銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】トップガン マーヴェリック

映画日誌’22-19:トップガン マーヴェリック
 

introduction:

1986年に公開され、トム・クルーズを一躍スターダムに押し上げた世界的ヒット作『トップガン』の続編。主人公マーヴェリックを再びトム・クルーズが演じ、『セッション』などのマイルズ・テラー、『めぐりあう時間たち』などのエド・ハリス、『ビューティフル・マインド』などのジェニファー・コネリー、前作でアイスマンを演じたバル・キルマーらが共演。『トロン:レガシー』などのジョセフ・コシンスキーが監督、史上最高の映画プロデューサーと謳われるジェリー・ブラッガイマーが製作を務め、『アメリカン・ハッスル』などのエリック・ウォーレン・シンガー、『ユージュアル・サスペクツ』などのクリストファー・マッカリーらが脚本に参加している。(2022年 アメリカ)
 

story:

アメリカ海軍パイロットのエリート養成学校 ”トップガン” に、伝説のパイロット”マーヴェリック” が教官として帰ってきた。彼らには、かつてない世界の危機を回避するため、不可能とも言える極秘ミッションが課せられていた。空で闘うことを誰よりも知っているマーヴェリックはその厳しさを教えようとするが、訓練生たちは彼の型破りな指導に反発する。その中には、かつてマーヴェリックの相棒だったグースの息子ルースターもいた...。
 

review:

1986年公開の『トップガン』は世界中の人々を熱狂させ、もはやカルチャーそのものであった。少なくとも2〜3年はブームだったのではないかと思う。雑誌から切り抜いたトム・クルーズリバー・フェニックスを下敷き(笑)に挟んでいたし、姉の影響でサントラも腐るほど聴いた。トム・クルーズが身につけていたものは全部流行った。レイバンのサングラス、カワサキのGPZ900R(通称“ニンジャ”)、フライトジャケット、ドッグタグ。MA-1もアホほど流行ったねぇ。
 
何故あれほどヒットしたのか。そりゃもう抜群にカッコよかったからだろう。型破りな主人公マーヴェリックが海軍パイロットとして成長していく物語が、実写にこだわったリアルな映像で描かれた。トムをはじめ俳優たちは実際に戦闘機に乗り、本物のGフォースの洗礼を受けたという。そこに美しき教官とのラブストーリー、友情、親子のドラマが盛り込まれ、究極のエンタテインメントとして結実。それは伝説となった。
 
時は経ち2010年、パラマウント映画がジェリー・ブラッカイマートニー・スコットに対して『トップガン』の続編製作を提案し、続編企画が始動。当初、パイロットが無人機を遠隔操作する新しい時代の空中戦を描くことになるとトニー・スコットがコメントしており、マーヴェリックの出番は最小限になるはずだったという。ところが2012年、残念ながらトニー・スコットが自ら命を絶ち、企画は一度暗礁に乗り上げてしまう。
 
そして2022年。ハロルド・フォルターメイヤー作曲「トップガン アンセム」の旋律、空母から飛び立つ戦闘機のシルエットを見送る、ケニー・ロギンスの名曲「デンジャー・ゾーン」。映画史に残る伝説のオープニングシークエンスが36年の時を経て蘇っただけで、アラフィフ号泣ですやん・・・。そして今作も究極のリアルを求め、IMAXカメラを機内に搭載し撮影を敢行。本物のGフォースに顔を歪める俳優たちが繰り広げる、迫力のドッグファイトに手に汗握る。ちなみにIMAXレーザーで鑑賞した。
 
ずっと前からいましたけどという顔をしてジェニファー・コネリーが出てくるので「あんた誰」ってなるけど安心してください。一作目にジェニファー・コネリーは出てません。ただ、ペニー・ベンジャミンという女性の名は一作目に登場しているらしい。今回、珠玉の名曲「愛は吐息のように」は使われないが、確かにチャーリーとの思い出ソングを使いまわされると興醒めだから賢明な判断と思われる。
 
滑走路でジェット機と並走するカワサキ、懐かしいナンバーが詰め込まれたジュークボックス、火の玉ロック、教官との気まずい初対面、オレンジ色の夕陽、砂浜のビーチバレー。前作へのオマージュがいちいち最高で痺れる。そしてマーヴェリックが抱き続ける親友グースへの変わらぬ思いは、あっという間に36年の時間を埋めてくれた。往年のファンが求めていたものを、ファンの想像を圧倒的に超えるかたちで届けてくれたトムと製作陣に感謝したい。
 
トニー・スコットは、亡くなる2日前にトム・クルーズと『トップガン』続編の企画を話し合うために会っていたという。あなたが生み出した『トップガン』は今も、世界中の人々を熱狂させているよ。どこかで喜んでくれているといいな。
 

trailer:

【映画】マイ・ニューヨーク・ダイアリー

映画日誌’22-18:マイ・ニューヨーク・ダイアリー
 

introduction:

ジョアンナ・ラコフの回想録「サリンジャーと過ごした日々」を原作に描くヒューマンドラマ。「ライ麦畑でつかまえて」などで知られるアメリカの小説家J・D・サリンジャーを担当する出版エージェントのもとで働く新人アシスタントの知られざる実話を描く。監督は『グッド・ライ~いちばん優しい嘘~』などのフィリップ・ファラルドー。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』などのマーガレット・クアリー、『エイリアン』シリーズなどのシガーニー・ウィーヴァーらが出演する。(2020年 アイルランド/カナダ)
 

story:

1990年代のニューヨーク。作家志望のジョアンナは、老舗出版エージェンシーでJ.D.サリンジャー担当の女上司マーガレットの編集アシスタントとして働き始める。日々の仕事は、世界中から毎日大量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターを処理すること。しかし、心揺さぶられる手紙を読むにつれ、簡単な定型文で返信することに気が進まなくなり、ふとした思いつきで個人的に書いた手紙を返し始める。そんなある日、サリンジャー本人からの電話を受けるが...
 

review:

出版業界の裏側が覗けるのかしらと前情報無しで深く考えずに観に行ったら、サリンジャーの映画かーい・・・。タイトルに巨匠の名前を出していないのは、ここ数年サリンジャーをテーマにした映画が多くて食傷気味だったから敢えてなのか、配給会社の担当者がサリンジャーを読んだことがないか、どっちだろう。サリンジャーと言えば20世紀の超絶ベストセラー小説『ライ麦畑でつかまえ』の作者であり、アメリカ文学の金字塔である。
 
原作のジョアンナ・ラコフの自叙伝「サリンジャーと過ごした日々」は、1990年代のニューヨーク、古き時代の名残をとどめる老舗出版エージェンシーの新米アシスタントが、本が生まれる現場の日々を印象的に綴った回想録。ほんのり作家志望のくせに(!?)サリンジャーを読んだことがなかった著者が、サリンジャーに届く熱烈なファンレターを読むことで自分自身を見つめ直し、変化していく成長譚だ。
 
おそらく原作は面白いのではないかと推察する。が、映像化はうまくいかなかった模様。出版業界版「プラダを着た悪魔」を謳い文句にしてるけど、プラダみたいなエモさもないし、何だかテンポも悪いし、脚本にひねりがなくてエピソードを切り貼りしたような出来栄え。全体的に心理描写が雑だし、登場人物の書き込みが甘くてキャラクターが立ってないから、誰にも感情移入しない。シガニー・ウィーバーの無駄遣い。
 
公式サイトに「《共感度100%》“大人の”自分探しムービーの新たなる傑作」って書いてあるけど、何より主人公に1ミリも共感できない。優しい彼氏を地元に放ったらかして突然ニューヨークで暮らし始めるのはヨシとして、そこで出会った作家志望のダメ男とさっさと同棲始めるのも百歩譲ってヨシとして、地元の彼氏にケジメつけんかい。題材は面白いのに、いささか残念であった。今回の気付きは、映画が面白くないと重力に負けてお尻が痛くなるってことだな。
 

trailer:

【映画】カモン カモン

映画日誌’22-17:カモン カモン
 

introduction:

20センチュリー・ウーマン』『人生はビギナーズ』のマイク・ミルズ監督が、気鋭の映画スタジオA24と再びタッグを組んだヒューマンドラマ。『ジョーカー』の怪演でアカデミー主演男優賞を獲得したホアキン・フェニックス演じる男が、9歳の甥との共同生活に戸惑いながらも歩み寄っていく日々を美しいモノクロームの映像で描く。共演は新星ウッディ・ノーマン、『わたしに会うまでの1600キロ』などのギャビー・ホフマンらが共演。音楽をロックバンド「ザ・ナショナル」のアーロン・デスナーとブライス・デスナーが担当する。(2021年 アメリカ)
 

story:

ニューヨークで独身生活を送るラジオジャーナリストのジョニーは、ロサンゼルスに住む妹に頼まれ、9歳の甥ジェシーの面倒をみることに。突然始まった共同生活に戸惑うジョニーだったが、好奇心旺盛なジェシーは、ジョニーがいまだ独身でいる理由や自分の父親の病気に関する疑問をストレートに投げかけてくる。ジェシーに困惑させられる一方で、彼はジョニーの仕事や録音機材にも興味を示し、それをきっかけに二人は次第に心の距離を縮めていく。やがて仕事のためニューヨークに戻ることになったジョニーは、ジェシーを連れていくことを決めるが...。
 

review:

問題作を世に送り出す「A24」謹製だわ、『ジョーカー』で狂気を体現したホアキン・フェニックスが主演だわで、躊躇ってしまう人もいるかもしれないが、安心してください。マイク・ミルズの作品はとにかく心地よい。抑圧気味なのにエモーショナルな演出、気が利いた、それでいて無駄のない脚本。そして、どこを切り取っても、映像と音楽が素敵だ。前作の『20センチュリー・ウーマン』も、20世紀後半の世相を映すドキュメンタリーのようにリアルな日常の描写を積み上げる、素晴らしい作品だった。A24はアリ・アスターに胸糞映画撮らせたりしながら5本に1本くらい、ハートに優しいヒューマンドラマ創るよね・・・(適当)。
 
マイク・ミルズは一貫して、「一番近い他人」である家族との「分かり合えなさ」を描いてきた。彼の言葉を借りれば、”すべての家族はどこか「壊れて」いて、それでも一緒にいる” ものであり、その在り方はさまざま。よって、彼の作品にありきたりな家族の概念や古臭い家族観などは登場しないし、”普通”ではない家族を異質なものとして扱うこともない。ごく自然にありのまま、「とある家族の物語」を映し出していくのだ。
 
本作でも、伯父と甥っ子が戸惑いと衝突を繰り返しながら毎日を積み重ね、信頼関係を築いていく過程が描かれる。柔らかい手触りのモノクローム映像で紡がれる、痛ましくも優しい世界にじっ・・・と見入ってしまった。また、彼らの交流と呼応するように、ラジオジャーナリストのジョニーによる子どもたちへのインタビューが挿入される。これは実際に取材した9〜14歳の子どもたちの生の声だそうだ。自分たちの生活について、世界や未来について率直に語る彼らの言葉が、「とある家族の物語」にとてつもない瑞々しさをもたらしている。
 
それはこれまでに体験したことのない感覚だったし、何かがじんわりと胸の奥で広がった。仕事で子どもと関わりながら子を持たないジョニーが、ひとりの子どもと人として向かい合うことで、子どもの声に耳を傾けること、子どもの存在と未来に対する大人の責任を実感したように。私自身がジョニーと似たような境遇だからこそ、余計にそう思うのかもしれない。デトロイト、ロサンゼルス、ニューヨーク、ニューオリンズ。歴史も風景もまったく異なるアメリカの4都市をめぐるジョニーの心の旅路。ずっと眺めていたい、愛おしい時間だった。
 

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【映画】アネット

映画日誌’22-16:アネット
 

introduction:

ポンヌフの恋人』『汚れた血』などの鬼才レオス・カラックスが、ロン&ラッセル・メイル兄弟によるポップバンド「スパークス」が書いたロック・オペラ「アネット」を原案に描くダークファンタジー。人気スタンダップコメディアンと一流オペラ歌手のカップル、娘アネットの物語をミュージカル仕立てで描く。『ハウス・オブ・グッチ』『最後の決闘裁判』などのアダム・ドライバー、『エディット・ピアフ ~愛の讃歌~』などのマリオン・コティヤールが出演。2021年・第74回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。(2021年 フランス/ドイツ/ベルギー/日本)
 

story:

ロサンゼルス。  攻撃的なユーモアセンスをもった人気スタンダップ・コメディアンのヘンリーと、国際的に有名な一流オペラ歌手のアン。何もかもがかけ離れた”美女と野獣”のカップルは、次第に世間からの注目を浴びるようになっていく。やがて二人の会田に非凡な才能をもった娘のアネットが生まれたことにより、彼らの人生が狂い始めていく。
 

review:

レオス・カラックスと言われると観ないといけない気がする映画ファンは多いだろう。レオス・カラックスは後にも先にも似た作家のいない“唯一無二“の監督であり、現代映画において重要な作家のひとりだ。23歳で長編第1作『ボーイ・ミーツ・ガール』(84年)をカンヌの批評家週間に出品すると「恐るべき子供」「神童」と騒がれた。私もかつて『ポンヌフの恋人』で衝撃を受けた。そんな彼も60歳になったそうだ。寡作なもので、長編7本目となるこの作品も10年振りの新作だ。本作の原案は「スパークス」が書いたロック・オペラである。ポップスの革新的なパイオニアであるロンとラッセルのメイル兄弟のスパークスは、長い間カルト的な支持を得ている謎の多いバンドだが、カラックスも支持者の一人らしい。
 
物語は至ってシンプルだが、寓話的、神話的要素や意味深なメタファーが散りばめられ、なかなかにトリッキーで癖のある仕上がりだ。アダム・ドライバー演じるヘンリーは「The Ape of God(神の類人猿)」を名乗り、バナナをほおばる。一方、マリオン・コティヤール演じるアンは、いつもリンゴをかじっている。いずれも「知恵の樹の実」のことであり、禁断の果実を食べた人間は死へと向かう。実際、アンはオペラ歌手として「毎晩死ぬ」し、繰り返し「怖い」と呟き続ける。アダム・ドライバーは何の映画を観てもパターソンにしか見えないんだが、やっぱりパターソンだった。
 
ヘンリーのスタンダップコメディが腰を抜かすほどおもしろくないんだが、これがやたらと長いんだ・・・。眺めているうちに睡魔が忍び寄ってきて、夢とうつつを行き来する(てへ)。人気の絶頂から凋落し、嫉妬や猜疑で闇に堕ちていくヘンリーも、虚構と現実を行き来する。ヘンリーとアンのあいだに生まれた娘アネットの姿はチャッキー・・・じゃなくて木製人形だ。ヘンリーにとって家族は虚構なのだろう、もはや喜劇である。アネットは「父と娘、野蛮さと幼少期をつなぐリンク」というサルのぬいぐるみを抱いている。カラックスはなぜこの映画を実娘に捧げたのだろうと考える。
 
カラックスらしい、実験的な作品だったと思う。そういう意味では目撃しておく価値はあるだろう。それにしても長くて、ものすごく疲れた。久々に行った渋谷ユーロスペースの座席のシート、めちゃくちゃ尻が痛くなるやんけ。あと、敬語で会話してる結婚相談所かなんかで知り合ったような距離感のカップルが近くに座ってて、完全に映画のチョイス間違ってるし、このあとディナーでどんな会話するんだろうと気になって仕方なかった。敢えて選んでいるとしたら、かなりの猛者。もし心当たりのある方がいたら、ぜひその後の展開を教えていただきたい。
 

trailer:

【映画】コーダ あいのうた

映画日誌’22-15:コーダ あいのうた
 

introduction:

耳が不自由な家族の中で、ただひとり耳が聞こえる少女が歌の才能を認められ、自分の夢と家族のあいだで葛藤する姿を描いたドラマ。2014年製作のフランス映画『エール!』のリメイク。TVシリーズ「ロック&キー」で注目を集めるエミリア・ジョーンズが主演し、『シング・ストリート 未来へのうた』などのフェルディア・ウォルシュ=ピーロが共演。『愛は静けさの中に』のオスカー女優マーリー・マトリン、トロイ・コッツァーら聴覚障害を持つ俳優たちが家族を演じる。第94回アカデミー賞で作品賞、助演男優賞、脚色賞の3部門にノミネートされ、同3部門を受賞。トロイ・コッツァーは、男性のろう者の俳優で初のオスカー受賞者になった。(2021年 アメリカ)
 

story:

とある海辺の町で暮らす高校生のルビーは、両親と兄の4人家族の中で一人だけ耳が聴こえる。幼い頃から家族の耳となり、通訳を務めてきた彼女は、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っている。新学期、秘かに憧れるクラスメイトのマイルズと同じ合唱クラブに入ったルビーは、顧問の音楽教師に歌の才能を見出される。名門音楽大学の受験を強く勧められるも、 ルビーの歌声が聞こえず娘の才能を信じられない両親から大反対されてしまう。悩んだルビーは夢よりも家族の助けを続けることを決意するが……。
 

review:

タイトルの「CODA(コーダ)」は、「Children of Deaf Adults=“耳の聴こえない両親に育てられた子ども”」のことらしい。2014年製作のフランス映画『エール!』のリメイクである。『エール!』を観ていたので別に観なくてもいいやと思っていたが、今年のアカデミーで作品賞を獲ったから滑り込みで仕方なく観た。結果、フランス版のほうが10倍おもしろかった。
 
正直、作品賞を獲るほどの映画ではないのでは?全てが中途半端で、もう少し丁寧に作れたのでは??お下品な下ネタをフランスからそのままアメリカに持ってきたら何か違う。演出もコピペしてるけど少しずつ何かが違う。程よくドラマチックな脚本と、演出・構成のバランスが取れていたフランス版の良さがなくなっている。一言で言うと劣化版。
 
しかし高評価をつけている人も多いので、まあ、個人の趣味嗜好の問題かもしれない。でも今作を面白かった感動したって言ってる人は、フランス版も観てほしいよ。クライマックスでヒロインが歌うジョニ・ミッチェルのナンバーは名曲だし私も大好きだけどさ、オリジナルは歌詞の内容がヒロインの旅立ちとシンクロして感動が倍増したのよ、青春の光と影じゃないのよ、コレジャナイのよ・・・。おじさんからは以上だ・・・。
 

trailer:

【映画】ナイトメア・アリー

映画日誌’22-14:ナイトメア・アリー
 

introduction:

シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞の作品賞、監督賞など4部門に輝いたギレルモ・デル・トロ監督が、1946年に出版された名作ノワール小説「ナイトメア・アリー 悪夢小路」を原作に描くサスペンススリラー。『アメリカン・スナイパー』などで4度のアカデミー賞ノミネートを誇るブラッドリー・クーパーが主演し、2度のアカデミー賞受賞歴をもつケイト・ブランシェットトニ・コレットウィレム・デフォールーニー・マーラら、豪華な顔ぶれが共演する。第94回アカデミー賞では作品賞に加え撮影、美術、衣装デザインの計4部門にノミネートされた。(2021年 アメリカ)
 

story:

1939年。野心家の青年スタンは、人間か獣か正体不明な生き物を出し物にする怪しげなカーニバルの一座と巡り合い、マネージャーのクレムに声をかけられる。そこで読唇術の技を身につけた彼は、人を惹きつける才能と天性のカリスマ性を武器にトップの興行師へと昇り詰めていく。ショービジネスでの成功を夢見て独り立ちしたスタンだったが、ある日、精神科医を名乗る女性と出会ったことで運命が狂い始める。
 

review:

ギレルモ・デル・トロ監督との出会いは『パンズ・ラビリンス』で、奇妙な後味のダークファンタジーに衝撃を受けたものだ。その後もパシフィック・リム』や『シェイプ・オブ・ウォーター』などでモンスター描写を得意としてきたデル・トロだが、本作の特徴は彼の長編作品では初めて「人間ではないもの」が出てこない、という点だろう。「異形のもの」は出てくるが、それが「人間」であることがこの物語の恐怖であり、最大の悪夢である。
 
ブラッドリー・クーパー演じる青年スタンは、冒頭で何者かの遺体を家ごと焼き払ってその場を立ち去り、流れ着いたカーニバルに合流する。スタンは読心術師のジーナとそのパートナーのピートに取り入り、やがて読心トリックを身につけると恋仲になった娘モリーを連れて一座を飛び出してしまう。野心家の彼はショービジネスの世界で成功を収めるが、ある心理学者との出会いによって運命が狂い始めていく、という物語だ。
 
寂れた町に煌々と灯るテントの明かり、怪しげな見世物小屋、フリークスたち。見世物はすべてインチキ、スタンの読心術や降霊術にもトリックがあり、そこに神秘性はないはずなのにどこか幻想的である。いつモンスターが出てきてもおかしくないデル・トロ監督らしい不穏なムードを漂わせながら、第二次大戦開戦前のアメリカを現世的に映し出しているフィルム・ノワールだ。ウィレム・デフォー演じる支配人が「ナイトメア・アリー(悪夢小路)」で仕入れてくる「獣人」のおぞましき正体に戦慄させられる。
 
ネタバレするので詳細は書かないが、今にして思えばスタンの運命を暗示するものは最初からいくつも散りばめられていた。我々は、彼が定められた運命に向かって、自ら破滅していく末路を眺めていただけなのだ。自らの能力を過信した男が陥る、絶望の深さ。あまりにも皮肉な、あまりにも残酷な自らの運命を受け入れた彼の、狂気に満ちた笑顔を忘れることができない。まさに悪夢としか言いようがない、デル・トロ劇場であった・・・。
 

trailer:

【映画】ベルファスト

映画日誌’22-13:ベルファスト
 

introduction:

北アイルランド ベルファスト出身のケネス・ブラナーが、自身の幼少期を投影した自伝的作品。製作・監督・脚本を務める。9歳の少年バディの目線を通して、激動の時代に翻弄され様変わりしていく故郷ベルファストを映し出す。主演は本作が映画デビューとなる新星ジュード・ヒル。『007』シリーズなどの大女優ジュディ・デンチ、『裏切りのサーカス』などのキアラン・ハインズ、『フィフティ・シェイズ』シリーズなどのジェイミー・ドーナン、『フォードvsフェラーリ』などのカトリーナ・バルフら、英国とアイルランドの実力派俳優たちが集結した。第46回トロント国際映画祭にて最高賞にあたる観客賞に輝き、第94回アカデミー賞でも作品賞、監督賞ほか計7部門にノミネートされ、脚本賞を受賞した。(2021年 イギリス)
 

story:

北アイルランドベルファストで生まれ育った9歳の少年バディは、家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごしていた。たくさんの笑顔と愛に包まれる日常は彼にとって完璧な世界だったが、1969年8月15日、プロテスタント武装集団がカトリック住民を攻撃したことで、彼の穏やかな日常は一変してしまう。住民すべてが顔なじみで、ひとつの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断されていく。暴力と隣り合わせの日々のなかで、バティと家族たちも故郷を離れるか否かの決断を迫られ...
 

review:

いやいやいやいや作品賞は『ベルファスト』だろ!!!!と世界の中心で叫びたい。俳優・監督・舞台演出家として活躍するケネス・ブラナーが、自身の幼少期の体験を投影して描いた自伝的作品は、類まれなる傑作であった。ブラナーの生まれ故郷である北アイルランドベルファストを舞台に、激動の時代に翻弄されながら笑顔で生き抜く家族の物語がモノクロの映像で描かれる。この作品を観るにあたっては、北アイルランドの歴史背景を認識しておいたほうがよい。
 
イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」だ。念のため言っておくがアイルランド北アイルランドは異なる。アイルランド島にはイギリスによる支配に抗ってきた長い長い歴史があり、イギリスからの独立派(カトリック)と共存派(プロテスタント)の対立の構図がある。イギリスはプロテスタントが主流だが、アイルランドカトリックの土地。16世紀、国の勢力を拡大する過程でイギリスは隣のアイルランド島への植民を推し進め、プロテスタントが土着のカトリックから土地を奪う構造が出来上がっていく。
 
そしてイギリスから渡ってきた人が多い北側の地域ではプロテスタントが多数派となり、1920年代にアイルランドが独立する際、イギリスに留まった北部の地域が「北アイルランド」である。3600人近い死者を出した「北アイルランド紛争」は、1960年代にアメリカの公民権運動に影響され、カトリックに対する差別撤廃を求める運動が盛り上がったことに端を発する。紛争は北アイルランド警察やイギリス軍が介入して泥沼化し、1998年のベルファスト合意が締結するまで30年に及んだ。それにより北アイルランドは正式にイギリス領となったのであるが、現在もイギリス帰属派とアイルランド統一独立派の対立の構図は残っており、暴動が起きている。
 
映画の冒頭、ヴァン・モリソンの歌声を背景に現在のベルファストが映し出される。一転、モノクロに切り替わって1969年のベルファスト、少年バディの姿とともに暴徒たちが登場する。ある日、平穏な日常が終わる。暴力に分断されていく小さな街で、昨日まで仲良く暮らしていた隣人といがみ合う。暴力と隣り合わせながら、それでも家族の日常には愛とユーモアが溢れている。大好きなおじいちゃんやおばあちゃん、優しい両親、気になる女の子。
 
あくまで9歳の少年バディの視線で描かれ、中心となるのは家族の会話劇であるが、とにかく脚本が秀逸だ。市井の人々の暮らしを切り取ったモノクロの映像が美しく、カメラワークも素晴らしい。バディを演じるジュード・ヒルの可愛らしさといい、いずれの俳優も良い仕事をしていたが、おばあちゃんを演じたジュディ・デンチの存在感が途轍もなかった。
 
ベルファスト』はとてもパーソナルな作品だ。私が愛した場所、愛した人たちの物語だ
 
と、ケネス・ブラナー監督は語る。私たちは彼の個人的な感傷、郷愁を通じて、世界を見る。それこそが、この作品の凄さだろう。今この時代、言いようのない喪失感を抱える私たちに向けられた切実なメッセージが胸に突き刺さる。いつまでも心の奥に大切にしまっておきたい、愛おしい映画であった。
 

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