銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】理想郷

映画日誌’23-50:理想郷

introduction:

『おもかげ』などのロドリゴ・ソロゴイェン監督が、スペインで起きた実際の事件をベースに映画化した心理スリラー。田舎に移住した外国人夫婦が閉鎖的な村で住民と対立し、追い詰められていく姿を描く。『ジュリアン』などのドゥニ・メノーシェ、『私は確信する』などのマリナ・フォイスが出演。第35回東京国際映画祭にて最優秀作品賞にあたる東京グランプリのほか、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞の主要3部門で受賞。第37回ゴヤ賞で最優秀映画賞、最優秀監督賞など主要9部門受賞し、第48回セザール賞で最優秀外国映画賞をはじめ、世界で56もの賞を獲得している。(2022年 スペイン・フランス合作)

story:

フランス人夫婦のアントワーヌとオルガは、スローライフを求めてスペインの山岳地帯ガリシア地方の小さな村に移住する。豊かな自然の中で、有機野菜で生計を立てつつ、古民家を再生させて過疎化が進む村を何とか盛り立てようと奮闘する日々。しかし貧困にあえぐ村人たちは、目先の補償金欲しさに風力発電事業を誘致したがり、それに賛成しないアントワーヌ夫婦を敵対視していた。隣人の兄弟は夫婦への嫌がらせを次第にエスカレートさせ、取り返しのつかない事態へと発展していくが…

review:

えーん、どえらいもん見ちゃったよぅ。強烈。生きてる人間恐い。第二の人生を送るべくスペインの山岳地帯ガリシア地方の小さな村に移住したフランス人夫婦が、地元民との対立で思わぬ事件に巻き込まれる心理スリラーだが、もはやホラーである。スペインの小さな村に移住したオランダ人夫婦が、豊富な木材資源を有する共有林の権利の分配をめぐって古くからの住民と対立し、恐るべき事態に発展した実事件がベースになっているとのことなので、半分実話なのがまた恐ろしい。

原題は「As bestas」で「獣たち」という意味だが、憎悪を募らせた人間はどこまでも凶暴になれる。執拗に嫌がらせを繰り返し、あらん限りの悪態をつく粗野な兄弟の醜悪さに吐き気を覚えるが、赤貧に晒されてきた彼らにとってみれば、富を得られるはずの機会を自分たちから奪うアントワーヌこそ、駆逐すべき害獣だったのだろう。知識や教養を得る機会もなく村に閉じ込められ、目の前の補償金で豪遊したい彼らに、アントワーヌの夫妻が取り組む長期的で継続的な村の再生計画の意味など理解できるはずもない。

「都会と田舎の対立」なんて単純なものではない。教養者と無学者の分かり合えなさ、土着の者とよそ者の理想と現実、豊かさや幸福の定義や尺度の違い、他人には計り知れない夫婦の愛が、重層的な人間ドラマを織り成していく。『ジュリアン』でDV親父を演じていたドゥニ・メノーシェが、我が身に迫り来る危険に怯えながらも闘う姿が痛々しく見ていられない。妻オルガが中心となる2部は多少冗長に感じるかもしれないが、事件が起きる前も後も、アントワーヌの家族が晒され続けた恐怖を追体験させられて戦慄する。

同時に、よそ者であるアントワーヌとオルガに親切に接し、日頃から助け合ってくれる地元民の姿も描かれており、人間の良心に触れてちょっとだけ救われる。結局、人と人との問題なのだ。分かり合えない人間同士は、永遠に分かり合うことはないのだろうか。分かり合う糸口はどこにも無かったのだろうか。噛み合わない会話は、どこまでも噛み合うことはないのだろうか。そんな問いを繰り返す、私たちの人生の延長線上に、彼らはいる。

trailer: