銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人

映画日誌’24-06:ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人

introduction:

18世紀のフランスで59年間の長きにわたり国王に在位したルイ15世の最後の公式の愛人となったジャンヌ・デュ・バリーの波乱に満ちた生涯を映画化。『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』の監督としても知られる俳優マイウェンが監督・脚本・主演を務め、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジョニー・デップが全編フランス語でルイ15世を演じた。ヴェルサイユ宮殿での大規模な撮影、シャネルによる衣装提供により、豪華絢爛なフランス宮廷を再現。第76回カンヌ国際映画祭オープニング作品に選出された。(2023年 フランス)

story:

貧しいお針子の私生児として生まれ、娼婦同然の生活を送っていたジャンヌは、類稀な美貌と知性で貴族の男たちを虜にし、社交界で注目されるように。ついにヴェルサイユ宮殿に足を踏み入れたジャンヌは、時の国王ルイ15世と対面を果たす。二人は瞬く間に恋に落ち、彼女は国王の公式の愛人、公妾となる。しかし労働階級の庶民が国王の愛人になるのは前代未聞のタブーであり、堅苦しいマナーやルールを平然と無視するジャンヌは保守的な貴族たちの反感を買ってしまう。その一方で宮廷内に新しい風を吹き込む存在となるが、王太子妃のマリー・アントワネットが嫁いできたことで、運命が大きく変わっていく。

review:

ドンピシャではないが、ほぼベルばら世代としてはルイ15世の公妾デュ・バリー夫人は見逃せない。ルイ16世の王妃マリー・アントワネットの因縁の相手である。ベルサイユは大変な人ですこと・・・!!ベルサイユは大変な人ですこと・・・!!ベルサイユは大変な人ですこと・・・!!(リフレイン)おお、これは観に行かねばと思ってよく見たらジョニー・デップー!!地雷!!世紀の駄作王のせいで観に行くのを一瞬迷うほどだが、そのおかげでハードルが下がり、ヴェルサイユ宮殿のメロドラマ面白かった。

ベルばらでの描かれ方を改めて確認してみると、これがまあ派手好きで欲深く、自分の欲望を満たすためなら手段を選ばない性悪女として描かれている。マリー・アントワネット人間性を引き立たせるためと思われるが、実際には朗らかで親しみやすい人柄で宮廷の貴族たちから人気があったらしい。本作での描き方がどうかと言うと、確かにお育ちが少々アレであけすけでギリギリ下品なんだが、天真爛漫で優しい人柄が伝わる描写で、いつの間にか我々もジャンヌのことが好きになってしまう。

なお「公妾」とは、離婚と並んで側室制度が許されなかったキリスト教ヨーロッパ諸国の宮廷で採用された歴史的制度である。王の「公認の愛人」には生活や活動にかかる費用が王廷費からの支出として認められ、国王を動かす権力を持ち、主宰する贅沢なサロンは外国に対して国威を示す役割を担ったという。ちなみに公妾になるには既婚女性でなければならず(独身であれば国王に結婚を迫り、お家騒動につながる可能性があるため)、ジャンヌもデュ・バリー子爵と形ばかりの結婚をしてデュ・バリー夫人なわけである。史実ではデュ・バリー子爵の弟と結婚している。

ルイ15世の公妾といえばポンパドゥール夫人も有名だが、ルイ15世が公妾マリー・アンヌを亡くして悲しみにくれていた時に出会ったという記述を見て、まてまてルイ15世どんな女性遍歴なのと思って調べてみたところ、そもそも正妃のマリーが毎年妊娠させられ11人の子を産んだ結果ルイ15世を拒絶したらしいし、ただの性豪やないか・・・。なお、作中にも言葉が出てくる「鹿の園」はポンパドゥール夫人が個人的につくった娼館で、多数の若い女性たちが性的奉仕をしていたらしい。正妃1人、公妾5人、愛妾10人で子どもは24人。

そんなルイ15世役をジョニー・デップが全編フランス語で挑み、ワールドプレミアとなったカンヌ国際映画祭で起きた7分間のスタンディングオーベーションに涙したらしい。よかったね。謎のマナーとルールでがんじがらめの宮廷生活におけるルイ15世とジャンヌの人間臭さが、彼らを取り巻くヴェルサイユの住人たちの嘘臭さを際立たせており、マイウェン監督のキャラクター造形の巧さが窺える。というわけでヴェルサイユ宮殿絵巻、総じて面白く興味深く観た。ていうかマイウェンって誰、と思ったら『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』の脚本・監督かぁ、と納得したのであった。

trailer:

【映画】コット、はじまりの夏

映画日誌’24-05:コット、はじまりの夏

introduction:

アイルランドの作家クレア・キーガンの小説「Foster」を原作に、1980年代のアイルランドを舞台に、9歳の少女が過ごす特別な夏休みを描いたヒューマンドラマ。子どもの視点や家族の絆を描くドキュメンタリー作品を数々手がけてきたコルム・バレードによる長編劇映画初監督作。第72回ベルリン国際映画祭で子どもが主役の映画を対象にした国際ジェネレーション部門でグランプリを受賞し、第95回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた。主演はこれが映画デビューとなるキャサリン・クリンチ。(2022年 アイルランド)

story:

1981年、アイルランドの田舎町。大家族の中でひとり静かに暮らす寡黙な少女コットは、夏休みを親戚夫婦キンセラ家のもとで過ごすことに。優しく迎え入れてくれたショーンとアイリーン夫妻の温かい愛情をたっぷりと受け、初めは戸惑っていたコットの心境にも変化が訪れる。緑豊かな農場で、いつしか本当の家族のようにかけがえのない時間を過ごしたコットは、これまで経験したことのなかった生きる喜びに包まれ、自分の居場所を見出していくが…

review:

シネマカリテがとにかく暑かった。汗が滲むほど暑かった。空席が多ければそうでもないけど、満席に近くてたくさん人が入ってるときに空調が全然ダメなの、あそこ。以前あまりの暑さに空調を調節してほしいとスタッフに訴えたことがあるけど、全然改善されない。武蔵野館の偉い人ー!お願いだから改善してー!もう何なら武蔵野興業株式会社に入社して改善したいくらいだ。

暖房が効きすぎた劇場で静謐な作品と対峙するとどうなるか。だんだんとボンヤリしてくる頭、襲ってくる睡魔。2回寝落ちしたやんけー!しかもコットとショーンが語り合う大事な場面でさ!というわけで、本来ならばまともな感想も書けないところなんだけど、ざっくり言うと、アイルランドの田舎町で貧乏の子だくさん家族でネグレスト気味に育った場面緘黙症っぽい少女が親戚の家で初めて人間扱いされて真の愛情と出会う話。

まあ、プロットとストーリーは予定調和。実の父母が絵に描いたような毒親で、やや使い古されたような芝居じみたセリフもあり、ショーンとアイリーンは「赤毛のアン」のマシューとマリラを足して2で割ったような既視感もあり。とはいえ、寝落ちした割にはぐっとくる部分もあったし、アイルランドの風景が美しかった。評判はいいみたいので、きっと佳い映画なんだろう。ちゃんとした状態でもう一回観たい気もするけど、他の方が書いた解説読んだら気が済んだ。なんで子どもは寝たふりするし、何かと走らされるんだろうねぇ・・・。

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【映画】ダム・マネー ウォール街を狙え!

映画日誌’24-04:ダム・マネー ウォール街を狙え!

introduction:

2021年にアメリカの金融マーケットを激震させた前代未聞の大事件“ゲームストップ株騒動”を描く実録エンターテイメント。『ソーシャル・ネットワーク』(2010)の原作者でもあるベン・メズリックのノンフィクションに基づき、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスピーが監督を務めた。主演は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・ダノ。ピート・デビッドソン、ビンセント・ドノフリオ、アメリカ・フェレーラ、セス・ローゲンらが共演する。(2023年 アメリカ)

story:

コロナ禍の2020年、マサチューセッツ州の平凡な会社員キース・ギルは、全財産の5万ドルをゲームストップ株に投じていた。アメリカ各地の実店舗でゲームソフトを販売するゲームストップ社は業績が低迷し、倒産間近とみなされていたが、キースは“ローリング・キティ”という名で動画配信をおこない、同社の株が著しく過小評価されているとネット掲示板で訴える。すると彼の主張に共感した大勢の個人投資家が株を買い始め、2021年初頭に株価はまさかの大暴騰。同社を空売りして一儲けすることを目論んでいたウォール街のエリートたちは大きな損失を被り、全米を揺るがす社会現象に発展していく。事件は連日メディアを賑わせ、キースは一躍時の人となるが・・・

review:

2021年初頭、アメリカの金融マーケットが激震する前代未聞の大事件が発生したのをみなさん覚えているだろうか。私はすっかり忘れていたよ。時代遅れで倒産間近と囁かれていたゲームストップ社(実店舗によるゲームソフトの小売り企業)の株を、ネット掲示板に集まった個人投資家たちが書いまくり、同社を空売りしていたヘッジファンドに大損害を与えた“ゲームストップ株騒動”だ。全米を揺るがす社会現象となり、日本でも大きな反響を呼んだ。らしい。

実際のところ騒動を煽ったキース・ギルは「ただの」会社員ではなかったという話もあるが、ネット掲示板の動画配信でゲームストップ社の価値を真摯に訴え続けた“ローリング・キティ”と、彼に共感した名もなき一般市民たちが団結し、強欲な大富豪に一泡吹かせた狂騒の一部始終が痛快に描かれる。ジェットコースターのような展開にぐいぐいと引き込まれる。投資の知識がなくても大丈夫だし、投資に役立つ知識は何にも得られないが、空売りが何かくらいは知ってるといいかも。

空売りとは、手持ちの株式を売ることを「現物の売り」というのに対し、手元に持っていない株式を信用取引などを利用して「借りて売る」ことなんだそうだ。これから下がることが予想されるタイミングに空売りして、予想通り株価が下落したところで買い戻して利益を得るというもので、空売りする投資家が増えると相場が下落する。そうしてウォール街のエリートたちに食い物にされ、踏み潰されてきた企業も少なくないのだろう。

ポール・ダノ出演作にハズレなし。株価に一喜一憂するヒリヒリした臨場感、狂騒の宴に乗っかった人々のドラマ、キースを取り巻く人間模様、彼の信念に寄り添った奥さんとの絆も見どころ。『バービー』のアメリカ・フェレイラ姉さんやアリアナの元彼ピート・デヴィッドソンがいい味出してる。監督は『ラースと、その彼女』『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスピー。彼は人間の描き方が抜群に巧い。次回作も楽しみである。

trailer:

【映画】哀れなるものたち

映画日誌’24-03:哀れなるものたち

introduction:

女王陛下のお気に入り』の鬼才ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組み、スコットランド作家のアラスター・グレイの同名ゴシック小説を映像化。『女王陛下のお気に入り』などのトニー・マクナマラが脚本を手掛け、ウィレム・デフォーマーク・ラファロらが出演する。2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞し、第81回ゴールデングローブ賞では2部門を受賞。第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされている。(2023年 イギリス)

story:

不幸な若い女性ベラは自ら命を絶つが、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターによって自らが身籠っていた胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。「世界を自分の目で見たい」という欲望にかられた彼女は、婚約者であるマックスの制止を振り切り、放蕩者の弁護士ダンカンに誘われるまま大陸横断の旅に出る。大人の体を持ちながら新生児の目線で世界を見つめるベラは、さまざまな出会いを通して平等や自由を知り、時代の偏見から解放され、驚くべき成長を遂げていく。

review:

この度、第96回アカデミー賞におきまして、映画『哀れなるものたち』が作品賞、監督賞(ヨルゴス・ランティモス)、主演女優賞(エマ・ストーン助演男優賞マーク・ラファロ)、脚色賞、撮影賞、編集賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、作曲賞、美術賞の11部門ノミネートを果たしましたそうで、おめでとうございます。きっと総なめにすることでしょう。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の7部門受賞に迫るかもしれない。

自ら命を絶った不幸な若き女性ベラが、天才外科医ゴッドウィン・バクスターの手によって奇跡的に蘇生することから物語が始まる。成熟した肉体を持った「生まれたての女性」が、概念や思想や倫理に縛られることなく自由奔放に、偏見やタブーもろとも世界を飲み込んでいく冒険譚だ。ベラは、性別、年齢、国籍、時代、その全てを超越し、自分の力で真の自由と平等を手に入れようと貪欲に前進していく。女性を無知で無垢なものとして支配しようとする、哀れな男たちの屍を乗り越えて。

ギリシャの怪物ヨルゴス・ランティモス、天才の所業すぎて絶句してしまった。アカデミー賞9部門ノミネートの『女王陛下のお気に入り』はともかく、『ロブスター』やら彼の風変わりな作品といえばノイジーなラジオを聴かされているような気分だったが、ついに彼のラジオと周波数が合ってしまったような居心地の悪さ。ベラの純粋無垢な魂が、ベラを体現したエマ・ストーンの内側から滲み出る野生味のようなものが、五感をすり抜けて、クリアに、ダイレクトに響いてきて揺さぶられる。

本作がデビューだというイェルスキン・フェンドリックスのスコアがこれまた素晴らしい。まるで聴いたことのない不協和音が美しく物語を縁取る。ホリー・ワディントンが手がけた繊細で前衛的な衣装の数々、ジェームズ・プライスとショーナ・ヒースという異なる才能が共鳴しあう壮麗で緻密なプロダクションデザインがあまりにも見事。1890年代ヴィクトリア朝後期のロンドンのようだが、異世界のようでもある。そして、その歪な世界を映し出す歪なカメラワーク、何もかもが非凡。類稀なる、白昼夢のような映画体験であった。

trailer:

【映画】ニューヨーク・オールド・アパートメント

映画日誌’24- 02:ニューヨーク・オールド・アパートメント

introduction:

オランダ人作家アーノン・グランバーグの小説『De heilige Antonio』を原作に、アメリカの移民問題を背景に親子の絆を描いたドラマ。短編「ボン・ボヤージュ」が第89回アカデミー賞短編映画賞にノミネートされたマーク・ウィルキンス監督の長編デビュー作となる。オーディションで選ばれたペルー出身の双子アドリアーノマルチェロ・デュランが主演を務め、『悲しみのミルク』のマガリ・ソリエルらが共演する。(2020年 スイス)

story:

祖国ペルーを捨てアメリカへ渡り、ニューヨークで不法移民として暮らすデュラン一家。母ラファエラはウェイトレスとして働き、息子のポールとティトも語学学校に通いながら配達員の仕事で家計を支えていた。街から疎外される自分たちを「透明人間」だと憂う息子たちは、ある日学校で謎めいた美女クリスティンと出会い、恋に落ちる。しかしクリスティンはコールガールという一面を隠し持っていた。そして生活に疲弊していた母ラファエラは、白人男性の誘いに乗りアパートでデリバリーの飲食業を始めるが・・・。

review:

大都会ニューヨークの片隅で肩を寄せ合い生きる、不法移民のペルー人母子がたどる数奇な運命が描かれる。強制送還の恐怖に怯えながら小銭を稼ぐ貧しい生活、市民権も持たず、誰からも見向きもされない透明人間のような存在の彼ら。ちょっとした日常の描写から、彼らが常にさらされている差別や、置かれている環境が伝わってくる。そんなある日、母と息子たちはそれぞれ恋に落ち、生きる意味を見出していこうとするが、そうは問屋が卸さねぇという物語。

移民問題をシリアスに描くのかと思っていたら、予想を超えるドラマチックな展開で面白かった。息子たち、一昔前のキムタクとマツジュンみたいな雰囲気なんだが、双子という設定がいい。1人だと厳しい状況でも2人だと深刻になりすぎず、微笑ましくもある。そして彼らが暮らすニューヨークの街の描写は、雑踏のゴミゴミしさで息が詰まるよう。と思ってたら、まさかの展開でペルー。ペルー!!ってつい心の中で叫びたくなるような、その雄大な自然に絶望すら感じる。圧倒的に貧しく、そこに彼らの居場所はない。そりゃ危険を冒しても国境を超えるよなぁ。

どこか頼りなげでかわいらしいラファエラ母さん、あの『悲しみのミルク』のファウスタではないか・・・!!ペルー近現代史のトラウマをその身に背負った一人の女性の姿を通して、ペルーの忌まわしい過去から連なる現在、そして未来への希望を映し出す秀作で、強烈に印象に残っている。いつかのファウスタさん、ちょっとフォルムが変わってて肝っ玉母さんになってるから気付かなかったけど、息子たちが言う通り美人なのよ。あの佇まい、あのムード、納得。演技も素晴らしい。

そんなラファエラ母さんに擦り寄ってくるスイス人野郎、憎めないクズ加減が絶妙。スイスのベテラン個性派俳優らしい(実はこの作品、監督はスイス人だしスイスの映画である)。ニューヨークには移民の女性をカモにするクズがいっぱいいるのだろう。またその逆もあるのだろう。欲望渦巻く大都会で、ひたむきに生きる人々がカモにされる。理不尽で不条理なこの世界でで踏みつけられるように暮らしていても、失われないもの、奪われないものはあるのだと教えてくれる。3人が再会して、また明日に向かって歩き出せますように。いい映画だった。

trailer:

【映画】ファースト・カウ

映画日誌’24-01:ファースト・カウ

introduction:

現代アメリカ映画の最重要作家と評されるケリー・ライカートが、A24とタッグを組んで放つ長編7作目。ライカート監督作の脚本を多く手がけてきたジョナサン・レイモンドが2004年に発表した小説「The Half-Life」を原作に、監督とレイモンドが共同で脚本を手がけた。主演は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のジョン・マガロ、香港出身の俳優オリオン・リー。イギリスを代表する名俳優トビー・ジョーンズ、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で注目を集めたリリー・グラッドストーンらが共演する。(2022年 アメリカ)

story:

1820年代、西部開拓時代のオレゴンアメリカンドリームを求めて未開の地にやってきた料理人のクッキーと、中国人移民のキング・ルーは意気投合し、やがてある大胆な計画を思いつく。それは、この地に初めてやってきた“富の象徴”である、たった一頭の牛から盗んだミルクでつくったドーナツで、一攫千金を狙うというものだった。

review:

2024年の映画初めは、はからずもA24作品であった。ケリー・ライカート監督はアメリカのインディペンデント映画作家として最も高い評価を受けている一人とのことだが、その作品が日本の劇場で公開されるのは初めてとのこと。西部開拓時代のアメリカ・オレゴン州を舞台に、成功を夢見た男たちの運命が描かれる。

1820年アメリカは「Go West, young man(若者よ、西部を目指せ。そして、国と共に育て)」の時代である。政府は人口過密や労働問題で苦しむ東部の若者に西部開拓を呼びかけ、人々はネイティブアメリカンの部族を追い出しながら、森林と荒野の平原を西へ前進し続けた。そして当時のオレゴン州には、一攫千金を夢見ていろんな国籍の人々が集っていたのである。

未開の無法地帯で、東部からやってきたユダヤ系の料理人クッキーは、9歳で母国中国を出て世界をめぐってきたキング・ルーと出会う。やがて二人は意気投合し、紅茶にクリームを入れたいイギリス人のために連れてこられた雌牛からミルクを盗み、ドーナツを作って売ることを思いつく。そのドーナツは、いつか米軍基地のお祭りで食べたファンネルケーキを思い出させる。

主演の二人の佇まいが素晴らしいのだが、もはや大御所トビー・ジョーンズ、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で高い評価を受けたリリー・グラッドストーンらが脇を固めており、作品にムードをもたらす。ついでに『トレインスポッティング』のスパッドことユエン・ブレムナーが登場し、生きとったんかいワレェという気持ちになる。

全体的に画面が暗く、モソモソと物語が転がっていくので、ちょっとだけ眠くなるのはご愛嬌。かと思えば、時にスリリングな展開にハラハラさせられたりする。とにかく観る人を選ぶ作品であるが、ラストシーンにすべてを持っていかれる。甘い成功を夢見た二人の友情と行く末、アメリカという大国の歴史が一気に押し寄せてきて息を呑んだ。何という秀作。よい映画初めであった。

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【映画】枯れ葉

映画日誌’23-57:枯れ葉

introduction:

フィンランドの名匠アキ・カウリスマキによる、労働者3部作『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる新たな物語。厳しい生活を送りながらも、生きる喜びと人間としての誇りを失わずにいる労働者たちの日常が描かれる。主演はカウリスマキ作品には初出演となる『TOVE/トーベ』のアルマ・ポウスティと『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』のユッシ・ヴァタネン。『街のあかり』のヤンネ・ヒューティアイネン、『希望のかなた』のヌップ・コイヴらが共演する。2023年・第76回カンヌ国際映画祭で審査員賞受賞。(2023年 フィンランド・ドイツ合作)

story:

フィンランドの首都ヘルシンキ。アンサは理不尽な理由で仕事を失い、ホラッパは酒に溺れながらもどうにか工事現場で働いている。ある夜、カラオケバーで出会った2人は、互いの名前も知らないまま惹かれ合う。しかし不運な偶然と過酷な現実が、2人をささやかな幸福から遠ざけてしまう。果たして2人は、無事に再会を果たし、想いを通い合わせることができるのか・・・?

review:

アキ・カウリスマキが我々のもとに帰ってきてくれた。世界中のファンを悲嘆に暮れさせた2017年の映画監督引退宣言から6年。労働者3部作『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる、可笑しみと切実さに満ちた最高のラブストーリーを連れて、あっけらかんと。なお、好きな映画監督を聞かれたら「アキ・カウリスマキ」と即答するほどのファンである。

設定とプロットは『パラダイスの夕暮れ』の焼き増しのようでもあるが、今回の主人公は孤独を抱える中年男女だ。計算され尽くした構図と色彩で、貧しい暮らしの中でも生きる喜びと誇りを失わずにいる労働者たち、市井の人々の日常生活が淡々と描かれる。程よい塩梅で挿し込まれるユーモアにクスリと笑う。カウリスマキらしい演出が記号のように散りばめられ、彼が帰ってきたのだと実感する。もうそれだけで痺れてしまう。

お互いの名前も知らないまま恋に落ち、運命に振り回されながら想いを成就させようとする恋人たち。ノスタルジックな雰囲気でまるで現代とは思えないが、ラジオからはロシアによるウクライナ侵攻を伝えるニュースがしきりに流れている。いま私たちが直面している悲痛な現実や終わりの見えない絶望とともに、真っ直ぐに愛を映し出そうとするカウリスマキの強い意思を感じる。No computer,No cell phoneを貫いてきた彼の映画にスマホが登場したのも驚きだった。

2023年の暮れ、2人と一匹の後ろ姿を目に焼きつけて、温かい気持ちを抱えながら劇場を出た。そして、ずっと迷っていた赤いセーターを買った。カウリスマキが紡ぐ物語は、いつだって生きる希望。そうだ、必ず最後に愛は勝つのだ。カウリスマキへの心からのありがとうを胸に、私もきっと、未来に向けて歩き出そう。

取るに足らないバイオレンス映画を作っては自分の評価を怪しくしてきた私ですが、無意味でバカげた犯罪である戦争の全てに嫌気がさして、ついに人類に未来をもたらすかもしれないテーマ、すなわち愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といった全ての生きるものと死んだものへの敬意、そんなことを物語として描くことにしました。それこそが語るに足るものだという前提で。この映画では、我が家の神様、ブレッソン、小津、チャップリンへ、私のいささか小さな帽子を脱いでささやかな敬意を捧げてみました。しかしそれが無残にも失敗したのは全てが私の責任です。——アキ・カウリスマキ

trailer: