銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ザリガニの鳴くところ

映画日誌’22-45:ザリガニの鳴くところ
 

introduction:

ディーリア・オーエンズによる小説「ザリガニの鳴くところ」を実写化したミステリー。原作に惚れ込んだ俳優リース・ウィザースプーンが映像化権を買い取り制作を手がけ、『ファースト・マッチ』などのオリヴィア・ニューマンが監督を務めた。『フレッシュ』などのデイジーエドガー=ジョーンズ、『シャドウ・イン・クラウド』などのテイラー・ジョン・スミスのほか、ハリス・ディキンソン、デヴィッド・ストラザーンらが出演する。また、シンガーソングライターのテイラー・スウィフトが自ら懇願して本作のための楽曲を書き下ろした。(2022年 アメリカ)
 

story:

1969年、ノースカロライナ州の湿地帯で、将来有望な金持ち家庭の青年が変死体で発見された。殺人の容疑をかけられたのは、「ザリガニが鳴く」と言われる湿地帯で育った無垢な少女カイア。彼女は6歳で両親に捨てられ、学校にも通わず、湿地の自然っから生きる術を学び、ひとりで生き抜いてきた。そんなカイアの世界に迷い込んだ心優しい青年との出会いが、彼女の運命を狂わせていく。
 

review:

原作のミステリー小説「ザリガニの鳴くところ」は、2019年のニューヨークタイムズフィクションのベストセラーのトップに25週間ランキングという記録を達成、2年連続でアメリカで最も売れた本となり、日本国内でも2021年本屋大賞翻訳小説部門で第1位を獲り、全世界では累計1500万部を超えているという。原作者ディーリア・オーエンズは動物学者であり、70歳で処女小説であるこの作品を発表した。
 
幼くして両親に見捨てられ、ノースカロライナの湿地帯でたった一人生き抜いた少女が、ある殺人事件に絡め取られていくミステリーだ。子どもの頃は薄汚れたオオカミ少女だったのに、成長するにつれ小綺麗になりそれはそれは美しくなっていくんだけど、そんなわけあるかーい。日焼け止めもせんと自然と一体化してたら、お肌も髪もバッサバサやろ。なんでうるツヤなのよ。テレビもないのにどうやっておしゃれ&美容情報仕入れてるのよ。
 
という野暮なツッコミを吹き飛ばすほど、湿地の神々しい自然をとらえた映像が美しく、その中で生きる輝きを放つカイアの説得力よ。カイアを演じるデイジーエドガー=ジョーンズの存在感だろう。でもやっぱり、あんなにオオカミ少女だったのにどうして感は拭えない。王子様と出会って美しく変身するならまだしも、性教育どうしたん?とか諸々気になるポイントがあるが(あそこが情報源なのだとしたらその描写必要やで)、それを差し引いても面白く見た。
 
が、起承転結の「結」がなんか雑ー!起承転までグイグイ引き込まれてホントに面白いのに、息切れ感がありやや残念。もうちょっと情緒的にじっくり描いてもよかったのでは。とはいえ、余韻がすごい。人間の世界では暴力と差別にさらされ、蔑まれてきたカイア。自然の摂理から生き抜く術を学び、自然に育まれた彼女は湿地帯の生態系の一部であり、彼女にとってはすべてが自然なのだ。私たちはカイアの姿から生きることの尊さを学ぶ。映画での始末が気になる「結」の部分、いつか原作を読んでみようと思う。
 

trailer:

【映画】ドント・ウォーリー・ダーリン

映画日誌’22-44:ドント・ウォーリー・ダーリン
 

introduction:

『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』で長編監督デビューを果たし、高い評価を得た俳優オリヴィア・ワイルドがメガホンを取ったユートピアスリラー。『ミッドサマー』などのフローレンス・ピューが主演し、その夫を『ダンケルク』で俳優として高い評価を受けたハリー・スタイルが演じる。『スター・トレック』シリーズなどのクリス・パイン、『エターナルズ』などのジェンマ・チャンの他、ワイルド監督自身も出演する。(2022年 アメリカ)
 

story:

完璧な生活が保証された理想の街ビクトリーで、愛する夫ジャックと幸せな日々を送るアリス。この街には「夫は働き、妻は専業主婦でなければならない」「街から勝手に出てはいけない」というルールが敷かれている。ある日彼女は、様子がおかしくなっていた隣人が見知らぬ男たちに連れ去られるのを目撃する。それ以降、身の周りで不可解な出来事が頻発し次第に精神が不安定になっていくアリスだったが、あることをきっかけにこの街に疑問を抱き始め...。
 

review:

リビア・ワイルドは前作『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』が好きだったし、魅力的なキャストに惹かれて劇場へ。完璧な生活が保証された理想の街に住み、ワン・ダイレクションのモテ男と平穏で幸せな日々を送る今回のフローレンス・ピューさん、『ミッドサマー』もそうだったけど、不穏なムードに煽られつつ踏んだり蹴ったりの憂き目に遭いながら逞しく生き抜く姿が似合う。ワン・ダイレクションもいい仕事してた。てか、クリス・パインの青い目!!を!!もっと!!うつさんか〜い・・・ウゥ
 
序盤は正体不明の不気味さに興味津々で前のめりだったけど、正直、中弛みした。ネタばらしが少々中途半端で消化不良。伏線も回収されないので、意味不明なシーンは意味不明なまま。地震と墜落は何だったのよ・・・。いや、わかるけど・・・。好きに考察してください系なので考察すると、この街の存在意義はおそらく、男性優位社会を望む男たちの最後のユートピアということだろう。
 
家を守る従順な「理想の妻」アリスは、この「理想の街」の歪みに気付いてしまう。違和感を感じれば感じるほど、その歪みが現象として現れる。ということだろう。これ以上はネタバレするので書かないが、設定自体はそれほど斬新ではないものの、切り口やテーマは興味深い。だが全体的にまとまりがなく、もっと面白くすることもできただろうにやや残念な出来。惜しい。でも続編が出たら観るかもな。
 

trailer:

【映画】パラレル・マザーズ

映画日誌’22-43:パラレル・マザーズ
 

introduction:

ペドロ・アルモドバル監督が『オール・アバウト・マイ・マザー』『ボルベール 帰郷』など数々の作品でタッグを組んできたペネロペ・クルスを主演に迎え、同じ日に母となった二人の女性の数奇な運命と不思議な絆を描いたヒューマンドラマ。長編映画出演2作目のミレナ・スミット、アルモドバル監督作品常連のロッシ・デ・パルマらが共演する。第78回ベネチア国際映画祭でボルピ杯(最優秀女優賞)を受賞し、第94回アカデミー賞で主演女優賞にノミネートされた。(2021年 スペイン/フランス)
 

story:

フォトグラファーのジャニスと17歳のアナは、同じ日に同じ病院で娘を出産。共に予想外の妊娠でシングルマザーの二人は、再会を誓い合って退院する。だが、娘セシリアの父親である元恋人の言葉をきっかけにジャニスがおこなったDNAテストによって、生物学的な親子関係がないことが判明。アナの娘と取り違えられたのではないかと疑うジャニスは、激しい葛藤の末この秘密を封印し、アナと連絡を絶つことを選ぶ。しかし一年後、偶然再会したアナに彼女の娘が亡くなったことを知らされ...
 

review:

自らの人生を投影した前作『ペイン・アンド・グローリー』はイマイチ刺さらなかった私ではあるが、ペドロ・アルモドバル監督のフォロワー“アルモドバリアン”である。『オール・アバウト・マイ・マザー』『ボルベール 帰郷』などの「女性賛歌三部作」から『私が、生きる肌』などアクの強いものまで、彼の作品は追いかけてきた。中には駄作もあるが、アルモドバルの緻密に計算された構図、画角をいろどる鮮やかな色彩、丁寧で美しい演出が好きだ。
 
今作ではアルモドバルのライフワークでもある母の物語に立ち戻り、さらに彼の中で歳を重ねるごとに重要となっていった「スペイン内戦」をテーマに人間ドラマを描く。この作品を観る前に、スペイン内戦のことを知っておく必要がある。1936〜39年スペインに起こったファシズム勢力と人民戦線との内戦・国際紛争だ。人民戦線はソ連や国際義勇兵の援助を受けて抗戦したが、1939年に敗れてフランコ独裁政権が成立。第二次世界大戦の前哨戦であったと言われ、フランコによる独裁政権は1975年まで続く。
 
アルモドバルはスペインがフランコ政権から民主化へ移行するなかで起こった反権威的な音楽・絵画・映像などの芸術活動、カウンターカルチャーの文化革命「ラ・モビーダ・マドリレーニャ(La movida madrileña)」を代表する存在の1人である。世界史に疎くスペイン内戦というとピカソの「ゲルニカ」くらいしか思い浮かばない私だが、この内戦や独裁政権下で数十万人が犠牲となり、その調査や発掘がいまだに続いていることを改めて知った。
 
本作では、共にシングルで子供を産んだ写真家のジャニスと17歳のアナが、病院側の不手際によって運命を狂わせていく様子が描かれる。そしてジャニスはかつてスペイン内戦で惨殺され、故郷の村に埋葬された曽祖父たちの遺骨を発掘調査することをライフワークにしている。
 
彼女は、別の誰かにとって非常に重要である真実に沈黙することを決めた。そして、沈黙の理由は非常に異なるとはいえ、スペインは60年もの間を病的な沈黙の中で過ごした。独裁政権の間だけでなく、それが終わってからの20年もです。
 
アルモドバルは「母性」と「スペイン内戦」という脈絡のなさそうなふたつのテーマを、遺伝子、失われた家族、沈黙というモチーフを横糸にして、壮大なタペストリーを織り上げた。重いテーマながらアルモドバルらしいテンポのよい展開で軽やかに描き出す。そして主演のペネロペ・クルスがあまりにも素晴らしく、新鋭ミレナ・スミット、常連ロッシ・デ・パルマらも存在感を放つ。言葉に変えが得たい映画体験だった。彼の作家人生を代表する傑作となるだろう。
 

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【映画】チケット・トゥ・パラダイス

映画日誌’22-42:チケット・トゥ・パラダイス
 

introduction:

オーシャンズ』シリーズで夫婦を演じたジョージ・クルーニージュリア・ロバーツが、娘のスピード婚を止めようと奮闘する元夫婦を演じたロマンティックコメディ。息の合った演技を見せる2人は、エグゼクティブ・プロデューサーとして製作も兼任。監督は『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』などのオル・パーカー。『ディア・エヴァン・ハンセン』のケイトリン・デヴァー、本作がハリウッドデビューとなるマキシム・ブティエ、『スター・ウォーズ』シリーズのビリー・ロードらが出演する。(2022年 アメリカ/イギリス)
 

story:

20年前に離婚して以来、顔を合わせればいがみ合ってばかりいる元夫婦のデヴィッドとジョージア。2人の愛娘リリーがロースクールを無事卒業し、親友とともに卒業旅行でバリ島に向かうのを見送った数日後、現地で出会った地元の青年と結婚するという知らせを受ける。弁護士になる将来を捨てて会ったばかりの男と結婚するなんてとんでもないと、自分たちと同じ過ちを繰り返して欲しくないデヴィッドとジョージアは急遽バリ島へ赴き、娘の結婚を阻止すべく協力することになる。
 

review:

たまには何も考えなくていい映画を観たい時がある。『ラブ・アクチュアリー』『ブリジット・ジョーンズ』シリーズのワーキング・タイトル・フィルムズ製作、しかも『オーシャンズ』シリーズで夫婦を演じたジョージ・クルーニージュリア・ロバーツが元夫婦役とあれば間違いない。しかもケイトリン・デヴァーが娘役ならなおさら。ケイトリンは『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』が印象深いが、名作『ショート・ターム』にも出演している演技派だ。
 
というわけで、日曜日の昼下がり、スキップして観に行った。結果、ただただバリに行きたくなった。島の風景が本当に美しくて、まさに地上の楽園。そして青年グデが本当にイケメン。誠実そうなさわやかイケメン。リリーがグデと出会って一目惚れし、彼の生き方に触れ、あっという間に人生観覆されて恋に落ちてしまう描写が実にシンプルでよい。ほんの一言、二言なんだけど、人生の真理を言い表していて深い。
 
が、主にジョージ・クルーニージュリア・ロバーツのドタバタを楽しむ映画である。C+C MUSIC FACTORYの「Everybody Dance Now」など時代を感じさせるディスコミュージックに乗って、娘に「化石!」と言われるダンスを披露するジュリア・ロバーツが最高だ。グデのお父さんをはじめバリ島の家族のキャラクターがいいし、フランス人の恋人ポールも憎めない。バリの伝統的な結婚式も素敵だった。たとえば日曜の昼下がり、気分転換したいときに頭を空っぽにして楽しむにはちょうど良い娯楽作ではなかろうか。
 

trailer:

【映画】アフター・ヤン

映画日誌’22-41:アフター・ヤン
 

introduction:

アレクサンダー・ワインスタインの短編「Saying Goodbye to Yang」を原作に描くSFドラマ。長編デビュー作『コロンバス』で注目を集めたコゴナダが脚本・監督を務める。主演は『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』などのコリン・ファレル、『ウィズアウト・リモース』などのジョディ・ターナー=スミス、『コロンバス』で主演を務めたヘイリー・ルー・リチャードソンらが出演。坂本龍一がオリジナルテーマ曲を手掛け、岩井俊二監督作品『リリイ・シュシュのすべて』の「グライド」のカバーが作品を彩る。(2021年 アメリカ)
 

story:

“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭に普及した近未来。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、ロボットのヤンと共に暮らしていた。ところがある日、ヤンが故障し動かなくなってしまい、ヤンを兄のように慕うミカは塞ぎ込んでしまう。何とか修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に毎日数秒間の動画を記録する装置が組み込まれていることに気付く。そこには家族に向けられたヤンの温かい眼差しと、謎の若い女性の姿が記録されていた...
 

review:

そろそろA24製作というだけで劇場に行くのやめようかなと思ったくらいには、観ても観なくてもよかった。韓国系アメリカ人のコゴナダ監督が小津安二郎崇拝者とのことで、然もありなん・・・静かでスローテンポ・・・情緒的な描写が続き、ずっと隣に睡魔おる。坂本龍一はともかくリリイ・シュシュですか、そうですか・・・。興味なさすぎて震える(個人の感想です)。
 
人間、アンドロイド、クローンという3種類の「人間に見える存在」が共存する未来。白人、黒人、アジア人という、時代に求められる多様性を反映した家族構成がもうお腹いっぱいなんだが、そもそも家族の作り物感がすごいのでアンドロイドとの家族の絆と言われても説得力がない。どうにも嘘っぽいのである。哲学的と言えば哲学的なのだが、全体的に血が通っていないのだ。
 
映像が美しい抒情詩のような作品はどちらかと言うと好物だが、これは心に響かなかった。狙った感が滲み出ているのだろうかとも思ったが、たとえばカリウスマキやアルモドバルのように緻密に計算された構図は大好物だ。とすれば、ただ単に技巧に走りすぎて薄っぺらいのかもしれない。「それっぽい」物語の奥行きのなさが、「それっぽい」映像の奥行きにも現れているだけのような気がする。おそらく、監督の次回作は観ない。
 

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【映画】ドライビング・バニー

映画日誌’22-40:ドライビング・バニー
 

introduction:

経済的事情を抱える母親が、幼い娘を取り戻すため奮闘する姿を描いた人間ドラマ。本作が長編映画デビューとなるニュージーランド在住の中国人映画監督ゲイソン・サヴァットがメガホンをとる。『ベイビーティース』でオーストラリア・アカデミー賞助演女優賞を受賞したエシー・デイヴィスが主演を務め、『ラストナイト・イン・ソーホー』などで注目される新鋭トーマシン・マッケンジーが共演した。2021年・第20回トライベッカ映画祭で審査員特別賞を受賞。(2021年 ニュージーランド)
 

story:

ある事情から妹夫婦の家に居候している40歳のバニー。幼い娘とは監視つきの面会しかできないが、娘の誕生日までに新居に引っ越して一緒に暮らすことを夢見て、車の窓拭きをしながら必死に働いている。そんなある日、妹の新しい夫ビーバンが継娘のトーニャに言い寄る光景を目撃。ビーバンを問い詰めたバニーは家を追い出されてしまう。家も金も失ったバニーは、救い出したトーニャと共に、愛する娘を奪い返すべく立ち上がる。
 

review:

全然ロードムービーじゃない。ミスリードする邦題をつけて、主題をわからなくさせる日本の配給会社はギルティ。日本国内向けビジュアルの青空みたいな爽やかな展開は皆無、ケン・ローチ風味のゴリゴリ社会派ドラマなのに「家なし、金なし、仕事なし!?バニーの生き様があなたに勇気を届ける!奮闘と希望のミラクル・ロードムービー」て、どんな神経ならこのコピーが書けるのよ・・・。
 
「The justice of Bunny king」という原題通り、バニーが貫いた正義について描かれた物語だ。とある事情で子どもと離れて暮らし、条件付きでしか面会も許されないバニー。生活を立て直して子どもを取り戻すため、路上で車の窓拭きをして日銭を稼ぎ、妹夫婦の家に居候して貯金している。社会の底辺でもがくように生きている経済的弱者の現状が、延々と描写される。
 
つらい。大きな愛情と優しさで子どもたちを思い、必死に生きているのに報われない。ところが本作のレビューを覗くと、バニーの言動に苛立つ、自分がやるべきことを考えろって書いてる人が多くて驚いた。そんなスマートな人間だったら社会的弱者になってないでしょうよ。看護師という資格職に就き家庭を築いている妹と比較しても、生い立ちが原因ではない。
 
なぜ過ちを繰り返し、貧困に陥っているのか。衝動的、感情的で約束を守れない、原因と結果を結びつけて考えることができないバニーの特徴を鑑みれば明白。生きづらさを抱える人たちが、どうしたら幸せに暮らせるのか考えるべきなのではないか。彼女の小さな罪なき願いすら叶えられない世界だ。レビューに溢れる自己責任論も、この映画の一部のような気がしてならない。
 

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【映画】愛する人に伝える言葉

映画日誌’22-39:愛する人に伝える言葉
 

introduction:

がんにより余命宣告を受けた男とその母親が、限られた時間の中で死と対峙していく姿を描いた人間ドラマ。監督は『太陽のめざめ』などのエマニュエル・ベルコ。フランスを代表する名優カトリーヌ・ドヌーブと『ピアニスト』などのブノワ・マジメルが主演し、主治医のドクター・エデを実際にガンの専門医であるガブリエル・サラが演じる。2022年・第47回セザール賞でマジメルが最優秀主演男優賞を受賞。(2021年 フランス)
 

story:

人生半ばで膵臓がんを宣告されたバンジャマンは、母のクリスタルとともに名医として知られるドクター・エデを訪れる。彼に希望を託す親子だったが、ステージ4の膵臓がんは治せないと率直に告げられる。ショックを受け自暴自棄になるバンジャマンに対し、エデは病状を緩和し生活の質を維持する化学療法を提案。クリスタルはエデの助けを借りながら、息子の最期を見守ることを決意するが……。
 

review:

いい映画だった。余命宣告を受けた男とその母親が、残された時間で人生と向き合い、やがて来る死と穏やかに対峙できるようになる過程が描かれる。39歳にしてステージ4の膵臓癌を宣告され、すがる思いで訪ねた名医のドクター・エデからも手の施しようがないと告げられたバンジャマン。一時は現実を受け入れられず自暴自棄になり、何も成し遂げていないと自分の人生を振り返って悔いる。
 
そんな彼に寄り添う母クリスタルも、息子の病は自分が原因なのではないかと自責の念に襲われる。実際、母親との関係が彼の人生に暗い影を落としており、そのことが死にゆく彼の心残りにもつながっていく・・・んだが、この件にまつわる設定や描写は少々詰めが甘い印象。愛する人に残すべき言葉のひとつに重みを与えたかったことは理解するが、看護師との色恋と併せて余分なメロドラマ要素が何とも残念。
 
だが、ブノワ・マジメルカトリーヌ・ドヌーヴの演技が素晴らしいのと、終末医療の現場がリアリティを持って描かれ、ただの感動ポルノになっていないところに好感が持てた。それもそのはず、主治医のドクター・エデのモデルは、ドクター・エデを演じているガブリエル・サラ医師自身であり、映画に登場するエピソードは実際におこなわれているものなんだそうだ。
 
現場に従事しているスタッフのメンタルケアを目的にしたミーティングや、患者のためのタンゴ公演や音楽によるセラピーなどはサラ医師が実際に病院で企画していることで、映画の中でミーティングに参加しているメンバーは一部の役者を除いて全員本物のスタッフなんだとか。ネクタイの件といい、患者に寄り添う素晴らしいお医者さんだな・・・と思っていたら実在するとはびっくりだ。
 
さて、死を迎えるバンジャマン。確かに俳優としては鳴かず飛ばずだったようだが、演劇学校で教師を務め、学生たちの尊敬を集めている。授業で学生たちに「最後の別れ」を演じさせるが、その印象的な仕草がモチーフとして繰り返し描写され、心に残る。本人は何も成し遂げていないと言うが、彼の魂は若者たちの人生に引き継がれていくのだ。死を語ることで、生の尊さを見つめる。素晴らしい人生讃歌の物語だった。明日からちゃんと生きようオレ。
 

trailer: