銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー

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映画日誌’20-34:ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー
 

introduction:

『リチャード・ジュエル』『トロン:レガシー』などの女優オリヴィア・ワイルドが長編初監督に挑んだ青春コメディ。優等生の女子高生二人が高校最後の一夜に大冒険を繰り広げる騒動を描く。『俺たち』シリーズ、『バイス』などのウィル・フェレルとアダム・マッケイが製作総指揮を務める。人気俳優ジョナ・ヒルの妹としても知られる『レディ・バード』などのビーニー・フェルドスタインと、『ショート・ターム』『デトロイト』などのケイトリン・デヴァーが主演を務める。ビーニーは本作で第77回ゴールデン・グローブ賞の女優賞(コメディー/ミュージカル)にノミネートを果たした。(2019年 アメリカ)
 

story:

女子高生モリーとその親友エイミーは、高校生活の全てを勉学に費やし輝かしい進路を勝ち取っていたが、卒業式前日になってパーティー三昧だったクラスメイトたちも同じくハイレベルな進路が決まっていることを知り、衝撃を受ける。勉強のために青春を犠牲にしてきたことを後悔し、失った時間を取り戻すべく、卒業パーティーに乗り込むことを決意する二人だったが…
 

review:

Book Smart(ブックスマート)とはいわゆるガリ勉、本を読んで賢くなった人、つまり学識はあるが常識がない人のことを指すらしい。ちなみに対義語はStreet Smart(ストリートスマート)、実践で賢くなった人なんだそうだ。人権運動家マララ・ユスフザイ女史、86歳のアメリ最高裁判事RBGことルース・ベイダー・ギンズバーグ女史に憧れ、サクセス街道を突き進むべく、名門大学を目指して勉強一筋の高校生活を送ってきた優等生のモリーとエイミー。
 
ところが、「遊び呆けていたあいつらは高校生活が人生のピークだ」とバカにしていたパリピのクラスメイトも、ハーバードやスタンフォードなど名門大学への進学やGAFAに就職が決まっていることが判明する。青春を犠牲にしてまで勝ち組になったのだ、という優越感がもろくも崩れ去り、愕然とするモリー。あいつらの4年間を一晩で取り返してやる!!と、呼ばれてもいないパーティーに繰り出す女子高生二人組の物語だ。
 
とにかく笑える。女子高生版『ハングオーバー!』と言ったところだが、監督のオリヴィア・ワイルドが『リーサル・ウェポン』や『ビバリーヒルズ・コップ』を参考にしたのとのことで、バディムービーとしても楽しめる。脚本がよく出来ており、モリーとエイミーの掛け合いが楽しい。謎のロボットダンスで会話したかと思えば、無駄にお互いを褒め称え合い、ときに励まし合い、きわどい下ネタで盛り上がったりするのが微笑ましい。
 
優等生の立ち位置から周囲を見下しているモリーはクラスメイトに陰口を言われたりもするけれど、だからと言って周囲とコミュニケーションが断絶しているわけではない。脚本家陣が見かけや趣向のステレオタイプを排除して多面的なキャラクターを創り出しているため、青春学園モノにありがちなスクールカーストやモブキャラが登場しないのが特徴だ。クラスメイトはもちろん、教師やエイミーの両親など、登場するキャラクターがみな個性にあふれ、実に魅力的。アフリカ系、アジア系、メキシコ系など多様なルーツ、多様なセクシャリティが混在し、お互いを受け入れている様子がごく自然に描かれている。
 
場面のひとつひとつが丹念につくり込まれていて、何とも賑やかで騒々しい高校生活の様子、ジェットコースターのように目まぐるしく展開していく青春の疾走感と痛々しさ、周囲を受け入れ、受け入れられて自分の殻を破っていくモリーとエイミーの成長譚が心地好い。二人の青春と友情を彩るプレイリストも素晴らしかった。生きているのが辛くなったら、また観ようかな。みんなも観たらいいよ。
 

trailer:

【映画】ディック・ロングはなぜ死んだのか?

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映画日誌’20-33:ディック・ロングはなぜ死んだのか?
 

introduction:

スイス・アーミー・マン』で衝撃の長編デビューを飾ったダニエル・シャイナート監督が、気鋭の映画スタジオ「A24」と再びタッグを組み、実際に起きた出来事に着想を得て、アメリカの片田舎で起こった奇妙な殺人事件の顛末を描くミステリー仕立てのダーク・コメディ。あるバンドの仲間たちがひた隠しにする、メンバー怪死の真相が次第に明らかになっていく。マイケル・アボット・Jrやヴァージニア・ニューコムなどが出演するほか、ダニエル・シャイナート監督がタイトルロールのディック・ロングを演じる。(2019年 アメリカ)
 

story:

売れないバンド仲間のジーク、アール、ディックの3人は、練習と称してガレージに集まり、いつものようにバカ騒ぎをしていたが、あることが原因でディックが突然死んでしまう。殺人事件として警察が捜査を進める中、唯一ディック死亡の真相を知っているジークとアールは、なぜか彼の死因をひた隠しにし、自分たちの痕跡を揉み消そうと躍起になる。誰もが知り合いの小さな田舎町では、事件の噂がまたたく間に広がり、人々の話題はディックの死でもちきりになるが...
 

review:

ハリー・ポッターことダニエル・ラドクリフの扱い方があまりにもアレで話題になった『スイス・アーミー・マン』のダニエル・シャイナート監督の新作だ。『スイス・アーミー・マン』は無人島に漂着したポール・ダノダニエル・ラドクリフの死体をサーフボードにして、オナラの推進力で海を渡るというイカれた映画である。繰り返すが本当にイカれた映画だった。しかも今回は「A24」が配給だけじゃなく制作も手掛けた、コーエン兄弟の『ファーゴ』を彷彿とさせる、という煽り文句につられて劇場に足を運んでしまった。
 
そもそも、「ディック・ロング」って名前な・・・?たしかにリチャードの愛称はディックだけども。ちなみにキャスティングするときチャニング・テイタムジャスティン・ティンバーレイクにオファーしてみたけど、ことごとく断られたそうだ。そりゃそうだ。仕方なく監督自身が「ディック・ロング」を演じ、死体として無体な扱いを受けている。自業自得、因果応報感がすごい。ハリー・ポッターの呪い。
 
ハングオーバー!』をはじめ、いつまでも大人になりきれない男3〜4人が集まってドタバタと馬鹿をやる映画はたいてい面白い。しかし、本作で『ハングオーバー!』的な面白さを期待していると肩透かしを食らう。この映画もお馬鹿3人組がひたすら馬鹿騒ぎしているところから始まり、馬鹿馬鹿しい理由で死んだ仲間を庇うために馬鹿馬鹿しい嘘をついて追い詰められていく馬鹿馬鹿しいストーリーなんだが、面白い要素が随所にあるにも関わらず、なぜか笑えない。きっと文化の違いとかそういうことではないし、不謹慎なブラック・ユーモアだから笑うに笑えない、ということでもない。
 
ディック・ロングの死の真相はかなり早い段階で分かってしまうのだけど、張り巡らせた伏線を回収するとか、どんでん返しするとか気の利いたギミックがあるわけでもなく、二人が塗り重ねていく嘘も凡庸で、取り立てて面白くない。アホな映画で笑いたかった私には期待外れだったが、冷静に考えると「A24」の映画だもんな。独特のシュールな切り口が個性と言えばそうなのかもしれないし、全く面白くないとも言わないが、身も蓋もないことを言うと予告編が一番面白かった。
 
ちなみに、アメリカ合衆国ワシントン州のイーナムクローで実際に起きた事件を元にしているそうだ。気になる、且つネタバレしても構わない人はググってみたらいいよ・・・。
 

trailer:

【映画】ハニーボーイ

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映画日誌’20-32:ハニーボーイ
 

introduction:

問題を抱える父親との関係に葛藤する、ハリウッドの人気子役の心の成長を描いた人間ドラマ。『トランスフォーマー』『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』などで知られる映画界の“異端児”シャイア・ラブーフが、自らの経験をもとに脚本を手掛け、父親役で出演。『ワンダー 君は太陽』『クワイエット・プレイス』などで注目される子役ノア・ジュプ、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』などのルーカス・ヘッジズが出演。サンダンス映画祭で審査員特別賞に輝き、トロント国際映画祭でも称賛され、その後もヨーロッパからインドやアジアまで、世界各国の映画祭に招かれ34ノミネート9受賞を果たした。(2019年 アメリカ) 
 

story:

若くしてハリウッドのトップスターとなったオーティスは、撮影に忙殺されるストレスから、次第にアルコールに溺れるようになってしまっていた。2005年のある夜、泥酔して車を運転し事故を起こし、更生施設へ送られることに。そこでPTSDの兆候があると指摘され、原因を探るため今までの思い出をノートに書くことを勧められた彼は、父親のことを思い出す。10年前、子役として家計を支えていた12歳のオーティスは、情緒不安定な前科者のステージパパ、ジェームズに振り回される日々を送っていた。そんな彼を心配してくれる保護観察員のトムや隣人の少女、撮影現場の大人たちとの交流を経て、オーティスは新たな世界へと踏み出していくが...
 

review:

ハリウッドの“異端児”シャイア・ラブーフの自伝的映画である。彼はフランス系の父親とユダヤ系の母親のもとに生まれた。ラブーフ(LaBeouf)はフランス語で牛肉を意味するそうだが、本来なら“LaBoeuf”のところを、ビートニクレズビアンだったおばあちゃんが家族と絶縁すべく、わざと綴りを間違えて登録しちゃったとのこと。シャイア(Shia)はフランスで言うところの4文字言葉(s**t)らしく、直訳するとあんまりなお名前だ。当の本人はいたくお気に入りらしいが、一人息子にこんな名前をつけちゃう両親はやっぱりヒッピーだったらしい。ああ、ヒッピーの毒親ってフェニックスさんちと一緒やないの。
 
リバー・フェニックスマコーレー・カルキンドリュー・バリモアジュディ・ガーランド・・・毒親に育てられ、破滅的な時期を過ごした子役は枚挙に遑がない。子ども時代に、まだ自分が何者かも分からないうちから、誰かが創り出した人格を何の疑いもなく演じ続ける。なんとなく人格形成に影響がありそうだし、認知が歪みそうである。人気子役の人生が破綻しがちなのはそういうことに由来するのだろうか、なんて思ったりするが、毒親の歪んだ愛情に晒されてきた子どもは役者であろうがなかろうが、十字架を背負わされた呪われた人生になる、というだけのことだ。そして呪縛から逃れるには、自分自身で解放するしかない。シャイアもその一人だった。
 
シャイア演じるやさぐれ漁師と、施設から脱走したダウン症の青年の旅路を描いた『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』が記憶に新しい。撮影中、泥酔による迷惑行為でシャイアが逮捕され、しかもアフリカ系の警官に人種差別的な発言を繰り返したとして非難の対象となり、一時は公開が危ぶまれたそうだ。オレのデビュー作に何してくれてんのって主演のザック・ゴッツァーゲン君にガチ怒られて反省した彼は更生を誓い、リハビリ施設に入所。おそらく今回の作品は、そのときに書かれた手記が元になっているのだろう。
 
シャイアが自らのトラウマと対峙するセラピーの一環だと思えば、たしかに興味深くはあるが、映画としてはこんなものかもしれない。俳優たちの演技は素晴らしかったし、映像や音楽はとても素敵だったけど、面白さは感じなかった。どこにも焦点が合っておらず、ぼんやりとした印象。残念ながら少々退屈してしまった。何しろ本人自ら脚本を書いているので、物語がごく私的なものにとどまってしまっているのだろう。親子の出来事が箇条書きになっているが、オーティス少年と父親の葛藤や心の機微の描き方が表面的で、イマイチ胸に響いてこない。とは言えシャイア・ラブーフは素晴らしい表現者であるし、ノア・ジュプとルーカス・ヘッジズもいい俳優であるからして、これからのご活躍を祈念しつつ(不採用通知
 

trailer:

【映画】エレファント・マン 4K修復版

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映画日誌’20-31:エレファント・マン 4K修復版
 

introduction:

当時『イレイザーヘッド』でカルト的な人気を集め、のちにツイン・ピークス』『マルホランド・ドライブ』を世に送り出した鬼才デイヴィッド・リンチが、19世紀末に実在した奇型の青年ジョン・メリックの数奇な運命を描き、世界的に大ヒットした不朽の名作。第53回アカデミー賞作品賞など主要8部門でノミネートされ、第34回英国アカデミー賞では作品賞と主演男優賞を受賞した。日本では1981年に初公開され、本国公開から40年を迎えた2020年に4K修復版でリバイバル公開された。本作で英国アカデミー賞主演男優賞に輝いたジョン・ハート、オスカー俳優アンソニー・ホプキンス、名優サー・ジョン・ギールグッドらが出演している。(1980年アメリカ,イギリス)
 

story:

19世紀末のロンドン。優秀な外科医トリーヴズは、見世物小屋エレファント・マンと呼ばれる青年ジョン・メリックと出会う。メリックの特異な容姿に興味を持ったトリーヴズは、彼を研究対象として病院で預かることに。何も話さず怯えるだけのメリックを誰もが知能が低いと決めつけていたが、やがて彼の知性あふれる穏やかな優しい人格が判明する。上流階級者が次々に彼のもとを訪れ、人間らしい交流が生まれていくが...
 

review:

今年5月、毎日アメリカ・ロサンゼルスの天気予報を伝えるYoutubeチャンネルを開設した鬼才デヴィッド・リンチ。「カルトの帝王」が、自室と思われる場所から淡々と今日の天気を伝える様子はあまりにもシュールで、観る者の心をざわつかせた。パンデミックによる外出自粛が続く中、少しでも人々の暇つぶしになればという思いで始めたんだとか、なんとか。ありがとうデヴィッド。
 
エレファント・マン』は、そんなお天気おじいさんが若い頃に撮った不朽の名作だ。5年の歳月をかけて製作したデビュー作『イレイザーヘッド』が、ニューヨークのミニシアターの深夜上映企画“ミッドナイトムービー”で上映され一部の熱狂的支持を得たデヴィッド・リンチに、「きみは狂っている。この映画を監督してほしい」と言ったのが、『エレファント・マン』の製作総指揮(ノンクレジット)のメル・ブルックスだったそうだ。
 
子どもの頃、金曜ロードショーで観て衝撃を受けた記憶がある。美しい心を持つジョン・メリックの哀しい最期だけが強烈に心に残っており、長らく感動のヒューマンドラマのような印象を抱いていた。あれから数十年。あの感動(と思っていたもの)が4K修復版でスクリーンに帰ってきた。ずいぶんと大人になり、ずいぶんとたくさんの映画を観てきた人生を背負って、『エレファント・マン』と向き合う。なんと、子どもの頃に受けたものとは比べものにならない衝撃を受けて打ちのめされたのである。
 
まず、40年前の映画と思えない。大昔と言われても、あるいは去年撮ったと言われても違和感がない。その芸術性は全く色褪せることなく、金字塔として時代を超越していくのだろう。身近な映画マスター曰く、古典的な映画の文法や撮影技法にこだわって描かれており、台詞の言い回しや所作などもきわめて古典的な演劇のような演技と演出がなされているとのこと。クラシカルなロンドン訛りの英語が使われており、語彙や表現が美しく、格調高いものなんだそうだ(完全なる受け売り)。たしかに、決して多くない台詞で、ジョン・メリックの内面の美しさを際立たせているのは見事である。
 
まるで怪物のような産業機械、見世物小屋のフリークスたち。色の情報が無いにもかかわらず、匂いまで伝わってくるような映像が素晴らしい。ジョンがどれほど劣悪な環境にいたのか、19世紀末のロンドンがどういうものだったのか、当時の文化や風俗、人々の価値観までも映し出す。そしていつの時代も変わることがない醜悪なる人間の愚かさを、これでもかと目の当たりにするのだ。それなのに、ジョンの清らかさだけがいつまでも心に残る。子どもの頃に受けた印象はあながち間違っていなかったのだと思いつつ、あまりにも残酷で、あまりにも衝撃的だ。美しくて切ない、そして凄まじい。おそらく生涯忘れられないだろう。
 

trailer: 

【映画】グレース・オブ・ゴッド 告発の時

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映画日誌’20-30:グレース・オブ・ゴッド 告発の時
 

introduction:

8人の女たち』『17歳』『2重螺旋の恋人』などで知られ、フランス映画界を牽引する映画監督フランソワ・オゾンが初めて事実を元にした社会派ドラマに挑み、フランス全土を震撼させた神父による児童への性的虐待事件「プレナ神父事件」を映画化。若き天才グザヴィエ・ドラン監督の『わたしはロランス』で存在感を示したメルヴィル・プポー、『ブラッディ・ミルク』でセザール賞を受賞したスワン・アルロー、ヴェネチア国際映画祭で監督賞を受賞した『ジュリアン』の父親役が印象深い実力派ドゥニ・メノーシェらが出演。ベルリン国際映画祭では銀熊賞に輝いたほか、リュミエール賞では最多の5部門にノミネート、セザール賞では7部門8ノミネートされ、スワン・アルローが助演男優賞を獲得した。(2019年 フランス)
 

story:

2014年、フランス。妻子とともにリヨンに暮らすアレクサンドルは、ボーイスカウトで一緒だった知人からプレナ神父について尋ねられ、少年時代に神父から繰り返された性的虐待の数々を思い出す。そのプレナ神父がいまだに子どもたちに聖書を教えていることを知った彼は、家族を守るため、バルバラ枢機卿に告発することを決意する。教会側は神父の罪を認めつつも、責任を巧みにかわそうとする。神父に処分が下される気配がないことに不信感を募らせたアレクサンドルはついに告訴状を提出し、警察の捜査が始まることになるが...
 

review:

フランソワ・オゾン監督作品のファンだが、観に行くかどうか少し迷った。きっと観る意義のある作品だと思うが、シリアスな社会的事件を題材に、淡々と静謐なタッチで描いてあるものは大抵、観る側の体力と気力が必要だ。ほら、延々と独白したり、分析解説しがちじゃないか。瞬発力はあるが集中力と持久力がない子なので、思考が別のところに飛んだり、意識が飛んだりするんだよ。しかも、オゾンが「これまでのスタイリッシュな映像と、挑発的かつ幻惑的な作風を封印」していると。これはハードルが高そうだと思いつつ、観ないで後悔するより観て後悔するべく、劇場へ足を運んだ。
 
ヨーロッパを震撼させた「プレナ神父事件」は、2016年1月に捜査が開始され、現在もフランスで裁判で係争中である。一人の勇気ある告発者に端を発し、80人以上もの被害者が名乗りをあげ、プレナ神父が教区を変えながら長年にわたって信者家庭の少年たちに性的暴力を働いていた事実が白日の下にさらされた。2020年3月の一審で、プレナに禁固刑5年が求刑されている。フランソワ・オゾンはこの事実をもとに、数十年経ってもなお虐待のトラウマに苦しむ男たちが告発するまでの葛藤、沈黙を破ったことによる代償、それでも未来を生きようとする彼らの姿と、それを支える家族の愛を映し出した。いわばフランス版『スポットライト』とも言える。
 
驚くべきことに告発された神父は、あっさり事実を認めて「病気だから仕方ない」と言い放つ。素直に認めるところが唯一いいところだ、という関係者のセリフには、思わず失笑した。聖職者に呼び出されることで、「自分は選ばれた」と思ってしまう子どもたち。自らの信念の中核となるキリストの教えを司る神父が間違いを犯すはずがない、というバイアスで、身体に刻まれる性暴力が認知される。このあるまじきエラーによって、彼らの心と体は引き裂かれ、人生を破壊するほどのトラウマを残していく。「魂の殺人」と呼ばれる性暴力の恐ろしさ、それが神の権威のもとで行われることの罪深さ。そして、まるで手応えのない教会の隠蔽体質と無責任な態度が、淡々とした語り口で紡がれていく。
 
確かにいつものアクの強さはないが、これは確かにオゾン作品だった。2時間20分、終始緊張感を漂わせながらも無駄のない構成で、心に深い傷を負った被害者たちの闘いを緻密に描き上げていく。輪舞のように語り手が入れ替わり、物語がバトンされていく脚本が見事。過剰な演出、性的な映像表現は徹底的に排除されているにもかかわらず(しかも、オゾン作品にもかかわらず、だ)、これからおこなわれる神父の蛮行を匂わせる演出は、観る者に途方もない嫌悪感を抱かせ、感情移入させる。子ども時代の健やかであるべき日々を奪われた被害者たちの魂の慟哭が直に伝わってくるようで、心の奥深くを激しく揺さぶられた。さすがフランソワ・オゾンだ、としか言いようがない。傑作。

trailer:

【映画】17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン

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映画日誌’20-29:17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン
 

introduction:

ウィーン生まれの作家ローベルト・ゼーターラーのベストセラー小説「キオスク」を原作にしたヒューマンドラマ。ナチスドイツとの併合に揺れるウィーンを舞台に、心理学者ジークムント・フロイト教授と17歳の青年の友情を映し出す。『ベルリン・天使の詩』『ヒトラー~最期の12日間~』などで主演を務めたブルーノ・ガンツフロイト教授を演じ、本作が遺作となった。『女は二度決断する』などのヨハネス・クリシュ、ドラマなどで活躍する若手ジーモン・モルツェらが共演。(2018年 オーストリア,ドイツ)
 

story:

第2次世界大戦前夜の1937年、ナチス・ドイツとの併合に揺れるオーストリア。自然豊かなアッター湖のほとりで母親と暮らしていた17歳の青年フランツは、タバコ店の見習いとして働くためウィーンにやってくる。店の常連のひとりで“頭の医者”として知られるフロイト教授と親しくなり、人生を楽しみ恋をするよう勧められたフランツは、やがてボヘミア出身の女性アネシュカに一目惚れしてしまう。フランツは初めての恋に戸惑い、フロイトに助言を求め、年齢を超えた友情を深めていく二人。しかし、時代は不穏な空気をまとい、激動の時を迎えようとしていた...
 

review:

越えてスイスへ亡命したことを思い出す人も多いだろう。ついでに実際のトラップ一家について調べてみたら、母マリアが書いた一家にまつわる著書がベストセラーとなったが、収入を必要としていたマリアがドイツの映画会社に著作の映画化権とそれに関連する権利を売ってしまったため、一家は以降の映画がもたらした莫大な収入の恩恵を受けられなかったとのこと。著作権は大切に・・・。
 
さて、そんな激動の時代に生きた青年フランツの物語だ。アッター湖のほとりで美しい自然と戯れながら母と暮らしていたら、経済的な後ろ盾になっていた人物が雷に打たれて死んでしまう。落雷のときは水からあがれって学校で習わなかったのか。そんなわけで働かざるを得なくなった17歳のフランツ、母のツテでキオスク「トラフィク」に丁稚奉公することになる。首都ウィーンへやってきた田舎者の青年に、「臭いのは、時代が臭うんだよ」と語りかける老婆が印象的だ。街角のキオスクの佇まい、お祭り、ビール、キャバレー。画面から当時のウィーンの世俗文化が伝わってくる。
 
キナ臭い時代において反骨心と信念を持ち、大人が嗜む「知識」と「自由」と「快楽」を売る「トラフィク」の店主オットー。反ナチスを叫ぶ店の常連「アカ」のエゴン。ナチの新聞を売らないオットーに様々な嫌がらせをする隣の精肉店主。うぶなフランツに、人生を楽しみ恋をするよう助言する、“頭を治す医者”フロイト教授。少年だったフランツは、キオスクを取り巻く様々な大人から恋とは何か、人生とは何かを学んでいく。そして、劣悪な環境で生活し、生きるために手段を選ばないボヘミア移民のアネシュカは、時代に翻弄され狂っていくウィーンを映し出す鏡だ。
 
彼女に恋をした悩めるフランツ、フロイト教授のもとに駆け込み、夢を書き留めることを勧められる。性的衝動としてのリビドー、無意識に抑圧された感情や記憶、無意識の働きを意識的に把握するための夢分析など、精神分析学の創始者であるフロイトの視点が物語に付与されていく。恋を覚え、魂を解放して成長していくフランツの夢想の世界が幻想的な映像で紡がれ、実に美しい。その成長譚は、時代に呑み込まれ、儚く消えていった市井の人々の記録でもある。名優ブルーノ・ガンツの遺作に相応しい作品だったと思う。

trailer:

【映画】透明人間

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 映画日誌’20-28:透明人間

 

introduction:

『ソウ』で脚本を務めて以降、そのシリーズ製作に関わってきたリー・ワネルが監督・脚本・製作総指揮を手掛け、『ゲット・アウト』や『パージ』シリーズなどのジェイソン・ブラムが製作を担当したサイコ・スリラー。ユニバーサル映画のクラッシック・キャラクター「透明人間」が、新たな視点と手法で現代に蘇る。『アス』『ザ・スクエア 思いやりの聖域』などのエリザベス・モス、『ファースター 怒りの銃弾』などのオリヴァー・ジャクソン=コーエン、『ドリーム(06)』などのオルディス・ホッジが出演。(2020年 アメリカ)
 

story:

天才科学者で富豪の恋人エイドリアンに支配される生活を送っていたセシリアは、ある夜、計画的に彼の豪邸から脱出を図り、親友ジェームズの家に身を寄せる。やがてエイドリアンの兄から連絡があり、彼がセシリアを失った失意から自殺してしまったこと、莫大な財産の一部を彼女に残したことが告げられる。しかし、彼の死を疑うセシリアの周囲で、偶然とは思えない不可解な出来事が次々と起こるようになっていく。見えない何かに襲われていることを証明しようとするセシリアは、徐々に正気を失っていき...
 

review:

『透明人間』というなんとも古臭い、地味なタイトル。モチーフも当然目新しくないわけで、『ゲット・アウト』のプロデューサーという謳い文句にも心が動かず、何となくスルーしようとしていた。が、周辺の映画ファンから観た方が良いと強く勧められ、観てみることに。あああ、リー・ワネルかーい!!映画学校在学中に出会ったジェームズ・ワンとともに、最も成功したホラー映画シリーズとしてギネス世界記録に認定された『ソウ』を生み出した人物だ。2004年公開の『ソウ』で脚本と主演、続編『ソウ2』では脚本、『ソウ3』では脚本と出演を務め、『ソウ2』以降の全作で製作総指揮を務めている。
 
ジグソウを世に放ち、世界中を恐怖のどん底に陥れてきたリー・ワネルが、『透明人間』を撮った。H・G・ウェルズが1897年に発表した小説「透明人間」をもとに、1933年に公開された映画『透明人間』をリブートしたものだ。H・G・ウェルズの小説を原案にしたものでは、2000年にケビン・ベーコン主演でコロンビア映画が制作した「インビジブル」などがある。ケビン・ベーコン目当てで観に行ったらずっとケビン・ベーコンが透明だったという、何ともファン泣かせの映画だが、面白かった。
 
いずれにしても、これまで透明になる手段を手に入れた科学者の視点で描かれてきたが、本作は異なる。追われる女性の視点となっており、透明人間というモンスターに襲われる恐怖を観る者にも味わせるのだ。しかも、透明人間になる科学者がソシオパスの設定。支配下に置いていた恋人が逃げ出すと、どこまでも執拗に追いかけ、自分のところに戻ってくるまで苦しめ続ける。ソシオパスとサイコパスはどう違うんだろうかと調べてみたけど、いずれも「反社会性パーソナリティ障害(者)」に区分されるが、先天的か後天的かの違いらしい。
 
物語は、夜の帳に打ち寄せる波の音から始まる。息を殺してそっと動き始めるセシリア、厳重な警備が敷かれた豪邸から命がけで脱出を図る。オープニングのシークエンスで一気に緊張の糸が張り巡らされ、あっという間に恐怖の世界に引き込まれてしまう。さすがは『ソウ』の生みの親、心拍数の上げ方をよく知っているし、最後まで引き付けて離さない。何を書いてもネタバレになりそうだから何も書けないが、全く期待せずに観た分、めちゃくちゃ面白かった(語彙力)。ご都合主義だしツッコミどころはあるけど、些細なことだ。そこにあるものが見えていると思って油断していると、気持ちよく裏切ってくれるところは、さすがリー・ワネルだ。
 
エリザベス・モス演じるセシリア、特に魅力がない。どこまでも普通で、エイドリアンが執着する理由が分からない(描かれない)。彼にモラハラされていたことはセシリアの独白のみで、具体的に描写されないし、詳細のエピソードも語られない。ソシオパスは、ターゲットだけではなく、その周りを攻撃してターゲットを加害者に仕立て上げ、孤立させたりするそうだ。セシリアも、エイドリアンが仕掛けた罠によって、妄想を強くした心神喪失状態の加害者に仕立て上げられていく。だが、セシリアが訴えていることは本当なのか?そもそもこれは、誰が仕組んだことなのか?注意深く観れば観るほど、終いには分からなくなってしまう。それこそが、この作品の真骨頂だろう。観た方がいいよ。

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