銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ブラック・フォン

映画日誌’22-26:ブラック・フォン
 

introduction:

ホーンズ 容疑者と告白の角』の原作などで知られるジョー・ヒルの短編集「20世紀の幽霊たち」所収の「黒電話」を、『ドクター・ストレンジ』『エミリー・ローズ』のスコット・デリクソンが映像化したサイコ・スリラー。制作は『透明人間』『ゲット・アウト』などを世に送り出してきたハリウッド気鋭の映画制作集団ブラムハウス・プロダクションズ。出演はイーサン・ホークほか。(2021年 アメリカ)
 

story:

アメリカ・コロラド州デンバー北部のとある町で、子どもの連続失踪事件が相次ぐ。気弱な少年フィニーはある日、学校の帰り道にマジシャンだという男から「手品を見せてあげる」と声をかけられ、無理やり車に押し込まれてしまう。気が付くと地下室に閉じ込められており、そこには頑丈な扉と鉄格子の窓、断線した黒電話があった。すると突然、通じないはずの電話が鳴り響く。一方、フィニーの失踪にまつわる不思議な夢を見た妹のグウェンは、夢を手がかりに兄の行方を探し続けていた。
 

review:

あまりに忙しくてレビューを書けずに放置すること1ヶ月前、必死に記憶を手繰り寄せている。ほぼほぼ劇場公開が終わっているのではないかと推測するものの、怖くて確認できない。この事実のほうがよっぽどホラーである。思い起こせば、若者カップルだらけの渋谷で観たっけなぁ。何故にデートでホラーをチョイスするのだ君たちは。この後どんな会話するんだよ。
 
スティーブン・キングの息子ジョー・ヒルが原作ということで、なんとなくスティーブン・キングっぽい。サイコホラーと謳っているが、どちらかというと心霊ホラー要素強め。何しろ、誘拐犯の動機が全く分からないのである。妹に起こる不思議な現象の背景も描かれないし、何で電話つながるんかい。ってツッコミどころだらけ。
 
何よりイーサン・ホークの使い方よ・・・なあこれ、イーサンじゃなくてよくないか。イーサンも仕事選べよ。って思ったけど、結構ホラー作品に出ておられるのでそもそもお好きなのではないかと思われる。ブラムハウス作品は『フッテージ』にも出ておられるしね。関係ないけど『セッション』もブラムハウスだって知ってた?あれはやっぱりホラーなんだな(納得)。
 
閑話休題。ツッコミどころだらけだし、ホラーとして怖いかっていうとそれほど怖くないけど、スリリングでまあまあ楽しめた。これまでのホラーとは少し毛色の違う劇伴が、えも言われぬ不安を煽ってくるのが新鮮。本筋にそれほど関係ない暴力描写が過剰なのが気になったが、妹グウェンが可愛いし、兄妹の絆が微笑ましい。ほぼほぼ劇場公開終わってそうだけど、まあ、配信で見かけたら観たらいいんじゃないかな・・・。
 

trailer:

【映画】エルヴィス

映画日誌’22-25:エルヴィス
 

introduction:

「キング・オブ・ロックンロール」と称され、若くして謎の死をとげたエルヴィス・プレスリーの半生を描く伝記ドラマ。『ムーラン・ルージュ』『華麗なるギャツビー』のバズ・ラーマンが監督を務める。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』などのオースティン・バトラーがエルヴィス役に大抜擢され、圧倒的なパフォーマンスと歌唱は監督に「エルヴィスそのもの」と言わしめた。共演は名優トム・ハンクスカンヌ国際映画祭アウトオブコンペ部門に出品された。(2022年 アメリカ)
 

story:

1950年代、若き日のエルヴィス・プレスリーは歌手としてデビューする。ルイジアナの小さなライブハウスのステージに立ち、セクシーなダンスを交えたパフォーマンスで、当時誰も聴いたことのなかった”ロック“を披露。女性客を中心とした若者たちはたちまち彼に魅了され、その熱狂的な支持は瞬く間に全米へと広がっていく。その一方で、彼のセンセーショナルすぎる存在は中傷の的となり、警察の監視下に置かれることになる。強欲なマネージャーのトム・パーカーは、逮捕を恐れてエルビスらしいパフォーマンスを阻止しようとするが...
 

review:

ロックンロールの誕生と普及に大きく貢献した一人であり、ザ・ビートルズやクイーン、ボブ・ディランなど後進のアーティストたちに多大な影響を与え、「世界で最も売れたソロアーティスト」としてギネス認定もされているエルヴィス・プレスリー。レコード総売り上げ 30億枚、1日で売り上げたレコードの枚数2000万枚、ライブ世界中継 視聴数15億人、連続1500公演ライブチケット完売、最多ヒットシングル記録151曲と、彼が音楽史に残した記録は枚挙にいとまがない。
 
この「キング・オブ・ロックンロール」と称された巨大な存在を、『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマンが映像に落とし込んだ。劇場を埋め尽くすかつての乙女たちと共に、スーパースターの短い生涯を辿る。ド派手で絢爛豪華な音楽エンターテイメント大作に仕上がっており、さすがバズ・ラーマン。心地よいリズムとテンポで、159分はあっと言う間に過ぎていった。
 
貧しい白人家庭に生まれ、貧しい黒人の労働階級が多く暮らすテネシー州メンフィスで黒人の音楽を聴いて育ったエルヴィス。ブルースやゴスペルに影響を受けながら、個性と才能を育んだ背景がしっかりと描かれている。若き日のB.B.キングファッツ・ドミノやマヘリア・ジャクソンも登場。また、現役のヒップホップ/R&Bミュージシャンによる楽曲がドラマを彩り、彼の黒人音楽に対するリスペクトが後世へと受け継がれていると感じ取ることができる。実はプレスリーことを何にも知らなかったが、彼がなぜ特別な存在だったのか、よく理解できた。
 
中性的な色気を醸し出す若き日のプレスリーも然り、おじさんになっていく様子を生々しく体現したオースティン・バトラーが素晴らしかった。心身がボロボロになるまでコンテンツとして消費されていく姿は痛々しかったが、黒人文化と白人文化の融合を果たした先駆けという意味でも、計り知れない功績を残したアーティストであろう。ジャンルを超えてリスペクトされる理由も分かったし、彼の最愛の娘リサ・マリー・プレスリーが「キング・オブ・ポップマイケル・ジャクソンの最初の妻であったことにも特別なものを感じずにいられない。総じて、最高の映画体験だった。
 

trailer:

【映画】リコリス・ピザ

映画日誌’22-24:リコリス・ピザ
 

introduction:

マグノリア』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』などのポール・トーマス・アンダーソン監督が、自身の出世作ブギーナイツ』と同じ1970年代のアメリカ、ハリウッド近郊サンフェルナンド・バレーを舞台に描いた青春ドラマ。カメラマンアシスタントの女性と男子高校生の恋の行方を描く。サンフェルナンド・バレー出身の3人姉妹バンド「HAIM(ハイム)」のアラナ・ハイムと、監督の盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマンが共に鮮烈な映画デビューを果たしたほか、ショーン・ペントム・ウェイツブラッドリー・クーパーベニー・サフディらが共演。音楽は「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドが担当。第94回アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞にノミネートされた。 (2021年 アメリカ)
 

story:

1973年、ハリウッド近郊のサンフェルナンド・バレー。子役として活躍している高校生のゲイリーは、ある日学校の写真撮影のためにカメラマンアシスタントとしてやってきたアラナに一目惚れする。「君と出会うのは運命なんだよ」と強引なゲイリーの誘い文句が功を奏し、食事をすることに。その後、共に過ごすうちに二人の距離は近付いていくが、お互いに生き方を模索するなかで、すれ違いや歩み寄りを繰り返し...。
 

review:

心の奥のほうを、ぐっと掴まれてしまう映画と出会うことがある。『マグノリア』でベルリン国際映画祭金熊賞を獲得し、『パンチドランク・ラブ』でカンヌ、『ザ・マスター』でヴェネチア、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でベルリンと世界三3大映画祭すべてで監督賞を受賞した天才ポール・トーマス・アンダーソンの新作だ。どちらかといえば重たい作風のPTAが、軽やかに鮮やかに青春を描いた。彼をフォローしてきたファンはいささか驚いただろう。
 
本作の原題 “Licorice Pizza” は、1969年から1980年代後半にかけてカリフォルニア州南部で店舗を展開していたレコードチェーンの名前から取られたものだそうだ。とにかく音楽が素敵なんだが、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」以降のポール・トーマス・アンダーソン作品すべてを手がけている「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドが手掛け、主人公ふたりの感情に寄り添う。
 
主人公を演じるのは、3人姉妹バンド「HAIM(ハイム)」のアラナ・ハイムと、監督の盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマンだ。両者とも映画デビュー作ながら、作品に独特のムードをもらたし鮮烈な印象を残した。そして彼らを取り巻く豪華な面々、ショーン・ペントム・ウェイツブラッドリー・クーパーらが強烈な個性を放ち、物語に奥行きと彩りを添える。アラナの姉妹は本当の姉妹たちが演じているし、ディカプリオパパのジョージが怪しい商売人役で出演しているのも見逃せない。
 
気になるのに一番近くにいるのに、自分のほうが上手だとマウントを取り合い、意地を張り合ってしまう。残念ながら私自身はそんな恋愛に出会っていないが、そういう人たち、たまにいるよね...。どう見ても”つがい”なのに当人同士はまったく認めようとせず、散々寄り道して周りをヤキモキさせた挙句、10年の時を経て結婚した友人がいる。別に意地を張っていたわけではないだろうが、近くにいすぎると見えなくなったりするのだろう。
 
アラナとゲイリーのふたりも、何者かになろうともがきながら、胸の痛みや狂おしい嫉妬を抱えながら、時間を積み重ねていく。未熟な彼らの不恰好な青春が、瑞々しい疾走感をもって描かれる。信じられないくらい、心の奥のほうを、ぐっと掴まれてしまった。そして70年代のファッション、美術、小道具、キャスティング、演出、何もかも完璧。映画の楽しさがぎっしりと詰まっている。素晴らしい映画体験だった。
 

trailer:

【映画】ザ・ロストシティ

映画日誌’22-23:ザ・ロストシティ
 

introduction:

ゼロ・グラビティ』『オーシャンズ8』などのサンドラ・ブロックが主演とプロデュースを務めるアクションアドベンチャー。新作の宣伝ツアー中に南の島へ連れ去られた女性小説家が、彼女を助けに来た表紙モデルとジャングルで大冒険を繰り広げる。『マジック・マイク』シリーズなどのチャニング・テイタム、『ハリー・ポッター』シリーズや『スイス・アーミー・マン』などのダニエル・ラドクリフブラッド・ピットらが共演する。『トム・ソーヤーの盗賊団』などのアーロン&アダム・ニー兄弟が監督を勤めた。(2022年 アメリカ)
 

story:

新作の宣伝ツアーにいやいやながら駆り出された、人生に後ろ向きな恋愛小説家ロレッタ。そこでは、彼女の作品の主人公「ダッシュ」を演じるセクシーカバーモデル、アランの薄っぺらな態度が鼻につきイライラが絶頂に。そんなロレッタの前に謎の億万長者フェアファックスが現れ、突然南の島へと連れ去られてしまう。彼はロレッタの小説を読み、彼女が伝説の古代都市「ロストシティ」の場所を知っていると考えていた。一方、ロレッタの誘拐を知ったアランは、彼女を救出すべく南の島へと急行するが...。
 

review:

サンドラ・ブロックチャニング・テイタムブラッド・ピットハリー・ポッター。このメンツで駄作の匂いしかしないの最高すぎると思って観に行った。期待を裏切らない駄作であった(褒めてる)。制作に関わったサンドラ・ブロックがこのご時世で塞ぎがちな人々の気持ちが明るくなるようにと語っていたらしいが、気が滅入るニュースが続く今日この頃、人々は何も考えずに楽しめる娯楽映画を欲している。たぶん。
 
女性作家が伝説の宝石をめぐる争いに巻き込まれ、自身が書く冒険ロマンス小説ばりに男とジャングルで宝探しする羽目になるという筋書きは、1980年代に大ヒットした『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』とほぼ同じである。ゼメキス監督が撮った『ロマンシング・ストーン』は古典期ハリウッドの冒険ロマンス映画復興の試みだったと言うので、本作もある意味ハリウッド映画の王道であろう。
 
主演のサンドラ・ブロックといえば、令和天皇が若かりし日に憧れたハリウッド女優である。後ろ向きな恋愛小説家ロレッタを演じ、キラッキラのジャンプスーツでジャングルを駆け抜ける。そりゃ目立つし見つかるわなんだけど、庇護される対象ではなく男性と対等な関係で冒険をリードしていくヒロインは、現代のジェンダー観を映し出しており好感が持てる。
 
そして、無駄にマッチョだけどポンコツで役に立たないセクシーカバーモデルのアランを演じたチャニング・テイタム。愛する女性をサポートしようと懸命にがんばる姿が健気で心打たれる。自分の在り方を見つめ直し、だんだん漢(おとこ)の顔つきになっていくところがよいし、2人の関係の落としどころも爽やかでよい。謎の実業家フェアファックを演じたハリー・ポッターなど、それぞれのキャラクターが立っていて魅力的だった。
 
何よりブラピの使い方よ・・・。強力なハンサム助っ人ジャック・トレーナー、キアヌ・リーヴスも候補だったらしい。それはそれで観たかった気がする。ブラピ率いるPLAN Bが『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』という真面目な映画を制作しているが、タイトルかぶりはただの偶然じゃないだろうよ。本当のところを言うと、もっとくだらないB級映画を期待していたのでやや物足りなさもあったが、たまにはこんな風に気負わず楽しめる映画もいい。
 

trailer:

【映画】ショーシャンクの空に 4Kデジタルリマスター版

映画日誌’22-22:ショーシャンクの空に 4Kデジタルリマスター版
 

introduction:

スティーブン・キングの短編小説「刑務所のリタ・ヘイワース」を、ティム・ロビンスモーガン・フリーマンの主演で映画化した人間ドラマ。冤罪で収監された元銀行副頭取アンディが、長年服役している囚人レッドと友情を育みながら、腐敗しきった刑務所の中でも希望を捨てずに生き抜こうとする姿を映し出す。『エルム街の悪夢3/惨劇の館』などの脚本家フランク・ダラボンの長編監督デビュー作。1994年度のアカデミー賞では作品賞を含む7部門にノミネートされ、現在まで映画史に残る名作として絶大な支持を得ている。2022年に4Kデジタルリマスター版が公開された。(1994年 アメリカ)
 

story:

若き銀行の副頭取だったアンディ・デュフレーンは、妻とその愛人を殺害した罪でショーシャンク刑務所に収監される。始めは刑務所のしきたりに戸惑い孤立していた彼だったが、刑務所内の古株で“調達係”のレッドと親交を深めていく。そして入所2年目、看守のハドレー主任が抱えていた遺産相続問題を解決する報酬として受刑者仲間へのビールを獲得すると、アンディは刑務所内で一目置かれるようになっていく。そして20年の歳月が流れたある日、彼は冤罪を晴らす重要な証拠をつかむが...。
 

review:

21世紀初頭、好きな映画を聞かれると『ショーシャンクの空に』を挙げる男子のなんと多かったことよ・・・。言わずと知れた映画史にのこる不朽の名作であるが、公開当時は全くヒットせず興行的には大失敗だったという。同時期に『パルプ・フィクション』や『フォレスト・ガンプ』など強力な競合作が公開されていたこともあり、興行収入は2500万ドルを下回る1,600万ドル。作品賞、主演男優賞、脚色賞、撮影賞、作曲賞、編集賞、録音賞の7部門にノミネートされた1995年のアカデミー賞も無冠だった。
 
しかしアカデミー賞にノミネートされたことで注目され、再公開や海外収益で挽回。全米で32万本以上のレンタルビデオが出荷され、1995年に最もレンタルされた映画作品となった。また、放送権を獲得したターナー・ネットワーク・テレビジョンで定期的に放映されるようになると、その人気を不動のものとした。2015年、アメリカ議会図書館によって「文化的、歴史的、芸術的に重要な映画」としてアメリカ国立フィルム登録簿に保存されることが決定したそうだ。
 
というわけで、4Kでスクリーンに蘇った名作『ショーシャンクの空に』を観に行った。レンタルでしか観たことがなかったのだが、あれこんなもんだったっけというのが正直な感想。近年4Kリバイバルした名作といえば『エレファント・マン』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』があるが、それらには心をえぐられたし、改めて出会い直した感動があった。ところがショーシャンクにはそれが無かったのだ。あらかじめ結末を知っているのでカタルシスがない、というのも理由のひとつだろう。
 
先に述べた通り、本作は公開当時ヒットしなかった。最初が小規模公開でも、面白ければ口コミで広がり、ヒットする時はする。劇場のスクリーンでヒットしなかった理由は、物語のスケール感と比較して相対的に感じる、ほんのちょっとの物足りなさなのではないかと思ったりする。とは言え丁寧につくられた上質なドラマなので、テレビで観たらそりゃ面白かろう。いや実際面白いのは間違いないんだが。主演のティム・ロビンスモーガン・フリーマンの演技は素晴らしいし。
 
監督のフランク・ダラボンはその後、同じくスティーヴン・キング原作の『グリーンマイル』で大成功し、2007年の『ミスト』はトラウマ鬱映画として映画史にその名を刻む。彼は脚本や制作を務めることのほうが多く、長編映画の監督としては寡作だが、才能ある映画人の一人であろう。また『ミスト』みたいな胸糞映画撮ってくれたら、きっと観る。
 

trailer:

【映画】息子の面影

映画日誌’22-21:息子の面影
 

introduction:

メキシコ国境付近を舞台に、出稼ぎのため家を出たまま行方不明になった息子を捜す母親の旅路を描いた人間ドラマ。監督を務めたフェルナンダ・バラデスをはじめ、ほぼ無名のキャストで構成されているが、2020年サンダンス国際映画祭で観客賞と審査員特別賞を受賞するなど、世界各地の映画祭で高く評価された。(2020年 メキシコ/スペイン)
 

story:

メキシコの貧しい村に暮らすマグダレーナ。ある日、貧困から抜け出すため友人とともにアメリカへと旅立った息子ヘススが消息を絶ってしまう。多くの若者が国境を越えようとして命を失うことが多い中、マグダレーナは息子を捜すため、たった一人で村を出発する。かろうじて得た情報を頼りにある村へと向かう道中、息子と同じような年恰好の青年ミゲルと知り合い、彼が母親を探していると知ったマグダレーナは彼と行動を共にするが...
 

review:

メキシコとアメリカの国境付近を舞台に描かれたこの人間ドラマは、荒涼としたメキシコの大地を美しく映し出しつつ、今なおメキシコに残る貧困問題をはじめとした社会問題を鋭く描き出し、無名の監督、無名のキャストながら世界中の映画祭で絶賛されたそうだ。
 
アメリカ=メキシコの国境は、合法、非合法を合わせて世界で最も多い数の横断がおこなわれる。毎年100万人以上の不法入国者がいると見られているが、国境越えを果たせず命を落とす者も多いそうだ。渡河の溺死、水や食糧不足が主因だが、国境付近には麻薬の運び屋などが多く集まり、移動中の犯罪や事故に巻き込まれるケースも多いという。
 
少々凝りすぎている気もしつつ、詩的な映像が印象的だ。結末に向かって少しずつ焦点が絞られていく演出は見事だし、巧みなストーリー展開で、悪魔が潜むメキシコ国境のリアルを疑似体験する。しかし、人間ドラマと呼ぶには叙情性が乏しく、サスペンスと呼ぶには緊張感に欠ける。娯楽性はゼロなので、映画慣れしていない人は退屈するだろう。
 
一切の説明を排した静謐なトーンで描かれるため、コンディションが悪い状態で観賞すると序盤で睡魔とランデブーする恐れがある。ところがこの日の私は、奇跡的に調子が良かった。中弛みしつつ意識を正常に保ったままメキシコの情景を堪能していたら、衝撃的な結末で茫然自失。ずっしりと重たい余韻にすべてを持っていかれてしまった。そういう意味では、秀作と言えるだろう。
 

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【映画】オフィサー・アンド・スパイ

映画日誌’22-20:オフィサー・アンド・スパイ
 

introduction:

戦場のピアニスト』などのロマン・ポランスキーが、ロバート・ハリスの小説を原作に、19世紀フランスの冤罪事件“ドレフュス事件”を映像化した歴史ドラマ。巨大権力と闘った男の不屈の信念を描き、第76回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞した。『アーティスト』などのジャン・デュジャルダン、『グッバイ・ゴダール!』などのルイ・ガレル、『告白小説、その結末』などのエマニュエル・セニエ、『潜水服は蝶の夢を見る』などのマチュー・アマルリックらが出演する。(2019年 フランス/イタリア)
 

story:

1894年、フランス。ユダヤ人の陸軍大尉ドレフュスが、ドイツに軍事機密を流したスパイ容疑で終身刑を宣告される。その後、対敵情報活動を率いるピカール中佐がドレフュスの無実を示す衝撃的な証拠を発見するが、キャンダルを恐れ隠蔽を図ろうとする軍上層部から左遷されてしまう。真実と正義を追い求める彼は作家のエミール・ゾラらに支援を求め、国家権力や反ユダヤ勢力との闘いに身を投じていく。
 

review:

ポランスキーといえば『ローズマリーの赤ちゃん』『戦場のピアニスト』など、映画史に残る名作を残した巨匠であるが、同時に、1977年に当時13歳の子役モデルへの淫行でアメリカの裁判所から有罪判決を受けた疑惑の人でもある。ポランスキー監督は冤罪を訴え、仮釈放中にヨーロッパへ脱出したが、米国当局は今も彼の身柄引き渡しを求めている。
 
そして彼は、アウシュビッツを生き抜いた人でもある。つまり冤罪を訴えているユダヤ人が、根強いユダヤ人差別を背景にした冤罪事件を撮ったわけだ。2019年、#MeToo運動の流れで複数の女性がポランスキー監督からの性的被害を訴え、彼の過去が再び取り沙汰されるなかで公開された本作は、フランスで大ヒットを記録。セザール賞の授賞式では『燃ゆる女の肖像』のアデル・エネルが「恥を知れ」と叫び退場したという曰く付きだ。
 
物語は、ユダヤ人士官アルフレッド・ドレフュスの軍籍剥奪式から始まる。うやうやしく”権威”が引き剥がされていく様子は興味深い。が、中盤まで実に淡々と物語が進行するのでやや退屈する。かと思えば終盤で急に時空をワープするし、なんともバランスの悪い緩急よ・・・。睡魔と闘ってたら唐突に決闘が始まるしさ・・・。
 
フランス国内を二分するほどの歴史的大事件だったと言うが、その社会的背景についてはさほど描かれない。よってフランス国内を二分するほどの歴史的大事件だったことが伝わってこない。ポーリーヌとの色恋沙汰よりもっとドラマチックに描くことがあるだろうよ。
 
ピカールは自分の信念に従い、軍の考えに服従するより真実を知ること選まびした。ドレフュスがスパイとされたことに疑念を持ち、ピカールは軍の制止を振り切り捜査を続け、真犯人を示す証拠を見つけるのですが、核心に迫るほど、軍の過ちがもたらした問題の渦中に自分がいることを畏れるようになります。
 
と、ポランスキー語りき。史実に基づいているのでモヤァ・・・とする展開が待ち受けており、それで時空をワープしたりするわけだが、いやもっとカタルシスを得られる描き方ができないものかねポランスキー君。反ユダヤ感情による歴史的冤罪事件に自身の冤罪の訴えを重ね合わせて有耶無耶にしようとしているのか、どうにも歯切れが悪い。
 
信念を貫くピカールの人間像が少しずつ浮き彫りになっていく描写は良かったし、その究極と言えるラストシーンは観る価値があるが、それにしても人物描写が浅いのだよなぁ。煙に巻かれたような2時間だったが、19世紀末フランスの世相や文化に触れ、ドレフュス事件について知ることができたのは良かった。
 

trailer: