銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ウエスト・サイド・ストーリー

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映画日誌’22-07:ウエスト・サイド・ストーリー
 

introduction:

スティーブン・スピルバーグ監督が、1961年にも映画化された伝説のブロードウェイミュージカル「ウエスト・サイド物語」を再び映画化。1950年台のアメリカ・ニューヨークを舞台に、2つの移民グループが抗争を繰り広げるなかで生まれた”禁断の愛”の物語を描く。『ベイビー・ドライバー』などのアンセル・エルゴート、オーディションで約3万人の中から選ばれた新星レイチェル・ゼグラーが主演するほか、1961年版でオスカーを受賞したリタ・モレノらが出演する。『リンカーン』のトニー・クシュナーが脚本、元ニューヨーク・シティ・バレエ団のソリストでダンス界を牽引するジャスティン・ペックが振付を担当。2022年・第94回アカデミー賞では作品、監督賞ほか計7部門にノミネートされた。(2021年 アメリカ)
 

story:

1950年代のニューヨーク。マンハッタンのウエスト・サイドは、夢や成功を求めて多くの移民たちが暮らしていた。貧困や差別に直面し、社会への不満を募らせた若者たちは同胞の仲間と結束し、各チームは対立し合っていた。ある日、プエルトリコ系移民の「シャークス」のリーダーを兄に持つマリアは、敵対するポーランド系移民の「ジェッツ」の元リーダーであるトニーと出会い、運命的な恋に落ちてしまう。その二人の禁断の愛が、多くの人々の運命を変えていくことになるが...
 

review:

1961年版『ウエストサイド物語』を観たことがあると思っていたけれど、まともに観たことはなかったらしい。高校時代の音楽の先生が音楽映画を授業に用いる人で、『ウエストサイド物語』もいくつかの代表的なナンバーを映像で観せられたのだと思う。あるいは、いろんなメディアに引用されている断片的なイメージを繋ぎ合わせて、まるで観たことがあるように記憶してたのだろう。
 
言い換えると、それほど影響力のある作品であるということだ。ミュージカル映画の代名詞であり、金字塔である。それをリメイクするというのは、わざわざ地雷を踏みに行くような難しい挑戦だ。名匠スティーブン・スピルバーグ監督が映画史に残る名作をどんな風に生まれ変わらせたのか、アンセル・エルゴートがトニー役を演じることも楽しみで、公開を心待ちに待った。
 
IMAXのシアターで2時間半、美しい音楽とダイナミックなダンスシーンに彩られた映像世界に圧倒され、魅了された。1961年版と異なる設定もいくつかあったようだが、物語の筋はほぼ同じ。ラブストーリーとしては当然ながら古臭く、両目を開いて冷静に観るとツッコミどころ満載だが、そんなことはどうでもいい。スピルバーグ先生はテクニシャンなので色々うやむやにされてる気がするけど、映画史に残る名曲の数々と、ジャスティン・ペックという新しい才能が色付けしたダンスシーンに見惚れるだけの映画なので、美しかったらいいのである。
 
作品全体のカメラワークも素晴らしかったが、色使いも印象深い。「シャークス」は暖色系、「ジェッツ」は寒色系の衣装でまとめられており、ダンスホールで2つの色が混ざり合うシーンは圧巻。そして何色にも染まっていないマリアのドレスは白だし、トニーと恋に落ちたマリアのドレスはブルーに染まるのである。トニーとマリアが運命的な出会いを果たす伝説のシーン、印象はそのままにより美しく生まれ変わっていて涙が出た。世界遺産を見たような気持ちになったし、何ならそれだけで満足した。そして個人的には、トニーよりマリアより、アニータ役のアリアナ・デボースの存在感に釘付けになった。助演女優賞を獲ってほしい。
 
この悲恋の物語は「ロミオとジュリエット」をベースに、プエルトリコ系移民と白人系移民のギャングが敵対する構図が描かれている。一口にアメリカの白人と言っても、ヨーロッパ系移民には多様なルーツがあり、最初に入植したイギリス系移民のWASPを頂点にヒエラルキーがある。次いでプロテスタント教徒のオランダ、スウェーデン、ドイツ、フランスなど西欧、北欧系が入植し、19世紀に入るとアイルランドからの移民が増える。
 
そして20世紀になってイタリアなどの南欧系、そしてポーランドなどの東欧系、そしてユダヤ人が続く。彼らは旧来の「旧移民」に対して「新移民」と呼ばれた。後から来た人間は虐げられる。虐げられた者は、さらに弱い者を虐げる。本作に登場する「ジェッツ」はポーランド系移民のチームだが、「ポラック」や「フーリッシュ・ポーリッシュ」という蔑称があるように、ポーランド系は伝統的に差別されてきた。
 
つまり白人対プエルトリコ人という単純な構図ではなく、人種差別を受け、貧困に喘いでいる者同士の対立なのである。そうした社会背景を知っておくと、スピルバーグが今この時代に『ウエストサイド物語』を甦らせた意味をより深く理解できるようになる。若い恋人たちから愛し合う場所を奪った「ひとつになれない世界」は、複雑な社会構造のなかで作り上げられたものなのだ。いつかすべての色が混ざり合う時が来るようにと、願うばかりである。
 

trailer: