銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?

映画日誌’23-47:私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?

introduction:

フランスを代表する女優イザベル・ユペールが主演を務め、フランスの原子力会社の労働組合代表が国家的スキャンダルに巻き込まれていく実話を描いた社会派サスペンス。共演は『デリシュ!』のグレゴリー・ガドゥボワ、『ヒトラー 最期の12日間』のアレクサンドラ・マリア・ララ、『ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール』のイヴァン・アタルら。『ルーヴルの怪人』のジャン=ポール・サロメが監督を務めた。第79回ヴェネチア国際映画祭 労働・環境人材育成財団賞受賞。(2022年 フランス・ドイツ合作)

story:

フランスの原子力発電企業アレバ社の労働組合代表モーリーン・カーニーは、中国とのハイリスクな技術移転契約の極秘取引を知り、会社の未来と従業員の雇用を守るため内部告発をする。干渉をやめるよう勧告されたモーリーンはさまざまな形で脅迫され、やがて自宅で何者かに襲われてしまう。ところが権力側は彼女の自作自演だと自白を強要し、モーリーンは被害者から容疑者という真逆の立場に追い込まれるが…

review:

脱炭素の潮流のなかで「原発返り」ともいえる動きを見せているフランス。原子力産業の再興を目指すマクロン大統領のもと、2050年までに最大14基の原発が新設される可能性があるそうだ。本作はフランス最大の原子力発電会社アレヴァ(現名称オラノ)社で実際に起きた、国家的スキャンダルが描かれている。

アイルランド労働組合主義の家庭で育ち、ネルソン・マンデラの解放活動に参加する母親を持つモーリーン・カーニーは、高校時代にはフェミニスト活動家になっていたという。夫とともに渡仏し、アレヴァの子会社で海外勤務をする技術者に英語を教える職を得る。そして彼女は5期に渡りアレヴァの労働者組合の代表を勤めるが、会社の未来と従業員の雇用を守るために内部告発したことで地獄を見ることになる。

手を引くよう脅迫され、ついには自宅で何者かに襲われてしまうのだ。ナイフで腹部に「A」と刻まれ、そのナイフの柄を膣に挿入され、椅子に縛り付けられた状態で家政婦に発見された。耐え難い肉体的苦痛と、それを自作自演だとし自白を強いる国家権力からの精神的暴力に晒され、一度はその圧力に屈してしまう。そして無罪を勝ち取るまで、6年間闘い続ける姿が描かれる。

現在と過去を行き来する構成で、寡黙ながらスリリングな展開。ぐいぐいと物語に引き込まれていく。正直、イザベル・ユペールの存在感だけで成り立っているような気もするが、5万人の雇用を守ろうとした1人の女性が暴力的な凌辱を受けて尊厳を奪われただけでなく、事件を捏造されて犯罪者の汚名を着せられ、社会的に抹殺されそうになったという事実に戦慄を覚える。

真犯人が捕まっていないので、モーリーの主張が100%真実かどうかは分からないし、真相はいまだに謎に包まれている。観たらわかるんだけど、その100%被害者かどうか分からない曖昧な存在を体現したイザベル・ユペールの演技力がすごい。結局イザベル・ユペールを愛でる映画なんだが、フランス政界および経済界と原発ビジネスの癒着、社会や組織における女性の立場の弱さについて考えさせられた。夫の愛だけが救いだったなぁ。

彼女は、「現実は映画よりもっとひどかった」と語っている。現在、女性に対する暴力と闘う団体で働く彼女から、暴力を受けた経験を持つ女性へのアドバイスは、「友情をあきらめないこと」。壊されたメンタルを癒すために、「愛情や優しさは重要で、それこそが真実にアクセスさせ、プライドを復活させることを可能にするものだ」と話している。「辛抱強く、決してあきらめなければ、最後にはそこにたどり着くことができる」という母親の教えを彼女は大切にしている。(公式サイトより)

trailer: