銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】マリウポリの20日間

映画日誌’24-22:マリウポリ20日

introduction:

ロシアによるウクライナ侵攻開始から、マリウポリ壊滅までの20日間を記録したドキュメンタリー。監督は、ウクライナ東部出身でAP通信社のビデオジャーナリスト、ミスティスラフ・チェルノフ。エフゲニー・マロレトカと、ワシリーサ・ステパネンコの3人の報道チームで命がけのマリウポリ包囲戦の取材を敢行し、チェルノフが現地から配信したニュース、彼らが撮影した戦時下のウクライナマリウポリ市内の映像をもとにドキュメンタリーを完成させた。第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。取材チームは2023年ピューリッツァー賞公益賞が授与されている。(2023年 ウクライナアメリカ)

story:

2022年2月、ロシアがウクライナ東部ドネツク州の都市マリウポリへの侵攻を開始。これを察知したAP通信ウクライナ人記者ミスティスラフ・チェルノフは、仲間とともに現地に向かう。ロシア軍の容赦のない攻撃によって水や食料の供給、通信が遮断され、瞬く間にマリウポリは包囲されていく。海外メディアが次々と撤退していくなか、チェルノフたちはロシア軍に包囲された市内に留まり、犠牲になる子どもたちや遺体の山、産院への爆撃などロシアによる残虐行為を命がけで記録し、世界に発信し続けた。やがて取材班も徐々に追い詰められていき、彼らは滅びゆくマリウポリと戦争の惨状を全世界に伝えるため、ウクライナ軍の援護によって市内から決死の脱出を試みる。

review:

2022年2月、人々を震撼させるニュースが世界を駆け巡った。ロシアがウクライナ東部の都市マリウポリへの侵攻を開始したのだ。街は戦火に晒され、民家はもちろん病院や大学まで標的になり、恐怖に震え泣き叫ぶ人々のニュース映像を、信じられない気持ちで眺めていた。もちろん、アフガニスタンやシリア、イスラエルパレスチナなど世界には紛争が続いている地域が他にもあり、ウクライナだけではない。ただ、ウクライナの女性たちの爪に施された美しいネイルが、昨日までの「当たり前の」生活を物語っているようで、戦争や紛争が遠い世界のことではなくなったのを覚えている。

世界を駆け巡ったこれらの映像を撮影したのが、ウクライナ東部出身のAP通信社の記者ミスティスラフ・チェルノフだ。仲間ともにマリウポリ包囲戦の取材を敢行し、ロシア軍の蛮行と市民の惨状を克明に記録。そして今回、ドキュメンタリーとして完成させたのだ。時系列で構成され、いつ、どこで撮影されたのか明確なので、街が戦争という病に冒されていく様子がありありと伝わってくる。同時に、戦場での取材や報道がどのようにおこなわれていたのか、彼らが発信する情報が世界にどのような影響を与えていったのかが分かる構成になっており、ドキュメンタリーとして非常に優れている。

犠牲になる子どもたち、女性たちの姿に涙が止まらない。医者が「これを撮れ、そしてプーチンに見せろ」と何度も言う。ひたすら見るに耐えない光景が映し出されるが、これはフィクションではないのだ。取材班のカメラは、懸命に勤めを果たそうとする医療従事者たちの姿を伝える一方で、略奪する市民の姿すら映し出す。略奪に遭った商店の女主人が「人々は動物になってしまった」と嘆き、まともな市民は「どうかしている」と怒りをあらわにする。「(戦争のもとでは)善人はひたすら善行をおこない、悪人はとことん悪行に走る」という言葉が胸に刺さる。戦争は人間の本質を炙り出す。私もまともでいられるだろうか。

取材班の息遣いやカメラアングルが、彼らの極限の精神状態や、死と隣り合わせの緊迫した状況を生々しく伝えてくる。否が応でも、戦争を体感せざるを得ない。当時ニュースで流れていた映像の数々は、こんな風に命がけで撮影されたものだったのだ。そして、その光景を鮮明に覚えているということは、あまりにもショッキングで脳裏に焼き付いていたということだ。気を確かにしていないと心が押し潰されてしまいそうで、涙ながらのとてもつらい映画体験だったが、観るべきものを観たと思う。戦禍に晒された人々の惨劇を命がけで記録し、粘り強く世界に発信し続けたチェルノフと彼のチームを讃えたい。

すべての人質、兵士、民間人が解放されることを願っている。歴史を変えることはできない。過去も変えることはできない。しかし、我々が共に立ち上がれば、歴史の記録を正し、真実を明らかにし、マリウポリの人々や命を捧げた人々が決して忘れ去られないようにすることができる。映画は記憶を形成し、記憶は歴史を形成するのですから。——ミスティスラフ・チェルノフ

trailer: