銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】テルマ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’18-70
テルマ』(2017年 ノルウェー,フランス,デンマーク,スウェーデン)

うんちく

ダンサー・イン・ザ・ダーク』などで知られる鬼才ラース・フォン・トリアーを親類に持ち、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『母の残像』などで注目されるノルウェーヨアキム・トリアー監督が手がけたホラー。主演を務めた『THE WAVE/ザ・ウェイブ』などのアイリ・ハーボーは各国の映画祭で絶賛され、2018年にはベルリン国際映画祭シューティング・スター賞を受賞した。ロンドンやニューヨークを中心に活躍しているモデルでミュージシャンのカヤ・ウィルキンスが本作で映画デビューを果たし、『ブラインド 視線のエロス』などのエレン・ドリト・ピーターセンらが共演する。アカデミー賞ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノルウェー代表作品に選出。

あらすじ

ノルウェーの人里離れた小さな田舎町で、信仰心が深く厳格な両親のもと育てられたテルマは、オスロの大学に通うため一人暮らしを始める。そんなある日、図書館で癲癇のような発作が起き、病院に運ばれてしまう。原因が分からず不安を抱えるテルマだったが、その時居合わせた同級生のアンニャと親しくなり、罪の意識に苦悩しながらも彼女に恋心を抱くようになる。それからも発作とともに、不気味な自然現象が周りで起きるようになり、テルマは原因を探るため検査入院するが…

かんそう

どこにも救いがない物語を紡ぎ出し世界を絶望の淵に陥れ、自分も盛大に鬱を発症しちゃったりしつつ、衝撃的な作品で世界を挑発し続ける鬼才ラース・フォン・トリアーの甥。もうそれだけで不穏である。しかも大友作品、とりわけ「AKIRA」に影響されているらしい。ますます不穏である。凍てつく湖の氷上を渡り、森に足を踏み入れる親子、向けられた銃口。息を呑むほど美しいノルウェーの自然を映し出したオープニング・シークエンスに始まり、スタイリッシュかつイノセントな映像美で静謐に描かれる。敬虔なクリスチャンである厳格な両親の教育によって抑圧されてきたテルマそのものだ。しかし貞淑さの内側に秘めたほとばしる情念は、初恋の予感とともに制御を失い、”超常的な”能力として剥き出しになっていく。欲望への葛藤、罪悪感にからめとられながら解放された自我は、点滅する光、鳥の群れ、樹木のざわめき、ゆれる水面などの不穏なビジュアルと結びつき、強烈な印象を残しながら繊細に映し出される。オカルトでありながら、絶望的な美しさによって高い芸術性を保ち、ありとあらゆるメタファーが様々な解釈を生み出し、心の奥に深い余韻を残す。万人向けとは言えず観る人を選ぶ作品ではあるが、ヨアキム・トリアーが叔父とは違うタイプの天才だということを世間に知らしめるには充分だろう。テルマとアンニャがベランダで微笑み合う、頬をなでる風を感じさせてくれる夕暮れのシーンが好きだった。誰にとってもかけがえのない日々は、そのような美しさや切なさの積み重ねで出来ているのだろう。