銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】デリシュ!

映画日誌’22-35:デリシュ!
 

introduction:

フランス革命前夜の18世紀フランスを舞台に、世界で初めてレストランを作った男の実話をもとに描く人間ドラマ。フランスで長く脚本家としてのキャリアを積んだ『ブルー・レクイエム』などの脚本家エリック・ベナールが監督を務めた。『グッバイ・ゴダール!』や『オフィサー・アンド・スパイ』などのグレゴリー・ガドゥボワ、『記憶の森』でセザール賞主演女優を受賞したイザベル・カレらが出演する。(2020年 フランス/ベルギー)
 

story:

1789年、革命直前のフランス。宮廷料理人のマンスロンは、公爵主催の食事会で創作料理「デリシュ」にジャガイモを使ったことで貴族たちの反感を買って解雇され、息子を連れて実家に戻ることに。もう料理はしないと決めていたが、ある日料理を学びたいという女性ルイーズが彼のもとを訪ねてくる。彼女の熱意に負けたマンスロンは、次第に料理への情熱を取り戻し、やがて二人は世界で初めて一般人のために開かれたレストランを開店する。
 

review:

美食の国フランスで、世界初の「誰でも入れる」レストランをつくった男の物語である。時は18世紀、フランス革命前夜。宮廷料理人のマンスロンが、ジャガイモを使った創作料理を主人である公爵主催の食事会に出し、クビになるところから始まる。当時、料理人は伝統的な料理をひたすら複製することが求められていたそうだ。主体性や創造性などを発揮することなど考えられない時代に創作料理を出すこと自体好ましくないが、それ以上にジャガイモを使ったことが貴族や僧侶の怒りを買っている。
 
ジャガイモは豚のエサであって食用ではなかった。それだけでなく、教会によってハンセン病などをもたらすと断定されていた地中の作物であり、ジャガイモやトリュフは悪魔の産物と考えられていたそうだ。えええ、美味しいのに。トリュフ味のポテトチップスはたしかに悪魔の食べ物だけども。当時の貴族と聖職者は、空(天国)に近い「神聖な食べ物」を信じており、牛より鳩だし、地中のジャガイモを食べるなどとんでもない話だったのだ。マンスロン、クビやむなし。
 
というわけで料理への情熱を失い実家に戻ったマンスロン。やたら賢い息子ベンジャミンと故郷の友人ジャコブとともに家業(どうやら旅人や馬が休む宿場)を再開して細々と暮らし始めるも、弟子入り希望の謎の女性ルイーズに押し掛けられ、気が付いたら料理人魂に火がつき世界初のレストラン開業しちゃってた。というお話だが、これがフランス革命と共に訪れる「食の革命」なのである。貴族と庶民が同じ場所で食事をすることなど考えられなかった時代に、誰でも自由に出入りできる場所をつくり「食の平等」をもたらしたのだ。
 
この感動的なエピソードをやや寡黙な語り口で紡ぎ出す。説明が過ぎない控えめな脚本と演出、程よく散りばめられたユーモアのバランスがよい。マンスロンはもちろん息子ベンジャミンや友人ジャコブ、少しずつ素性が明らかになるルイーズなど、いずれの登場人物にも人間味があり好感が持てる。そして18世紀フランスの庶民の暮らしやうつろいゆく季節の描写が、匂いや温度まで伝わってくるようで素晴らしいのだ。何よりマンスロンが作る料理が本当に美味しそう。美味しそうな映画はいい映画。お腹は空くが、心が満たされる良作であった。
 

trailer: