銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)

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映画日誌’21-36:サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)
 

introduction:

1969年に開催されたブラックミュージックの祭典「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」に迫る音楽ドキュメンタリー。地下室で眠っていた記録映像が、およそ50年の歳月を経てスクリーンに蘇る。監督を務めるのは、エミネムやジェイ・Zのプロデューサーとしても知られ、過去4度グラミー賞を受賞したアミール・“クエストラブ”・トンプソン。2021年サンダンス映画祭でドキュメンタリー部門の審査員大賞と観客賞を受賞。(2021年 アメリカ)
 

story:

アメリ音楽史上に語り継がれるウッドストックと同じ1969年の夏、160キロ離れたニューヨーク市マンハッタンのハーレム地区で、もう一つの歴史的な音楽フェスティバルが開催されていた。6週にわたり30万人以上が参加したこの一大イベント「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」には、スティーヴィー・ワンダーB・B・キング、マヘリア・ジャクソン、スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンなど、当時のブラックカルチャーを牽引するミュージシャンや、文化人、政治指導者たちが続々と登場する。
 

review:

凄まじいものを観た。1960年代のアメリカは、ベトナム戦争とドラッグの蔓延、ジョン・F・ケネディマルコムXキング牧師が暗殺され、黒人たちが人権を求める公民権運動が盛り上がり各地で暴動が起き、社会が混沌としていた時代。黒人たちの怒りが爆発寸前だった1969年の夏、ニューヨーク市マンハッタンのハーレム地区でおこなわれた歴史的音楽フェス「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」を、私は確かに目撃した。
 
若干19歳のスティーヴィー・ワンダーによる、才気に満ち溢れた圧巻のドラムソロが始まる。B.B.キング、ザ・フィフス・ディメンション。ブルース、ジャズ、ラテン、アフリカ、様々なジャンルを横断しながら人々に生きる尊厳と連帯を訴える。ゴスペルの女王マヘリア・ジャクソンとメイヴィス・ステイプルズが前年に暗殺されたキング牧師に捧げた全身全霊の熱唱は、指導者を失った黒人たちの慟哭のようで心の奥にズシンと響き、涙が止まらなかった。
 
モータウンレコードのドキュメンタリーでも語られていたが、当時の黒人アーティストたちは白人社会に受け入れられるよう洗練された立ち振る舞いを教育され、スーツやタイでドレスアップするのが通例だった。その殻を打ち破ったスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの革命的ともいえるグルーヴ、ニーナ・シモンが歌い上げる、黒人の誇りと未来へのメッセージ。
 
今日、アポロ11号が月面に着陸したって?そんな金があるならハーレムの貧困層を何とかしろというオーディエンス。ニューヨークタイムズの記者で、大学を卒業した最初のアフリカ系アメリカ人女性の1人、シャーレイン・ハンター=ゴールトが「ニグロ」という言葉の使用の中止を求め、初めて「BLACK」という言葉を使ったエピソード。主催者トニー・ローレンスの奔走、リベラルな異端児と呼ばれたNY市長ジョン・リンゼイの積極的なバックアップにも胸が熱くなる。
 
この貴重な映像は約50年もの間、地下室に埋もれたままになっていた。同じ夏に開催された「ウッドストック」が映画になりアカデミー賞を受賞した一方で、黒人たちの叫びが無視され続けてきた事実に愕然とする。これはただの音楽映画ではない。政治や社会運動、人権問題など当時の社会背景を色濃く映し出し、ここで提示された問題が現代のブラック・ライブズ・マター運動へ連綿と続いていることを私たちに突きつける。50年経ったけれど、何も変わっていないのだ。音楽に興味がなくても、歴史の目撃者になることをおすすめする。
 

trailer: