映画日誌’21-01:パリの調香師 しあわせの香りを探して
introduction:
嗅覚を失った天才調香師と、仕事も親権も取り上げられそうになっている崖っぷちの運転手の交流を描いた人間ドラマ。監督・脚本は、ドキュメンタリーとフィクションの両方を手掛ける映画作家グレゴリー・マーニュ。『ヴィオレット-ある作家の肖像』『もうひとりの息子』などで知られるフランスの名女優エマニュエル・ドゥヴォス、ドラマシリーズ「エージェント物語」 などのグレゴリー・モンテルが主演を務め、『幸福なラザロ』などのセルジ・ロペスらが共演している。(2019年 フランス)
story:
アンヌはかつて天才調香師として世界中のトップメゾンの香水を手がけてきたが、4年前、仕事のプレッシャーと忙しさから嗅覚障害になり、地位も名声も失ってしまう。嗅覚が戻った現在はエージェントから紹介される企業や役所の地味な仕事を引き受けながら、パリの高級アパトルマンでひっそりと暮らしていた。そんな彼女に運転手として雇われたのは、元妻と娘の親権でもめている上に仕事も失いかけていたギヨーム。気難しいアンヌに戸惑うギヨームだったが、アンヌは彼の人柄と匂いを嗅ぎ分ける才能を気に入り、少しずつ心を開いていく。ギヨームと一緒に仕事をこなすうちに、新しい香水を作りたいという思いを強くするアンヌだったが...
review:
フランス人にとって、香水はワインやフランス料理と同じくらい重要だと言う。パリの香水文化はルイ王朝時代に花開き、香水植物の栽培が盛んだった南仏グラース市で香水産業が発展し、ゲランやフラゴナール、シャネルやディオールといった名門を生み出した。フランスで一流の調香師は ”ネ(nez)= 鼻 "と呼ばれ、「一流の鼻を持っている人」として人々の尊敬を集める存在である。
この作品に登場するアンヌも、世界中のトップメゾンの香水を手がけてきた天才調香師で、クリスチャン・ディオールの名作「ジャドール」を生み出した設定だ。ディオールの撮影協力に加え、ジョー マローン ロンドンで多くのヒット香水を手掛けた現エルメスの専属調香師クリスティン・ナーゲルが監修を担当し、知られざる“トップ調香師の世界”の裏側を覗き見ることができる。香りに関する知識が散りばめられており、それだけでも興味深い。
そして和む。めちゃくちゃ和むのである。高級アパルトマンに住むアンヌと、ワンルームで不安定な暮らしを営むギヨーム。異なる世界に住み、生活も性格もまるで正反対の二人が、”香り”の世界を触媒にして心を通わせていく様子が丹念に描かれている。そして何と言っても、男女二人が登場すると欲望が高まりがちなフランス映画において(偏見)、安易な恋愛関係を感じさせない脚本と演出が秀逸なのだ。洗練された大人の物語は、実に淡々とした語り口だが不思議な求心力があり、中弛みなく楽しむことができる。
天才肌で気難しいが、無邪気さと優しさを併せ持つアンヌを魅力的に演じたエマニュエル・ドゥヴォス、人付き合いが苦手なアンヌを支えるギヨームを絶妙なユーモアで演じたグレゴリー・モンテルら、俳優の演技も素晴らしく、二人が交わす会話も示唆に富む。個人的に、アンヌがギヨームに娘との関わり方を指摘する場面が印象的だった。娘の誕生日は娘が行きたいところに行くのだと言うギヨームに、アンヌは「あなたが行きたい場所に行けばいい。あなたが見せたい景色を見せれば、それはきっと何十年も心に残る。」と教える。そう、そうなんだよ。いい映画だった。