銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】愛する人に伝える言葉

映画日誌’22-39:愛する人に伝える言葉
 

introduction:

がんにより余命宣告を受けた男とその母親が、限られた時間の中で死と対峙していく姿を描いた人間ドラマ。監督は『太陽のめざめ』などのエマニュエル・ベルコ。フランスを代表する名優カトリーヌ・ドヌーブと『ピアニスト』などのブノワ・マジメルが主演し、主治医のドクター・エデを実際にガンの専門医であるガブリエル・サラが演じる。2022年・第47回セザール賞でマジメルが最優秀主演男優賞を受賞。(2021年 フランス)
 

story:

人生半ばで膵臓がんを宣告されたバンジャマンは、母のクリスタルとともに名医として知られるドクター・エデを訪れる。彼に希望を託す親子だったが、ステージ4の膵臓がんは治せないと率直に告げられる。ショックを受け自暴自棄になるバンジャマンに対し、エデは病状を緩和し生活の質を維持する化学療法を提案。クリスタルはエデの助けを借りながら、息子の最期を見守ることを決意するが……。
 

review:

いい映画だった。余命宣告を受けた男とその母親が、残された時間で人生と向き合い、やがて来る死と穏やかに対峙できるようになる過程が描かれる。39歳にしてステージ4の膵臓癌を宣告され、すがる思いで訪ねた名医のドクター・エデからも手の施しようがないと告げられたバンジャマン。一時は現実を受け入れられず自暴自棄になり、何も成し遂げていないと自分の人生を振り返って悔いる。
 
そんな彼に寄り添う母クリスタルも、息子の病は自分が原因なのではないかと自責の念に襲われる。実際、母親との関係が彼の人生に暗い影を落としており、そのことが死にゆく彼の心残りにもつながっていく・・・んだが、この件にまつわる設定や描写は少々詰めが甘い印象。愛する人に残すべき言葉のひとつに重みを与えたかったことは理解するが、看護師との色恋と併せて余分なメロドラマ要素が何とも残念。
 
だが、ブノワ・マジメルカトリーヌ・ドヌーヴの演技が素晴らしいのと、終末医療の現場がリアリティを持って描かれ、ただの感動ポルノになっていないところに好感が持てた。それもそのはず、主治医のドクター・エデのモデルは、ドクター・エデを演じているガブリエル・サラ医師自身であり、映画に登場するエピソードは実際におこなわれているものなんだそうだ。
 
現場に従事しているスタッフのメンタルケアを目的にしたミーティングや、患者のためのタンゴ公演や音楽によるセラピーなどはサラ医師が実際に病院で企画していることで、映画の中でミーティングに参加しているメンバーは一部の役者を除いて全員本物のスタッフなんだとか。ネクタイの件といい、患者に寄り添う素晴らしいお医者さんだな・・・と思っていたら実在するとはびっくりだ。
 
さて、死を迎えるバンジャマン。確かに俳優としては鳴かず飛ばずだったようだが、演劇学校で教師を務め、学生たちの尊敬を集めている。授業で学生たちに「最後の別れ」を演じさせるが、その印象的な仕草がモチーフとして繰り返し描写され、心に残る。本人は何も成し遂げていないと言うが、彼の魂は若者たちの人生に引き継がれていくのだ。死を語ることで、生の尊さを見つめる。素晴らしい人生讃歌の物語だった。明日からちゃんと生きようオレ。
 

trailer: