銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ソフト/クワイエット

映画日誌’23-26:ソフト/クワイエット
 

introduction:

ゲット・アウト』などのブラムハウス・プロダクションズが製作総指揮を手掛け、ヘイトクライムの狂気を全編ワンショットの映像で描いたクライムスリラー。白人至上主義グループの女性たちが、あるトラブルをきっかけに取り返しのつかない事態に陥っていく様子を映し出す。本作が長編デビューとなるベス・デ・アラウージョが監督と脚本を務めた。『口裂け女 in L.A.』などのステファニー・エステス、『イット・フォローズ』などのオリヴィア・ルッカルディらが出演する。(2022年 アメリカ)
 

story:

郊外の幼稚園に勤める教師エミリーは「アーリア人団結をめざす娘たち」という白人至上主義のグループを結成し、教会で会合を開く。主催者のエミリーを含む6人の女性が参加し、多文化主義や多様性が重んじられる現代の風潮への反感や、有色人種や移民への不満や嫌悪を語り合い大いに盛り上がる。やがて彼女たちは二次会のためエミリーの自宅に向かうが、途中立ち寄った食料品店でアジア系の姉妹と激しい口論になってしまう。怒りが収まらないエミリーたちは、イタズラ半分で姉妹の家を荒らすことを計画するが...
 

review:

プロデューサーのジェイソン・ブラムが2000年に設立し、『パラノーマル・アクティビティ』など低予算ながら常に新感覚のホラー、スリラーを世に放ち続け、デイミアン・チャゼル監督の『セッション』、ジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』で賞レースを圧巻したブラムハウス・プロダクションの新作である。
 
92分の全編をワンショットで撮影するという大胆な手法で、アメリカで社会問題化しているヘイトクライムの狂気をえぐり出す。わずか4日間のリハーサルで撮影されていることも、92分で昼から夜に移り変わっていく時間変化も驚異的だし、手持ちカメラ特有の気持ち悪さを感じさせない撮影技術がすごい。撮影機材の性能向上もあるのかな。
 
本作のテーマである「白人至上主義」のプロパガンダ拡散は、2022年に記録的なレベルに達したとADL(名誉毀損防止同盟)がレポートしている。同団体によると2022年には全米で6751件の白人至上主義に絡む事件が発生し、前年から約40%の急増だったそうだ。そんな世相を煮詰めたような物語で、とりあえず悪趣味な鉤十字のパイにドン引きである。
 
アーリア人団結をめざす娘たち」のメンバーは失敗続きの妊活に苛立つ幼稚園教諭、生まれながらのKKKメンバー、ナチス崇拝者、ムショ帰り、ブラック・ライブズ・マター運動にうんざりする人、勤め先で昇進を逃し、移民や有色人種のせいで自分が不当に扱われている!逆差別だ!と主張する人。
 
うまくいかない自分の人生、不満や不安の捌け口としての差別意識、優生思想であることを殊更に強調してくる。極端な事例の描写のようにも思えるが、自分の不遇を移民や有色人種のせいにしてトランプに投票した無数のプア・ホワイトのことだと思えば何も不思議なことはない。憎悪は暴走し、彼らの行動はエスカレートしていく。
 
結局、生きている人間が一番恐い。醜悪で残虐、そしてどうしようもなく幼稚で愚かしい。監督であるベス・デ・アラウージョは、一体どれほどの覚悟でこの惨劇を撮ったのだろうと思う。観客に息もつかせぬほどに強烈なリアリティを突きつけ、あまりにも挑発的だ。吐き気を催すほどの嫌悪しかないのに眼が離せない、悪夢のような92分だった。
 
このテーマを選んだのは、観客から【安心】を奪うことも目的としています。この映画に登場する女性たちを観て、カメラで追うことを通して、彼女たちに立ち向かうと同時に、観客の皆さんに自分自身と向き合う機会を持っていただきたいのです。(中略)私は憎悪犯罪をありのまま描き出し、観客が1秒たりとも気を抜くことができないような映画を作りだしました。そうでなければ、この映画は偽りということになります。——ベス・デ・アラウージョ
 

trailer: