銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】リコリス・ピザ

映画日誌’22-24:リコリス・ピザ
 

introduction:

マグノリア』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』などのポール・トーマス・アンダーソン監督が、自身の出世作ブギーナイツ』と同じ1970年代のアメリカ、ハリウッド近郊サンフェルナンド・バレーを舞台に描いた青春ドラマ。カメラマンアシスタントの女性と男子高校生の恋の行方を描く。サンフェルナンド・バレー出身の3人姉妹バンド「HAIM(ハイム)」のアラナ・ハイムと、監督の盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマンが共に鮮烈な映画デビューを果たしたほか、ショーン・ペントム・ウェイツブラッドリー・クーパーベニー・サフディらが共演。音楽は「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドが担当。第94回アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞にノミネートされた。 (2021年 アメリカ)
 

story:

1973年、ハリウッド近郊のサンフェルナンド・バレー。子役として活躍している高校生のゲイリーは、ある日学校の写真撮影のためにカメラマンアシスタントとしてやってきたアラナに一目惚れする。「君と出会うのは運命なんだよ」と強引なゲイリーの誘い文句が功を奏し、食事をすることに。その後、共に過ごすうちに二人の距離は近付いていくが、お互いに生き方を模索するなかで、すれ違いや歩み寄りを繰り返し...。
 

review:

心の奥のほうを、ぐっと掴まれてしまう映画と出会うことがある。『マグノリア』でベルリン国際映画祭金熊賞を獲得し、『パンチドランク・ラブ』でカンヌ、『ザ・マスター』でヴェネチア、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でベルリンと世界三3大映画祭すべてで監督賞を受賞した天才ポール・トーマス・アンダーソンの新作だ。どちらかといえば重たい作風のPTAが、軽やかに鮮やかに青春を描いた。彼をフォローしてきたファンはいささか驚いただろう。
 
本作の原題 “Licorice Pizza” は、1969年から1980年代後半にかけてカリフォルニア州南部で店舗を展開していたレコードチェーンの名前から取られたものだそうだ。とにかく音楽が素敵なんだが、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」以降のポール・トーマス・アンダーソン作品すべてを手がけている「レディオヘッド」のジョニー・グリーンウッドが手掛け、主人公ふたりの感情に寄り添う。
 
主人公を演じるのは、3人姉妹バンド「HAIM(ハイム)」のアラナ・ハイムと、監督の盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマンだ。両者とも映画デビュー作ながら、作品に独特のムードをもらたし鮮烈な印象を残した。そして彼らを取り巻く豪華な面々、ショーン・ペントム・ウェイツブラッドリー・クーパーらが強烈な個性を放ち、物語に奥行きと彩りを添える。アラナの姉妹は本当の姉妹たちが演じているし、ディカプリオパパのジョージが怪しい商売人役で出演しているのも見逃せない。
 
気になるのに一番近くにいるのに、自分のほうが上手だとマウントを取り合い、意地を張り合ってしまう。残念ながら私自身はそんな恋愛に出会っていないが、そういう人たち、たまにいるよね...。どう見ても”つがい”なのに当人同士はまったく認めようとせず、散々寄り道して周りをヤキモキさせた挙句、10年の時を経て結婚した友人がいる。別に意地を張っていたわけではないだろうが、近くにいすぎると見えなくなったりするのだろう。
 
アラナとゲイリーのふたりも、何者かになろうともがきながら、胸の痛みや狂おしい嫉妬を抱えながら、時間を積み重ねていく。未熟な彼らの不恰好な青春が、瑞々しい疾走感をもって描かれる。信じられないくらい、心の奥のほうを、ぐっと掴まれてしまった。そして70年代のファッション、美術、小道具、キャスティング、演出、何もかも完璧。映画の楽しさがぎっしりと詰まっている。素晴らしい映画体験だった。
 

trailer: