銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】幻滅

映画日誌’23-21:幻滅
 

introduction:

19世紀フランスの文豪オノレ・ド・バルザックの小説「幻滅—メディア戦記」を『偉大なるマルグリット』などのグザヴィエ・ジャノリ監督が映画化した人間ドラマ。『Summer of 85』などのバンジャマン・ヴォワザンが主人公を演じ、『少年と自転車』『愛する人に伝える言葉』などのセシル・ド・フランス、『アマンダと僕』などのバンサン・ラコスト、監督としても世界的な人気を誇るグザヴィエ・ドランらが脇を固める。第78回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。第47回セザール賞で作品賞を含む最多7部門に輝いた。(2022年 フランス)
 

story:

19世紀前半のフランス・パリ。恐怖政治の時代が終わり、宮廷貴族たちは自由と享楽的な生活を謳歌していた。文学を愛し、詩人として成功を夢見る田舎の純朴な青年リュシアンは、彼を熱烈に愛する貴族の人妻ルイーズと駆け落ち同然にパリへと向かう。だが、世間知らずで無作法な彼は社交界で笑い者にされ、ルイーズに棄てられてしまう。生活のため新聞記者の職を得たリュシアンだったが、金のために魂を売る同僚たちに感化され、欲と虚飾と快楽にまみれた世界に身を投じていく。
 

review:

恥ずかしながらバルザックの作品を読んだことがなく「ゴリオ爺さん」のタイトルをかろうじて知っているくらいの無教養だが、19世紀フランスの文壇を代表する文豪のひとりだ。『レ・ミゼラブル』のヴィクトル・ユーゴーアレクサンドル・デュマの親友であり、名だたる文豪が集まっていた当時のパリでも群を抜いた才能の持ち主だった。客観的な現実をありのままに描く「写実主義」作家として、ロシアを代表する作家トルストイドストエフスキーらに影響を与えたことで知られている。そして世界で初めてパトロンなしで、印税だけで生活を成り立たせた作家だという。
 
バルザックは1841年から90篇の長編・短編からなる小説群『人間喜劇』を創作し、あらゆる階層のあらゆる人物を描いた。当初は137篇の小説を書くつもりでいたが、残念ながら91篇目が遺作となったそうだ。風俗研究・哲学的研究・分析的研究の3つに分類されており、なかでも風俗研究の内容が最も厚く、私生活風景・地方生活風景・パリ生活風景・政治生活風景・軍隊生活風景・田園生活風景の6つに分かれているそうだ。本作の原作である「幻滅—メディア戦記」は風俗研究に含まれている。
 
原作はバルザックの実体験に基づいて描かれているとのことで彼自身がどんな生涯だったのが調べてみたところ、友人を破産させたりとなかなかの破天荒ぶり。ちなみにオノレ・ド・バルザックの「ド」は、貴族を気取った自称らしい。ある意味、リュシアンはバルザック自身の投影だろう。なお本作は原作を忠実に再現したものではなく、映像化にあたり設定やエピソードを削ぎ落とし再構成されたそうだ。グザヴィエ・ドラン演じた作家ナタンのキャラクターはいくつかの登場人物を統合した創作であり、終盤はバルザックの分身のようでもある。
 
田舎の純情な文学青年が野心と欲望に惑わされ、嘘と虚栄と汚濁にまみれた大都会でのし上がり、いつしかその闇に飲み込まれてしまう。誘惑に勝てない弱さ、純情さ故の無知で身を滅ぼすリュシアン、権力と慣習に流されるように生きているルイーズ。人物造形がしっかりしており、時代背景の再現も見事。当時の新聞文化とメディア戦略が描かれるが、フェイクニュースステルスマーケティング、今の社会のあり方と一緒ですやん・・・長尺のため冗長であるとの批判もあるが、バルザックの社会全体を俯瞰する視点と緻密な人間描写、その鮮烈な対比が映像に落とし込まれ、実に見応えのあるものであった。
 

trailer: