銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】エイブのキッチンストーリー

f:id:sal0329:20201220220120j:plain

映画日誌’20-44:エイブのキッチンストーリー
 

introduction:

異なる文化を背景にもつ両親のもとに生まれた少年が、何かと衝突する家族の絆を料理でつなぎ直そうと奮闘する姿を描いたドラマ。映画監督であり、YouTuberであり、新聞や雑誌の記者でもあるブラジル人のフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデが、自身の半生をベースに独自の視点で物語を紡ぐ。ドラマシリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」などのノア・シュナップ、『シティ・オブ・ゴッド』などのセウ・ジョルジが出演する。(2019年 アメリカ,ブラジル)
 

story:

ニューヨーク・ブルックリンで生まれ育ち、イスラエル系の母とパレスチナ系の父を持つ12歳の少年エイブ。文化や宗教の違いから何かと対立する父方と母方の家族に悩まされる中、彼にとって料理をすることが唯一の心の拠りどころだった。そんなある日、世界各国の味を掛け合わせた「フュージョン料理」をつくるチコというブラジル人シェフと出会う。フュージョン料理を自身の複雑な背景と重ね合わせたエイブは、自分にしか作れない料理でバラバラになった家族をひとつにしようと決意するが...
 

review:

食べ物と料理が大好きな12歳のエイブ、イマドキの子どもらしく、作った料理をインスタにアップしたりする。そんなに料理が好きならとサマーキャンプの料理教室に放り込まれるが、レベルの低い内容にウンザリして抜け出し、前から気になってたフュージョン料理人チコのところに押し掛け入門しちゃう。でもエイブはパレスチナ系とイスラエル系のハーフっていうブルックリンでも稀に見る超レアキャラで、双方の家族が集まるともうたいへん。ざっくり言うとそういうプロットなんだけど、この作品を撮ったフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督はユダヤ人とカトリック系ブラジル移民の三世で、自身の体験をベースに物語を構築したそうだ。が、イスラエルパレスチナって、重みが・・・
 
イスラエル/パレスチナはアジア、ヨーロッパ、北アフリカを結ぶ重要な場所であり、ユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地であるエルサレムをめぐる争いには長い長い歴史があり、さまざまな国や民族、宗教に支配が移り変わってきた。1947年、アラブ人の住むパレスチナユダヤ人国家イスラエルが建国されると紛争が勃発。現在のパレスチナは、東をヨルダンに接する「ヨルダン川西岸地区」、西を地中海、南をエジプトに接する「ガザ地区」に分かれており、ガザには、「自治区」とは名ばかりのイスラエルの占領地に180万人のパレスチナ人が収容されている。四方を海と壁、フェンスで囲われ、イスラエル軍に完全に包囲された“空の見える監獄”だ。イスラエル軍の激しい爆撃を受けて多くの市民が犠牲になっており、世界で最も1平方メートルあたりの流血量が多いと言われている地域である。
 
という背景からして、孫がフュージョン料理を作ったくらいで仲直りとか無理よね・・・。そんなに簡単じゃないから、孫が一生懸命料理してる隣で紛争始まっちゃって止まらないのはある意味リアリティがあるが、パレスチナ系、イスラエル系のみなさんはこの映画をどう観るのかが気になる。何ならそれだけが気になる。テーマそのものはとても興味深いけれど、いまいち奥行きがなくて納得感がない。「少年が料理を通じてアイデンティティーを探し出す」と謳っているが、あんまり心に残らなかったなぁ。ただ、ノア・シュナップかわいい。どこまでもかわいい。眼福なので、みんな観たらいいよ。ブラジル人料理人のチコは『シティ・オブ・ゴッド』に出ていたそうで、『シティ・オブ・ゴッド』はいい映画だったよなぁ。
 

trailer:

【映画】シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!

画像1

 映画日誌’20-43:シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!
 

introduction:

19世紀末のパリを舞台に、ベル・エポック時代を象徴する戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」誕生秘話を描いた伝記ドラマ。劇作家エドモン・ロスタンが、3週間で舞台を作り上げていくさまをユーモラスに描く。監督・原案・脚本は、2016年に上演された本作の舞台版でモリエール賞5部門を受賞したアレクシス・ミシャリク。『最強のふたり』の新鋭トマ・ソリヴェレスが主演を務め、『婚約者の友人』などのアリス・ドゥ・ランクザン、『息子のまなざし』などのオリヴィエ・グルメ、『戦場のブラックボード』などのマティルド・セニエ、『プロヴァンスの休日』などのトム・レーブらが脇を固める。(2018年 フランス)
 

story:

1897年、パリ。無名の劇作家にして詩人のエドモン・ロスタンは、2年前に1週間で舞台を打ち切られて以来、スランプに陥っていた。そんなある日、彼を気に入っていた大女優サラ・ベルナールの口利きで、名優コンスタン・コクランの主演舞台を手掛けるチャンスが舞い込んでくる。その場の思いつきで、実在した剣術家にして作家のシラノ・ド・ベルジュラックを主人公にした「醜男だが行いは華麗な人物」という設定の英雄喜劇を書くことになるが、一向に執筆は進まずにいた。プレッシャーと闘うエドモンだったが、親友で俳優のレオになり変わって衣装係のジャンヌへ愛の言葉を綴るうちに、アイディアと創作意欲が湧き出し...
 

review:

恥ずかしながら「シラノ・ド・ベルジュラック」を知らなかったのだけど、世界中で最も愛されている舞台劇の一つなんだそうだ。19世紀末、ベルエポック時代のフランスで大成功を収めた大人の純愛物語で、当時パリを沸かせた熱狂は今も全く衰えることなく、アメリカではブロードウェイで幾度も上演され、ハリウッドで映画化もされた。日本でも、文学座劇団四季、宝塚など数多くの一流劇団が名舞台を演劇史に刻んでいる。って公式サイトに書いてあったんだけど、ちょっと調べてみたら、幕末から明治にかけての日本を舞台にした「白野弁十郎」なる舞台もあったそうで。シラノ・ベンジュウロウ・・・。
 
演劇史に残る傑作「シラノ・ド・ベルジュラック」が生まれるまでの舞台裏が描かれている。どこまでが史実なのかはちょっと分からなかったが、とりあえず走りながら考える、いわゆるアジャイル開発環境のスタートアップみたいに熱量だけで舞台を創り上げちゃうストーリーである。コミカルでテンポのよい展開、よく練られた脚本と演出で楽しんで観ることができた。愉快で痛快なだけではなく、舞台への愛とリスペクトが感じられる、素敵な作品だったのは間違いない。なんだかドタバタしてて面白かったなぁ・・・ベル・エポック時代のパリは華やかで美しいなぁ・・・という朧げな記憶の糸を辿っているが、何しろ時間が経ちすぎており、もうどこにも辿り着けない・・・。鉄は熱いうちに打て。レビューはすぐ書け。来年からがんばる。
 

trailer:

【映画】キーパー ある兵士の奇跡

画像1

 映画日誌’20-42:キーパー ある兵士の奇跡

introduction:

第2次世界大戦で捕虜となり、終戦後のイギリスでゴールキーパーとして活躍して国民的英雄となったナチス兵バート・トラウトマンの実話に基づく人間ドラマ。監督は、ドイツのマルクス・H・ローゼンミュラー。『愛を読むひと』などのデヴィッド・クロスが主演を務め、『サンシャイン/歌声が響く街』などのフレイア・メイヴァー、『天使の分け前』などのジョン・ヘンショウらが共演する。2019年にドイツのバイエルン映画祭で最優秀作品賞に輝き、各国の映画祭で数々の観客賞を受賞した。(2018年 イギリス,ドイツ)

story:

1945年、戦地で捕虜となったナチス兵のトラウトマンは、イギリスの収容所内でサッカーをしていた様子が地元チーム監督の目に留まり、ゴールキーパーとしてスカウトされる。やがて彼は監督の娘マーガレットと結婚し、名門サッカークラブ「マンチェスター・シティFC」に入団。しかしユダヤ人が多く暮らす街で、元ナチス兵という経歴から想像を絶する罵詈雑言を浴び続けることに。それでもトラウマンはゴールを守り抜き、やがて世界で最も歴史ある大会でチームの優勝に貢献、トラウトマンは国民的英雄となる。だが、彼には誰にも打ち明けれない秘密の過去があった...。

review:

敵国イギリスの戦争捕虜となったナチス兵バート・トラウトマンが、終戦後もイギリスに留まりサッカーチームで活躍し、名門マンチェスター・シティFCの守護神として国民的英雄となる物語である。映画の中ではサッカーチームのためにイギリスに残ったことになっているが、Wikipediaによると「捕虜収容所の閉鎖が差し迫ると、トラウトマンはドイツ送還の申し出を辞退し、イングランドに留まる決定をした。ミルソープの農場で働き、続いてハイトンで爆弾廃棄の作業にあたった。1948年8月、リヴァプールカウンティ協会リーグ(ノンリーグ)のセント・ヘレンズ・タウンAFCに加入し、後に結婚することになるクラブ役員の娘、マーガレット・フライアーと出会った。」とのこと。
 
バート・トラウトマンがなぜ、祖国に戻らずイングランドで農作業をしながら爆弾廃棄の作業をしたのか。そこの動機は重要なんじゃないんかい・・・と思ったりする。第二次世界大戦中、ナチスドイツはイギリスに対して夜な夜な空爆を行い、多くの被害を与えている。イギリス人の敵国ドイツに対する憎しみは言わずもがな、バート・トラウトマンが所属したマンチェスター・シティの地元はユダヤ人社会で、彼はチームの内外から想像を絶する誹謗中傷を浴びせられた。この映画のテーマのひとつが「贖罪」あるいは「生き方を選べなかった兵士の戦争責任を問えるか」だとすると、そこは史実のまま描いたほうが深みが出たのでは。
 
数奇な運命に翻弄されながらも、苦境に立ち向かうトラウトマンの姿、彼を支えた妻の愛、戦争の痛みを乗り越え、彼を受け入れていくイギリスの人々。ドラマチックなストーリーがテンポよく展開していくので、中弛みすることなく観ていられる。主演のデヴィッド・クロスの誠実な佇まい、味わい深いジョン・ヘンショウなど、キャスティングもよい。ヒロインの妹がかわいい。テーマやメッセージも明確で、脚本や構成もしっかり練られており、よくできた作品という印象。マンチェスター・シティFCのファンでもなければ、サッカーファンですらないが、無難に感動した。しかし残念なことには、レビュー書くのが遅過ぎて劇場公開が軒並み終わっているようなのである。ああん、ごめんなさいごめんなさい。

trailer:

【映画】博士と狂人

画像1
映画日誌’20-41:博士と狂人
 

introduction:

初版発行まで70年以上の歳月を費やし、世界最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」の誕生に貢献した二人の天才の実話を綴ったノンフィクション小説「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」を映画化。『パッション』『ハクソー・リッジ』など監督としても活躍する俳優メル・ギブソンが、アカデミー賞主演男優賞を二度受賞している名優ショーン・ペンと初共演を果たした。監督はギブソン監督作『アポカリプト』の共同脚本を手掛けたP・B・シェムラン。『JUKAI-樹海-』などのナタリー・ドーマー、『おみおくりの作法』などのエディ・マーサンらが共演している。(2018年 イギリス,アイルランド,フランス,アイスランド)
 

story:

19世紀。貧しい家に生まれ、学士号を持たない異端の言語学者マレーは、オックスフォード大学で英語辞典編纂計画の中心にいた。大英帝国の威信をかけ、シェイクスピアの時代まで遡りすべての言葉を収録するという無謀なプロジェクトが困難を極める中、編纂室に大量の資料を送ってくる協力者が現れる。それは殺人を犯し、精神病院に収監されていたアメリカ人の元軍医マイナーだった。世界最大の辞典づくりという壮大なロマンを共有し、二人は固い絆で結ばれていくが...
 

review:

メル・ギブソンショーン・ペンが初共演と言われると食指が動く。メル・ギブソンと言えば初代マッドマックス、初代「最もセクシーな男(米People誌)」、そして『ブレイブハート』で映画監督としても認められ『パッション』で賛否両論を巻き起こし、その後プライベートでDV問題だのいろいろあってハリウッドセレブ歴代一位の離婚慰謝料とか払ってるけど、俳優としても監督としても復帰できてよかったね。ショーン・ペンはアカデミー主演男優賞に何度もノミネートされ、『ミスティック・リバー』『ミルク』で2度の主演男優賞受賞というハリウッドを代表する名優であるが、マドンナと結婚して離婚したあとに飲酒運転と暴行で実刑判決受けてるって。二人ともアカンがな。
 
さて、本作は世界最大・最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」通称OEDの誕生秘話を記したサイモン・ウィンチェスターの「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」が原作となっている。世界中の多様な英語の用法を記述するだけでなく、英語の歴史的発展をも辿っており、学者や学術研究者に対して包括的な情報源を提供しているOED。俺たちの辞書Wikipediaによると「OED第2版の解説本文を含めた5900万に及ぶ単語を一人の人間がすべてキー入力するのには120年、さらに校正するのに60年かかるという。また、電子データ化して保存しようとすると540メガバイトの容量が必要」とのこと。世界に冠たる辞典の礎を築いたのは、“異端の学者”と“殺人犯”だった、という何ともドラマチックな実話だ。
 
遅々として進展しない英国オックスフォード大学の辞書編纂事業にテコ入れするべく、新たに編纂長として白羽の矢が立ったのが、貧しい生い立ちで高等教育を受けず、独学で多数の言語を極めたジェームズ・マレー。彼は過去の文学や文献からその単語の用例を採取し、語彙の変遷を辿ろうとしたのだが、その方法が画期的だった。全国民に協力を呼びかけ、民間人ボランティアの助力により多くの用例、語彙の収集に成功したのだ。おお、ブレイクスルー。イノベーションパラダイムシフト(語彙力)。そしてその呼びかけに応じて大量の稀少用例を送りつけてきたのが、南北戦争で心に深い傷を追い、妄想による精神錯乱から誤殺人を犯してイギリスの精神病院に収監されていたアメリカ人の元軍医ウィリアム・チェスター・マイナーだった、というわけである。
 
メル・ギブソンがマレーを、ショーン・ペンがマイナーを演じているのだが、難しい役どころは全部、憑依型のショーン・ペンがよくがんばった。昔の精神病院の治療こわい。壮大な辞書編纂作業のスケール感も含めて、ドラマとしては見応えがあり総じて面白かった。が、辞書づくり、友情、贖罪、家族愛、ロマンスって、ちょっと盛り込みすぎね・・・。ロマンス要らないのではって思うけど、ロマンスがないと、あの衝撃的なシーンが成り立たない。ジレンマだなと思いつつちょっと調べてみると、どうやら映画的演出のフィクションも多そう。少々ドラマが過ぎるところはあるし、もうちょっと違うアプローチもあったんじゃないかと思うけど、個人的には観て良かった。言葉や辞書に興味がある人はぜひ。
 

trailer: 

【映画】異端の鳥

画像1
映画日誌’20-40:異端の鳥
 

introduction:

ナチスホロコーストから逃れるため田舎に疎開した少年が、差別と迫害に争いながら生き抜く姿と、異物である少年を徹底的に攻撃する”普通の人々”を赤裸々に描いた問題作。自身もホロコーストの生き残りである、ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」を原作に、チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督が11年の歳月をかけて映像化した。新人のペトルコトラールが主演を務め、ステラン・スカルスガルドハーヴェイ・カイテルウド・キアーなどの名優たちが共演している。第76回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門でユニセフ賞を受賞した。(2019年 チェコ,ウクライナ,スロヴァキア)
 

story:

東欧のどこか。ユダヤ人が迫害されていた戦時下、ホロコーストを逃れて疎開した少年は、近隣の子どもたちから暴力を受け苛められている。しかも預かり先である一人暮らしの叔母が病死してしまい、その上、火事で家屋が焼け落ちて行き場を失ってしまう。家に帰るため、少年はたった1人でさまよい歩き続けることに。行く先々で彼を異物とみなす人間たちから迫害され、酷い仕打ちに遭いながらも、なんとか生き延びようと懸命にもがき続けるが...
 

review:

とんでもない映画を観てしまった。今年観た映画のなかで、おそらく最も強烈で衝撃的だった。10月に公開されて割とすぐに観たのだが、なかなか咀嚼できずに1ヶ月近く放置してしまった。昨年のヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で上映されると途中退場者が続出したが、同時に10分間のスタンディングオベーションを受け、『ジョーカー』以上に話題を集めたそうだ。
 
原作は、自身もホロコーストの生き残りであるポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した代表作「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」。ポーランド社会主義国では発禁書となり、作家自身も後に謎の自殺を遂げた“いわくつきの傑作”だ。チェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル監督は3年をかけて17のバージョンのシナリオを用意し、資金調達に4年をかけ、主演のペトルコトラールが自然に成長していく様子を描くため撮影に2年を費やし、最終的に計11年もの歳月をかけて映像化した。
 
本作では、舞台となる国や場所を特定されないよう、人工言語「スラヴィック・エスペラント語」が採用されている。3時間の映画でたった9分しか会話はないそうだが、35mmの白黒フィルムで撮影されたシネマスコープの凄まじい映像美が雄弁に、心に直接語りかけてくるようだ。「私は断固として哀れみを避け、使い古された決まり文句、搾取的なメロドラマ、人工的な感情を呼び起こすような音楽を排除しようとした。絶対的な静寂は、どんな音楽よりも際立ち、感情的に満たされる。」とヴァーツラフ・マルホウル監督が語っている。
 
第二次大戦中、ナチスホロコーストから逃れるために田舎に疎開した少年が差別と迫害に抗いながら生き抜こうとする姿と、異物である少年を攻撃する “普通の人々” による ”ありとあらゆる暴力” が、徹底したリアリズムで描かれる。ナチによるホロコーストのエピソードは登場するものの、本作のメインテーマではない。民俗宗教だろうとキリスト教だろうとナチズムだろうと共産主義だろうと、誰ひとりとして少年を救おうとしない。異質なものである少年を排除したうえで、搾取する。
 
スクリーンに映し出される、現代文明とは程遠い迷信と風習に生きる、粗野で野蛮な民衆の姿は、ずっと遠い昔の遠い世界のことのように思える。中盤以降、ナチやソ連兵が登場して初めて、第二次世界大戦中であることを思い出して戸惑う。しかし、ここで描かれている人間の本質は今も何ら変わっていないし、少年の地獄めぐりで描かれる “普通の人々” による ”ありとあらゆる暴力” は、今も世界中にある。正視に耐えがたいほどショッキングな場面に目を覆いたくなるのは、暴力描写の残虐性だけではない。その暴力があまりにも本質的で、普遍的であることに気付いて愕然とするのだ。
 
もし、この作品を観るつもりならば、途中で目をそらしたとしても、必ず最後まで観ることだ。大切なことは、人間の潜在的な暴力性に晒され、小さな身体に深い闇を刻まれ続ける少年の地獄めぐりを見届け、その証人となることだ。原作者のイェジー・コシンスキは、自伝小説だと語っていたものが創作だったとして非難を浴びたが、だとしても、この物語は無二の傑作だろう。そして11年もの歳月をかけて、絶望的なまでに美しい映像作品へと昇華させたヴァーツラフ・マルホウル監督の偉業に感謝したい。
 

trailer:

【映画】マティアス&マキシム

画像1

映画日誌’20-39:マティアス&マキシム
 

introduction:

『わたしはロランス』『たかが世界の終わり』などのグザヴィエ・ドランが監督と脚本を務めたラブストーリー。友情と恋愛感情のあいだで揺れ動く幼馴染みの2人の葛藤を描き出す。『トム・アット・ザ・ファーム』以来6年ぶりにドラン自身が出演し、『Mommy マミー』などのアンヌ・ドルバル、『キングスマン ファースト・エージェント』などのハリス・ディキンソンらが共演する。2019年第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。(2019年 カナダ,フランス)
 

story:

ともに30歳のマティアスとマキシムは、5歳からの幼馴染。ある日、一緒に参加したパーティーで、友人の妹らが監督する短編映画で男同士のキスシーンを演じることになってしまう。その思いがけない出来事をきっかけに、2人は秘めていたお互いの気持ちに気づき始める。美しい婚約者がいるマティアスは、思いもよらない空いてに芽生えた感情に戸惑いを隠しきれず、一方のマキシムはこれまでの友情が壊れてしまうことを恐れ、思いを封印したままオーストラリアに旅立つ準備をしていた。別れの日が目前に迫るなか、抑えることができない本当の思いを確かめようとする2人だったが…。
 

review:

今月あまりにも忙しくて会社から働きすぎだぞ♡って怒られたりしていたので、この作品を劇場で観賞してから2週間以上放置していた。そのため記憶が薄れていることを前置きしておくが。
 
いいか。『わたしはロランス』以来、美しき天才グザヴィエ・ドランをウォッチングしてきた”そこそこ”ファンとして気に食わないところが2点あるぞ。ひとつはグザヴィエ・ドランが美しくないことだ。そしてもうひとつは、作品全体がガチャガチャと煩いことだ。
 
おそらく、どちらも監督の意図だろう。ドラン演じるマキシムの冴えないヘアスタイルと野暮ったいファッションとだらしない身体は、弁護士として颯爽と働くマティアスのスマートな佇まいと実に対照的だ。ガチャガチャと煩いパーティーの喧騒は、マティアスとマキシムのあいだに流れる静寂を際立たせる。
 
これまでの作品でも用いられてきた、いかにもグザヴィエ・ドランらしい演出を盛り込みながら、新しい表現にも取り組む。挑戦的でたいへんよろしい。が、展開のもどかしさにモヤモヤする苛立ちも監督の計算づくだとして、あのラストシーンに全てが集約されているとしてもだ、た、退屈〜!!!
 
たしかに時折ハッとするような美しい映像表現もあったが、これまでの作品と比べるとそれほどでも。音楽の使い方も少々マンネリを感じるし、無駄な描写が多い印象。行間を読めっていうタイプの監督だけど、読めねぇー、読めねぇよ。ドランの瑞々しい感性と圧倒的な美学で描かれる、ヒリヒリとした高揚感はどこへ・・・。という訳で、次回作に期待。
 

trailer:

【映画】TENET テネット

画像1
映画日誌’20-38:TENET テネット
 

introduction:

ダークナイト』シリーズ、『インセプション』『インターステラー』などで知られる鬼才クリストファー・ノーラン監督が、オリジナルの脚本で描くサスペンスアクション。〈時間のルール〉から脱出し、第三次世界大戦を止めるというミッションを課せられた”名もなき男”が、危険を冒しながら任務を遂行するさまを描く。主演は、名優デンゼル・ワシントンの息子で、スパイク・リー監督『ブラック・クランズマン』などのジョン・デヴィッド・ワシントン。『トワイライト』シリーズなどのロバート・パティンソンエリザベス・デビッキマイケル・ケインケネス・ブラナーなどが共演する。7か国を舞台に、70ミリフィルムのIMAXカメラで撮影された。(2019年 アメリカ)
 

story:

ウクライナのオペラハウスで、テロ事件が勃発。特殊部隊員として館内に突入した「名もなき男」は、仲間を救うため身代わりとなって捕えられるが、自白を拒み自殺用の薬物を飲んでしまう。しかし、その薬は何故か鎮痛剤にすり替えられていた。昏睡状態から目覚めた彼は、フェイと名乗る男からミッションを告げられる。それは未来からやってきた敵と戦い、第三次世界大戦を防いで世界を救うというものだった。未来を変えるという謎のキーワード「TENET(テネット)」を与えられた「名もなき男」は、人類滅亡の危機に立ち向かうが...
 

review:

イギリス、ロンドンのウェストミンスター生まれの50歳。ロンドン大学でイギリス小説を学ぶ傍ら、短編映画を撮り始める。弟のジョナサン・ノーランが書いた短編を原案にした『メメント』で注目を集め、その後の代表作は『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』『ダンケルク』、そして『TENET テネット』である。私も『メメント』以来、クリストファー・ノーランという鬼才に驚きと感動を与えられてきた。
 
とりわけ『ダークナイト』は、アメコミに全く興味がなくマーベル作品をほぼ観たことがなかった私にとって、驚異的な作品だった。バットマンであるブルース・ウェインの心に巣くう恐怖、葛藤と苦悩を織り交ぜながらストーリーに重みと影を持たせつつ、善悪や正義を超越した闇のヒーローの美学を鮮やかに描き出し、アメコミに全く興味がなくマーベル作品をほぼ観たことがなかった私の心を鷲掴みにしたのである。
 
そして『インターステラー』、SF映画の金字塔のひとつと言っても過言ではない。ゴリゴリのSF映画でありながら、時空を超えた父娘の愛が人々の胸を打った。ブラックホールとかワームホールとか特異点とか5次元なんなのもう、というレベルの人から、ハードなSFファンまで虜にする、クリストファー・ノーランの映像世界。ほとんどの監督がデジタルカメラで撮影する時代においてフィルム撮影にこだわり続けているが、それがIMAXカメラなのがミソである。そしてIMAXの臨場感、没入感を最大限に発揮させるべく、極力CGを使わず「本物」を使用することで有名だ。
 
『TENET テネット』公開にあたり、ノーラン監督の過去作品があちこち上映されていた。『インターステラー』をIMAXレーザー/GTテクノロジーで観たという人々の感嘆の声に押され、苦手な池袋の街に行く決心をする。だってIMAXレーザー/GTテクノロジーのシアターは国内に二館しかないのよ。仕方ないのよ。169分の長丁場に備え、贅沢にもプレミアムクラスで鑑賞したが、一片の悔いなし。IMAXレーザー/GTテクノロジーで観る『インターステラー尊い。生きてるうちに観れて本当に良かった・・・(合掌)
 
さて、『インターステラー』の上映を待っていたそのとき、唐突にIMAXのフルスクリーンでオペラハウスに突入する特殊部隊の映像が流れ始めた。あれよあれよと映像に引き込まれて驚いていると、『TENET テネット』の予告編であった。えーん、IMAXレーザー/GTテクノロジーで予告編観てしまったら、本編もIMAXレーザー/GTテクノロジーで観るしかないやんけ!!と言うわけで、世界中のIMAXにおける『TENET テネット』の公開4日間のオープニング成績の中で第1位を達成した池袋・グランドシネマサンシャインのチケット争奪戦に参加することに。
 
0時に販売開始だが、ぜんぜんつながらねー。諦めてお風呂に入り、0:45頃サイトを覗いてみるとプレミアムクラスのど真ん中が一席だけポッカリと空いている。おそらく販売開始と同時にポチれたけど、最終的に買わなかった人がいたのだろう。熾烈な争いが繰り広げられている間その人にホールドされていたため、誰も気付かなかったのだろう。これは、年間十数万円を映画館に落とす私への、映画の神様からのプレゼントだろう。日曜日の夜という家族団欒タイムだったが、家人の冷たい視線を振り切ってチケットを購入。(穏やかな性格の家人がフテ寝するという事件が起きる。)
 
長い長い前置きの末、『TENET テネット』がどうだったかって?そんなの愚問である。「なんかよくわかんないけど、すげーおもしろかったし、すげー映画観た」以上である。考えるな、感じろ。って、TENETの謎を説明する科学者のお姉さんも言ってた。ちなみに、難解だ難解だってみんなが言うので少しだけ予備知識を入れて観たため、物語の仕組み自体は理解した。それでも展開に脳味噌がついていかない。ニールお前何者。いや、考えるな、感じろ。って自分に言い聞かせる。でも、退屈する暇はない。本当にすごいなと思うのは、わからなくても楽しめるクリストファー・ノーランの映像の力である。IMAXで観たほうがいいのか?という問いに対して答えると、クリストファー・ノーランIMAXで観てって言ってるから、そうしてあげて。と言うしかない。そ、そのうち、もう一回くらい観てあげてもいいかな・・・。
 

trailer: