銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】シラノ

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映画日誌’22-12:シラノ
 

introduction:

1897年の初演以降、世界中で上演され、映画化、ミュージカル化されている不朽の名作「シラノ・ド・ベルジュラック」を、『プライドと偏見』『つぐない』のジョー・ライト監督が再構築。主演は『スリー・ビルボード』やテレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』などのピーター・ディンクレイジ、『Swallow/スワロウ』などのヘイリー・ベネット、『WAVES/ウェイブス』などのケルヴィン・ハリソン・Jrらが共演する。(2021年 イギリス/アメリカ/カナダ)
 

story:

17世紀フランス。フランス軍隊きっての騎士シラノ・ド・ベルジュラックは、剣の腕前だけでなく、優れた詩を書く才能を持ち、仲間たちからも絶大なる信頼を置かれている。しかし自らの外見に自信がない彼は、想いを寄せるロクサーヌに気持ちを告げることができずにいた。そんなある日、シラノと同じ隊に配属された青年クリスチャンに惹かれたロクサーヌは、こともあろうに恋の仲立ちをシラノに依頼する。愛する人の願いを叶えたいシラノは、文才のないクリスチャンに代わってロクサーヌへのラブレターを書き続けるが...
 

review:

シラノ・ド・ベルジュラック」は世界中で最も愛されている舞台劇の一つである。19世紀末、ベルエポック時代のフランスで大成功を収めた純愛物語は、ブロードウェイで繰り返し上演され、ハリウッドで映画化もされている。日本国内でも劇団四季や宝塚が公演をおこない、幕末から明治にかけての日本を舞台にした「白野弁十郎」なる舞台もあったそうだ。演劇史に残る傑作を、新しい設定で再構築したのが本作である。
 
劇作家エドモン・ロスタンがこの舞台を生み出すまでのドタバタが描かれた『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!(2018年)』を観ていた私は、わざわざ顛末を知ってる物語を観なくてもいいかという気持ちだったのだが、たまたま他に観たい作品がないという消極的な動機で鑑賞。しかも観たのは、3月の頭である。放置しすぎである。忙しくて一週間に一本書くのが限界だったりすると、映画を観るペースと書くペースがどんどん乖離していくので、印象に残ってない映画のことはどんどん忘れていく。
 
というわけで、脳を振り絞って思い出を書くと、クリスチャンは確かに色男だが、17世紀のフランスで貴族階級の白人が有色人種と恋するのは歴史的に見て現実的ではないのではないか、などと考え始めてしまって物語に没入できず。ホワイトウォッシュは批判されるべきだが、その逆はどうなの歴史を捻じ曲げてまで表現したらもはやファンタジーじゃないのいやまあそもそも創作だからな・・・。多様性に配慮した配役だと思うが、それは本当に必要だったんだろうか。
 
ロクサーヌ役のヘイリー・ベネットはジョー・ライト監督の奥さんらしいけど、独特のムードがあり、ロクサーヌの何にも考えてない空っぽで浅はかな感じが醸し出されていてなかなかよかった。って悪口やん。キーラ・ナイトレイだと無駄に感情移入しちゃうからちょうど良い。ジョー・ライト監督作品にしては小さくまとまってしまった印象で少々期待外れだったが、ただもうピーター・ディンクレイジはカッコいいよね、素晴らしい俳優である。彼をタイトルロールに抜擢したところは評価したい。
 

trailer:

【映画】ドリームプラン

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映画日誌’22-11:ドリームプラン
 

introduction:

世界最強のテニスプレイヤーと称されるビーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹を世界チャンピオンに育てあげた実父リチャードの実話をもとに描いた伝記ドラマ。監督はレイナルド・マーカス・グリーン、『幸せのちから』などのウィル・スミスが主演・製作を務める。第94回アカデミー賞では作品賞、主演男優賞、助演女優賞ほか計6部門にノミネートされ、ウィル・スミスがオスカーを獲得した。(2021年 アメリカ)
 

story:

リチャード・ウィリアムズは、優勝したテニスプレイヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿をテレビで見て、自分の子どもをテニスプレイヤーに育てることを決意する。テニスの経験がない彼は独学で指導法を研究し、78ページにも及ぶ計画書「ドリームプラン」を作成。ギャングがはびこるカリフォルニア州コンプトンの公営テニスコートで、周囲からの批判やさまざまな困難に立ち向かいながら、ビーナスとセレーナ姉妹を史上最強のテニス選手に育て上げていく。
 

review:

リチャード・ウィリアムズはかつての奴隷市場の街、ルイジアナ州シュリーブポートの出身である。白人至上主義KKKクー・クラックス・クラン)が根を張る人種差別が激しい地域で抑圧されながら育った彼は、白人社会への憎悪を募らせつつ、強烈な上昇志向を抱くようになる。2回目の結婚をした頃「エホバの証人」と出会い、厳しい家父長制、忍耐や勤勉、非暴力を敷くこの宗教に飛びつく。
 
貧困層の黒人が這い上がれない原因のひとつとしてコミュニケーションに暴力が介在してしまいがちな側面があると考え、品行方正かつ道徳的に生き、すばらしい功績を残せる子どもを育てる家庭を築こうとしていた彼にとって、都合のよい教義だったからだ。そして、一家は治安のよい豊かな湾岸都市カリフォルニアのロングビーチに暮らしていたが、リチャードは治安の悪いコンプトンに引っ越すことを突然決めてしまう。
 
「コンプトンに家族を連れて行ったのは、偉大なチャンピオンは“ゲットー”から生まれると信じていたから。モハメド・アリのようなスポーツの成功者やマルコムXのような偉大な思想家がどこから来たのか研究していたからね」「コンプトンほど荒れた場所はなかった。“ゲットー”は人間を激しくし、タフで強くしてくれる。だから俺は家族とコンプトンに行ったんだ」
 
それが本作に登場する、ギャング蔓延る治安の悪そうな街である。娘たちに反骨精神を埋め込むためわざわざ引っ越したってことを考えるとホントにヤバい奴だなって思し、間違いなく「毒親」の類である。リチャードのヤバさも描かれていたし、原題の ”King Richard”は「リチャード3世」になぞらえて揶揄したものだと思うが、ずいぶん美化して描いていると思われる。ヴィーナスとセリーナのサクセスストーリーのように見えて、要するに毒親の功罪を描いている。
 
結果、ビーナスとセレーナは、アフリカ系女子選手がほとんどいなかったテニス界に絶対王者として君臨し、人種差別や男女格差と闘いテニスの歴史を塗り替え、世界中の人々に影響を与える存在となった。文武両道を貫いた頭脳明晰な姉妹は数か国語を操り、現地の言葉で取材に応じる。クリエイティブな面を開拓していくことを母オラシーンに勧められてファッションスクールに入学し、デザイナーとしても才能を発揮している。
 
が、それは姉妹がたまたま成功しただけの生存者バイアスにすぎず、彼女たちがどこかで壊れてしまい挫折していたら、子どもを自己実現の道具にした毒親でしかない。とは言え、リチャードの毅然とした態度が姉妹を守った側面は否めない。ジュニア大会で子どもたちに強いプレッシャーをかける親、天才と持て囃された子どもが破滅していく現実に批判的だったリチャードは、子どもであるうちは子どもとして過ごさせようとする。
 
そして姉妹が何を背負って闘ってきたのか、マイノリティの代表として前人未到の道を切り開き、後に続く少女たちにどれほど勇気を与えたか、ということがきちんと描かれており、それは胸に迫るものがあった。ウィル・スミス平手打ち問題とリチャード毒親問題はおいといて、テンポのよいドラマチックな展開に引き込まれたし、映画としてよく出来ており楽しめた。でも、暴力はダメ絶対。
 

trailer:

【映画】ゴヤの名画と優しい泥棒

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映画日誌’22-10:ゴヤの名画と優しい泥棒
 

introduction:

ロンドンにある美術館ナショナル・ギャラリーで実際に起こった、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」盗難事件の知られざる鵜真相を描いたコメディドラマ。『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェルが監督を務め、本作が長編劇映画の遺作となった。主演は『ムーラン・ルージュ』『アイリス』などの名優ジム・ブロードベント、『クィーン』などのヘレン・ミレン、『ダンケルク』などのフィオン・ホワイトヘッドのほかマシュー・グードらが出演する。(2020年 イギリス)
 

story:

1961年、世界屈指の美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーで、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤの絵画「ウェリントン公爵」の盗難事件が起きる。犯人である60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントンは、絵画を人質に政府に対して身代金を要求。小さなアパートで長年連れ添った妻、息子とともに年金暮らしをしている彼は、身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりし、テレビで孤独を紛らわせている高齢者たちの生活を楽にしようと企てるが...
 

review:

世界中から年間600万人以上が来訪・2300点以上の貴重なコレクションを揃える “世界屈指の美の殿堂” ロンドン・ナショナル・ギャラリーから、フランシスコ・デ・ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。1961年に実際に起きたこの事件の犯人は、名もなき60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。
 
おしゃべりで皮肉屋の偏屈なおじさんだが、社会的弱者によりそう正義の人である。貧困によって社会から切り離された高齢者の孤独を救うのはテレビであると考えたケンプトンは、公営放送(BBC)の受信料無料化を訴える活動をしていた。事実、彼はBBCの受信料支払いを拒み、2度刑務所に入れられている。
 
ある日、イギリス政府とロンドン・ナショナル・ギャラリーが14万ポンド(約2170万円)で落札した『ウェリントン公爵』の肖像画が、ロンドン・ナショナル・ギャラリーで展示されるというニュースを見たケンプトン、怒り心頭。と言う訳で盗んだ「ウェリントン公爵」を盾に政府をゆすり、イギリス中を巻き込んだ大騒動となったのである。
 
しかし、この大事件の裏には、もう1つの隠された真相があった——というのが、この作品の肝である。国を揺るがした大事件の裏にある、家族愛の物語であった。ケンプトンには長年連れ添った妻ドロシーがおり、彼女は夢想家の夫を静かに見守る現実主義者である。名優ジム・ブロードベントヘレン・ミレンがバントン夫妻をチャーミングに演じ、ユーモアあふれる軽妙な夫婦の会話劇が楽しめるが、実際の夫妻のキャラクターに近いらしい。
 
「ケンプトンは永遠の楽観主義者であり、活動家だった」と監督は説明する。人と人とのつながりが希薄になっていく現代において、社会をよくするために立ち上がるケンプトンの勇姿が心に刺さる。娘の事故死から立ち直れずにいた妻ドロシーが、深い哀しみと折り合いをつけていく様子も描かれ、味わい深い、重層的なドラマに仕上がっている。ロジャー・ミッシェル監督の遺作は、優しく温かい多幸感が心の奥に広がる、良作であった。
 

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【映画】オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―

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映画日誌’22-09:オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―
 

introduction:

女神の見えざる手』『恋におちたシェイクスピア』などのジョン・マッデン監督が、第二次世界大戦下で実行された英国諜報部(MI5)の奇想天外な欺瞞作戦を描いたサスペンス。『英国王のスピーチ』のコリン・ファースが主演し、『プライドと偏見』などのマシュー・マクファディン、『ハリー・ポッター』シリーズのジェイソン・アイザックス、『トレインスポッティング』などのケリー・マクドナルドらが共演する。(2021年 アメリカ)
 

story:

第二次世界大戦下の1943年。劣勢のイギリス軍は、ナチス掃滅に不可欠なイタリア・シチリア攻略を進めるが、シチリア沿岸はドイツ軍による固い防御が敷かれていた。そこで英国諜報部(MI5)のモンタギュー少佐たちは驚くべき奇策をチャーチル首相に提案する。“オペレーション・ミンスミート”と名付けられたその欺瞞作戦は、高級将校に見せかけた死体に「イギリス軍がギリシャ上陸を計画している」という偽造文書を持たせて地中海に流し、ヒトラーを騙すというものだった。それはヨーロッパ各国の二重三重スパイを巻き込み、熾烈な情報戦へと発展していくが...
 

review:

ミンスミート作戦」は、第二次世界大戦中の1943年にイギリス軍が実行し成功を収めた諜報作戦である。連合国軍側の戦争計画に関する「極秘書類」を持った「マーティン少佐の死体」をスペイン沿岸に漂着させ、ドイツ側にその極秘情報を「偶然」入手させる。実際の計画地がシチリアであることを秘匿しつつ、連合国軍がギリシャサルデーニャ侵攻を計画しているとナチス・ドイツの上層部に信じ込ませようとしたのだ。
 
この奇想天外な欺瞞作戦は、表向きは弁護士の諜報員ユーエン・モンタギュー少佐、チャールズ・チャムリー空軍大尉、イアン・フレミング少佐によってチャーチル首相に提案された。1953年に出版されたユーエン・モンタギュー少佐による書籍『 The Man Who Never Was(存在しなかった男)』によって、その作戦の大部分が明らかにされているが、本作はベン・マッキンタイアー『ナチを欺いた死体 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』を原作としている。
 
「マーティン少佐」の「死体」を手に入れ、その「身上」を綿密に作り込む過程がテンポよく描かれ、作戦実行後に二重、三重のスパイが騙し合い駆け引きし、スリリングな展開を見せる。007シリーズを観ているかのような気分になるのも当然と言えば当然、「偽造文書を持たせた死体を海に流す」という奇策を考え出したイアン・フレミング少佐は、後の007シリーズの原作者なのである。本作に登場するイギリス海軍提督ジョン・ゴドフリーは、007シリーズに登場する「M」のモデルとして知られているそうだ。
 
まさに「事実は小説よりも奇なり」であるが、なぜか中途半端な恋模様が織り込まれており、そのせいで筋がボヤけてしまっている。モンタギューと妻アイリス、弟アイヴァー、チャムリー、ジーン・レスリーの人間関係が何故だかイマイチわかりづらい。何なら弟もメガネでチャムリーもメガネだから最初どっちがどっちか分からないし、それ以外の皆さんも役割がよく分からない。余計な恋模様より登場人物をきちんと描いてくれだし、もっと言えば世界史の基礎知識が必要すぎる。その点が少々残念ではあったが、史実として興味深い映画体験ではあったと思う。
 

trailer:

【映画】ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ

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映画日誌’22-08:ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ
 

introduction:

1959年に44歳の若さで死去したアメリカジャズ界の伝説的歌手ビリー・ホリデイを描いた伝記ドラマ。人種差別を告発する「奇妙な果実」を歌い続けたことでFBIに追われていた彼女の半生を映し出す。監督は『大統領の執事の涙』のリー・ダニエルズR&Bシンガーのアンドラ・デイがホリデイ役を演じ、第78回ゴールデングローブ賞で最優秀主演女優賞受賞、第93回アカデミー主演女優賞にノミネートされた。『ムーンライト』などのトレヴァンテ・ローズ、『トロン:レガシー』などのギャレット・ヘドランドらが出演する。(2021年 アメリカ)
 

story:

1940年代、公民権運動黎明期のアメリカ。国民の反乱の芽を潰すよう命じられていたFBIは、当時絶大な人気を誇っていた黒人ジャズシンガー、ビリー・ホリデイが歌う「奇妙な果実」が人々を扇動すると危険視し、彼女に対して歌うことをやめるよう圧力をかけていた。それでも決して歌うことを諦めないビリーに対し、FBIは彼女を逮捕するため、おとりとして黒人捜査官のジミー・フレッチャーを送り込むが...
 

review:

ビリー・ホリデイは、サラ・ヴォーンエラ・フィッツジェラルドらと並び称されるアメリカのジャズ・シンガーである。壮絶な生い立ち、人種差別や性差別、薬物やアルコール依存と闘い、短くも波乱に満ちた生涯を送った彼女の存在は、ジャニス・ジョプリンをはじめとする多くのミュージシャンに影響を与えた。ホリデイの死から約40年後の2000年にはロックの殿堂入りを果たし、2003年には「Qの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第12位に選出された。20世紀で最も偉大な歌手の一人である。
 
ジャズ・ボーカルの古典となったホリデイの代表曲「奇妙な果実 (Strange Fruit)」、ルイス・アレンという若い高校教師が作詞・作曲したこのナンバーは、アメリカ南部の人種差別の凄惨さを歌う。「南部の木は奇妙な実をつける」と始まり、白人からのリンチによって木に吊りさげられた黒人の死体が腐敗し、死臭を放ちながら風に揺られているさまを描写する。人種を問わず同席できる、当時のアメリカでは革新的だったナイトクラブ「カフェ・ソサエティ」で、ホリデイはこの曲を歌い続けた。
 
そのことによって彼女は、黒人社会に与える影響力を恐れたFBIから標的にされていた、ということが最近明らかになった。イギリス人作家ヨハン・ハリが2015年に発表したノンフィクション「麻薬と人間 100年の物語」のビリー・ホリデイの章で、麻薬取締局(DEA)の前身であるアメリカ合衆国財務省管轄の連邦麻薬局を率いたハリー・J・アンスリンガーが、「奇妙な果実」を歌わないようホリデイを脅し、彼女のドラッグの問題を利用して追い詰めたことを明かしたのである。
 
このエピソードに焦点をあて、ホリデイの生涯に迫る興味深い内容だったが、ちょっと散漫な印象。タイトルほど国家権力と闘うわけでもないし、メッセージが曖昧で何を伝えたいのか分からなかった。彼女を取り囲む人間関係も描写が中途半端で、生涯を通して真の友であったと言われるサックス奏者のレスター・ヤングですら印象が薄い。連邦検事が「考えうる限りで最悪のヒモ男」と描写した最初の夫ジミー・モンロー、彼女を食いものにしたペテン師ジョン・レヴィーとの関係もぼんやり描かれるし、最後の夫ルイ・マッケイに至ってはお前どこからわいてきた感すごい。
 
しかし本作を通して、ビリー・ホリデイ公民権運動の火付け役だったのだと、改めて知ることができた。ニーナ・シモンアレサ・フランクリンよりも前に、ビリー・ホリデイの存在があったのだ。そういう意味では充分に観る価値のある作品であったし、アンドラ・デイのパフォーマンスも素晴らしかった。今改めて、ビリー・ホリデイが歌う「奇妙な果実 (Strange Fruit)」をじっくりと聴いてみようと思う。
 

trailer:

【映画】ウエスト・サイド・ストーリー

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映画日誌’22-07:ウエスト・サイド・ストーリー
 

introduction:

スティーブン・スピルバーグ監督が、1961年にも映画化された伝説のブロードウェイミュージカル「ウエスト・サイド物語」を再び映画化。1950年台のアメリカ・ニューヨークを舞台に、2つの移民グループが抗争を繰り広げるなかで生まれた”禁断の愛”の物語を描く。『ベイビー・ドライバー』などのアンセル・エルゴート、オーディションで約3万人の中から選ばれた新星レイチェル・ゼグラーが主演するほか、1961年版でオスカーを受賞したリタ・モレノらが出演する。『リンカーン』のトニー・クシュナーが脚本、元ニューヨーク・シティ・バレエ団のソリストでダンス界を牽引するジャスティン・ペックが振付を担当。2022年・第94回アカデミー賞では作品、監督賞ほか計7部門にノミネートされた。(2021年 アメリカ)
 

story:

1950年代のニューヨーク。マンハッタンのウエスト・サイドは、夢や成功を求めて多くの移民たちが暮らしていた。貧困や差別に直面し、社会への不満を募らせた若者たちは同胞の仲間と結束し、各チームは対立し合っていた。ある日、プエルトリコ系移民の「シャークス」のリーダーを兄に持つマリアは、敵対するポーランド系移民の「ジェッツ」の元リーダーであるトニーと出会い、運命的な恋に落ちてしまう。その二人の禁断の愛が、多くの人々の運命を変えていくことになるが...
 

review:

1961年版『ウエストサイド物語』を観たことがあると思っていたけれど、まともに観たことはなかったらしい。高校時代の音楽の先生が音楽映画を授業に用いる人で、『ウエストサイド物語』もいくつかの代表的なナンバーを映像で観せられたのだと思う。あるいは、いろんなメディアに引用されている断片的なイメージを繋ぎ合わせて、まるで観たことがあるように記憶してたのだろう。
 
言い換えると、それほど影響力のある作品であるということだ。ミュージカル映画の代名詞であり、金字塔である。それをリメイクするというのは、わざわざ地雷を踏みに行くような難しい挑戦だ。名匠スティーブン・スピルバーグ監督が映画史に残る名作をどんな風に生まれ変わらせたのか、アンセル・エルゴートがトニー役を演じることも楽しみで、公開を心待ちに待った。
 
IMAXのシアターで2時間半、美しい音楽とダイナミックなダンスシーンに彩られた映像世界に圧倒され、魅了された。1961年版と異なる設定もいくつかあったようだが、物語の筋はほぼ同じ。ラブストーリーとしては当然ながら古臭く、両目を開いて冷静に観るとツッコミどころ満載だが、そんなことはどうでもいい。スピルバーグ先生はテクニシャンなので色々うやむやにされてる気がするけど、映画史に残る名曲の数々と、ジャスティン・ペックという新しい才能が色付けしたダンスシーンに見惚れるだけの映画なので、美しかったらいいのである。
 
作品全体のカメラワークも素晴らしかったが、色使いも印象深い。「シャークス」は暖色系、「ジェッツ」は寒色系の衣装でまとめられており、ダンスホールで2つの色が混ざり合うシーンは圧巻。そして何色にも染まっていないマリアのドレスは白だし、トニーと恋に落ちたマリアのドレスはブルーに染まるのである。トニーとマリアが運命的な出会いを果たす伝説のシーン、印象はそのままにより美しく生まれ変わっていて涙が出た。世界遺産を見たような気持ちになったし、何ならそれだけで満足した。そして個人的には、トニーよりマリアより、アニータ役のアリアナ・デボースの存在感に釘付けになった。助演女優賞を獲ってほしい。
 
この悲恋の物語は「ロミオとジュリエット」をベースに、プエルトリコ系移民と白人系移民のギャングが敵対する構図が描かれている。一口にアメリカの白人と言っても、ヨーロッパ系移民には多様なルーツがあり、最初に入植したイギリス系移民のWASPを頂点にヒエラルキーがある。次いでプロテスタント教徒のオランダ、スウェーデン、ドイツ、フランスなど西欧、北欧系が入植し、19世紀に入るとアイルランドからの移民が増える。
 
そして20世紀になってイタリアなどの南欧系、そしてポーランドなどの東欧系、そしてユダヤ人が続く。彼らは旧来の「旧移民」に対して「新移民」と呼ばれた。後から来た人間は虐げられる。虐げられた者は、さらに弱い者を虐げる。本作に登場する「ジェッツ」はポーランド系移民のチームだが、「ポラック」や「フーリッシュ・ポーリッシュ」という蔑称があるように、ポーランド系は伝統的に差別されてきた。
 
つまり白人対プエルトリコ人という単純な構図ではなく、人種差別を受け、貧困に喘いでいる者同士の対立なのである。そうした社会背景を知っておくと、スピルバーグが今この時代に『ウエストサイド物語』を甦らせた意味をより深く理解できるようになる。若い恋人たちから愛し合う場所を奪った「ひとつになれない世界」は、複雑な社会構造のなかで作り上げられたものなのだ。いつかすべての色が混ざり合う時が来るようにと、願うばかりである。
 

trailer:

【映画】ゴーストバスターズ/アフターライフ

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映画日誌’22-06:ゴーストバスターズ/アフターライフ
 

introduction:

超常現象を研究していた科学者たちが結成した〈ゴーストバスターズ〉がニューヨークの街をゴーストから救う活躍を描き、世界中で大ヒットを記録したSFコメディー『ゴーストバスターズ』の続編。過去2作品の監督を務めたアイヴァン・ライトマン監督の息子であり、『JUNO ジュノ』『マイレージ、マイライフ』などのジェイソン・ライトマンが監督を務めた。『gifted/ギフテッド』などのマッケナ・グレイス、『IT イット』シリーズなどのフィン・ウルフハード、『ゴーン・ガール』などのキャリー・クーン、『ナイトミュージアム』などのポール・ラッドらが出演する。(2021年 アメリカ)
 

story:

母や兄とともに、祖父が遺した田舎の古い屋敷に引っ越してきた12歳のフィービー。街では、30年間にわたり原因不明の地震が頻発していた。ある日、フィービーは地下室で祖父が遺した謎のハイテク装置の数々を見つけ、ゴーストを捕獲するための装置「プロトンパック」を発見する。やがて彼女は、科学者だった祖父イゴン・スペングラーが〈ゴーストバスターズ〉の一員として30年前にニューヨークをゴーストから救ったことを知るが、さらなる異変が街を襲い始め...
 

review:

え、ゴーストバスターズが嫌いな人なんているの・・・?みんな大好きだよね・・・?一作目が登場したのは、ここから遡ること37年の1984年。え、生まれてない・・・?全米年間興行収入No.1、日本でも年間配給収入No.1に輝く大ヒットとなり、レイ・パーカーJr.が歌う主題歌も大ヒット、「No Ghost」のマークが世の中に溢れかえった。本当に溢れかえったんだよ。1989年には続編となる『ゴーストバスターズ2』が公開され、80年代のカルチャーを牽引する伝説のSFアクションシリーズとなり、世界中で社会現象を巻き起こしたんだよ・・・。
 
超常現象を研究していた科学者ピーター、レイモンド、イゴンの3人+ウィンストンがニューヨークの街でゴーストたちと戦ってから30年が経ち、12歳の女の子が納屋でプロトン・パックを見つける。それは彼女の祖父が遺したものであり、彼女はイゴン・スペンクラー博士の孫娘だったのだ。このイメージをもとに、シリーズ生みの親であるアイヴァン・ライトマン監督の息子、ジェイソン・ライトマン監督が、新しいゴーストバスターズの物語を紡ぎ出した。彼は人間のドラマを描くことに長けた、インティペンデントのフィルムメーカーとして知られている。
 
オリジナル版へのリスペクトと愛がつまった、最高の映画だった。祖父から孫へ、父から息子へ渡されるバトン。父アイヴァンが創り出した「ゴーストバスターズ」のスピリットを息子ジェイソンが受け継ぎ、敬意をもって新しい世代の物語へと昇華させた。アウトサイダーたちが活躍する荒唐無稽な展開、ハイテクながらクラフト感あるお馴染みのガジェット、どこか愛嬌あるゴーストたち。すべてが愛おしく、新しいゴーストバスターズの進化を楽しむと同時に、一作目のDNAがガッチリと組み込まれていることに深い感動を覚える。エンドロールでもうれしい再会があるから、絶対に最後まで観てほしい。
 
スーパーマンにはなれないけど、ゴーストバスターズになら、なれる気がする。そう思わせてくれるのが最の高である。私もツナギを着てプロトンパックを背負いたいし、ゴーストバスターズに入りたい。劇場で「No Ghost」のキーホルダーを買って帰ったくらいには、ゴーストバスターズに入りたい。自宅でレイ・パーカーJr.になりきって「ゴーストバスターズ!」って叫ぶと、夫が「アレクササンバ!」って返してくるのがいささか迷惑だが、本当に本当に楽しい映画体験だった。——その数日後、アイヴァン・ライトマン監督の訃報。ご冥福をお祈りする。
 

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