銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ゴジラ-1.0

映画日誌’24-09:ゴジラ-1.0

introduction:

日本が生んだ特撮怪獣映画の金字塔「ゴジラ」生誕70周年記念作品として制作されたゴジラ作品30作目。『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズなどを手掛けてきた山崎貴が監督・脚本・VFXを手掛けた。主演は神木隆之介、『君の膵臓をたべたい』の浜辺美波がヒロインを務め、山田裕貴青木崇高吉岡秀隆安藤サクラ佐々木蔵之介らが脇を固める。アメリカでも公開され大ヒットを記録し、日本映画として初めてアカデミー賞の視覚効果賞にノミネートされた。(2023年 日本)

story:

第二次世界大戦後の日本。戦争によって何もかもを失い、焦土と化ししていた。戦争から生還した特攻隊員の敷島は、両親を戦禍で失い天涯孤独の身になっていたが、焼け野原の東京で赤ん坊を連れた典子と出会い、共に暮らすようになる。戦争を生き延びた人々が復興を目指すなか、追い討ちをかけるように謎の巨大怪獣ゴジラが出現。圧倒的な力で街を破壊するゴジラに対して、人々は抗うすべを模索するが・・・

review:

ああ、ゴジラねぇ・・・と思いつつ、とにかくあんまり邦画を観ないものだから放置。私が邦画を観ない理由はいくつかあるが、身も蓋もないが伝統的に撮影技術が低くて興醒めするからである。世界各国でガチクソ映画は生まれてると思うんだが、バイヤーの審美眼というフィルターにかけられて実際に国内に入ってくる海外作品は上澄みなので、言うてもそこそこのクオリティーが担保されている(そうじゃない場合もあるが)。その点、日本国内となると、優れた作品が生み出される一方でクソ映画に当たる可能性が高い。なのでつい、足が遠のく。

が、今回のゴジラを放置していたら、周りの映画好きがものすごい熱量で推してくる。そして日本映画として初めてアカデミー賞の視覚効果賞にノミネートされたというではないか。それはスクリーンで観なければと思い立って劇場に行ったら、とんでもないもの観た。様式美も含めてこれぞお家芸、日本が世界に誇る特撮映画というものだろうし、ハリウッドと遜色ないVFXの技術がすごい。山崎監督と白組すげぇなって改めて調べてみたら、株式会社白組が創立50年って初めて知ったよ。

一応『シン・ゴジラ』もスクリーンで観たが、あれは政府が動いてゴジラと闘うストーリーだったと記憶している。しかし今回のゴジラで描かれるのは、名もなき英雄たちの物語だ。戦後の日本がどう立ち直っていったのか、市井の人々が奮い立つ姿に心が震えるのである。生き残ってしまった特攻隊員の葛藤、軍国主義の残骸、戦争の傷を抱えながら立ち上がろうとする民衆の力。いろんなものが入り混じって頭の中と胸の中がぐちゃぐちゃよ・・・。ちょっとだけご都合主義が行き過ぎてる気もしつつ、いろんな感情が揺り動かされたし、素直に感動した。オスカー獲れるといいな。

trailer:

【映画】カラオケ行こ!

映画日誌’24-08:カラオケ行こ!

introduction:

歌が上手くなりたいヤクザと変声期に悩む合唱部部長の男子中学生の友情を描いた、和山やまの人気漫画を綾野剛主演で実写映画化。オーディションを勝ち抜き、大役をつかんだ齋藤潤が共演。『味園ユニバース』の山下敦弘が監督を務め、テレビドラマ「アンナチュラル」「MIU404」の野木亜紀子が脚本を手がける。北村一輝加藤雅也チャンス大城橋本じゅん、坂井真紀、ヒコロヒーなどが出演する。(2024年 日本)

story:

合唱部部長の岡聡実は、突然見知らぬヤクザの成田狂児からカラオケに誘われ、歌のレッスンを頼まれる。組長が開催するカラオケ大会で最下位になった者に待ち受ける恐怖の罰ゲームを回避するため、何がなんでも歌を上達させなければならないという。狂児の勝負曲はX JAPAN「紅」。イヤイヤながら歌唱指導を引き受けた聡実だったが、いつしかカラオケを通して二人の関係が変化していく。

review:

原作のファンである。というか、和山やまのファンである。社内随一の変態紳士と名高い同僚(アラフォー男子)に薦められて初めて読んだのは「夢中さ、きみに」だったと思うが、それ以降、和山作品は全部買って読んだ。歌がうまくなりたいお調子者のヤクザと、生真面目で毒舌な中学生男子の交流を描いた「カラオケ行こ!」も大好きな作品なので、実写化すると聞いたときは心に嵐がおきた。一体誰が狂児を演れるというのよ・・・。

そして聡実くん役はオーディションで選ぶという。歌唱審査の課題曲は「紅」。変態紳士に「オーディションやるってよ!」ってDMしたら「いやいや、中3の役ですやん… ヤクザならまだしも…」という返事が返ってきて、狂児役だったら応募したのか!?と思ったりしつつ、「極道主夫の人(玉木宏)とか似合いそうですけどねぇ」なんて会話をしていたらまさかの綾野剛!!嫌いじゃないけどちょっとイメージと違うー!!

って、思ってたんだけどねぇ、奥さん。最近知り合いになったナチュラルボーン綾野剛推しの方から『カラオケ行こ!』を観るべきだと熱烈にお薦めされてねぇ。あんまり邦画観ない人だけど、「綾野剛だから大丈夫」という謎論理に押され、震える手でチケットを買い、劇場に足を運んだわけよ。いやー、ちゃんと狂児だったわ。私の狂児(誰)とはちょっと違うけど、狂児は綾野剛でいいわ。そして聡実くん役の子いいわ。

とにかく脚本がよかった。原作の世界観をそのままに少しだけドラマが脚色されているが、その塩梅がいい。そして「音」の要素が加わると面白みが増す。ヤクザのカラオケ競演楽しかったし、「紅」の歌詞の意味が回収されて原作より解像度が上がる。ただ、個人的には組長の「ペロ」が見たかったのと、カラオケ屋さんで聡実くんがソファに隠した名刺を見つけるエピソードが好きだったので、改変されてて無念。次は「ファミレス行こ!」が実写化されますようにー!

trailer:

【映画】ゴールデンカムイ

映画日誌’24-07:ゴールデンカムイ

introduction:

明治末期の北海道を舞台に、アイヌ埋蔵金争奪戦の行方を描いた野田サトルの大ヒット漫画を実写映画化したサバイバル・バトルアクション。『HiGH&LOW』シリーズの久保茂昭が監督を務め、北海道、山形、長野、新潟など大自然が残る日本各地で大規模なロケ撮影を敢行。『キングダム』シリーズなどの山﨑賢人が主演を務めるほか、山田杏奈、眞栄田郷敦、矢本悠馬玉木宏舘ひろしら、個性豊かなキャストが大集結した。(2024年 日本)

story:

激動の明治末期。日露戦争での鬼神のごとき戦いぶりから「不死身の杉元」の異名を持つ元軍人・杉元佐一は、ある目的のため大金を手に入れるべく北海道で砂金取りに明け暮れていた。ある日、ある男からアイヌ民族から強奪された莫大な金塊の存在を聞かされた杉元。金塊を奪った「のっぺら坊」という男は、捕まる直前に金塊を隠し、その在処を示す刺青を24人の囚人の身体に彫って彼らを脱獄させたという。そんな折、野生のヒグマの襲撃を受けた杉元をアイヌの少女アシㇼパが救う。彼女は金塊を奪った男に父親を殺されており、その仇を討つため杉元と行動を共にすることに。一方、大日本帝国陸軍第七師団の鶴見篤四郎中尉、戊辰戦争で戦死したとされていた新選組副長の土方歳三もそれぞれ金塊を追っていた。

review:

ゴールデンカムイ、久々にハマった漫画だ。2014年8月から集英社週刊ヤングジャンプ」にて連載が開始され、現在までに既刊全31巻で累計2,700万部(2024年1月時点)突破している、野田サトルによる超大ヒットコミックである。マンガ大賞2016や第22回手塚治虫文化賞マンガ大賞』に選ばれ、作者の野田氏が第73回芸術選奨文部科学大臣新人賞メディア芸術部門を受賞している。長らく「実写化は不可能」と言われていたが、「原作を映像で忠実に表現する」というコンセプトのもと始動した、壮大な実写化計画が実を結んだのが本作だ。

冒険・歴史・文化・狩猟グルメ・GAG&LOVE和風闇鍋ウエスタン、物語が面白いのはもちろん、それまでぼんやりと憧れているだけで何となくしか知らなかったアイヌの文化を少しだけ知ることが出来たし、何より解像度高くアイヌの精神や思想に触れることが出来た。隣人を知ることは大切なことだ。相互理解という意味で、「ゴールデンカムイ」が果たした役割は大きいだろう。アイヌ文化への憧れを一層強くした私は旭川出張の際、何としてもアイヌコタンや博物館に行きたくて予定を捩じ込んだほどだ。

面白すぎて、「アシㇼパ」の発音を練習しながらヤンジャンのアプリで二周した。そんなに好きならコミックス買えよ課金しろよなのであるが、まあそれは置いといて。実写が決まったときは実写するには鈴木亮平が足りないだの、キャストが決まったら決まったで筋肉が足りないだの言っといて、鶴見中尉のビジュアルを見て黙るファンだの、何かと物議を醸してきた「ゴールデンカムイ」の映像化。原作ファンとして様子見していたが、同じ原作ファンにゴリ押しされて劇場に脚を運んでみた。

観た最初の感想は「アシㇼパさんの宣材写真がよろしくなさすぎ」である。先行して公開されたビジュアルではアシㇼパさんのイメージではなかったので観に行くのを躊躇ってしまったという側面もある。蓋を開けてみると映像で見るほうがずっと魅力的だった。杉元は確かに杉元だったしキャラクターの再現度も高く、すべて原作通りというわけではないと思うが「ゴールデンカムイ」の世界観を忠実に構築しており、原作のファンが絶賛するのも頷ける。そこで終わるんかい!ってみんな思ったよね。次回作が楽しみよね。

trailer:

【映画】ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人

映画日誌’24-06:ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人

introduction:

18世紀のフランスで59年間の長きにわたり国王に在位したルイ15世の最後の公式の愛人となったジャンヌ・デュ・バリーの波乱に満ちた生涯を映画化。『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』の監督としても知られる俳優マイウェンが監督・脚本・主演を務め、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジョニー・デップが全編フランス語でルイ15世を演じた。ヴェルサイユ宮殿での大規模な撮影、シャネルによる衣装提供により、豪華絢爛なフランス宮廷を再現。第76回カンヌ国際映画祭オープニング作品に選出された。(2023年 フランス)

story:

貧しいお針子の私生児として生まれ、娼婦同然の生活を送っていたジャンヌは、類稀な美貌と知性で貴族の男たちを虜にし、社交界で注目されるように。ついにヴェルサイユ宮殿に足を踏み入れたジャンヌは、時の国王ルイ15世と対面を果たす。二人は瞬く間に恋に落ち、彼女は国王の公式の愛人、公妾となる。しかし労働階級の庶民が国王の愛人になるのは前代未聞のタブーであり、堅苦しいマナーやルールを平然と無視するジャンヌは保守的な貴族たちの反感を買ってしまう。その一方で宮廷内に新しい風を吹き込む存在となるが、王太子妃のマリー・アントワネットが嫁いできたことで、運命が大きく変わっていく。

review:

ドンピシャではないが、ほぼベルばら世代としてはルイ15世の公妾デュ・バリー夫人は見逃せない。ルイ16世の王妃マリー・アントワネットの因縁の相手である。ベルサイユは大変な人ですこと・・・!!ベルサイユは大変な人ですこと・・・!!ベルサイユは大変な人ですこと・・・!!(リフレイン)おお、これは観に行かねばと思ってよく見たらジョニー・デップー!!地雷!!世紀の駄作王のせいで観に行くのを一瞬迷うほどだが、そのおかげでハードルが下がり、ヴェルサイユ宮殿のメロドラマ面白かった。

ベルばらでの描かれ方を改めて確認してみると、これがまあ派手好きで欲深く、自分の欲望を満たすためなら手段を選ばない性悪女として描かれている。マリー・アントワネット人間性を引き立たせるためと思われるが、実際には朗らかで親しみやすい人柄で宮廷の貴族たちから人気があったらしい。本作での描き方がどうかと言うと、確かにお育ちが少々アレであけすけでギリギリ下品なんだが、天真爛漫で優しい人柄が伝わる描写で、いつの間にか我々もジャンヌのことが好きになってしまう。

なお「公妾」とは、離婚と並んで側室制度が許されなかったキリスト教ヨーロッパ諸国の宮廷で採用された歴史的制度である。王の「公認の愛人」には生活や活動にかかる費用が王廷費からの支出として認められ、国王を動かす権力を持ち、主宰する贅沢なサロンは外国に対して国威を示す役割を担ったという。ちなみに公妾になるには既婚女性でなければならず(独身であれば国王に結婚を迫り、お家騒動につながる可能性があるため)、ジャンヌもデュ・バリー子爵と形ばかりの結婚をしてデュ・バリー夫人なわけである。史実ではデュ・バリー子爵の弟と結婚している。

ルイ15世の公妾といえばポンパドゥール夫人も有名だが、ルイ15世が公妾マリー・アンヌを亡くして悲しみにくれていた時に出会ったという記述を見て、まてまてルイ15世どんな女性遍歴なのと思って調べてみたところ、そもそも正妃のマリーが毎年妊娠させられ11人の子を産んだ結果ルイ15世を拒絶したらしいし、ただの性豪やないか・・・。なお、作中にも言葉が出てくる「鹿の園」はポンパドゥール夫人が個人的につくった娼館で、多数の若い女性たちが性的奉仕をしていたらしい。正妃1人、公妾5人、愛妾10人で子どもは24人。

そんなルイ15世役をジョニー・デップが全編フランス語で挑み、ワールドプレミアとなったカンヌ国際映画祭で起きた7分間のスタンディングオーベーションに涙したらしい。よかったね。謎のマナーとルールでがんじがらめの宮廷生活におけるルイ15世とジャンヌの人間臭さが、彼らを取り巻くヴェルサイユの住人たちの嘘臭さを際立たせており、マイウェン監督のキャラクター造形の巧さが窺える。というわけでヴェルサイユ宮殿絵巻、総じて面白く興味深く観た。ていうかマイウェンって誰、と思ったら『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』の脚本・監督かぁ、と納得したのであった。

trailer:

【映画】コット、はじまりの夏

映画日誌’24-05:コット、はじまりの夏

introduction:

アイルランドの作家クレア・キーガンの小説「Foster」を原作に、1980年代のアイルランドを舞台に、9歳の少女が過ごす特別な夏休みを描いたヒューマンドラマ。子どもの視点や家族の絆を描くドキュメンタリー作品を数々手がけてきたコルム・バレードによる長編劇映画初監督作。第72回ベルリン国際映画祭で子どもが主役の映画を対象にした国際ジェネレーション部門でグランプリを受賞し、第95回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた。主演はこれが映画デビューとなるキャサリン・クリンチ。(2022年 アイルランド)

story:

1981年、アイルランドの田舎町。大家族の中でひとり静かに暮らす寡黙な少女コットは、夏休みを親戚夫婦キンセラ家のもとで過ごすことに。優しく迎え入れてくれたショーンとアイリーン夫妻の温かい愛情をたっぷりと受け、初めは戸惑っていたコットの心境にも変化が訪れる。緑豊かな農場で、いつしか本当の家族のようにかけがえのない時間を過ごしたコットは、これまで経験したことのなかった生きる喜びに包まれ、自分の居場所を見出していくが…

review:

シネマカリテがとにかく暑かった。汗が滲むほど暑かった。空席が多ければそうでもないけど、満席に近くてたくさん人が入ってるときに空調が全然ダメなの、あそこ。以前あまりの暑さに空調を調節してほしいとスタッフに訴えたことがあるけど、全然改善されない。武蔵野館の偉い人ー!お願いだから改善してー!もう何なら武蔵野興業株式会社に入社して改善したいくらいだ。

暖房が効きすぎた劇場で静謐な作品と対峙するとどうなるか。だんだんとボンヤリしてくる頭、襲ってくる睡魔。2回寝落ちしたやんけー!しかもコットとショーンが語り合う大事な場面でさ!というわけで、本来ならばまともな感想も書けないところなんだけど、ざっくり言うと、アイルランドの田舎町で貧乏の子だくさん家族でネグレスト気味に育った場面緘黙症っぽい少女が親戚の家で初めて人間扱いされて真の愛情と出会う話。

まあ、プロットとストーリーは予定調和。実の父母が絵に描いたような毒親で、やや使い古されたような芝居じみたセリフもあり、ショーンとアイリーンは「赤毛のアン」のマシューとマリラを足して2で割ったような既視感もあり。とはいえ、寝落ちした割にはぐっとくる部分もあったし、アイルランドの風景が美しかった。評判はいいみたいので、きっと佳い映画なんだろう。ちゃんとした状態でもう一回観たい気もするけど、他の方が書いた解説読んだら気が済んだ。なんで子どもは寝たふりするし、何かと走らされるんだろうねぇ・・・。

trailer:

【映画】ダム・マネー ウォール街を狙え!

映画日誌’24-04:ダム・マネー ウォール街を狙え!

introduction:

2021年にアメリカの金融マーケットを激震させた前代未聞の大事件“ゲームストップ株騒動”を描く実録エンターテイメント。『ソーシャル・ネットワーク』(2010)の原作者でもあるベン・メズリックのノンフィクションに基づき、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスピーが監督を務めた。主演は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・ダノ。ピート・デビッドソン、ビンセント・ドノフリオ、アメリカ・フェレーラ、セス・ローゲンらが共演する。(2023年 アメリカ)

story:

コロナ禍の2020年、マサチューセッツ州の平凡な会社員キース・ギルは、全財産の5万ドルをゲームストップ株に投じていた。アメリカ各地の実店舗でゲームソフトを販売するゲームストップ社は業績が低迷し、倒産間近とみなされていたが、キースは“ローリング・キティ”という名で動画配信をおこない、同社の株が著しく過小評価されているとネット掲示板で訴える。すると彼の主張に共感した大勢の個人投資家が株を買い始め、2021年初頭に株価はまさかの大暴騰。同社を空売りして一儲けすることを目論んでいたウォール街のエリートたちは大きな損失を被り、全米を揺るがす社会現象に発展していく。事件は連日メディアを賑わせ、キースは一躍時の人となるが・・・

review:

2021年初頭、アメリカの金融マーケットが激震する前代未聞の大事件が発生したのをみなさん覚えているだろうか。私はすっかり忘れていたよ。時代遅れで倒産間近と囁かれていたゲームストップ社(実店舗によるゲームソフトの小売り企業)の株を、ネット掲示板に集まった個人投資家たちが書いまくり、同社を空売りしていたヘッジファンドに大損害を与えた“ゲームストップ株騒動”だ。全米を揺るがす社会現象となり、日本でも大きな反響を呼んだ。らしい。

実際のところ騒動を煽ったキース・ギルは「ただの」会社員ではなかったという話もあるが、ネット掲示板の動画配信でゲームストップ社の価値を真摯に訴え続けた“ローリング・キティ”と、彼に共感した名もなき一般市民たちが団結し、強欲な大富豪に一泡吹かせた狂騒の一部始終が痛快に描かれる。ジェットコースターのような展開にぐいぐいと引き込まれる。投資の知識がなくても大丈夫だし、投資に役立つ知識は何にも得られないが、空売りが何かくらいは知ってるといいかも。

空売りとは、手持ちの株式を売ることを「現物の売り」というのに対し、手元に持っていない株式を信用取引などを利用して「借りて売る」ことなんだそうだ。これから下がることが予想されるタイミングに空売りして、予想通り株価が下落したところで買い戻して利益を得るというもので、空売りする投資家が増えると相場が下落する。そうしてウォール街のエリートたちに食い物にされ、踏み潰されてきた企業も少なくないのだろう。

ポール・ダノ出演作にハズレなし。株価に一喜一憂するヒリヒリした臨場感、狂騒の宴に乗っかった人々のドラマ、キースを取り巻く人間模様、彼の信念に寄り添った奥さんとの絆も見どころ。『バービー』のアメリカ・フェレイラ姉さんやアリアナの元彼ピート・デヴィッドソンがいい味出してる。監督は『ラースと、その彼女』『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスピー。彼は人間の描き方が抜群に巧い。次回作も楽しみである。

trailer:

【映画】哀れなるものたち

映画日誌’24-03:哀れなるものたち

introduction:

女王陛下のお気に入り』の鬼才ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組み、スコットランド作家のアラスター・グレイの同名ゴシック小説を映像化。『女王陛下のお気に入り』などのトニー・マクナマラが脚本を手掛け、ウィレム・デフォーマーク・ラファロらが出演する。2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞し、第81回ゴールデングローブ賞では2部門を受賞。第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされている。(2023年 イギリス)

story:

不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らが身籠っていた胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。「世界を自分の目で見たい」という欲望にかられた彼女は、婚約者であるマックスの制止を振り切り、放蕩者の弁護士ダンカンに誘われるまま大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは、さまざまな出会いを通して平等や自由を知り、時代の偏見から解放され、驚くべき成長を遂げていく。

review:

この度、第96回アカデミー賞におきまして、映画『哀れなるものたち』が作品賞、監督賞(ヨルゴス・ランティモス)、主演女優賞(エマ・ストーン助演男優賞マーク・ラファロ)、脚色賞、撮影賞、編集賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、作曲賞、美術賞の11部門ノミネートを果たしましたそうで、おめでとうございます。きっと総なめにすることでしょう。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の7部門受賞に迫るかもしれない。

自ら命を絶った不幸な若き女性ベラが、天才外科医ゴッドウィン・バクスターの手によって奇跡的に蘇生することから物語が始まる。成熟した肉体を持った「生まれたての女性」が、概念や思想や倫理に縛られることなく自由奔放に、偏見やタブーもろとも世界を飲み込んでいく冒険譚だ。ベラは、性別、年齢、国籍、時代、その全てを超越し、自分の力で真の自由と平等を手に入れようと貪欲に前進していく。女性を無知で無垢なものとして支配しようとする、哀れな男たちの屍を乗り越えて。

ギリシャの怪物ヨルゴス・ランティモス、天才の所業すぎて絶句してしまった。アカデミー賞9部門ノミネートの『女王陛下のお気に入り』はともかく、『ロブスター』やら彼の風変わりな作品といえばノイジーなラジオを聴かされているような気分だったが、ついに彼のラジオと周波数が合ってしまったような居心地の悪さ。ベラの純粋無垢な魂が、ベラを体現したエマ・ストーンの内側から滲み出る野生味のようなものが、五感をすり抜けて、クリアに、ダイレクトに響いてきて揺さぶられる。

本作がデビューだというイェルスキン・フェンドリックスのスコアがこれまた素晴らしい。まるで聴いたことのない不協和音が美しく物語を縁取る。ホリー・ワディントンが手がけた繊細で前衛的な衣装の数々、ジェームズ・プライスとショーナ・ヒースという異なる才能が共鳴しあう壮麗で緻密なプロダクションデザインがあまりにも見事。1890年代ヴィクトリア朝後期のロンドンのようだが、異世界のようでもある。そして、その歪な世界を映し出す歪なカメラワーク、何もかもが非凡。類稀なる、白昼夢のような映画体験であった。

trailer: