銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ゴヤの名画と優しい泥棒

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映画日誌’22-10:ゴヤの名画と優しい泥棒
 

introduction:

ロンドンにある美術館ナショナル・ギャラリーで実際に起こった、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」盗難事件の知られざる鵜真相を描いたコメディドラマ。『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェルが監督を務め、本作が長編劇映画の遺作となった。主演は『ムーラン・ルージュ』『アイリス』などの名優ジム・ブロードベント、『クィーン』などのヘレン・ミレン、『ダンケルク』などのフィオン・ホワイトヘッドのほかマシュー・グードらが出演する。(2020年 イギリス)
 

story:

1961年、世界屈指の美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーで、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤの絵画「ウェリントン公爵」の盗難事件が起きる。犯人である60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントンは、絵画を人質に政府に対して身代金を要求。小さなアパートで長年連れ添った妻、息子とともに年金暮らしをしている彼は、身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりし、テレビで孤独を紛らわせている高齢者たちの生活を楽にしようと企てるが...
 

review:

世界中から年間600万人以上が来訪・2300点以上の貴重なコレクションを揃える “世界屈指の美の殿堂” ロンドン・ナショナル・ギャラリーから、フランシスコ・デ・ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。1961年に実際に起きたこの事件の犯人は、名もなき60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン。
 
おしゃべりで皮肉屋の偏屈なおじさんだが、社会的弱者によりそう正義の人である。貧困によって社会から切り離された高齢者の孤独を救うのはテレビであると考えたケンプトンは、公営放送(BBC)の受信料無料化を訴える活動をしていた。事実、彼はBBCの受信料支払いを拒み、2度刑務所に入れられている。
 
ある日、イギリス政府とロンドン・ナショナル・ギャラリーが14万ポンド(約2170万円)で落札した『ウェリントン公爵』の肖像画が、ロンドン・ナショナル・ギャラリーで展示されるというニュースを見たケンプトン、怒り心頭。と言う訳で盗んだ「ウェリントン公爵」を盾に政府をゆすり、イギリス中を巻き込んだ大騒動となったのである。
 
しかし、この大事件の裏には、もう1つの隠された真相があった——というのが、この作品の肝である。国を揺るがした大事件の裏にある、家族愛の物語であった。ケンプトンには長年連れ添った妻ドロシーがおり、彼女は夢想家の夫を静かに見守る現実主義者である。名優ジム・ブロードベントヘレン・ミレンがバントン夫妻をチャーミングに演じ、ユーモアあふれる軽妙な夫婦の会話劇が楽しめるが、実際の夫妻のキャラクターに近いらしい。
 
「ケンプトンは永遠の楽観主義者であり、活動家だった」と監督は説明する。人と人とのつながりが希薄になっていく現代において、社会をよくするために立ち上がるケンプトンの勇姿が心に刺さる。娘の事故死から立ち直れずにいた妻ドロシーが、深い哀しみと折り合いをつけていく様子も描かれ、味わい深い、重層的なドラマに仕上がっている。ロジャー・ミッシェル監督の遺作は、優しく温かい多幸感が心の奥に広がる、良作であった。
 

trailer: