映画日誌’20-28:透明人間
introduction:
『ソウ』で脚本を務めて以降、そのシリーズ製作に関わってきたリー・ワネルが監督・脚本・製作総指揮を手掛け、『ゲット・アウト』や『パージ』シリーズなどのジェイソン・ブラムが製作を担当したサイコ・スリラー。ユニバーサル映画のクラッシック・キャラクター「透明人間」が、新たな視点と手法で現代に蘇る。『アス』『ザ・スクエア 思いやりの聖域』などのエリザベス・モス、『ファースター 怒りの銃弾』などのオリヴァー・ジャクソン=コーエン、『ドリーム(06)』などのオルディス・ホッジが出演。(2020年 アメリカ)
story:
天才科学者で富豪の恋人エイドリアンに支配される生活を送っていたセシリアは、ある夜、計画的に彼の豪邸から脱出を図り、親友ジェームズの家に身を寄せる。やがてエイドリアンの兄から連絡があり、彼がセシリアを失った失意から自殺してしまったこと、莫大な財産の一部を彼女に残したことが告げられる。しかし、彼の死を疑うセシリアの周囲で、偶然とは思えない不可解な出来事が次々と起こるようになっていく。見えない何かに襲われていることを証明しようとするセシリアは、徐々に正気を失っていき...
review:
『透明人間』というなんとも古臭い、地味なタイトル。モチーフも当然目新しくないわけで、『ゲット・アウト』のプロデューサーという謳い文句にも心が動かず、何となくスルーしようとしていた。が、周辺の映画ファンから観た方が良いと強く勧められ、観てみることに。あああ、リー・ワネルかーい!!映画学校在学中に出会ったジェームズ・ワンとともに、最も成功したホラー映画シリーズとしてギネス世界記録に認定された『ソウ』を生み出した人物だ。2004年公開の『ソウ』で脚本と主演、続編『ソウ2』では脚本、『ソウ3』では脚本と出演を務め、『ソウ2』以降の全作で製作総指揮を務めている。
ジグソウを世に放ち、世界中を恐怖のどん底に陥れてきたリー・ワネルが、『透明人間』を撮った。H・G・ウェルズが1897年に発表した小説「透明人間」をもとに、1933年に公開された映画『透明人間』をリブートしたものだ。H・G・ウェルズの小説を原案にしたものでは、2000年にケビン・ベーコン主演でコロンビア映画が制作した「インビジブル」などがある。ケビン・ベーコン目当てで観に行ったらずっとケビン・ベーコンが透明だったという、何ともファン泣かせの映画だが、面白かった。
いずれにしても、これまで透明になる手段を手に入れた科学者の視点で描かれてきたが、本作は異なる。追われる女性の視点となっており、透明人間というモンスターに襲われる恐怖を観る者にも味わせるのだ。しかも、透明人間になる科学者がソシオパスの設定。支配下に置いていた恋人が逃げ出すと、どこまでも執拗に追いかけ、自分のところに戻ってくるまで苦しめ続ける。ソシオパスとサイコパスはどう違うんだろうかと調べてみたけど、いずれも「反社会性パーソナリティ障害(者)」に区分されるが、先天的か後天的かの違いらしい。
物語は、夜の帳に打ち寄せる波の音から始まる。息を殺してそっと動き始めるセシリア、厳重な警備が敷かれた豪邸から命がけで脱出を図る。オープニングのシークエンスで一気に緊張の糸が張り巡らされ、あっという間に恐怖の世界に引き込まれてしまう。さすがは『ソウ』の生みの親、心拍数の上げ方をよく知っているし、最後まで引き付けて離さない。何を書いてもネタバレになりそうだから何も書けないが、全く期待せずに観た分、めちゃくちゃ面白かった(語彙力)。ご都合主義だしツッコミどころはあるけど、些細なことだ。そこにあるものが見えていると思って油断していると、気持ちよく裏切ってくれるところは、さすがリー・ワネルだ。
エリザベス・モス演じるセシリア、特に魅力がない。どこまでも普通で、エイドリアンが執着する理由が分からない(描かれない)。彼にモラハラされていたことはセシリアの独白のみで、具体的に描写されないし、詳細のエピソードも語られない。ソシオパスは、ターゲットだけではなく、その周りを攻撃してターゲットを加害者に仕立て上げ、孤立させたりするそうだ。セシリアも、エイドリアンが仕掛けた罠によって、妄想を強くした心神喪失状態の加害者に仕立て上げられていく。だが、セシリアが訴えていることは本当なのか?そもそもこれは、誰が仕組んだことなのか?注意深く観れば観るほど、終いには分からなくなってしまう。それこそが、この作品の真骨頂だろう。観た方がいいよ。