銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】枯れ葉

映画日誌’23-57:枯れ葉

introduction:

フィンランドの名匠アキ・カウリスマキによる、労働者3部作『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる新たな物語。厳しい生活を送りながらも、生きる喜びと人間としての誇りを失わずにいる労働者たちの日常が描かれる。主演はカウリスマキ作品には初出演となる『TOVE/トーベ』のアルマ・ポウスティと『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』のユッシ・ヴァタネン。『街のあかり』のヤンネ・ヒューティアイネン、『希望のかなた』のヌップ・コイヴらが共演する。2023年・第76回カンヌ国際映画祭で審査員賞受賞。(2023年 フィンランド・ドイツ合作)

story:

フィンランドの首都ヘルシンキ。アンサは理不尽な理由で仕事を失い、ホラッパは酒に溺れながらもどうにか工事現場で働いている。ある夜、カラオケバーで出会った2人は、互いの名前も知らないまま惹かれ合う。しかし不運な偶然と過酷な現実が、2人をささやかな幸福から遠ざけてしまう。果たして2人は、無事に再会を果たし、想いを通い合わせることができるのか・・・?

review:

アキ・カウリスマキが我々のもとに帰ってきてくれた。世界中のファンを悲嘆に暮れさせた2017年の映画監督引退宣言から6年。労働者3部作『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる、可笑しみと切実さに満ちた最高のラブストーリーを連れて、あっけらかんと。なお、好きな映画監督を聞かれたら「アキ・カウリスマキ」と即答するほどのファンである。

設定とプロットは『パラダイスの夕暮れ』の焼き増しのようでもあるが、今回の主人公は孤独を抱える中年男女だ。計算され尽くした構図と色彩で、貧しい暮らしの中でも生きる喜びと誇りを失わずにいる労働者たち、市井の人々の日常生活が淡々と描かれる。程よい塩梅で挿し込まれるユーモアにクスリと笑う。カウリスマキらしい演出が記号のように散りばめられ、彼が帰ってきたのだと実感する。もうそれだけで痺れてしまう。

お互いの名前も知らないまま恋に落ち、運命に振り回されながら想いを成就させようとする恋人たち。ノスタルジックな雰囲気でまるで現代とは思えないが、ラジオからはロシアによるウクライナ侵攻を伝えるニュースがしきりに流れている。いま私たちが直面している悲痛な現実や終わりの見えない絶望とともに、真っ直ぐに愛を映し出そうとするカウリスマキの強い意思を感じる。No computer,No cell phoneを貫いてきた彼の映画にスマホが登場したのも驚きだった。

2023年の暮れ、2人と一匹の後ろ姿を目に焼きつけて、温かい気持ちを抱えながら劇場を出た。そして、ずっと迷っていた赤いセーターを買った。カウリスマキが紡ぐ物語は、いつだって生きる希望。そうだ、必ず最後に愛は勝つのだ。カウリスマキへの心からのありがとうを胸に、私もきっと、未来に向けて歩き出そう。

取るに足らないバイオレンス映画を作っては自分の評価を怪しくしてきた私ですが、無意味でバカげた犯罪である戦争の全てに嫌気がさして、ついに人類に未来をもたらすかもしれないテーマ、すなわち愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といった全ての生きるものと死んだものへの敬意、そんなことを物語として描くことにしました。それこそが語るに足るものだという前提で。この映画では、我が家の神様、ブレッソン、小津、チャップリンへ、私のいささか小さな帽子を脱いでささやかな敬意を捧げてみました。しかしそれが無残にも失敗したのは全てが私の責任です。——アキ・カウリスマキ

trailer: