映画日誌’21-46:リスペクト
introduction:
「ソウルの女王」と称されるアレサ・フランクリンの半生を描いた伝記ドラマ。『ドリームガールズ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞、歌手としてもグラミー賞を制したジェニファー・ハドソンが、本人から指名されアレサ役を演じる。監督はドラマ「ウォーキング・デッド」などに携わってきたリーズル・トミー。『ラストキング・オブ・スコットランド』でオスカーを獲得したフォレスト・ウィテカーのほか、『最凶赤ちゃん計画』などのマーロン・ウェイアンズ、『ボディカメラ』などのメアリー・J・ブライジらが共演する。(2021年 アメリカ)
story:
子どもの頃から圧倒的な歌唱力で天才と称され、ショービズ界で成功を納め世界的なスターへと上り詰めたアレサ・フランクリン。しかし華々しい活躍の裏には、尊敬する父、愛する夫からの束縛や裏切りがあった。精神的に追い詰められたアレサは、全てを捨て自分の力で生きていく決断をする。やがてアレサの心の叫びを込めた歌声は世界を熱狂させ、人々を歓喜と興奮で包み込んでいった。
review:
2018年8月16日、惜しくもこの世を去ったアレサ・フランクリン。ローリング・ストーン誌が選ぶ「史上最も偉大な100人のシンガー」の第1位に選ばれた伝説的存在だ。幼少期から父の教会でゴスペルを歌い育ったアレサ。最初に契約したコロンビア・レコードでは鳴かず飛ばずだったが、その後移籍したアトランティック・レコードでは持ち前の才能を開花させヒットを飛ばし、スターダムへと駆け上がっていく様子が描かれる。
アレサとセッションし、彼女の元来の音楽性を引き出したスタジオミュージシャンたちが白人なのが興味深かった。元々は白人のカントリーを演奏していた彼らが、アレサとの共創を通して無敵のR&Bを奏でる集団になったそうだ。彼らと作り上げた”I Never Loved a Man”や姉妹たちと生み出した”Respect”など、アレサの名曲たちが生まれる瞬間を目撃できる至福。スクリーンから彼らが生み出すグルーヴが伝わってくる。音が「鳴る」映画は理屈抜きで楽しいし、否応無しに興奮させられる。
アレサが世俗音楽に身を転じた60年代は、公民権運動が高まりを見せていた時代だ。大変有名な牧師を父に持つアレサ自身、幼少の頃よりマーティン・ルーサー・キング牧師との交流があり、公民権運動に積極的に関わってきた。そうした背景もきちんと描かれている。輝かしい成功の影でさまざまな苦悩や問題を抱え、人として、女性として真の自由を求めて闘い続けるアレサの姿に心を揺さぶられた。
そしてアレサは、自らのルーツであるゴスベル・アルバムの製作を決意する。それが『至上の愛 ~チャーチ・コンサート~(Amazing Grace)』だ。1972年1月、カリフォルニアのワッツ地区にあるニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で本物の聴衆の前で二晩にわたり収録されたライヴ音源は200万枚を超えるセールスとなり、彼女の歌手人生の中で最も売れたゴスペル・アルバムとなったのである。
その感動的な夜はワーナー・ブラザーズから公開される予定で撮影されていたのだが、長編劇映画を専門とし音楽ドキュメンタリーの撮影に慣れていなかったシドニー・ポラック監督が音と映像を合わせるための「カチンコ」を使うことを知らなかったため、編集ができず40年近く封印されてしまった。しかし収録から46年後、最新デジタル技術を使って映像と音声を同期させる作業がおこなわれ、ライブ・ドキュメンタリー『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』として国内でも公開され話題となったことは記憶に新しい。
本作は、アレサがその「帰郷」を果たすまでの長い旅路、彼女の歌声の裏にある数多の歴史と物語が紡がれている。そして辿り着いたニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会のシーンでは感極まって涙が止まらなかった。それを圧巻の歌唱力で体現したジェニファー・ハドソンが素晴らしいし、エンドロールで流れるアレサ本人の歌声に魂が震える。
私たちが進むべき道を照らしてくれるような気がして、あれからずっと、アレサを聴いている。
「自分自身のアーティストであれ。そして自分のやっていることに常に自信を持て」──アレサ・フランクリン