銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ビリオネア・ボーイズ・クラブ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-75
『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』(2018年 アメリカ)
 

うんちく

1980年代初頭ロサンゼルス、娯楽と快楽のために投資家から金を騙し取っては豪遊することを繰り返していた投資グループ〈ビリオネア・ボーイズ・クラブ〉が引き起こした、前代未聞のスキャンダルを描くクライムサスペンス。実在した社交クラブ、そして実際に起きた詐欺・殺人事件をもとに映画化された。『ベイビー・ドライバー』などのアンセル・エルゴート、『キングスマン』シリーズなどのタロン・エガートン、『交渉人』『アメリカン・ビューティー』などのケヴィン・スペイシーらが出演。監督は『ハイウェイ』『ワンダーランド』などのジェームズ・コックス。
 

あらすじ

1983年、ロサンゼルス。上流階級が集う商談の場で、高校の同級生だった金融の専門家ジョーとプロテニス選手のディーンが偶然にも再会を果たす。 ジョーは以前から計画していた「金(ゴールド)」で投資をする儲け話をディーンに持ち掛け、ビバリーヒルズ屈指の富裕層である友人たちを口説き、1万ドルの融資を元手に投資グループ「ビリオネア・ボーイズ・クラブ」を立ち上げる。野心家のジョーは成り上がるために詐欺を重ね、ロサンゼルス社交界の寵児となり、勢いに乗った「BBC」は2億5000万ドルの取引をするまでに成長を遂げるが...
 

かんそう

初日に観に行ったら「ぴあ」による劇場の出口調査につかまり、「100点満点で何点ですかー?」と聞かれてつい「65点」と答えてしまったが、実際のところ45点である。退屈はしなかったけど、とにかくドラマが浅い。なぜ彼らが欲望に溺れて詐欺を繰り返したのか、なぜ大人たちが彼らにあっさりと騙されてしまったのか、そして彼らが破滅に向かっていく様も、あまり深く掘り下げれないので、説得力ゼロ。なんだこの脚本は。こういう場合、人々を惑わし欺いた人物はおよそ魅力的に描かれるものであるが、この作品からはアンセル・エルゴートタロン・エガートンの魅力がまったく伝わってこないので、彼らを目当てで観に行った人々はさぞやがっかりしたことであろう。キングスマン師匠のハリーも草葉の陰で(結局死んでないけど)泣いていることだろう・・・。良かった点は、薄っぺらさと紙一重のテンポの良さ。というわけで、実在した「BBC」について解説しよう。ジョー・ハントの名でも知られるジョセフ・ヘンリー・ガムスキーが1983年に南カリフォルニアに設立した社交クラブである。ロサンゼルス地区のハーバード・スクール・フォー・ボーイズの少年たちがポンジ・スキームと呼ばれる手法で攻略法詐欺を行い、投資家から得た資金はクラブの若い会員の豪遊に費やされた。なお、ポンジ・スキーム(英:Ponzi scheme)とは「出資してもらった資金を運用し、その利益を出資者に還元する」などと謳っておきながら、実際には資金運用を行わず、後から参加させる別の出資者から新たに集めたお金を(やはり運用せず)以前からの出資者に“配当金”などと偽って渡すことで、あたかも資金運用が行われ利益が生まれてそれが配当されているかのように装うことである。つい最近も、似たような手口の詐欺があったねぇ。なぜ人が簡単に騙されてしまうのか、その巧妙な手口を描かんかーい。45点。
 

【映画】ボヘミアン・ラプソディ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-74
 

うんちく

世界的人気を誇る伝説のバンド「クイーン」のリード・ヴォーカルにして、1991年に45歳の若さでこの世を去ったフレディ・マーキュリーの半生を描いた伝記ドラマ。クイーンの現メンバーであるブライアン・メイロジャー・テイラーが音楽総指揮を手がけ、28の名曲が作品を彩る。「ボヘミアン・ラプソディ」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」などの名曲が生まれる瞬間や、崩壊寸前だったバンドが挑んだ20世紀最大の音楽イベント<ライヴ・エイド>での圧巻のパフォーマンスが再現され、永遠に語り継がれる”21分”に込められたフレディとメンバーの想いと、秘められた真実が描かれる。『X-MEN』シリーズなどのブライアン・シンガーが監督を務め、『ナイト ミュージアム』などのラミ・マレックがフレディを熱演した。
 

あらすじ

1970年のロンドン。インド系移民という複雑な生い立ちや、容姿へのコンプレックスを抱える孤独な若者フレディは、ボーカルが脱退したばかりのブライアン・メイロジャー・テイラーに自分を売り込む。そこにジョン・ディーコンも加わり「クイーン」が結成されると、個性的なメンバーの革新的な挑戦によって、誰もが知る名作が次々に生み出されていく。やがて「キラー・クイーン」のヒットや、ロック音楽にオペラを導入し既成概念を覆した「ボヘミアン・ラプソディ」などで、一躍世界的な大スターとなったクイーン。その華々しい栄光の裏側で、スキャンダル報道やメンバーとの衝突に苦しむフレディは、孤独を深めていた。バンド内の不和が広がり解散目前と囁かれるなか、彼らは20世紀最大のチャリティコンサート<ライヴ・エイド>への出演を決断する。
 

かんそう

私の永遠のアイドルはマイケル、フレディ、ボブの3人。ボブはどのボブか想像に任せるが、生きている間に会いたかった人たちだ。遡ることン十年前。ウェンブリースタジアムでのコンサート映像を友達に見せられて、なに、この、れろれろ言ってるヒゲのタンクトップおじさん、かっこいい…!! と釘付けになってしまった春の日。そんな私はこの映画の公開を心待ちにし、公開当日劇場に駆け込んだ。フレディが似てなかったらどうしよう、などとは、いささかも思わなかった。クイーンの音楽を劇場で楽しめるだけで動機としては充分だったのである。さて、まずはオープニング。20世紀フォックスのファンファーレがギターバージョンという粋な演出にむせび泣く。そして映し出されるバックステージは、ショーが始まる高揚感に充ちて、否が応でも胸が高鳴る。ああ、フレディ・・・!と、そこに、出っ歯なとこ以外あんまり似てなくて、若干小振りな小フレディが登場。いやいや待て待て、フレディはもっとハンサムやでしかし出っ歯だけどー!と思ったりしたが、いつの間にかフレディに見えてくる不思議。なんの魔法。つか、素顔のラミたん、ブルーノ・マーズにそっくりやんか。それはさておき、その魔法が何かって、クイーンの音楽が持つ圧倒的な力に他ならないだろう。ダイナミックなカメラワークで再現される”ライヴ・エイド伝説の21分”にむせび泣く。劇場にいた全員の心を鷲掴みにし、騒がしかった外国人グループも静かに聴き入り、単独あるいは二人三人組のサラリーマンが全員、男泣きに泣いていた。エンドロールが終わるまで誰も席を立たなかった。妙な連帯感が生まれ、隣で泣いてたサラリーマンに声を掛けて一緒にビール飲みながら語り合いたい気持ちになるくらいには劇場内が一体化していた。それはまこと素晴らしい夜であった。ありがとうクイーン。そしてフレディに会いたい。
 

【映画】ヴェノム

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-73
『ヴェノム』(2018年 アメリカ)
 

うんちく

スパイダーマン最大の宿敵として知られるマーベル・コミックスのキャラクター「ヴェノム」を、『ゾンビランド』『L.A. ギャング ストーリー』のルーベン・フライシャー監督が映画化。地球外生命体シンビオートに寄生され、運命に翻弄されるジャーナリストの闘いを描く。主演は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『レヴェナント:蘇りし者』などのトム・ハーディ。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』などのミシェル・ウィリアムズらが共演している。本国公開3週目で全世界興収4億6,000万ドルを突破する大ヒットとなり、その後も快進撃を続けている。
 

あらすじ

サンフランシスコに暮らすジャーナリストのエディ・ブロックは、ライフ財団がホームレスを利用した人体実験で死者を出していることを知り、その真相を突き詰めようとする。その過程でライフ財団に侵入したエディは被験者と接触し、自身が地球外生命体「シンビオート」に寄生されてしまう。それ以来エディは、意思を持った生命体が自分に語りかける声が聞こえるようになる。「一つになれば、俺たちはなんだってできる」とシンビオートはエディの体を蝕み、一体化し、ヴェノムとして名乗りを上げる。ヴェノムはそのグロテスクな体で容赦なく人を襲い、そして喰らう。エディは自分自身をコントロールできなくなる危機感を覚える一方、少しずつその力に魅了されていくが...
 

かんそう

観ちゃった・・・。MARVEL作品に全くと言っていいほど食指が動かない私だが、トム・ハーディの最新主演作を観たい一心で、座席予約ページの「予約する」を震える指でクリックしたのである(照)。さて、そんなトム・ハーディ演じるエディ。正義感が強いと言えば聞こえは良いが、いまいち頭が弱いのか想像力が欠如しているのか、著しく危機管理能力に欠けており、まあまあ、しでかす。それやったらアカンやん、ってことを何度もしでかす。ホラー映画でそこ開けたらあかんやん!っていうドアを開けて最初に犠牲になる人物であり、いま私が最も自己責任論を問いたいジャーナリストであるが、エディは死なない。Eddie never dies.  何故なら俺たちヴェノムだから。"You're Eddie Brock. I'm the symbiote. Together we are Venom”なのである。馬鹿だからではない。が、エディもヴェノムも少々お馬鹿でかわいいのだ。畜生、こんな母性本能をくすぐるダークヒーローがおってたまるか。でも人間の頭を喰いちぎる姿にはお母さんドン引きよ・・・そして粘着質なクリーチャーが組んず解れつのバドルシーンは訳わからんほど迫力があってエキサイティング。バイクで街を疾走するイカれたカーチェイスあり、隣の席の外国人もワーオ!って言ってた。つか上映中に声出すなやって普通なら思うけど、もうどうでもいいよ。さすがMARVELよねって、他観てないんだった。スパイダーマンを観てないからこそかもしれないが、残虐でダークなアンチヒーローの物語に程よくユーモアが散りばめられた、ポップな仕上がりのバディムービーで楽しめた。様々な名作にインスパイアされて製作されたと思われる本作、ネオンが光るエキゾチックな街並み、エディが部屋の窓から街を見下ろすシーンは『ブレードランナー』を彷彿とさせる。最後のあれは『羊たちの沈黙』だよね、ね。続編があったらきっと観るけど、ミシェル・ウィリアムズに少々若作りさせすぎていて痛々しいので、次はもう少し大人の女性のファッションにしてあげて・・・。
 

【映画】バグダッド・スキャンダル

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-72
バグダッド・スキャンダル』(2017年 デンマーク,カナダ,アメリカ)

うんちく

元国連職員マイケル・スーサンが自身の体験を元に執筆した小説「Backstabbing for Beginners」を原作に、国連史上最悪のスキャンダルとなった「石油・食料交換プログラム」の汚職事件を描いたポリティカル・サスペンス。『ストックホルムでワルツを』などのペール・フライが監督を務め、『ダイバージェント』シリーズや『アンダーワールド』などのテオ・ジェームズが主演のほか製作総指揮も務めた。『ガンジー』で第55回アカデミー賞主演男優賞を受賞した名優ベン・キングズレー、名作『ブリット』などのジャクリーン・ビセットらが共演している。

あらすじ

2002年。24歳のアメリカ人青年マイケルは、念願叶って国連事務次長の特別補佐官に任命され、国連が主導する”オイル・フォー・フード”「石油・食料交換プログラム」を担当することになった。それは、クウェート侵攻に対するイラクへの経済制裁の影響で困窮するイラクの民間人を救うための人道支援計画で、国連の管理下でイラクの石油を販売し、食料に変えてイラクの市民に配給するというものだ。しかしマイケルが目の当たりにした実態は、サダム・フセイン自身がプロジェクトに関与しており、国連を中心とした世界各国の企業や官僚機構が利権をめぐって深く関わっている巨額の汚職事件であった...

かんそう

あまり注目していなかったが、「A24」が製作したと知り俄然興味が湧いた。A24はエッジの効いた作家性の強い作品を次々と世に放ち、2012年の設立からわずか6年で映画界に旋風を巻き起こした気鋭の独立系配給会社だ。彼らが手掛けた話題作と言えば枚挙にいとまがないが、近年では『ムーンライト』『20センチュリー・ウーマン』『パーティで女の子に話しかけるには』などの突出した作品で私のようなマニアの心を鷲掴み。つい最近では『アンダー・ザ・シルバーレイク』に唸らされ、年内には『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』『イット・カムズ・アット・ナイト』『へレディタリー/継承』の公開が控えており、身悶えるほど楽しみである。
さて、A24についてお分かりいただけたところで本題だが、国連史上最悪のスキャンダルを描いた骨太な作品である。緊張感あふれるスリリングな展開に引き込まれるが、過剰な演出を避けた淡々とした語り口、その真摯な映画作りに好感がもてる。脚本が優れているのだろう、政治作品にありがちな「説明のための」冗長な会話の応酬が少なく、人物の行動や表情、端的なフレーズで背景や状況を察することが出来る。最後まで中弛みすることなく、非常に興味深く観た。この”オイル・フォー・フード”は総額640億ドル(当時の為替で7兆3600億円超)という巨額の予算のため賄賂や不正が横行し、人道支援を喰いものにした汚職は少なくとも18億ドル以上と言われている。しかし国連が調査協力を拒んだだめ、現在も全貌が明らかになっていないそうだ。イラク戦争の開戦から15年が経った今でも、イラクの人々の苦難は続いている。フセイン独裁政権からは解放されたが「フセインよりも厄介なやつら(米軍)がやってきた」、そしてその後のイラク治安部隊や軍による人権侵害は凄惨を極め「まだ米軍の方がマシだった」と人々に言わしめた。破壊しつくされたイラクは大量の犠牲者と避難民を生み、情勢は不安定なままだ。日本政府は、米国の「フセイン政権が大量破壊兵器の開発を続けている」という嘘とイラク戦争を支持し、米軍の物資や人員の輸送を支援し自衛隊を派遣した。少なくとも我々は関与していたのだ。世界で起きている悲劇に無関心であってはいけないと改めて思う。

 

【映画】search/サーチ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-71
search/サーチ』(2018年 アメリカ)
 

うんちく

Google社のプロジェクトで、Google Glassだけで撮影した2分半の短編映画『Seeds』を制作し、24時間で100万回以上YouTube再生された気鋭の新星アニーシュ・チャガンティによる初長編監督作品。失踪した娘を捜すため、娘のPCにログインして捜査する父親の姿を追うサスペンス。『ナイト・ウォッチ/NOCHNOI DOZOR』の監督を務めたティムール・ベクマンベトフが製作に名を連ね、チャガンティ監督とともに脚本を執筆した。主演は『スター・トレック』シリーズなどのジョン・チョー。全編PCモニター上ですべてのストーリーが展開する。2018年のサンダンス映画で観客賞(NEXT部門)を受賞。
 

あらすじ

ある日、忽然と姿を消した16歳の女子高校生マーゴット。行方不明事件として捜査が始まるが、家出なのか誘拐なのか不明のまま、37時間が経過する。娘の無事を信じたい父デビッドは、マーゴットのPCにログインし、FacebookInstagramなどのSNSにアクセスを試みる。しかし、そこに映し出されたのは、いつも明るく活発だったマーゴットとは別人の、自分が知らない娘の姿だった...

 

かんそう

ITエンジニアのパパがさくさく娘のPCをいじって、FacebookやらInstagramやら勝手に開いて洗いざらい調べていくんだけど、その様子を眺めながら、万が一自分が行方不明になって親兄弟にGAFAのITジャイアントに吸い取られてる個人的なアレコレ全部見られたら死ぬ!もしくはすでに死んでたら二度死ぬ!って思ったので、心肺停止した瞬間に全てのアカウントが削除されるデバイスはよ。でも三途の川から生還できたときにちょっと寂しいから、息を吹き返したら復旧してほしい。閑話休題。予想を裏切る展開と言えば聞こえはいいが、注意力散漫な私にとっては、え、そっちなの?っていう、なんの伏線も脈略もない展開だった。明らかになっていく娘の秘密も、驚くほどのことでもない。せっかくサーチするなら、点と点をつないで伏線を張り巡らせ、最後に美しく回収してくれよぅ。と、一部の勝手に期待した観客を置き去りにしながら明後日の方向に展開していくさまは、ブレードランナーでインディジョーンズなハリソン・フォードサイバーテロと闘った『ファイヤーウォール(06)』という映画をほのぼのと思い出させる。あれから12年。ネタバレを避けるため、どのあたりが似ているのかについて言及するのは控えておく。ただ、すべてがPCモニター上だけで展開する手法はとても興味深く、楽しい映画体験だった。少々の無理やり感は否めないが、これまでにない、新しい表現に挑戦した姿勢を買う。そんなことより高校生の16歳のマーゴット役が30歳は無茶しすぎやで・・・キャバクラ嬢でもそこまではサバ読まないだろ・・・
 

【映画】テルマ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-70
テルマ』(2017年 ノルウェー,フランス,デンマーク,スウェーデン)

うんちく

ダンサー・イン・ザ・ダーク』などで知られる鬼才ラース・フォン・トリアーを親類に持ち、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『母の残像』などで注目されるノルウェーヨアキム・トリアー監督が手がけたホラー。主演を務めた『THE WAVE/ザ・ウェイブ』などのアイリ・ハーボーは各国の映画祭で絶賛され、2018年にはベルリン国際映画祭シューティング・スター賞を受賞した。ロンドンやニューヨークを中心に活躍しているモデルでミュージシャンのカヤ・ウィルキンスが本作で映画デビューを果たし、『ブラインド 視線のエロス』などのエレン・ドリト・ピーターセンらが共演する。アカデミー賞ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノルウェー代表作品に選出。

あらすじ

ノルウェーの人里離れた小さな田舎町で、信仰心が深く厳格な両親のもと育てられたテルマは、オスロの大学に通うため一人暮らしを始める。そんなある日、図書館で癲癇のような発作が起き、病院に運ばれてしまう。原因が分からず不安を抱えるテルマだったが、その時居合わせた同級生のアンニャと親しくなり、罪の意識に苦悩しながらも彼女に恋心を抱くようになる。それからも発作とともに、不気味な自然現象が周りで起きるようになり、テルマは原因を探るため検査入院するが…

かんそう

どこにも救いがない物語を紡ぎ出し世界を絶望の淵に陥れ、自分も盛大に鬱を発症しちゃったりしつつ、衝撃的な作品で世界を挑発し続ける鬼才ラース・フォン・トリアーの甥。もうそれだけで不穏である。しかも大友作品、とりわけ「AKIRA」に影響されているらしい。ますます不穏である。凍てつく湖の氷上を渡り、森に足を踏み入れる親子、向けられた銃口。息を呑むほど美しいノルウェーの自然を映し出したオープニング・シークエンスに始まり、スタイリッシュかつイノセントな映像美で静謐に描かれる。敬虔なクリスチャンである厳格な両親の教育によって抑圧されてきたテルマそのものだ。しかし貞淑さの内側に秘めたほとばしる情念は、初恋の予感とともに制御を失い、”超常的な”能力として剥き出しになっていく。欲望への葛藤、罪悪感にからめとられながら解放された自我は、点滅する光、鳥の群れ、樹木のざわめき、ゆれる水面などの不穏なビジュアルと結びつき、強烈な印象を残しながら繊細に映し出される。オカルトでありながら、絶望的な美しさによって高い芸術性を保ち、ありとあらゆるメタファーが様々な解釈を生み出し、心の奥に深い余韻を残す。万人向けとは言えず観る人を選ぶ作品ではあるが、ヨアキム・トリアーが叔父とは違うタイプの天才だということを世間に知らしめるには充分だろう。テルマとアンニャがベランダで微笑み合う、頬をなでる風を感じさせてくれる夕暮れのシーンが好きだった。誰にとってもかけがえのない日々は、そのような美しさや切なさの積み重ねで出来ているのだろう。

【映画】マイ・プレシャス・リスト

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-69
マイ・プレシャス・リスト』(2016年 アメリカ) 

うんちく

『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』『ミニー・ゲッツの秘密』のベル・パウリ―が主演を務め、高い知能指数を持つがコミュニケーション能力に欠ける19歳の心の成長を描く。監督は、プロデューサーとして『さよなら、僕らの夏」』などを手掛け、本作が長編映画初監督作品となるスーザン・ジョンソン。『ホリデイ』『マイ・インターン』などのヒット作を手掛けてきたスザンヌ・ファーウェルがプロデューサーに名を連ねる。『プロデューサーズ』などのネイサン・レイン、TVドラマ「イン・トリートメント」のガブリエル・バーンらが共演。

あらすじ

ニューヨークのマンハッタンで暮らす19歳のキャリーは、IQ185でハーバード大学飛び級で卒業した天才だが、仕事にも就かず、友人も作らず、家にこもって読書ばかりしている。ロンドンにいる父親から感謝祭を一緒に過ごすことができないと連絡があり失望していたキャリーに、唯一の話相手であるセラピストのペトロフはリストを渡し、そこに書かれた6つの課題を実行するよう告げる。半信半疑ながらも、ペットを飼い、昔好きだったチェリーソーダを飲み、デートの相手を探そうとするが...

かんそう

この作品には、サリンジャーの「フラニーとゾーイ」がシンボリックに登場する。私は代表作「ライ麦畑でつかまえて」すら読んでおらず、思春期に”サリンジャー”という試金石を踏んでいない。しかし私の本棚には短編集「ナイン・ストーリーズ」があり、それは「バナナフィッシュにうってつけの日」が収められているからという中二病的理由なのでまともに読んでいない。というわけで、「フラニーとゾーイ」について調べてみた。グラス家の末娘フラニーは周囲の人たちのささやかなエゴが許せない。週末を恋人と過ごしていても気取り屋の恋人に苛立ちを募らせ、いちいち食ってかかっては自己嫌悪を繰り返す。終いにはレストランで気を失い、デートを台無しにして、トイレに駆け込み宗教書「巡礼の書」を読みふける、と。そしてそんな妹を諭そうとする兄のゾーイのお話である。思春期の青年が直面する自意識との対峙という普遍的なテーマを扱っており、この本と多感な時期に出会うことは、もしかすると大事なことなのかもしれない。フラニーは”こじらせ女子”の見本だが、本作の主人公キャリーの早逝した母親はおそらく、人並み外れて賢い我が娘の行く末を案じてこの本を与えたのだろう。ママの不安は的中し、キャリーは見事なIQ185のこじらせ女子になった。パパ、セラピスト、教授、新しい出会い、揃いも揃って絶妙な塩梅のクソ野郎が登場し、知性と良識に溢れる自意識の塊キャリーを苛立たせる。そんなキャリーが行き着いた場所は、という物語である。社会と接点を持とうとしないニートが外界に出て成長する、という単純な物語ではない。それを理解するには「フラニーとゾーイ」の予備知識が必要だったと気付いたのは、ずっと後のことであった・・・。先に言うてや。しかし何はともあれ、傑作とは言い難いがそこそこ楽しめた。キャリーを演じたベル・パウリーがキュートで愛らしく、クリスマスや大晦日が近付く冬のマンハッタンの街並みを映し出した映像が素敵。ふと、人恋しくなったりしつつ、この冬はサリンジャーを読んでみようという気持ちになっている。