銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】スワンソング

映画日誌’22-32:スワンソング
 

introduction:

引退したヘアメイクドレッサーが、亡き親友に最後のメイクを施すための旅に出るロードムービー。監督は本作の舞台となったアメリカ・オハイオ州サンダスキー出身のトッド・スティーヴンス。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『異端の鳥』などのウド・キアが主演を務め、『キューティ・ブロンド』シリーズなどのジェニファー・クーリッジ、『シングル・オール・ザ・ウェイ』などのマイケル・ユーリー、『トム・ホーン』などのリンダ・エヴァンスらが共演する。(2021年 アメリカ)
 

story:

アメリカ・オハイオ州サンダスキー。ゲイとして生き、ヘアメイクドレッサーとして活躍した「ミスター・パット」ことパトリック・ピッツェンバーガーは、最愛のパートナーであるデビッドを早くにエイズで亡くし、現在は老人ホームでひっそりと暮らしている。そんなパットのもとに、思わぬ依頼が届く。それはかつての顧客で、町の名士だったリタ・パーカー・スローンの「死化粧はパットに頼んでほしい」という遺言だった。すっかり忘れていた生涯の仕事への情熱、親友でもあったリタへの複雑な思いに、パットの心は揺れるが...
 

review:

「ミスター・パット」ことパトリック・ピッツェンバーガーは実在の人物がモデルなんだそうだ。監督のトッド・スティーブンスは17歳の時にオハイオ州サンダスキーのゲイクラブでミスター・パットが踊っているのを見て衝撃を受け、いつか彼を題材に映画を撮ろうと思い続けたとのこと。自身もゲイであるスティーブンス監督は、エイズが蔓延した1990年の時代から現在に至るゲイカルチャーを真摯に見つめ、愛ある作品を完成させた。
 
スワンソング』は、急速に消えていくアメリカの“ゲイ文化”へのラブレターなのだ。クィアであることが以前よりずっと受け入れられてきた矢先に、昔栄えていたコミュニティが、あっという間に社会の中に溶けてなくなっていく。同化作用とテクノロジーのおかげで、“ザ・ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー”のような小さな町のゲイバーは消えていく運命にある。『スワンソング』を、忘れ去られたすべてのホモセクシャルのフローリストと美容師たちに捧げよう。彼らがゲイコミュニティを築き、私たちの多くが今日までしがみついてきた権利のための道を切り開いてくれたのだ。だが、何よりも、私にとってこれは、もう一度生きるのに遅すぎることは決してないということを教えてくれる映画なのだ。
 
映画としては少々散漫でまとまりがないのが残念。中盤で少しだけ退屈してしまったが、老人ホームを無一文で抜け出したのに過去の遺産でいろんなものを手に入れ、過去の栄光を取り戻していく描写が面白い。少しずつ、彼がかつて街中の尊敬を集め、また、時代に翻弄された存在だったことが浮き彫りになっていく。
 
パットは旅の途中で多くの人と出会い、親友リタの死と向き合うことで、過去の自分と向き合い、最後に自分の人生を完成させる。まさに「スワンソング」である。ラース・フォン・トリアー作品の常連であり『アイアンスカイ』『異端の鳥』といった異色作で強烈な個性を放ってきたドイツ出身の俳優ウド・キアの仕事が素晴らしい。エンドロールでは席を立たず、最後まで観てほしい。
 

trailer: