銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】アイアンクロー

映画日誌’24-21:アイアンクロー

introduction:

「呪われた一家」の異名を持つ、アメリカの伝説的なプロレス一家「フォン・エリック・ファミリー」の実話を描いたドラマ。監督は『マーサ、あるいはマーシー・メイ』のショーン・ダーキン。『テッド・バンディ』のザック・エフロンが主演を務め、『逆転のトライアングル』のハリス・ディキンソン、「一流シェフのファミリーレストラン」のジェレミー・アレン・ホワイト、『シンデレラ』のリリー・ジェームズらが共演。米プロレス団体AEWのマクスウェル・ジェイコブ・フリードマンが製作総指揮、元WWE王者のチャボ・ゲレロ・Jr.がプロレスシーンのコーディネーターを務め、それぞれレスラー役で劇中にも登場する。(2023年 アメリカ)

story:

1980年初頭アメリカ、プロレス界に歴史を刻んだ“鉄の爪”フォン・エリック家。元AWA世界ヘビー級王者のフリッツ・フォン・エリックに育てられた次男ケビン、三男デビッド、四男ケリー、五男マイクの兄弟は、父の教えにに従いレスラーとしてデビューし、プロレス界の頂点を目指していた。しかし世界ヘビー級王座戦への指名を受けたデビッドが、日本でのプロレスツアー中に急死したことを皮切りに、フォン・エリック家は次々と悲劇に見舞われ、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになっていく。

review:

気鋭のスタジオA24と鬼才ショーン・ダーキン監督がタッグを組み、WWEの殿堂入りも果たしているフォン・エリック・ファミリーを描いたと。伝説のプロレス一家のプロレス映画ねぇ、マッチョで男臭そうと思ってスルーするところだったが、「呪われた家族」の人間ドラマと知って観賞してみたら面白かった。そりゃA24だしね。ただのプロレス映画のわけがないよね。なお、主演のザック・エフロンが筋骨隆々に仕上がっており、『グレイテスト・ショーマン』でゼンデイヤに見限られるおぼっちゃまの肉体改造だけでも見てやって、という気持ちである。

フォン・エリック家の父フリッツは、巨大な手で敵レスラーの顔をわしづかみする必殺技“アイアンクロー”を生み出し、19960~70年代に一世を風靡したレスラーだ。日本でもジャイアント馬場アントニオ猪木らと激闘を繰り広げたらしいので、プロレスが大好きだった死んだばーちゃんも見てたかな。彼は息子たち全員をレスラーに育て上げ、プロレス界で“史上最強の一家”となることを目指す。息子たちはレスラーとして才能を開花させプロレス界の頂点に登り詰め、フォン・エリック家は「スポーツ界のケネディ家」と呼ばれたそうだ。

しかし栄光を掴んだ家族は、にわかに信じがたい悲劇の連鎖に陥っていく。長男ジャックJr.は幼少期に事故死、三男デビッドはツアーで訪れた日本で急死。NWA世界王者となった四男ケリーはバイク事故で右足を切断、1993年に拳銃自殺。怪我の後遺症に苦しみ、精神安定剤の過剰摂取で自殺した五男マイク、作品には登場しないが六男のクリスがおり、小柄な喘息持ちだった彼も1991年に拳銃で自ら命を絶っている。フィクションならばそんなバカなという気分にすらなりそうな展開だが、ノンフィクションなのでしんどい。

しかし、一家を襲った悲劇がただ羅列されているわけではない。厳格な家父長制のもとで絆を強くした深い兄弟愛、家族の呪縛。長年アメリカ社会に害をもたらしてきた「有害な男らしさ」を体現しなければいけなかった兄弟たちの苦悩、唯一生き残った次男ケビンの「マチズモ(男性優位主義)」からの解放が描かれており、普遍的で骨太な人間ドラマに仕上がっている。また、元WWE王者のチャボ・ゲレロ・Jr.がプロレスシーンのコーディネーターを務め、80年代のプロレスのディテールが正確に再現されており、プロレスファンにも見応えがあるだろう。プロレスに興味があってもなくてもおすすめ。

一家の物語はアメリカの歴史のごく小さな一部分に過ぎないが、長年アメリカの文化に害を及ぼしてきた極端に歪められた男らしさや、近年僕たちがやっと理解し始めた考え方を掘り起こしている。ファミリードラマであり、ゴシックホラーでもあり、スポーツ映画でもある本作は、アメリカの中心部で展開する真のギリシャ悲劇ともいえる。ケビンが家族の掟を破って呪いを打ち砕き、より賢く、強く、平穏な心を持って苦境を脱する、復活の物語なのだ。——ショーン・ダーキン監督

trailer: