銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】博士と狂人

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映画日誌’20-41:博士と狂人
 

introduction:

初版発行まで70年以上の歳月を費やし、世界最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」の誕生に貢献した二人の天才の実話を綴ったノンフィクション小説「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」を映画化。『パッション』『ハクソー・リッジ』など監督としても活躍する俳優メル・ギブソンが、アカデミー賞主演男優賞を二度受賞している名優ショーン・ペンと初共演を果たした。監督はギブソン監督作『アポカリプト』の共同脚本を手掛けたP・B・シェムラン。『JUKAI-樹海-』などのナタリー・ドーマー、『おみおくりの作法』などのエディ・マーサンらが共演している。(2018年 イギリス,アイルランド,フランス,アイスランド)
 

story:

19世紀。貧しい家に生まれ、学士号を持たない異端の言語学者マレーは、オックスフォード大学で英語辞典編纂計画の中心にいた。大英帝国の威信をかけ、シェイクスピアの時代まで遡りすべての言葉を収録するという無謀なプロジェクトが困難を極める中、編纂室に大量の資料を送ってくる協力者が現れる。それは殺人を犯し、精神病院に収監されていたアメリカ人の元軍医マイナーだった。世界最大の辞典づくりという壮大なロマンを共有し、二人は固い絆で結ばれていくが...
 

review:

メル・ギブソンショーン・ペンが初共演と言われると食指が動く。メル・ギブソンと言えば初代マッドマックス、初代「最もセクシーな男(米People誌)」、そして『ブレイブハート』で映画監督としても認められ『パッション』で賛否両論を巻き起こし、その後プライベートでDV問題だのいろいろあってハリウッドセレブ歴代一位の離婚慰謝料とか払ってるけど、俳優としても監督としても復帰できてよかったね。ショーン・ペンはアカデミー主演男優賞に何度もノミネートされ、『ミスティック・リバー』『ミルク』で2度の主演男優賞受賞というハリウッドを代表する名優であるが、マドンナと結婚して離婚したあとに飲酒運転と暴行で実刑判決受けてるって。二人ともアカンがな。
 
さて、本作は世界最大・最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」通称OEDの誕生秘話を記したサイモン・ウィンチェスターの「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」が原作となっている。世界中の多様な英語の用法を記述するだけでなく、英語の歴史的発展をも辿っており、学者や学術研究者に対して包括的な情報源を提供しているOED。俺たちの辞書Wikipediaによると「OED第2版の解説本文を含めた5900万に及ぶ単語を一人の人間がすべてキー入力するのには120年、さらに校正するのに60年かかるという。また、電子データ化して保存しようとすると540メガバイトの容量が必要」とのこと。世界に冠たる辞典の礎を築いたのは、“異端の学者”と“殺人犯”だった、という何ともドラマチックな実話だ。
 
遅々として進展しない英国オックスフォード大学の辞書編纂事業にテコ入れするべく、新たに編纂長として白羽の矢が立ったのが、貧しい生い立ちで高等教育を受けず、独学で多数の言語を極めたジェームズ・マレー。彼は過去の文学や文献からその単語の用例を採取し、語彙の変遷を辿ろうとしたのだが、その方法が画期的だった。全国民に協力を呼びかけ、民間人ボランティアの助力により多くの用例、語彙の収集に成功したのだ。おお、ブレイクスルー。イノベーションパラダイムシフト(語彙力)。そしてその呼びかけに応じて大量の稀少用例を送りつけてきたのが、南北戦争で心に深い傷を追い、妄想による精神錯乱から誤殺人を犯してイギリスの精神病院に収監されていたアメリカ人の元軍医ウィリアム・チェスター・マイナーだった、というわけである。
 
メル・ギブソンがマレーを、ショーン・ペンがマイナーを演じているのだが、難しい役どころは全部、憑依型のショーン・ペンがよくがんばった。昔の精神病院の治療こわい。壮大な辞書編纂作業のスケール感も含めて、ドラマとしては見応えがあり総じて面白かった。が、辞書づくり、友情、贖罪、家族愛、ロマンスって、ちょっと盛り込みすぎね・・・。ロマンス要らないのではって思うけど、ロマンスがないと、あの衝撃的なシーンが成り立たない。ジレンマだなと思いつつちょっと調べてみると、どうやら映画的演出のフィクションも多そう。少々ドラマが過ぎるところはあるし、もうちょっと違うアプローチもあったんじゃないかと思うけど、個人的には観て良かった。言葉や辞書に興味がある人はぜひ。
 

trailer: 

【映画】異端の鳥

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映画日誌’20-40:異端の鳥
 

introduction:

ナチスホロコーストから逃れるため田舎に疎開した少年が、差別と迫害に争いながら生き抜く姿と、異物である少年を徹底的に攻撃する”普通の人々”を赤裸々に描いた問題作。自身もホロコーストの生き残りである、ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」を原作に、チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督が11年の歳月をかけて映像化した。新人のペトルコトラールが主演を務め、ステラン・スカルスガルドハーヴェイ・カイテルウド・キアーなどの名優たちが共演している。第76回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門でユニセフ賞を受賞した。(2019年 チェコ,ウクライナ,スロヴァキア)
 

story:

東欧のどこか。ユダヤ人が迫害されていた戦時下、ホロコーストを逃れて疎開した少年は、近隣の子どもたちから暴力を受け苛められている。しかも預かり先である一人暮らしの叔母が病死してしまい、その上、火事で家屋が焼け落ちて行き場を失ってしまう。家に帰るため、少年はたった1人でさまよい歩き続けることに。行く先々で彼を異物とみなす人間たちから迫害され、酷い仕打ちに遭いながらも、なんとか生き延びようと懸命にもがき続けるが...
 

review:

とんでもない映画を観てしまった。今年観た映画のなかで、おそらく最も強烈で衝撃的だった。10月に公開されて割とすぐに観たのだが、なかなか咀嚼できずに1ヶ月近く放置してしまった。昨年のヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で上映されると途中退場者が続出したが、同時に10分間のスタンディングオベーションを受け、『ジョーカー』以上に話題を集めたそうだ。
 
原作は、自身もホロコーストの生き残りであるポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した代表作「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」。ポーランド社会主義国では発禁書となり、作家自身も後に謎の自殺を遂げた“いわくつきの傑作”だ。チェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル監督は3年をかけて17のバージョンのシナリオを用意し、資金調達に4年をかけ、主演のペトルコトラールが自然に成長していく様子を描くため撮影に2年を費やし、最終的に計11年もの歳月をかけて映像化した。
 
本作では、舞台となる国や場所を特定されないよう、人工言語「スラヴィック・エスペラント語」が採用されている。3時間の映画でたった9分しか会話はないそうだが、35mmの白黒フィルムで撮影されたシネマスコープの凄まじい映像美が雄弁に、心に直接語りかけてくるようだ。「私は断固として哀れみを避け、使い古された決まり文句、搾取的なメロドラマ、人工的な感情を呼び起こすような音楽を排除しようとした。絶対的な静寂は、どんな音楽よりも際立ち、感情的に満たされる。」とヴァーツラフ・マルホウル監督が語っている。
 
第二次大戦中、ナチスホロコーストから逃れるために田舎に疎開した少年が差別と迫害に抗いながら生き抜こうとする姿と、異物である少年を攻撃する “普通の人々” による ”ありとあらゆる暴力” が、徹底したリアリズムで描かれる。ナチによるホロコーストのエピソードは登場するものの、本作のメインテーマではない。民俗宗教だろうとキリスト教だろうとナチズムだろうと共産主義だろうと、誰ひとりとして少年を救おうとしない。異質なものである少年を排除したうえで、搾取する。
 
スクリーンに映し出される、現代文明とは程遠い迷信と風習に生きる、粗野で野蛮な民衆の姿は、ずっと遠い昔の遠い世界のことのように思える。中盤以降、ナチやソ連兵が登場して初めて、第二次世界大戦中であることを思い出して戸惑う。しかし、ここで描かれている人間の本質は今も何ら変わっていないし、少年の地獄めぐりで描かれる “普通の人々” による ”ありとあらゆる暴力” は、今も世界中にある。正視に耐えがたいほどショッキングな場面に目を覆いたくなるのは、暴力描写の残虐性だけではない。その暴力があまりにも本質的で、普遍的であることに気付いて愕然とするのだ。
 
もし、この作品を観るつもりならば、途中で目をそらしたとしても、必ず最後まで観ることだ。大切なことは、人間の潜在的な暴力性に晒され、小さな身体に深い闇を刻まれ続ける少年の地獄めぐりを見届け、その証人となることだ。原作者のイェジー・コシンスキは、自伝小説だと語っていたものが創作だったとして非難を浴びたが、だとしても、この物語は無二の傑作だろう。そして11年もの歳月をかけて、絶望的なまでに美しい映像作品へと昇華させたヴァーツラフ・マルホウル監督の偉業に感謝したい。
 

trailer:

【映画】マティアス&マキシム

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映画日誌’20-39:マティアス&マキシム
 

introduction:

『わたしはロランス』『たかが世界の終わり』などのグザヴィエ・ドランが監督と脚本を務めたラブストーリー。友情と恋愛感情のあいだで揺れ動く幼馴染みの2人の葛藤を描き出す。『トム・アット・ザ・ファーム』以来6年ぶりにドラン自身が出演し、『Mommy マミー』などのアンヌ・ドルバル、『キングスマン ファースト・エージェント』などのハリス・ディキンソンらが共演する。2019年第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。(2019年 カナダ,フランス)
 

story:

ともに30歳のマティアスとマキシムは、5歳からの幼馴染。ある日、一緒に参加したパーティーで、友人の妹らが監督する短編映画で男同士のキスシーンを演じることになってしまう。その思いがけない出来事をきっかけに、2人は秘めていたお互いの気持ちに気づき始める。美しい婚約者がいるマティアスは、思いもよらない空いてに芽生えた感情に戸惑いを隠しきれず、一方のマキシムはこれまでの友情が壊れてしまうことを恐れ、思いを封印したままオーストラリアに旅立つ準備をしていた。別れの日が目前に迫るなか、抑えることができない本当の思いを確かめようとする2人だったが…。
 

review:

今月あまりにも忙しくて会社から働きすぎだぞ♡って怒られたりしていたので、この作品を劇場で観賞してから2週間以上放置していた。そのため記憶が薄れていることを前置きしておくが。
 
いいか。『わたしはロランス』以来、美しき天才グザヴィエ・ドランをウォッチングしてきた”そこそこ”ファンとして気に食わないところが2点あるぞ。ひとつはグザヴィエ・ドランが美しくないことだ。そしてもうひとつは、作品全体がガチャガチャと煩いことだ。
 
おそらく、どちらも監督の意図だろう。ドラン演じるマキシムの冴えないヘアスタイルと野暮ったいファッションとだらしない身体は、弁護士として颯爽と働くマティアスのスマートな佇まいと実に対照的だ。ガチャガチャと煩いパーティーの喧騒は、マティアスとマキシムのあいだに流れる静寂を際立たせる。
 
これまでの作品でも用いられてきた、いかにもグザヴィエ・ドランらしい演出を盛り込みながら、新しい表現にも取り組む。挑戦的でたいへんよろしい。が、展開のもどかしさにモヤモヤする苛立ちも監督の計算づくだとして、あのラストシーンに全てが集約されているとしてもだ、た、退屈〜!!!
 
たしかに時折ハッとするような美しい映像表現もあったが、これまでの作品と比べるとそれほどでも。音楽の使い方も少々マンネリを感じるし、無駄な描写が多い印象。行間を読めっていうタイプの監督だけど、読めねぇー、読めねぇよ。ドランの瑞々しい感性と圧倒的な美学で描かれる、ヒリヒリとした高揚感はどこへ・・・。という訳で、次回作に期待。
 

trailer:

【映画】TENET テネット

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映画日誌’20-38:TENET テネット
 

introduction:

ダークナイト』シリーズ、『インセプション』『インターステラー』などで知られる鬼才クリストファー・ノーラン監督が、オリジナルの脚本で描くサスペンスアクション。〈時間のルール〉から脱出し、第三次世界大戦を止めるというミッションを課せられた”名もなき男”が、危険を冒しながら任務を遂行するさまを描く。主演は、名優デンゼル・ワシントンの息子で、スパイク・リー監督『ブラック・クランズマン』などのジョン・デヴィッド・ワシントン。『トワイライト』シリーズなどのロバート・パティンソンエリザベス・デビッキマイケル・ケインケネス・ブラナーなどが共演する。7か国を舞台に、70ミリフィルムのIMAXカメラで撮影された。(2019年 アメリカ)
 

story:

ウクライナのオペラハウスで、テロ事件が勃発。特殊部隊員として館内に突入した「名もなき男」は、仲間を救うため身代わりとなって捕えられるが、自白を拒み自殺用の薬物を飲んでしまう。しかし、その薬は何故か鎮痛剤にすり替えられていた。昏睡状態から目覚めた彼は、フェイと名乗る男からミッションを告げられる。それは未来からやってきた敵と戦い、第三次世界大戦を防いで世界を救うというものだった。未来を変えるという謎のキーワード「TENET(テネット)」を与えられた「名もなき男」は、人類滅亡の危機に立ち向かうが...
 

review:

イギリス、ロンドンのウェストミンスター生まれの50歳。ロンドン大学でイギリス小説を学ぶ傍ら、短編映画を撮り始める。弟のジョナサン・ノーランが書いた短編を原案にした『メメント』で注目を集め、その後の代表作は『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』『ダンケルク』、そして『TENET テネット』である。私も『メメント』以来、クリストファー・ノーランという鬼才に驚きと感動を与えられてきた。
 
とりわけ『ダークナイト』は、アメコミに全く興味がなくマーベル作品をほぼ観たことがなかった私にとって、驚異的な作品だった。バットマンであるブルース・ウェインの心に巣くう恐怖、葛藤と苦悩を織り交ぜながらストーリーに重みと影を持たせつつ、善悪や正義を超越した闇のヒーローの美学を鮮やかに描き出し、アメコミに全く興味がなくマーベル作品をほぼ観たことがなかった私の心を鷲掴みにしたのである。
 
そして『インターステラー』、SF映画の金字塔のひとつと言っても過言ではない。ゴリゴリのSF映画でありながら、時空を超えた父娘の愛が人々の胸を打った。ブラックホールとかワームホールとか特異点とか5次元なんなのもう、というレベルの人から、ハードなSFファンまで虜にする、クリストファー・ノーランの映像世界。ほとんどの監督がデジタルカメラで撮影する時代においてフィルム撮影にこだわり続けているが、それがIMAXカメラなのがミソである。そしてIMAXの臨場感、没入感を最大限に発揮させるべく、極力CGを使わず「本物」を使用することで有名だ。
 
『TENET テネット』公開にあたり、ノーラン監督の過去作品があちこち上映されていた。『インターステラー』をIMAXレーザー/GTテクノロジーで観たという人々の感嘆の声に押され、苦手な池袋の街に行く決心をする。だってIMAXレーザー/GTテクノロジーのシアターは国内に二館しかないのよ。仕方ないのよ。169分の長丁場に備え、贅沢にもプレミアムクラスで鑑賞したが、一片の悔いなし。IMAXレーザー/GTテクノロジーで観る『インターステラー尊い。生きてるうちに観れて本当に良かった・・・(合掌)
 
さて、『インターステラー』の上映を待っていたそのとき、唐突にIMAXのフルスクリーンでオペラハウスに突入する特殊部隊の映像が流れ始めた。あれよあれよと映像に引き込まれて驚いていると、『TENET テネット』の予告編であった。えーん、IMAXレーザー/GTテクノロジーで予告編観てしまったら、本編もIMAXレーザー/GTテクノロジーで観るしかないやんけ!!と言うわけで、世界中のIMAXにおける『TENET テネット』の公開4日間のオープニング成績の中で第1位を達成した池袋・グランドシネマサンシャインのチケット争奪戦に参加することに。
 
0時に販売開始だが、ぜんぜんつながらねー。諦めてお風呂に入り、0:45頃サイトを覗いてみるとプレミアムクラスのど真ん中が一席だけポッカリと空いている。おそらく販売開始と同時にポチれたけど、最終的に買わなかった人がいたのだろう。熾烈な争いが繰り広げられている間その人にホールドされていたため、誰も気付かなかったのだろう。これは、年間十数万円を映画館に落とす私への、映画の神様からのプレゼントだろう。日曜日の夜という家族団欒タイムだったが、家人の冷たい視線を振り切ってチケットを購入。(穏やかな性格の家人がフテ寝するという事件が起きる。)
 
長い長い前置きの末、『TENET テネット』がどうだったかって?そんなの愚問である。「なんかよくわかんないけど、すげーおもしろかったし、すげー映画観た」以上である。考えるな、感じろ。って、TENETの謎を説明する科学者のお姉さんも言ってた。ちなみに、難解だ難解だってみんなが言うので少しだけ予備知識を入れて観たため、物語の仕組み自体は理解した。それでも展開に脳味噌がついていかない。ニールお前何者。いや、考えるな、感じろ。って自分に言い聞かせる。でも、退屈する暇はない。本当にすごいなと思うのは、わからなくても楽しめるクリストファー・ノーランの映像の力である。IMAXで観たほうがいいのか?という問いに対して答えると、クリストファー・ノーランIMAXで観てって言ってるから、そうしてあげて。と言うしかない。そ、そのうち、もう一回くらい観てあげてもいいかな・・・。
 

trailer:

【映画】メイキング・オブ・モータウン

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映画日誌’20-37:メイキング・オブ・モータウン
 

introduction:

スティービー・ワンダーマービン・ゲイジャクソン5などを輩出し、2019年に創設60周年を迎えた音楽レーベル「モータウン」の歴史や名曲誕生秘話を、創設者のベリー・ゴーディが親友のスモーキー・ロビンソンと旧交を温めながら説き明かしていくドキュメンタリー。ゴーディが初めて密着を許可した取材映像、関係者や著名人の回想や証言も交えた貴重なエピソードの数々から構成される。監督は『アイ・アム・ボルト』などのベンジャミン・ターナーとゲイブ・ターナー。(2019年 アメリカ,イギリス)
 

story:

1959年、ベリー・ゴーディJr.が家族から借りた800ドルを資金にタムラ・レーベルをスタートさせたことから、モータウンの歴史は始まる。ミラクルズ、テンプテーションズダイアナ・ロススプリームス、フォー・トップス、スティーヴィー・ワンダーマーヴィン・ゲイジャクソン5などの楽曲が全米No.1ヒットを連発し、やがて黄金期を迎える。人種やジェンダーに捉われない組織づくりの裏には、かつてゴーディが働いていた自動車工場の組み立てラインをヒントに、ダンスやエチケットも含め徹底した教育体制が敷かれていた。特にクオリティ・コントロールと呼ばれた品質管理会議は、ソングライターやプロデューサーたちの競争心を煽り、ブランドに磨きをかけていく。
 

review:

モータウンは、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト発祥のレコードレーベルである。スティーヴィー・ワンダーマーヴィン・ゲイ、ミラクルズ、テンプテーションズダイアナ・ロス&スプリームス、フォー・トップス、ジャクソン5マイケル・ジャクソンなど、音楽史に名を残すアーティストを輩出し、世界の音楽に影響を与え続けている。ちなみに、映画『ドリーム・ガールズ』の”カーティス”は、モータウン創業者のベリー・ゴーディJr.がモデルだ。
 
引退を表明したベリー・ゴーディJr.が初めて密着取材を許可したとのことで、親友で戦友のスモーキー・ロビンソンとともに思い出を振り返るスタイルでモータウンの歴史が説き明かされていく。当然、ゴーディおよびモータウンの功績を称えるものになっており、幼いスティーヴィーやマイケルの才能を発見したときの彼らの驚き、マービン・ゲイの”what's going on”が誕生した背景、ゴーディとダイアナ・ロスとの恋の始まりが微笑ましく語られたりする一方で、『ドリーム・ガールズ』でビヨンセ演じるディーナにグループを追い出されたエフィのモデル(と言われている)「スプリームス」のメンバーだったフローレンス・バラードの件などは一ミリも出てこない。
 
と言う訳で、モータウンが「とってもいい感じ」に語られているという側面はあるものの、少なからずモータウンの音楽に触れた者として、道なき道を切り開いたパイオニアたちの物語にしびれた。モータウン・レコードがなぜデトロイトなのか、なぜそこに類稀れな才能が集まったのか、そしてその才能を最大限に引き出し、世界に認知させることに成功したのか、駆け足で語られていく。人種やジェンダーに分け隔てのない社風、風通しのよい品質管理会議によって、アーティストやプロデューサーたちが互いによい刺激を受け合い、組織全体のポテンシャルが底上げされていくさまは、現代のビジネスパーソンにも刺さるだろう。特にスタートアップは全員観ろである。
 
そしてモータウンの一番の功績は、音楽の力によって分断した社会をひとつにしたことである。彼らは黒人のための”黒人音楽”ではない、という認識のもと、自分たちの音楽を白人、ひいては世界中の人々に受け入れられるものへと昇華させていった。よく、マイケル・ジャクソンの前と後、という風に語られるが、モータウンが地盤をつくったことは間違いない。スモーキー・ロビンソンモータウンによる文化的影響について以下のように語っている。
 
——1960年代には音楽活動だけでなく歴史を変えていることにまだ気付いていなかった。しかし曲が世界中に知れ渡るようになって気が付いた。私たちが架けた橋は、音楽において人種問題などの壁を取り除くことに気付いた。私はこの時代を生きて気付いた。モータウン初期に南部へ行っていたら観客は差別されただろう。その後モータウンの音楽が広がり、観客は差別されることなく、子供たちは手を取り合って踊っていた。
 
このドキュメンタリーを通して、モータウンがなぜイノベーションを起こせたのか、目の当たりにすることができる。なのでモータウンの音楽に触れたことがあれば絶対観ろだし、モータウンの音楽を知らなくてもスタートアップは全員観ろである。そして、まさかの”モータウン社歌”にしびれるがいいよ。
 

trailer:

【映画】スペシャルズ!政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話

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映画日誌’20-36:スペシャルズ!政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話
 

introduction:

最強のふたり』などのエリック・トレダノオリヴィエ・ナカシュの監督コンビが、社会からはじかれた子どもたちを救おうと奮闘する男たちの実話を映像化。『たかが世界の終わり』でセザール賞にノミネートされたフランスの名優ヴァンサン・カッセルと、『ゼロ・ダーク・サーティ』『永遠のジャンゴ』などのレダ・カテブが主演するほか、本物の介護者と自閉症の若者、その家族たちがキャスティングされている。スペインのサンセバスチャン映画祭で観客賞に輝き、セザール賞では9部門にノミネートされた。(2019年 フランス)
 

story:

自閉症の青少年を支援する団体<正義の声>を運営しているブリュノ。どんな問題を抱えていても断らないため、各所で見放された子どもたちで施設はあふれ、ブリュノは朝から晩まで大忙しだ。この施設では、ブリュノの友人マリクが運営する団体<寄港>で教育されたドロップアウトした若者たちが働いている。社会からはじかれた子どもたちをまとめて救おうとしている二人だったが、無許可で赤字経営の<正義の声>に監査が入ることになり、施設閉鎖の危機に迫られてしまう。

 

review:

原題に「!」と説明臭いサブタイトルをつけたことで、映画を台無しにしている邦題が本当にダサすぎる。どうしてこうなる。監督コンビの前作『最強のふたり』の鼻につくヒューマニズムが苦手だったけど、フランスの名優ヴァンサン・カッセルにつられて鑑賞。思いがけず良作だった。ぜひ、監督の前作のイメージと、邦題の胡散臭さに目を瞑って、この社会問題に関心を寄せて欲しい。
 
ブリュノが運営する「正義の声」は、受け入れ先がない重度の自閉症スペクトラムの子どもたちをケアしている。それを支えるのは、ブリュノの友人マリクが運営している、社会からドロップアウトした若者たちを社会復帰させる団体<寄港>で教育を受けた若者たちである。しかし施設は無認可で赤字経営だ。しかも、<寄港>からやってくる支援員は無資格。監査局の調査が入ることになり、不適切な組織だと判断されれば閉鎖させられてしまうという。
 
一口で自閉症スペクトラムと言っても、その症状は十人十色で、重度軽度の度合いも幅広い。そして、重度の子どもたちが一般の施設や病院、社会でどのような扱いを受けているのかまざまざと見せつけられ、多くの支援を必要とする重度の人ほど公的支援からこぼれ落ちてしまう矛盾を突きつけられる。鳴り止まないブリュノの携帯電話が、その問題の根深さを物語っているようだ。
 
彼らには<TOP GAN CLUB>のステファン・べナム、<Relais Lle de France>のダーウド・タトウというモデルがおり、その事実に基づいて淡々と、しかしテンポよく描かれている。わざとらしい、お涙頂戴の演出はなく、ヒューマニズムの押し付けもない。社会からこぼれ落ちてしまった若者たちを無償の愛で支えようとしているのが、カトリックでもプロテスタントでもない、どちらかと言えば対立関係にあるユダヤ教徒イスラム教徒である点も興味深い。様々なことを考えさせられる作品だった。
 

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【映画】mid90s ミッドナインティーズ

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映画日誌’20-35:mid90s ミッドナインティー
 

introduction:

マネーボール』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などで知られる実力派俳優ジョナ・ヒルが、気鋭の映画スタジオ「A24」とタッグを組み、制作した青春ドラマ。自身の半自伝的な脚本を手掛け、初監督を務めた。主演は『ルイスと不思議の時計』『聖なる鹿殺し』などのサニー・スリッチ。『ファンタスティック・ビースト』シリーズのキャサリン・ウォーターストン、『スリー・ビルボード』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のルーカス・ヘッジズらが共演する。(2018年 アメリカ)
 

story:

1990年代半ばのロサンゼルス。シングルマザーの家庭で育った13歳のスティーヴィーは、力の強い兄のイアンに全く歯が立たず、早く大きくなって見返してやりたいと願っている。そんなある日、街のスケートボード・ショップに出入りする少年たちと知り合ったスティーヴィーは、驚くほど自由でクールな彼らに憧れを抱く。大事にしていたラジカセと交換してまで、兄イアンが使い古したスケートボードを手に入れ、そのグループに近付こうとするが...
 

review:

最近はちょっと細めの太め俳優ジョナ・ヒルが「A24」と組んで映画を撮ったと。彼は元々脚本家志望で、クリント・イーストウッド監督の『運び屋』に製作として参加している。そこに興味はあったが、スケートボードカルチャーの匂いがしたので、やっぱあんま興味ないわと思って敬遠しようとした。が、1990年代に多感な時期を過ごした世代の心を鷲掴みにしているらしいと聞き、映画館に足を運ぶ。私の青春にスケートボードカルチャーが入り込む余地は一ミリもなかった。と言いたいところだが、高校生のときvansのスリッポン持ってたねぇ・・・。
 
21世紀に入って20年が経ち、世紀末のファッションやカルチャーがリバイバルしているらしい。1990年代と一括りにされるが、当然ながらいろんなレイヤーがあった。スケーターやヒップホップファッションを取り入れたストリートファッションが流行り、渋谷を起点としたギャル文化が花開く。一方そのころ原宿では、裏原系やパンクファッション、ネオDC系やKawaii文化が生まれていた。ちなみに、自意識を盛大にこじらたサブカル女子として1990年代を過ごした私はフレンチカジュアルに傾倒し、そのまま真っ直ぐ大人になったのでリバイバルとか関係ない。ずっとそうなのだ。永遠のオリーブ少女なのだ(キモい)。オリーブ読んでなかったけどな。
 
さて、昇竜拳だの波動拳だの、男子が「ストII」に夢中だった90年代。スーパーファミコン、カセットテープ、ストリートカルチャー。ライフスタイルがデジタル化される最後の時代だから、インターネットなんてない。情報収集も必死である。年上の兄弟がいればそこが情報源になるので、必然的に持ち物を漁るし、雑誌やCDをパクる。スティーヴィーはカルチャーの中心にいる世代を見上げ、憧れるしかないのだ。わかる、わかるよ。手にできる情報が圧倒的に少ないので、目に見える世界がすべてだ。他の価値観なんて知らない。社会のルールから逸脱していようと、その狭い世界の中で「クール」だと認められたくて、背伸びをしたいのである。
 
そのヒリヒリとした、思春期の心象風景を美しい映像と音楽で紡いでいく。本作は"90年代"の雰囲気と感覚を再現するため、全編16mmフィルムにこだわって撮影したそうだ。アスペクト比も4:3のスタンダードサイズだ。そして、ナイン・インチ・ネイルズのフロントマン、トレント・レズナーが音楽を手掛けるほか、ニルヴァーナピクシーズモリッシー、シール、ファーサイド、ア・トライブ・コールド・クエストなど、1990年代のヒット曲で彩られている。
 
なんだろうな。よく分からない感情がこみ上げて、心の奥のほうが痺れた。モリッシーの ”We'll Let You Know” を、その場面で、その尺で使うのね。もうそれだけで、ノックアウトされてしまった。押し付けがましくないメッセージ、多くを語り過ぎない脚本の塩梅が良い。ストリートスケートボーディングの聖地 ”ウエストLAコートハウス” のシーンも印象深い。数々の伝説的なビデオに登場し、のちにNIKEが買収して正式にスケートパークとなったが、かつては違法なスケーターやホームレスなどが入り乱れる場所だったという。音楽と人とカルチャーが混ざり合う90年代のLAのストリートを、余すところなく映し出したジョナ・ヒル。素晴らしい作品だったと思う。

 

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