銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ボイリング・ポイント/沸騰

映画日誌’22-27:ボイリング・ポイント/沸騰
 

introduction:

イギリス・ロンドンの高級レストランを舞台に、オーナーシェフの波乱に満ちたスリリングな一夜を全編90分ワンショットで捉えた人間ドラマ。主演を務めたのは『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』『アイリッシュマン』のスティーヴン・グレアム。『ポルトガル、夏の終わり』などのヴィネット・ロビンソン、『スナッチ』などのジェイソン・フレミングらが共演する。監督は新鋭フィリップ・バランティーニ。第75回英国アカデミー賞(BAFTA)では4部門にノミネートされ、英国インディペンデント映画賞(BIFA)では最多11部門にノミネート、4部門の受賞を果たした。(2021年 イギリス)
 

story:

一年で最も賑わうクリスマス前の金曜日、ロンドンの人気高級レストラン。妻子と別居し疲れ果てていたオーナーシェフのアンディは、運悪く衛生管理検査があり店の評価を下げられるなど、次々にトラブルに見舞われてしまう。気を取り直して開店するも、オーバーブッキングでスタッフたちの間にはピリピリしたムードが漂う。そんな中、アンディのライバルシェフが有名なグルメ評論家を連れて来店し、脅迫まがいの取引を持ちかけてくるが...。
 

review:

ロンドンに実在するレストランで撮影をおこなった本作は、編集なしCGなし、正真正銘の全編90分ワンカットだ。これまで、「ワンカット映像」で高い評価を受けた作品としては『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』や『1917 命をかけた伝令』があるが、いずれも巧みに繋ぎ合わせワンカットの長回しで撮影されたようにつくられた映像である。それらは十分に驚異的だったが、本作は本物のワンカットであり輪をかけて驚異的であった。
 
レストラン内を縦横無尽に動き回るカメラワーク、俳優たちの即興演技がもたらす圧倒的な臨場感は、とてつもない没入感をもたらす。考えてみれば演劇や舞台はライブなので、NGなしでアドリブを入れながら演じるということに関しては不可能ではないだろう。しかし、撮影となると話は別だ。あっという間に満席になる店内を慌ただしく動き回るスタッフ、そんな彼らを次から次に襲うトラブル、目まぐるしい展開をたった一台のカメラがどこまでも追いかける。編集の痕跡は一切無し。
 
しかも、12年間シェフとして働いた経験のあるフィリップ・バランティーニ監督が紡ぐ人間ドラマが濃密なのだ。タイトルの「ボイリング・ポイント」は沸点のこと。私生活がうまくいっておらず、最初から不安定であることが見て取れるアンディの心身が限界に達するまでの様子をワンカットで切り取っている。アンディの不安定さが負の連鎖を引き起こし職場全体に蔓延していくさま、起こるべくして起きるトラブルの数々に、息つく暇もなく緊張感に絡め取られてしまう。
 
アンディを取り巻く登場人物もそれぞれキャラクターが立っており、90分という決して長くはない尺にひとりひとりのドラマを緻密に描き込まれており見事。あからさまに人種差別する客、女性蔑視する客、SNSのフォロワーを盾に無茶な注文をしてくるインフルエンサー。みんなが言いたい放題やりたい放題で、店内はまるで社会の縮図だ。アンディが肉体的にも精神的にも追い詰められていくと同時にそれぞれが限界を迎え、人間関係も修復不能なまでに壊れていくスリリングな展開は、人間ドラマというよりもはやサスペンスである。凄まじい映画体験だった。
 

trailer: