すると家はひどく荒らされ飼い猫が失踪していた。
 

review:

家族4人の穏やかな暮らしが、夫であり父親であるアルドの告白で一変する。まるで他人事のように浮気を告白する男。自分で背負いたくない罪の意識を相手に背負わせるタイプのロクデナシである。自分勝手な父親がクソすぎて本当に不愉快、観にきたことを後悔するレベルで不愉快なんだが、何故か目が離せない。
 
そんなロクデナシに未練がましくすがりつく妻であり母親のヴァンダ、演じるアルバ・ロルヴァケルの掴みどころのないムードがますます不穏な気持ちにさせる。子どもを顧みず、どんどん破滅的になっていく精神的に不安定な母親にイライラして、これまた観にきたことを後悔するレベルで苛立つんだが、何故か目が離せない。
 
両親の激しい諍いや壊れゆく母親の姿を目の当たりにし、子どもたちは両親の顔色を伺いながら、母親がいるナポリと父親と愛人が暮らすローマを行き来する。子どもたちの成長や精神状態にものすごく悪影響なのでは・・・と心配しつつ、いびつな、そして長い長い家族のストーリーに引き込まれていった。
 
ひとつの事象がそれぞれの視点で描かれる羅生門的アプローチが取られており、時系列が入れ子になっているが登場人物の髪型や装いで時代が分かるようになっているため迷子になることはない。そして少しずつ真相や家族の本音が明らかになっていく。何もかもがひたすら不愉快なんだが、見せ方がうまくて目が離せなくなるのだ。
 
もつれてしまった家族の絆は、父が息子に教えた特徴的な靴紐の結び方がきっかけで修復に向かう。が、子どもたちが成長した姿に、家族を裏切った父親や自分しか愛せない母親が彼らにどんな影響を与えたのか突きつけられ、思いがけない顛末に苦笑。なかなかの怪作であった。「家族」という実に厄介なもの、業の深さよ。人間怖い。
 

trailer:

【映画】デリシュ!

映画日誌’22-35:デリシュ!
 

introduction:

フランス革命前夜の18世紀フランスを舞台に、世界で初めてレストランを作った男の実話をもとに描く人間ドラマ。フランスで長く脚本家としてのキャリアを積んだ『ブルー・レクイエム』などの脚本家エリック・ベナールが監督を務めた。『グッバイ・ゴダール!』や『オフィサー・アンド・スパイ』などのグレゴリー・ガドゥボワ、『記憶の森』でセザール賞主演女優を受賞したイザベル・カレらが出演する。(2020年 フランス/ベルギー)
 

story:

1789年、革命直前のフランス。宮廷料理人のマンスロンは、公爵主催の食事会で創作料理「デリシュ」にジャガイモを使ったことで貴族たちの反感を買って解雇され、息子を連れて実家に戻ることに。もう料理はしないと決めていたが、ある日料理を学びたいという女性ルイーズが彼のもとを訪ねてくる。彼女の熱意に負けたマンスロンは、次第に料理への情熱を取り戻し、やがて二人は世界で初めて一般人のために開かれたレストランを開店する。
 

review:

美食の国フランスで、世界初の「誰でも入れる」レストランをつくった男の物語である。時は18世紀、フランス革命前夜。宮廷料理人のマンスロンが、ジャガイモを使った創作料理を主人である公爵主催の食事会に出し、クビになるところから始まる。当時、料理人は伝統的な料理をひたすら複製することが求められていたそうだ。主体性や創造性などを発揮することなど考えられない時代に創作料理を出すこと自体好ましくないが、それ以上にジャガイモを使ったことが貴族や僧侶の怒りを買っている。
 
ジャガイモは豚のエサであって食用ではなかった。それだけでなく、教会によってハンセン病などをもたらすと断定されていた地中の作物であり、ジャガイモやトリュフは悪魔の産物と考えられていたそうだ。えええ、美味しいのに。トリュフ味のポテトチップスはたしかに悪魔の食べ物だけども。当時の貴族と聖職者は、空(天国)に近い「神聖な食べ物」を信じており、牛より鳩だし、地中のジャガイモを食べるなどとんでもない話だったのだ。マンスロン、クビやむなし。
 
というわけで料理への情熱を失い実家に戻ったマンスロン。やたら賢い息子ベンジャミンと故郷の友人ジャコブとともに家業(どうやら旅人や馬が休む宿場)を再開して細々と暮らし始めるも、弟子入り希望の謎の女性ルイーズに押し掛けられ、気が付いたら料理人魂に火がつき世界初のレストラン開業しちゃってた。というお話だが、これがフランス革命と共に訪れる「食の革命」なのである。貴族と庶民が同じ場所で食事をすることなど考えられなかった時代に、誰でも自由に出入りできる場所をつくり「食の平等」をもたらしたのだ。
 
この感動的なエピソードをやや寡黙な語り口で紡ぎ出す。説明が過ぎない控えめな脚本と演出、程よく散りばめられたユーモアのバランスがよい。マンスロンはもちろん息子ベンジャミンや友人ジャコブ、少しずつ素性が明らかになるルイーズなど、いずれの登場人物にも人間味があり好感が持てる。そして18世紀フランスの庶民の暮らしやうつろいゆく季節の描写が、匂いや温度まで伝わってくるようで素晴らしいのだ。何よりマンスロンが作る料理が本当に美味しそう。美味しそうな映画はいい映画。お腹は空くが、心が満たされる良作であった。
 

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【映画】NOPE/ノープ

映画日誌’22-34:NOPE/ノープ
 

introduction:

ゲット・アウト』『アス』などのジョーダン・ピールが監督、脚本、製作を務めたサスペンススリラー。田舎町の空に突如現れた謎の飛行物体をめぐって、動画撮影に挑む兄妹がたどる運命を描く。『ゲット・アウト』でもピール監督と組んだダニエル・カルーヤ、『ハスラーズ』などのキキ・パーマー、『ミナリ』などのスティーヴン・ユァンのほか、マイケル・ウィンコット、ブランドン・ペレアらが出演する。(2021年 アメリカ)
 

story:

ハリウッド近郊の田舎町で広大な牧場を経営するヘイウッド家。ある日、家業をサボって街に繰り出す妹エメラルドにうんざりする長男OJが父親と言葉を交わしていると、突然空から異物が降り注ぎ、それによって父親が命を落としてしまう。OJは父親が死の直前、雲に覆われた巨大な飛行物体のようなものを目撃していたことを妹に話し、彼らはそれを動画に収めてネット上に公開することを思いつく。撮影技術者に声をかけて撮影を始めた彼らに、想像を絶する事態が待ち受けていた。
 

review:

"Nope"は"no"を強調して返事するときに使うスラングだそうだ。なかなかヤバい映画である。とりあえず妹のエメラルドがうるさくて癪に障る。IMAXだと度を超えてうるさいので要注意。そしてジョーダン・ピール、相変わらず間延びするテンポが少々退屈で睡魔が襲ってくる。しかも尺が長い。個人的にあんまり相性のよくない監督ではある。が、総じて面白かった(どっちだ)。
 
ジョーダン・ピールは、『ゲット・アウト』『アス』など風刺を利かせた作風のサスペンススリラーで知られる。いずれも人種差別を鋭く描き、主要な登場人物はアフリカ系で占められ、今作もメインキャストはアジア系を含めた有色人種が占める。ジョーダン・ピールは今回そこに、ハリウッドや映画業界に蔓延る搾取の構図を取り込んだ。
 
作中に「The Horse in Motion(動く馬)」という世界初とされるクロノフォトグラフィーが登場する。貴重な歴史的資料として保管されており、馬の名前や馬主の名前は記録されているが、馬にまたがっている黒人の名は残っていないという。その末裔を名乗るヘイウッド兄妹が、映画業界の仕事を失うところから物語が始まる。
 
そこに、映画業界から使い捨てされたアジア系子役であるジュープが登場する。彼はかつて『ゴーディ 家に帰る』というテレビ番組で人気を博したが、出演中に凄惨な事件が起きる。チンパンジーの意味が分からなかったという書き込みを多く見かけたが、チンパンジーとの一件は、おそらくジュープの自己過信を産んだ。起立した靴は、その奇跡(と思い込まれたもの)を象徴するものと思われる。
 
作品冒頭に登場する「わたしはあなたに汚物をかけ、あなたを辱め、あなたを見せ物にする」という旧約聖書の引用が示唆している通り、調教され、見せ物にされるチンパンジーや馬は白人社会で虐げられてきた有色人種のメタファーなのだろう。そしてかつて「見せ物」にされ、搾取されてきた側の人間たちが、「見せ物」で一攫千金を狙う。全体に漂うB級感にうっかり惑わされそうだが、実は物凄くえげつない構図の物語なのである。
 
B級SF映画的、不条理な展開が笑いを誘うが、ジョーダン・ピールがこの作品で描こうとした核心が分かってしまうと、何とも言えない不穏な気持ちになる。そしてその上で、もう一度確認しに行きたくなる。間延びしたテンポが苦手だから私はもう観ないけどな。んで、妹がゲイの設定いる・・・?無理やり本筋に全く影響ないLGBT文脈入れなくてよくない・・・?ってちょっと思ったのは内緒だ。
 

trailer:

【映画】ブレット・トレイン

映画日誌’22-33:ブレット・トレイン
 

introduction:

グラスホッパー」などで知られる伊坂幸太郎による「殺し屋シリーズ」の第2作「マリアビートル」を、『アトミック・ブロンド』『デッドプール2』デビッド・リーチ監督がブラッド・ピット主演でハリウッド映画化したクライムアクション。『キスから始まるものがたり』シリーズなどのジョーイ・キング、『キック・アス』『TENET テネット』などのアーロン・テイラー=ジョンソン、『エターナルズ』『ゴジラvsコング』などのブライアン・タイリー・ヘンリーのほか、真田広之マイケル・シャノンらが共演する。(2022年 アメリカ)
 

story:

世界一運の悪い殺し屋レディバグ。彼が新たに請けたミッションは、東京発の超高速列車“ゆかり号”でブリーフケースを盗み、次の駅で降りるという簡単な仕事のはずだった。ブリーフケースを手に入れることはできたが、疾走する車内で次から次へと殺し屋たちに命を狙われ、降車するタイミングを逃してしまう。列車はレディバグと殺し屋たちを乗せたまま、世界最大の犯罪組織のボス、ホワイト・デスが待ち受ける終着点・京都へ向かって加速していく。死闘を繰り広げる中、やがて殺し屋たちとの過去の因縁が浮かび上がり...
 

review:

ブレット・トレインとは新幹線のこと。日本の新幹線"ゆかり"号を舞台に、ブラッド・ピット演じる世界一運の悪い殺し屋が乗り合わせた殺し屋たちに命を狙われるストーリーだ。実に荒唐無稽、期待したほどではなかったが馬鹿馬鹿しくておもしろかった。実は伊坂幸太郎を読んだことがないのだが、彼が影響と受けているというクエンティン・タランティーノの風味もあり、なかなかの怪作。というかトンデモ映画。
 
そして敢えてリアリティを排してデザインされたであろうフィクションの「日本」が非現実世界に誘ってくれるのがよい。『ブレードランナー』で描かれた日本人街のようなサイバーパンク感、ヤクザ映画やカワイイ文化が散りばめられている。東京駅はそうじゃねぇーとツッコミつつ、東京2020パラリンピックのマスコットキャラクターソメイティにそっくりな「モモもん」の可愛くなさが妙にリアルだったりする。
 
伏線回収や謎が解かれていくようなカタルシスはないし、各キャラクターの掘り下げ方も足りないし賛否両論だが、ギャグ映画として肩の力を抜いて楽しんだらいいんじゃないだろうか。何ならもっとB級に振り切ってもいいくらいだ。肩の力が抜けたブラピが良いし、レモン&タンジェリンのコンビがいい味出してる。「キムラ」の日本語が棒読み過ぎて興醒めする一方で、ヤクザの親分たちの英語が堪能過ぎる。駅前留学でもしたのかな・・・。劇場で観た人は公式サイトのネタバレを読めばよろし。
 
ネタバレになるので細かいことは書けないが、『ロストシティ』を観た人にはご褒美があるよ。
 

trailer:

【映画】スワンソング

映画日誌’22-32:スワンソング
 

introduction:

引退したヘアメイクドレッサーが、亡き親友に最後のメイクを施すための旅に出るロードムービー。監督は本作の舞台となったアメリカ・オハイオ州サンダスキー出身のトッド・スティーヴンス。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『異端の鳥』などのウド・キアが主演を務め、『キューティ・ブロンド』シリーズなどのジェニファー・クーリッジ、『シングル・オール・ザ・ウェイ』などのマイケル・ユーリー、『トム・ホーン』などのリンダ・エヴァンスらが共演する。(2021年 アメリカ)
 

story:

アメリカ・オハイオ州サンダスキー。ゲイとして生き、ヘアメイクドレッサーとして活躍した「ミスター・パット」ことパトリック・ピッツェンバーガーは、最愛のパートナーであるデビッドを早くにエイズで亡くし、現在は老人ホームでひっそりと暮らしている。そんなパットのもとに、思わぬ依頼が届く。それはかつての顧客で、町の名士だったリタ・パーカー・スローンの「死化粧はパットに頼んでほしい」という遺言だった。すっかり忘れていた生涯の仕事への情熱、親友でもあったリタへの複雑な思いに、パットの心は揺れるが...
 

review:

「ミスター・パット」ことパトリック・ピッツェンバーガーは実在の人物がモデルなんだそうだ。監督のトッド・スティーブンスは17歳の時にオハイオ州サンダスキーのゲイクラブでミスター・パットが踊っているのを見て衝撃を受け、いつか彼を題材に映画を撮ろうと思い続けたとのこと。自身もゲイであるスティーブンス監督は、エイズが蔓延した1990年の時代から現在に至るゲイカルチャーを真摯に見つめ、愛ある作品を完成させた。
 
スワンソング』は、急速に消えていくアメリカの“ゲイ文化”へのラブレターなのだ。クィアであることが以前よりずっと受け入れられてきた矢先に、昔栄えていたコミュニティが、あっという間に社会の中に溶けてなくなっていく。同化作用とテクノロジーのおかげで、“ザ・ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー”のような小さな町のゲイバーは消えていく運命にある。『スワンソング』を、忘れ去られたすべてのホモセクシャルのフローリストと美容師たちに捧げよう。彼らがゲイコミュニティを築き、私たちの多くが今日までしがみついてきた権利のための道を切り開いてくれたのだ。だが、何よりも、私にとってこれは、もう一度生きるのに遅すぎることは決してないということを教えてくれる映画なのだ。
 
映画としては少々散漫でまとまりがないのが残念。中盤で少しだけ退屈してしまったが、老人ホームを無一文で抜け出したのに過去の遺産でいろんなものを手に入れ、過去の栄光を取り戻していく描写が面白い。少しずつ、彼がかつて街中の尊敬を集め、また、時代に翻弄された存在だったことが浮き彫りになっていく。
 
パットは旅の途中で多くの人と出会い、親友リタの死と向き合うことで、過去の自分と向き合い、最後に自分の人生を完成させる。まさに「スワンソング」である。ラース・フォン・トリアー作品の常連であり『アイアンスカイ』『異端の鳥』といった異色作で強烈な個性を放ってきたドイツ出身の俳優ウド・キアの仕事が素晴らしい。エンドロールでは席を立たず、最後まで観てほしい。
 

trailer: