銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】哀れなるものたち

映画日誌’24-03:哀れなるものたち

introduction:

女王陛下のお気に入り』の鬼才ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組み、スコットランド作家のアラスター・グレイの同名ゴシック小説を映像化。『女王陛下のお気に入り』などのトニー・マクナマラが脚本を手掛け、ウィレム・デフォーマーク・ラファロらが出演する。2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞し、第81回ゴールデングローブ賞では2部門を受賞。第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされている。(2023年 イギリス)

story:

不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らが身籠っていた胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。「世界を自分の目で見たい」という欲望にかられた彼女は、婚約者であるマックスの制止を振り切り、放蕩者の弁護士ダンカンに誘われるまま大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは、さまざまな出会いを通して平等や自由を知り、時代の偏見から解放され、驚くべき成長を遂げていく。

review:

この度、第96回アカデミー賞におきまして、映画『哀れなるものたち』が作品賞、監督賞(ヨルゴス・ランティモス)、主演女優賞(エマ・ストーン助演男優賞マーク・ラファロ)、脚色賞、撮影賞、編集賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、作曲賞、美術賞の11部門ノミネートを果たしましたそうで、おめでとうございます。きっと総なめにすることでしょう。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の7部門受賞に迫るかもしれない。

自ら命を絶った不幸な若き女性ベラが、天才外科医ゴッドウィン・バクスターの手によって奇跡的に蘇生することから物語が始まる。成熟した肉体を持った「生まれたての女性」が、概念や思想や倫理に縛られることなく自由奔放に、偏見やタブーもろとも世界を飲み込んでいく冒険譚だ。ベラは、性別、年齢、国籍、時代、その全てを超越し、自分の力で真の自由と平等を手に入れようと貪欲に前進していく。女性を無知で無垢なものとして支配しようとする、哀れな男たちの屍を乗り越えて。

ギリシャの怪物ヨルゴス・ランティモス、天才の所業すぎて絶句してしまった。アカデミー賞9部門ノミネートの『女王陛下のお気に入り』はともかく、『ロブスター』やら彼の風変わりな作品といえばノイジーなラジオを聴かされているような気分だったが、ついに彼のラジオと周波数が合ってしまったような居心地の悪さ。ベラの純粋無垢な魂が、ベラを体現したエマ・ストーンの内側から滲み出る野生味のようなものが、五感をすり抜けて、クリアに、ダイレクトに響いてきて揺さぶられる。

本作がデビューだというイェルスキン・フェンドリックスのスコアがこれまた素晴らしい。まるで聴いたことのない不協和音が美しく物語を縁取る。ホリー・ワディントンが手がけた繊細で前衛的な衣装の数々、ジェームズ・プライスとショーナ・ヒースという異なる才能が共鳴しあう壮麗で緻密なプロダクションデザインがあまりにも見事。1890年代ヴィクトリア朝後期のロンドンのようだが、異世界のようでもある。そして、その歪な世界を映し出す歪なカメラワーク、何もかもが非凡。類稀なる、白昼夢のような映画体験であった。

trailer: