銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】青いカフタンの仕立て屋

映画日誌’23-29:青いカフタンの仕立て屋
 

introduction:

『モロッコ、彼女たちの朝』のマリヤム・トゥザニ監督が、モロッコ・サレの旧市街を舞台に伝統衣装カフタンドレスの仕立て屋を営む夫婦を描くヒューマンドラマ。主演は『灼熱の魂』『モロッコ、彼女たちの朝』のルブナ・アザバル。『迷子の警察楽隊』のサーレフ・バクリ、本作が映画初出演のアイユーブ・ミシウィが共演する。2022年カンヌ国際映画祭「ある視点部門」に出品され国際映画批評家連盟賞を受賞し、2023年米アカデミー賞ロッコ代表として国際長編映画賞のショートリストにも選出された。(2022年 フランス/モロッコ/ベルギー/デンマーク)
 

story:

ロッコ、海沿いの街サレの路地裏で、父から受け継いだカフタンドレスの仕立て屋を営むハリムとミナの夫婦。昔ながらの手仕事にこだわる職人の夫ハリムを理解し支えてきた妻のミナは、病に侵され余命わずかとなってしまう。そんなある日、ユーセフという筋のいい若い職人が二人の前に現れる。ミナの死期が迫る中、青いカフタンドレス作りを通して3人は絆を深めていく。
 

review:

この作品の舞台であるモロッコの旧市街サレについて調べてみたところ、かつてスペインから亡命したイスラム教徒たちが住み着いて町を拠点とする海賊となり、彼らは「サレの海賊」として恐れられたんだそうだ。モロッコはアフリカ大陸の北西部に位置し、地中海と大西洋に面しているため、古代より交易がおこなわれてきたアフリカ、ヨーロッパ、そしてアラブ文化が混じり合い、独自の多様な文化を形成している。国民の9割がムスリムで、イスラム国家の中では比較的寛容と言われているが、やはり伝統や戒律が重んじられる社会だ。
 
本作を手がけたマリヤム・トゥザニ監督は前作『モロッコ、彼女たちの朝』において、異国情緒漂うカサブランカの旧市街を舞台に「臨月の未婚女性」というモロッコのタブーを取り上げた(モロッコには「婚外交渉罪」があり、男性は不問だが女性だけが罪に問われる)。モロッコの知られざる一面を世界に伝えた監督が次に取り上げたのは、イスラム社会における性的マイノリティの存在だ。同性愛は死刑というイスラム国家も少なくないが、モロッコでも同性間の性交渉は違法とされ、3年以下の懲役が課される。
 
本作ではモロッコの伝統衣装「カフタン」の仕立て屋を営む夫婦と、そこに現れた若い職人の人間模様が描かれる。カフタンは結婚式や宗教行事などフォーマルな席に欠かせない伝統衣装で、コードや飾りボタンなどで華やかに刺繍されたオーダーメイドの高級品。夫ハリムは伝統的な手仕事にこだわる職人だが、手間暇かかる手刺繍を施すカフタン職人はいまや貴重な存在だそうだ。伝統を守る仕立て職人の繊細な手仕事がていねいに映し出され、美しいシルク生地に施されていく金糸の刺繍にうっとりする。
 
消えゆく伝統工芸の美しさを伝える一方で、戒律が重んじられるイスラム社会の中で真の自分を隠さなければならず、生きづらさを抱える人々の存在が淡々と映し出される。(おそらく)バイセクシャルの夫ハリム、病に侵され余命いくばくもない妻ミナ、若く美しい職人ユーセフ。支え合う夫婦の愛、秘めた想い、嫉妬と許容。3人それぞれの愛のかたちが、寡黙な映像で綴られていく。そして、伝統や慣習へのアンチテーゼが込められた挑発的なラスト。3人が貫いた愛の清々しさに心が洗われるようであった。深い余韻を残す良作。
 
愛する人にありのままの自分を受け入れてもらう 。人生においてこれほど美しいことがあるだろうか——マリヤム・トゥザニ
 

trailer: