銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ザ・ホエール

映画日誌’23-20:ザ・ホエール
 

introduction:

ブラック・スワン』『マザー!』などの鬼才ダーレン・アロノフスキー監督が劇作家サミュエル・D・ハンターによる舞台劇を映画化。死期を悟った肥満症の男が、娘との絆を取り戻そうとする姿を描く。体重270キロを超える主人公を『ハムナプトラ』シリーズなどのブレンダン・フレイザーが特殊メイクで演じ、アカデミー賞主演男優賞を獲得。ドラマ『ストレンジャー・シングス』のセイディー・シンク、『ザ・メニュー』などのホン・チャウが共演する。アカデミー賞3部門のほか各国の映画賞にノミネートされ、高い評価を得た。(2022年 アメリカ)
 

story:

恋人アランを亡くして以来、過食と引きこもりの生活によって重度の肥満体になってしまった40代のチャーリー。大学のオンライン講座で生計を立てているが、歩行器無しでは歩くこともできず、アランの妹で唯一の親友でもある看護師のリズに支えられて生活している。心不全の症状が悪化し自らの死期が近いことを悟った彼は、8年前アランと暮らすために家庭を捨ててから疎遠になっていた娘エリーとの関係を修復しようと試みる。しかし自宅にやってきたエリーは。学校生活や家庭に多くのトラブルを抱え、心が荒みきっていた。
 

review:

あまりに鬼畜すぎる展開に日本の配給会社が公開を諦めたという『マザー!』から5年。鬼才ダーレン・アロノフスキーが問題作を世に放ち続ける気鋭の映画スタジオA24とタッグを組み、問題作を産み出した。映画好きの同僚がゴリ押ししてくる『マザー!』はいつか観なければと思いつつ未見だが、アロノフスキーの新作・・・!!しかもA24製作・・・!と若干身構えつつ劇場へ。
 
余命わずかな体重272キロの孤独な男。同性の恋人と暮らすために家族を捨てた男が自らの死期を悟り、疎遠になっていた娘との絆を取り戻そうと試みる。その「最期の5日間」をワン・シチュエーションの室内劇で描く。過食、クィア、宗教、家族といったテーマが複雑に絡み合い、ヒリヒリとした緊張感が漂う壮絶で濃密な人間ドラマを産み、ワン・シチュエーションとは思えないほどスリリングな展開に感情を激しく揺さぶられる。
 
絶望的な状況で、希望を持ち続けるチャーリーの無垢な瞳に心をえぐられる。自身の体重増量に加え、特殊メイクとファットスーツを着用しチャーリーを体現したブレンダン・フレイザーの演技が素晴らしいのだが、彼自身、本作で奇跡的なカムバックを果たすまで心身の不調に苦しみ、荒れ野を彷徨うような10年を過ごしていたそうだ。生涯最高の演技と讃えられるブレンダンの仕事だけでも、一見の価値があるだろう。
 
チャーリーに寄り添う親友リズの優しさ、彼らのユーモア溢れるやり取りにホッとしたりもする。だが彼女もまた、チャーリーの世話をすることで兄を喪った心の空洞を埋めている。そんなリズを体現したホン・チャウもまた素晴らしかった。アロノフスキーが『レスラー』でも描いたように、人は人を救えないし、人はそう簡単に変わらない。それでも人は人を救おうとし、そのことに生きる意味や贖罪を見つけようとするのだ。生きることへの根源的な問いかけを孕む、凄まじい傑作。ぜひ、劇場のスクリーンで観ることをお勧めする。
 

trailer: