銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】異端の鳥

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映画日誌’20-40:異端の鳥
 

introduction:

ナチスホロコーストから逃れるため田舎に疎開した少年が、差別と迫害に争いながら生き抜く姿と、異物である少年を徹底的に攻撃する”普通の人々”を赤裸々に描いた問題作。自身もホロコーストの生き残りである、ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」を原作に、チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督が11年の歳月をかけて映像化した。新人のペトルコトラールが主演を務め、ステラン・スカルスガルドハーヴェイ・カイテルウド・キアーなどの名優たちが共演している。第76回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門でユニセフ賞を受賞した。(2019年 チェコ,ウクライナ,スロヴァキア)
 

story:

東欧のどこか。ユダヤ人が迫害されていた戦時下、ホロコーストを逃れて疎開した少年は、近隣の子どもたちから暴力を受け苛められている。しかも預かり先である一人暮らしの叔母が病死してしまい、その上、火事で家屋が焼け落ちて行き場を失ってしまう。家に帰るため、少年はたった1人でさまよい歩き続けることに。行く先々で彼を異物とみなす人間たちから迫害され、酷い仕打ちに遭いながらも、なんとか生き延びようと懸命にもがき続けるが...
 

review:

とんでもない映画を観てしまった。今年観た映画のなかで、おそらく最も強烈で衝撃的だった。10月に公開されて割とすぐに観たのだが、なかなか咀嚼できずに1ヶ月近く放置してしまった。昨年のヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で上映されると途中退場者が続出したが、同時に10分間のスタンディングオベーションを受け、『ジョーカー』以上に話題を集めたそうだ。
 
原作は、自身もホロコーストの生き残りであるポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した代表作「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」。ポーランド社会主義国では発禁書となり、作家自身も後に謎の自殺を遂げた“いわくつきの傑作”だ。チェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル監督は3年をかけて17のバージョンのシナリオを用意し、資金調達に4年をかけ、主演のペトルコトラールが自然に成長していく様子を描くため撮影に2年を費やし、最終的に計11年もの歳月をかけて映像化した。
 
本作では、舞台となる国や場所を特定されないよう、人工言語「スラヴィック・エスペラント語」が採用されている。3時間の映画でたった9分しか会話はないそうだが、35mmの白黒フィルムで撮影されたシネマスコープの凄まじい映像美が雄弁に、心に直接語りかけてくるようだ。「私は断固として哀れみを避け、使い古された決まり文句、搾取的なメロドラマ、人工的な感情を呼び起こすような音楽を排除しようとした。絶対的な静寂は、どんな音楽よりも際立ち、感情的に満たされる。」とヴァーツラフ・マルホウル監督が語っている。
 
第二次大戦中、ナチスホロコーストから逃れるために田舎に疎開した少年が差別と迫害に抗いながら生き抜こうとする姿と、異物である少年を攻撃する “普通の人々” による ”ありとあらゆる暴力” が、徹底したリアリズムで描かれる。ナチによるホロコーストのエピソードは登場するものの、本作のメインテーマではない。民俗宗教だろうとキリスト教だろうとナチズムだろうと共産主義だろうと、誰ひとりとして少年を救おうとしない。異質なものである少年を排除したうえで、搾取する。
 
スクリーンに映し出される、現代文明とは程遠い迷信と風習に生きる、粗野で野蛮な民衆の姿は、ずっと遠い昔の遠い世界のことのように思える。中盤以降、ナチやソ連兵が登場して初めて、第二次世界大戦中であることを思い出して戸惑う。しかし、ここで描かれている人間の本質は今も何ら変わっていないし、少年の地獄めぐりで描かれる “普通の人々” による ”ありとあらゆる暴力” は、今も世界中にある。正視に耐えがたいほどショッキングな場面に目を覆いたくなるのは、暴力描写の残虐性だけではない。その暴力があまりにも本質的で、普遍的であることに気付いて愕然とするのだ。
 
もし、この作品を観るつもりならば、途中で目をそらしたとしても、必ず最後まで観ることだ。大切なことは、人間の潜在的な暴力性に晒され、小さな身体に深い闇を刻まれ続ける少年の地獄めぐりを見届け、その証人となることだ。原作者のイェジー・コシンスキは、自伝小説だと語っていたものが創作だったとして非難を浴びたが、だとしても、この物語は無二の傑作だろう。そして11年もの歳月をかけて、絶望的なまでに美しい映像作品へと昇華させたヴァーツラフ・マルホウル監督の偉業に感謝したい。
 

trailer: