銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】パラレル・マザーズ

映画日誌’22-43:パラレル・マザーズ
 

introduction:

ペドロ・アルモドバル監督が『オール・アバウト・マイ・マザー』『ボルベール 帰郷』など数々の作品でタッグを組んできたペネロペ・クルスを主演に迎え、同じ日に母となった二人の女性の数奇な運命と不思議な絆を描いたヒューマンドラマ。長編映画出演2作目のミレナ・スミット、アルモドバル監督作品常連のロッシ・デ・パルマらが共演する。第78回ベネチア国際映画祭でボルピ杯(最優秀女優賞)を受賞し、第94回アカデミー賞で主演女優賞にノミネートされた。(2021年 スペイン/フランス)
 

story:

フォトグラファーのジャニスと17歳のアナは、同じ日に同じ病院で娘を出産。共に予想外の妊娠でシングルマザーの二人は、再会を誓い合って退院する。だが、娘セシリアの父親である元恋人の言葉をきっかけにジャニスがおこなったDNAテストによって、生物学的な親子関係がないことが判明。アナの娘と取り違えられたのではないかと疑うジャニスは、激しい葛藤の末この秘密を封印し、アナと連絡を絶つことを選ぶ。しかし一年後、偶然再会したアナに彼女の娘が亡くなったことを知らされ...
 

review:

自らの人生を投影した前作『ペイン・アンド・グローリー』はイマイチ刺さらなかった私ではあるが、ペドロ・アルモドバル監督のフォロワー“アルモドバリアン”である。『オール・アバウト・マイ・マザー』『ボルベール 帰郷』などの「女性賛歌三部作」から『私が、生きる肌』などアクの強いものまで、彼の作品は追いかけてきた。中には駄作もあるが、アルモドバルの緻密に計算された構図、画角をいろどる鮮やかな色彩、丁寧で美しい演出が好きだ。
 
今作ではアルモドバルのライフワークでもある母の物語に立ち戻り、さらに彼の中で歳を重ねるごとに重要となっていった「スペイン内戦」をテーマに人間ドラマを描く。この作品を観る前に、スペイン内戦のことを知っておく必要がある。1936〜39年スペインに起こったファシズム勢力と人民戦線との内戦・国際紛争だ。人民戦線はソ連や国際義勇兵の援助を受けて抗戦したが、1939年に敗れてフランコ独裁政権が成立。第二次世界大戦の前哨戦であったと言われ、フランコによる独裁政権は1975年まで続く。
 
アルモドバルはスペインがフランコ政権から民主化へ移行するなかで起こった反権威的な音楽・絵画・映像などの芸術活動、カウンターカルチャーの文化革命「ラ・モビーダ・マドリレーニャ(La movida madrileña)」を代表する存在の1人である。世界史に疎くスペイン内戦というとピカソの「ゲルニカ」くらいしか思い浮かばない私だが、この内戦や独裁政権下で数十万人が犠牲となり、その調査や発掘がいまだに続いていることを改めて知った。
 
本作では、共にシングルで子供を産んだ写真家のジャニスと17歳のアナが、病院側の不手際によって運命を狂わせていく様子が描かれる。そしてジャニスはかつてスペイン内戦で惨殺され、故郷の村に埋葬された曽祖父たちの遺骨を発掘調査することをライフワークにしている。
 
彼女は、別の誰かにとって非常に重要である真実に沈黙することを決めた。そして、沈黙の理由は非常に異なるとはいえ、スペインは60年もの間を病的な沈黙の中で過ごした。独裁政権の間だけでなく、それが終わってからの20年もです。
 
アルモドバルは「母性」と「スペイン内戦」という脈絡のなさそうなふたつのテーマを、遺伝子、失われた家族、沈黙というモチーフを横糸にして、壮大なタペストリーを織り上げた。重いテーマながらアルモドバルらしいテンポのよい展開で軽やかに描き出す。そして主演のペネロペ・クルスがあまりにも素晴らしく、新鋭ミレナ・スミット、常連ロッシ・デ・パルマらも存在感を放つ。言葉に変えが得たい映画体験だった。彼の作家人生を代表する傑作となるだろう。
 

trailer: