銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】エンパイア・オブ・ライト

映画日誌’23-13:エンパイア・オブ・ライト
 

introduction:

アメリカン・ビューティー』『1917 命をかけた伝令』などの名匠サム・メンデス監督が、『女王陛下のお気に入り』のオリビア・コールマンを主演に描いた人間ドラマ。1980年代、イギリス南岸の静かなリゾート地にある映画館を舞台に、そこに生きる人々の絆を映し出す。『ブルー・ストーリー』などのマイケル・ウォードのほか、『英国王のスピーチ』のコリン・ファース、『裏切りのサーカス』のトビー・ジョーンズらがキャストに名を連ねる。撮影は『1917 命をかけた伝令』でも監督とタッグを組んだロジャー・ディーキンス。(2022年 イギリス/アメリ)
 

story:

1980年代初頭、イギリスの海辺の町マーゲイト。地元の人々に愛されている映画館「エンパイア劇場」で働くヒラリーは、つらい過去のせいで心に問題を抱えていた。そんなある日、サッチャー政権の経済政策による厳しい不況で夢をあきらめ、映画館で働く決心をした青年スティーヴンが彼女の前に現れる。やがて二人は心を通わせるようになり、前向きに生きるスティーヴンの存在を通して、生きる希望を見出していくヒラリーだったが...
 

review:

昨今映画や映画館をテーマにした作品が数多く制作されており、それぞれの監督が語る映画愛をいくつか眺めてきたが、一番心が震えたのは本作だ。そもそも私は、1999年公開の『アメリカン・ビューティー』以来、サム・メンデスのフォロワーである。そんな監督自身が「最も個人的な思いのこもった作品」と言っているのだからそもそも間違いない。なお、監督が女優オリビア・コールマンに惚れ込んで当て書きしたそうだが、彼にとって初めての単独脚本作品となった。
 
1980年代初頭。イギリス南部の海岸沿いの街、美しい映像を縁取る優しいピアノの調べ。命が吹き込まれるように、劇場に灯りが点っていくオープニングシークエンスに心をぐっと掴まれてしまう。サム・メンデスが『007シリーズ』『1917 命をかけた伝令』などで見せた切れ味鋭いアクションは封印されているが、監督の相棒ロジャー・ディーキンスによる映像があまりにも美しく、ため息が出る。
 
寂れた海辺の映画館「エンパイア劇場」に集う、翼を折られた人々の回復と再生の過程を、静かに映し出していく。当時のイギリス社会は、サッチャリズムによる経済不況で街には失業者が溢れ、不満を募らせた労働者階級の若者、いわゆる「スキンヘッズ」たちによる人種差別暴力が横行。社会不安、性的搾取、精神疾患、人種差別など、現在と地続きの社会課題が幾重にも織り込まれた濃厚な人間ドラマとなっている。
 
多くは語られないが、幼少時より内面に複雑な事情を抱えてきたヒラリー。経済不況の煽りで進学を諦めた黒人青年スティーヴンと出会い、人種も年齢も超えた二人が傷を舐め合うように心を通わせる。悲しみや絶望、怒りに心を蝕まれ、光と闇のはざまで混乱していくヒラリーを体現したリビア・コールマンの演技に圧倒されるのはもちろん、スティーヴンに映画の魅力を教える映写技師のノーマンを演じたトビー・ジョーンズも素晴らしかった。
 
1秒間に24コマ、映画は暗闇を照らす光。人生でどんなことがあろうと、映画館の暗闇に身を沈めてスクリーンから放たれる光を見つめ続けてきた私は、きっとそのことを誰よりも知っている。だからこそ本作が胸に響いたのかもしれない。決してわかりやすいハッピーエンドではなく海外でも評価が分かれているようだが、私にとっては生涯忘れえぬ傑作であった。きっと儘ならぬ人生を重ねた人ほど、この曖昧な物語が心に沁みるのではないだろうか。
 

trailer: