銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ベルファスト

映画日誌’22-13:ベルファスト
 

introduction:

北アイルランド ベルファスト出身のケネス・ブラナーが、自身の幼少期を投影した自伝的作品。製作・監督・脚本を務める。9歳の少年バディの目線を通して、激動の時代に翻弄され様変わりしていく故郷ベルファストを映し出す。主演は本作が映画デビューとなる新星ジュード・ヒル。『007』シリーズなどの大女優ジュディ・デンチ、『裏切りのサーカス』などのキアラン・ハインズ、『フィフティ・シェイズ』シリーズなどのジェイミー・ドーナン、『フォードvsフェラーリ』などのカトリーナ・バルフら、英国とアイルランドの実力派俳優たちが集結した。第46回トロント国際映画祭にて最高賞にあたる観客賞に輝き、第94回アカデミー賞でも作品賞、監督賞ほか計7部門にノミネートされ、脚本賞を受賞した。(2021年 イギリス)
 

story:

北アイルランドベルファストで生まれ育った9歳の少年バディは、家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごしていた。たくさんの笑顔と愛に包まれる日常は彼にとって完璧な世界だったが、1969年8月15日、プロテスタント武装集団がカトリック住民を攻撃したことで、彼の穏やかな日常は一変してしまう。住民すべてが顔なじみで、ひとつの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断されていく。暴力と隣り合わせの日々のなかで、バティと家族たちも故郷を離れるか否かの決断を迫られ...
 

review:

いやいやいやいや作品賞は『ベルファスト』だろ!!!!と世界の中心で叫びたい。俳優・監督・舞台演出家として活躍するケネス・ブラナーが、自身の幼少期の体験を投影して描いた自伝的作品は、類まれなる傑作であった。ブラナーの生まれ故郷である北アイルランドベルファストを舞台に、激動の時代に翻弄されながら笑顔で生き抜く家族の物語がモノクロの映像で描かれる。この作品を観るにあたっては、北アイルランドの歴史背景を認識しておいたほうがよい。
 
イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」だ。念のため言っておくがアイルランド北アイルランドは異なる。アイルランド島にはイギリスによる支配に抗ってきた長い長い歴史があり、イギリスからの独立派(カトリック)と共存派(プロテスタント)の対立の構図がある。イギリスはプロテスタントが主流だが、アイルランドカトリックの土地。16世紀、国の勢力を拡大する過程でイギリスは隣のアイルランド島への植民を推し進め、プロテスタントが土着のカトリックから土地を奪う構造が出来上がっていく。
 
そしてイギリスから渡ってきた人が多い北側の地域ではプロテスタントが多数派となり、1920年代にアイルランドが独立する際、イギリスに留まった北部の地域が「北アイルランド」である。3600人近い死者を出した「北アイルランド紛争」は、1960年代にアメリカの公民権運動に影響され、カトリックに対する差別撤廃を求める運動が盛り上がったことに端を発する。紛争は北アイルランド警察やイギリス軍が介入して泥沼化し、1998年のベルファスト合意が締結するまで30年に及んだ。それにより北アイルランドは正式にイギリス領となったのであるが、現在もイギリス帰属派とアイルランド統一独立派の対立の構図は残っており、暴動が起きている。
 
映画の冒頭、ヴァン・モリソンの歌声を背景に現在のベルファストが映し出される。一転、モノクロに切り替わって1969年のベルファスト、少年バディの姿とともに暴徒たちが登場する。ある日、平穏な日常が終わる。暴力に分断されていく小さな街で、昨日まで仲良く暮らしていた隣人といがみ合う。暴力と隣り合わせながら、それでも家族の日常には愛とユーモアが溢れている。大好きなおじいちゃんやおばあちゃん、優しい両親、気になる女の子。
 
あくまで9歳の少年バディの視線で描かれ、中心となるのは家族の会話劇であるが、とにかく脚本が秀逸だ。市井の人々の暮らしを切り取ったモノクロの映像が美しく、カメラワークも素晴らしい。バディを演じるジュード・ヒルの可愛らしさといい、いずれの俳優も良い仕事をしていたが、おばあちゃんを演じたジュディ・デンチの存在感が途轍もなかった。
 
ベルファスト』はとてもパーソナルな作品だ。私が愛した場所、愛した人たちの物語だ
 
と、ケネス・ブラナー監督は語る。私たちは彼の個人的な感傷、郷愁を通じて、世界を見る。それこそが、この作品の凄さだろう。今この時代、言いようのない喪失感を抱える私たちに向けられた切実なメッセージが胸に突き刺さる。いつまでも心の奥に大切にしまっておきたい、愛おしい映画であった。
 

trailer: