銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】コレット

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-33
コレット』(2018年 イギリス,アメリカ)
 

うんちく

1890年代のベル・エポック真っただ中のパリを舞台に、フランス文学界で最も知られている女性作家シドニー=ガブリエル・コレットの半生を描いたドラマ。監督は『アリスのままで』などのウォッシュ・ ウェストモアランド。公私ともにパートナーだった故リチャード・グラッツァーと16年以上に渡って脚本を推敲し、男性優位の時代でも慣習やジェンダーにとらわれることなく、あらゆる分野で才能を開花させたコレットの姿を映し出した。主演は『つぐない』『プライドと偏見』などで知られる英国を代表する女優キーラ・ナイトレイ。『ザ・スクエア 思いやりの聖域』などのドミニク・ウェスト、『ハリー・ポッター』シリーズなどのフィオナ・ショウらが共演。
 

あらすじ

フランスの田舎町サン・ソヴールで生まれ育ったコレットは、14歳年上の人気作家ウィリーと結婚し、“ベル・エポック”真っ只中の活気にあふれていたパリに移り住む。夫とともに 芸術家が集うサロンに入り浸る享楽的な生活を送っていたが、その実、ウィリーの浪費癖が原因で借金がかさんでいくばかりであった。そんなある日、コレットの文才に気付いたウィリーは、自身のゴーストライターとして彼女に自伝的小説を書かせる。そして誕生した「クロディーヌ」シリーズはベストセラーとなり、社会現象になるほどブームを巻き起こす。しかしその成功の裏で、コレットは自分が作者であることを世間に認められない葛藤と夫の度重なる浮気に苦しめられていた...
 

かんそう

子供の頃、それなりに本を読んでいたような気がするのに、決して文学少女ではなかったんだなと思うことには、コレットの作品を読んだことがない。フランス文学界を代表する作家であり、「クロディーヌ」シリーズに加え「シェリ」「青い麦」「夜明け」「ジジ」などの傑作を世に送り出し、絶大な人気と影響力は衰えることなく、今なお人々を魅了し続けている。また、多くの作品が舞台化、映画化されており、「ジジ」を舞台化する際、当時無名だった新人女優のオードリー・ヘプバーンを主役に大抜擢し、彼女をスターにしたことでも有名。そして時代の寵児たち、シャネルやコクトーサルトルボーヴォワールと親交があったとのこと。他の人のことは当たり前に知っているのに、コレットのことをほぼ知らなかった無教養さにがっかりしつつ、キーラ・ナイトレイ様を拝みに行った。女性が抑圧されていた時代に、ジェンダーを超え、自由と自立を求めて闘ったコレットの生き様を見事な演技で体現した、キーラの強さと知性、美しさに惚れ惚れする。この作品の是非はこれに尽きる。なお、コレットの最初の夫ウィリーは何かあると「男の性」とか言うクズであり、そんな男は全部爆発しろと思うのだけど、その反面、彼女の才能を引き出し、開花させたのはウィリーであるという皮肉。浮気癖のある夫のゴーストライターに甘んじ葛藤する姿は『天才作家の妻』や『メアリーの総て』を彷彿とさせる。ってか何なん、男どもー!(おこ)って思うけど、時代がそうだったのだろう。道徳や価値観が現代とは全く異なったはずだ。そう考えるといい時代になったとも言えるが、女性が圧倒的な力で組み伏せられたりする実態が明らかになり、女性が批判を恐れず声を上げられるようになったのはつい最近のことだ。それもまだ、始まったばかり。時代に飲み込まれることなく、自分の生き方を貫いたコレットの姿が、いまを生きる女性たちにも眩しく映るだろう。本作ではウィリーと決別するまでが描かれているが、実はその後の人生のほうがドラマチックだったりする。この続きを、映像で観てみたいものである。
 

【映画】ホワイト・クロウ 伝説のダンサー

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-32
『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(2018年 イギリス,フランス)
 

うんちく

バレエの歴史を変えたと言われる伝説的ダンサー、ルドルフ・ヌレエフの半生を描いた伝記ドラマ。『シンドラーのリスト』『イングリッシュ・ペイシェント』などの名優レイフ・ファインズが監督を務め、構想20年を経て映画化。『めぐりあう時間たち』『愛を読むひと』のデビッド・ヘアが脚本を手掛けている。主演はタタール劇場の現役プリンシパル、オレグ・イヴェンコ。『アデル、ブルーは熱い色』などのアデル・エグザルコプロス、“バレエ界の異端児”セルゲイ・ポルーニン、『黒いスーツを着た男』などのラファエル・ペルソナらが共演した。
 

あらすじ

1961年。若きダンサーのルドルフ・ヌレエフは、キーロフ・バレエの一員として、パリ公演のため生まれて初めて祖国ソ連を出る。自由な生活や文化、芸術に彩られたパリにすっかり魅了されるが、その反抗的態度からKGBに行動を監視されていた。やがてフランス人女性のクララ・サンと親しくなった彼は、そのことでますます政府から警戒されるようになってしまう。そんなある日、他の団員たちとともに次の公演地であるロンドンに向かおうとするルドルフに、突然帰国が命じられる。それは、収容所行きを意味していた。KGBと共に空港に残されたルドルフが、不安と恐怖のなかで下した決断とは...
 

かんそう

萩尾望都山岸凉子のバレエ作品を読み耽り、ニジンスキーがいかほどのバレエダンサーだったかということくらいは知っていたので、ルドルフ・ヌレエフのことは知らなかったけど、ニジンスキーの再来と言われたダンサーだったと知って興味が湧いた。調べてみると、世界3大バレエ団で活躍した伝説的なダンサーは、実にドラマチックな生涯だったようだ。遊牧民族タタール人とバシキール人の猛々しい血を引いているヌレエフ。1938年3月17日、シベリア鉄道の車両内で生まれ、赤貧、餓えと極寒の苦しみ、壮絶ないじめに晒された困難な子供時代を過ごしたそうだ。但しその才能と情熱を見出され、ウファの田舎からレニングラードの名門ワガノワ舞踊学校に入学している。そこでも田舎者のタタール人と蔑まれたが、しかし教師には恵まれた。名教師プーシキンから指導と庇護を受け、才能を開花させていく。そしてある時、国外公演からソ連に戻ることを拒み、西側に亡命するのだ。この作品では、ヌレエフの半生と亡命の顛末が描かれる。ヌレエフが亡命を試みるクライマックスシーンは、手に汗握るほどスリリングで、ぐっと引き込まれた。が、前半は「現在」と「過去」を交錯させながら物語が展開するので、少々難解で分かりづらい。タタールの血を引く彼の出自や困難な生い立ち、「一歩一歩のパに自分の血の跡が残らなければならない」と語った、全身全霊をバレエに捧げたダンサーとしての凄みが伝わりにくい。ただ、当時のソ連がどのような国だったのかという政治的背景、主演のオレグ・イヴェンコによるダイナミックなバレエシーンは見応えがあった。オレグ・イヴェンコ、ヌレエフを演じることはとてつもないプレッシャーだったろうに、がんばったなぁ。だって、ヌレエフですら、ニジンスキーの再来と言われながらニジンスキー役を演じることを断ったのだ。ちなみにヌレエフの再来と言われているのは、本作にも出演している、バレエ界きっての異端児セルゲイ・ポルーニンだそうだ。彼のドキュメンタリーは観てないけど、全身タトゥーだらけのダンサーのことは知っている。いつの時代も歴史を変え、その名を残すのは、世間に迎合しない「異端児」だということだ。少々物足りなかったものの、面白かった。
 

【映画】ビル・エヴァンス タイム・リメンバード

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-31
ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』(2015年 アメリカ)
 

うんちく

ジャズピアニストのビル・エヴァンス生誕90周年を記念したドキュメンタリー。関係者の証言や、ビル本人の肉声や映像・写真をもとに、数々の名盤を残し、後世のジャズにも大きく影響を与え続けるエヴァンスの51年の生涯を綴る。監督はブルース・スピーゲル。ジャック・ディジョネットジョン・ヘンドリックストニー・ベネットら当時の共演者、本編の制作中に亡くなったポール・モチアンジム・ホールボブ・ブルックマイヤービリー・テイラーらも登場するほか、ジャズ史に燦然と輝くそのタイトル曲『ワルツ・フォー・デビイ』のモデルとなった姪のデビイら親族も登場し、貴重なプライベート・ショットの数々が映し出される。世界各国の13もの映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を獲得。なお、これが世界初劇場公開となる。
 

あらすじ

圧倒的な影響と人気を誇るジャズ・ピアニスト、ビル・エヴァンス。数々の名演、名盤を残した彼の51年の生涯は苦悩に満ちたものであった。1958年にマイルス・デイビスのバンドに加入し「カインド・オブ・ブルー」を制作した当時の様子や、ドラマーのポール・モチアンとベーシストのスコット・ラファロをメンバーに迎えた歴史的名盤「ワルツ・フォー・デビイ」の制作経緯、そしてラファエロの死。彼を苦しめた薬物依存、恋人と兄の自死、死の間際の様子が、親族や近しい関係者の口から語られるなど、これまで未公開だった数々の証言、エバンスの演奏シーンなど貴重なアーカイブで構成されている。
 

かんそう

いつからジャズを聴き始めたのか、もう忘れてしまった。ジャズに目覚めた頃から、キース・ジャレットの「Melody At Night With You」とビル・エヴァンスの「Waltz for Debby」そしてマイルス・デイヴィスの「Kind of Blue」を飽きるほど聴いた。飽きるほど聴いたのに、聴けば聴くほどに愛が募る。今回、このドキュメンタリーを通して、その理由が分かった気がした。「Waltz for Debby」が愛に満ちた作品であったことを知り、「Kind of Blue」がとてつもないマスター・ピースであることを再認識する。マイルス・デイヴィスジョン・コルトレーンと並び、ハードバップ以降のモダンジャズの進化に欠かせないピアニストであったビル・エヴァンス。彼が奏でる至上の音楽はどこまでも美しく、大胆で、優しく、端正で、儚い。その詩的で深い音は、心を震わす。その背景に「時間をかけた自殺」と言われる破滅的な人生があったことを目の当たりにする。信頼を寄せていたスコット・ラファロの事故死、長年連れ添った恋人エレインの死、誰よりも敬愛していた兄ハリーの死が、ビルの人生に暗い影を落としていく。死の直前、トニー・ベネットに伝えた「美と真実を追求し、他のことは忘れろ」という言葉。繊細なる彼の内部にある葛藤と矛盾、深い闇から逃れるように、音楽に耽溺したのだろうか。音楽の喜び、その対極にある深い哀しみが、あまりにも切ない。マイルスやコルトレーンだけでなく、ナット・キング・コールホレス・シルヴァーセロニアス・モンク、パド・パウエル、アート・ブレイキーソニー・クラークキャノンボール・アダレイなど時代を駆け抜けた才能たちの名前が登場し、ビルが遺した珠玉のナンバーが55曲も使われている。ジャズを愛する人間にとっては、大いなるギフトとも言える、素晴らしいドキュメンタリーであった。
 

【映画】ドント・ウォーリー

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-30
『ドント・ウォーリー』(2018年 アメリカ)
 

うんちく

事故により四肢麻痺になった風刺漫画家ジョン・キャラハンの半生に魅せられ、自伝” Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot”の映画化権を獲得していた俳優のロビン・ウィリアムズ。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』公開当時から相談を受けていたガス・ヴァン・サント監督が彼の遺志を継ぎ、脚本を執筆。企画から20年の時を経て完成させた人間賛歌。キャラハン役を『ザ・マスター』などの実力派俳優ホアキン・フェニックスが演じ、ルーニー・マーラ、、ジョナ・ヒルジャック・ブラックらが共演。2018年サンダンス映画祭、第68回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品。
 

あらすじ

オレゴン州ポートランド。アルコールに溺れる日々を暮らしていたジョン・キャラハンは、自動車事故によって脊髄を損傷し、胸から下が麻痺してしまう。車いす生活を余儀なくされたジョンは人生に絶望し、ますます酒に溺れ自暴自棄な生活を送っていたが、ある幾つかのきっかけによって自分を憐れむことを止め、過去から自由になる強さを身につけていく。そして持ち前の辛辣なユーモアを発揮し、不自由な手で風刺漫画を描き始める。
 

かんそう

ジグソーパズルのピースをひとつずつ埋めていくような、ガス・ヴァン・サントらしい語り口で、たまに、冗長やねん・・・睡魔来るやん?と今回も思ったけど、しかしやはり、ガス・ヴァン・サントガス・ヴァン・サントたる所以はその冗長な語り口によるものだろう(褒めてない)。とは言え、美しい映像で綴るジョン・キャラハンの強烈な半生、総じて面白かった。ポートランドの街を、赤い髪をなびかせ猛スピードで車いすを走らせていたという風刺漫画家ジョン・キャラハンは、21歳の時に事故に遭い、車いす生活が始まる。27歳の時に禁酒。って、ホアキンおじさんに21歳を演じさせるのは無茶だなー。それにつけても、ルーニー・マーラのかわいらしさよ。地上に降りた天使か。そしてぽっちゃり俳優ジョナ・ヒルが、綺麗な生き物になってた。絶望の淵で苛立ちと怒りにまみれていたジョンは、ジョナ・ヒル演じる友人ドニーの導きによって、ルーニー・マーラ演じる恋人アヌーの支えによって、自らの過去と向き合いトラウマから自己を解放していく。その心の旅に寄り添い、我々も奇跡を目撃する。素敵な映画体験だった。「匿名のアルコール依存症者たち」という意味を持つアルコホーリク・アノニマス(AA)は、一人のアルコホーリクが、もう一人のアルコホーリクにお互いの飲酒の問題について経験を分かち合い、飲酒のために混乱した病的な感情を整理し、人間関係を修復しながら、一人の人間として成長していくことを目指したプログラムだ。無力であることの認知、自覚、原因と欠点の追及、対象者の選別、対象者への贖罪と自己への赦しへとつながっていく。この「12のプログラム」の流れを知っておくと、作品をより理解しやすくなるのではないかと思う。
 

【映画】幸福なラザロ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-29
『幸福なラザロ』(2018年 イタリア)
 

うんちく

前作『夏をゆく人々』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、世界の注目を集めるアリーチェ・ロルヴァケルの監督最新作。1980年代初頭にイタリアで実際にあった詐欺事件から着想を得たこの物語は、社会から隔絶された村で農園主から搾取される農夫たち、そしてキリスト教の聖人ラザロと同じ名前を持つ、無垢な青年の姿が映し出される。1000人以上の中から発掘された新星アドリアーノ・タルディオーロが主演を務め、『ライフ・イズ・ビューティフル』などのニコレッタ・ブラスキ、『ハングリー・ハーツ』などのアルバ・ロルヴァケルらが出演する。今作もデジタルではなく、スーパー16mmフィルムで撮影されている。第71回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した。
 

あらすじ

20世紀後半のイタリア。渓谷によって社会と隔絶されたインヴィオラータ村の農民たちは、小作制度が廃止されたことを隠蔽する公爵夫人に騙され、以前としてタダ働きを強いられていた。その村に暮らす青年ラザロは誰よりも働き者だったが、純粋でお人好しの彼は村民たちに軽んじられ、皆に仕事を押し付けられていた。そんなある日、公爵夫人の息子タンクレディが町からやってくる。彼はラザロを仲間に引き入れて、自身の誘拐騒ぎを演出。それが発端となり、領主による大規模な労働搾取の実態が世間に暴かれ、村人たちは初めて外の世界に出ていくことになるが...
 

かんそう

この作品は、1980年代初頭にイタリアで実際に起きた詐欺事件が基になっている。イタリアでは1982年に小作制度が廃止されているが、その事実を農民たちに知らせず、搾取し続けた貴族がいたそうだ。日本では1947年、GHQの指揮により農地改革が行われ地主制度が解体されていることを考えると、ずいぶんと最近だという印象を受ける。にもかかわらず、家畜を狼から守るため一晩中見張りをし、ひとつの裸電球を交替で使い、残り少ないワインを回し飲みするような極めて質素な農村の暮らし、そして純朴で疑うことを知らないラザロが村人たちにこき使われている様子が映し出され、その光景はあまりにも前時代的だ。公爵夫人が登場し「小作人から搾取し、小作人はラザロから搾取する。」とつぶやく。携帯電話を持ち、ポータブルプレイヤーで音楽を聴く息子がやってくると同時に、世界から置き去りにされていた村が外的世界の介入を受けることになる。閉じられた世界で営んでいた生活が突如崩壊した農民たちが、右も左も分からない都会に放り出されることによって、果たして人間らしい生活が出来たのか。何にも汚されないのは、清らかなる魂を持つラザロだけだった。その末路は何とも皮肉である。ラザロは言わずもがな、聖書の「ヨハネ福音書」に登場する“復活のラザロ”がモチーフであろう。死後4日経ってキリストの奇跡により生き返ったラザロは、人類全体の罪をキリストが贖罪するため十字架で死に、三日目に復活したことの予兆として解釈されてきた。世界のすべてを一身に受け止め、あるがままを見つめる“聖なる愚者”ラザロの無垢な瞳に、衝撃を受ける。例えば「イワンのばか」のような、トルストイの寓話を彷彿とさせる。あるいは宮沢賢治「アメニモマケズ」のような。忘れがたい映画体験となった。
 

【映画】ある少年の告白

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-28
『ある少年の告白』(2018年 アメリカ)
 

うんちく

2016年に発表され、全米で大きな反響を呼んだガラルド・コンリーの著書を原作に、同性愛者のコンバージョン・セラピー(矯正)施設で治療を強いられた青年の苦悩を描いた人間ドラマ。『ラビング 愛という名前のふたり』などの俳優ジョエル・エドガートンが『ザ・ギフト』に続いて手がけた監督2作目で、脚本・製作を手掛け、出演も果たしている。主演は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でオスカー候補となったーカス・ヘッジズ。二コール・キッドマン、ラッセル・クロウら実力派が共演し、映画監督・俳優としてカリスマ的人気を誇るグザビエ・ドラン、シンガーソングライターのトロイ・シバン、「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」のフリーら、個性的な面々が脇を固める。
 

あらすじ

アメリカの田舎町。牧師の父と母のひとり息子として大切に育てられたジャレットは、ある出来事がきっかけで自分が同性愛者であることに気付く。息子の告白に戸惑う両親が彼に勧めてきたのは、“同性愛を治す”という矯正セラピーへの参加だった。口外禁止だというそのプログラムの内容は驚くべきもので、自らを偽って生きることを強いる施設に疑問と憤りを感じたジャレットはついに、ある行動を起こす...
 

かんそう

マンチェスター・バイ・ザ・シー』『スリー・ビルボード』で注目されたルーカス・ヘッジズ、その脇を大御所ラッセル・クロウと大女優ニコール・キッドマンが固め、テイラー・スイフトの彼氏、美しき奇才グザヴィエ・ドラン、注目を集めるシンガーソングライターのトロイ・シヴァンが共演、さらにはレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシスト、フリーが鬼教官役で登場。いつも思うけど、普通の俳優にはない凄みと狂気が全身から溢れ出すフリーおじさんの配役は反則。そして『ラビング 愛という名前のふたり』のジョエル・エドガートンが監督し、自ら出演している。この豪華な出演陣によって描かれる物語の舞台は2004年のアメリカ南部。原作者のガラルド・コンリーの出身地アーカンソーは、プロテスタントキリスト教根本主義、南部バプテスト連盟、福音派などが熱心に信仰され、バイブルベルト(聖書地帯)と呼ばれる保守的で宗教色が強い土地柄だ。その上、父親が福音派の牧師とくれば、同性愛者であることは許されない。父親や長老たちに囲まれ、自分を変えたいと思うか?と問われたジャレットは、自ら矯正施設に入ることを希望する。なんとも心が痛むシーンである。マイノリティが迫害を受け、父親が権威を振りかざし、女性はそれに黙って付き従う、というこの家族の構図は、アメリカ社会の縮図のようだ。同性愛を認めず、悪しきものとして当事者に罪悪感を抱かせる思想、それを正しいものとして疑わない観念の狂気が映し出されており、虫酸が走る。21世紀において、強制的に性的指向ジェンダーアイデンティティを”治療”しようとする同性愛者の矯正施設が存在していることに驚かされる。いまだに多くのLGBTQの若者たちが保護者によって無理やり入所させられているそうだ。科学的、医学的根拠のないセラピーは深刻なトラウマを引き起こし、自殺率の高さも指摘されている。1日も早くLGBTQという概念そのものがなくなり、人が人を自由に愛せる世界になってほしいと心から願う。
 

【映画】パパは奮闘中!

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-27
『パパは奮闘中!』(2018年 ベルギー,フランス)
 

うんちく

母親が家族のもとを去り、残された父親が仕事と育児に悪戦苦闘しながらも、子供たちと絆を深めていく姿を描いた人間ドラマ。監督は、長編映画初監督作となる『Keeper』が各国の映画祭で称賛されたギヨーム・セネズ。長編2作目となる本作も、第71回カンヌ国際映画祭批評家週間に出品、第36回トリノ国際映画祭で観客賞受賞、第26回ハンブルグ国際映画祭で批評家映画賞受賞、ベルギー版アカデミー賞といわれる2019年ベルギー・マグリット賞で5部門を制するなど、欧州を中心に注目を集めた。『タイピスト!』などのロマン・デュリスが主演を務め、『若い女』などのレティシア・ドッシュ、『女っ気なし』などのロール・カラミーらが共演している。
 

あらすじ

オンライン販売の倉庫で働くオリヴィエは、妻のローラと幼い二人の子供たちの4人で幸せに暮らしていたが、ある日突然、妻が家を出て行ってしまう。それまで妻に任せっきりで慣れない育児と家事に追われながら、職場でも様々な問題やトラブルが山積している状況で、妻を捜すオリヴィエ。しかし彼女の行方も姿を消した理由も一向に分からない。そんな彼のもとにある日、妻の妻の生まれ故郷ヴィッサンから一通のハガキが届き...
 

かんそう

さて、この『パパは奮闘中!』という、頭が痛くなるような邦題を私は許さない・・・。ダサい邦題に物申す委員会の事案である。作品の本質が見えなくなるような、メッセージを歪めてしまうような邦題はギルティ。百歩譲って、突然シングルファザーになってしまったパパが子育てに奮闘するだけの映画なら、そのタイトルでもいいだろう(←えらそう)。Amazonの倉庫みたいなところで働いているお父ちゃん、チームリーダーとして労働組合員として、劣悪な労働環境やリストラからスタッフを守るため闘っている。不器用ながら子どもたちと向き合い、子どもたちも母親がいなくなった喪失感と闘う。人生には様々な闘いがあり、みんな闘っている。原題の通り、”Nos Batailles(私たちの戦い)” なのだ。ドメスティックな人間模様を描くだけの作品ではなく、個人と社会の闘いを描いている。社会派ドラマの側面を持つこの物語は、実にリアリティがあり、生々しいドキュメンタリーを観ているような感覚に陥る。それもそのはず、驚くべきことに、監督が出演者に台本を渡さなかったそうだ。子役も含めて、セリフはすべてアドリブだったとのこと。「あらかじめ決まったセリフが無い状態で演技をするということは、役者が全身全霊をかけて自分を捧げなければいけないし、役柄に飛び込まなければいけなかった」と、オリヴィエ役のロマン・デュリスがインタビューで答えている。好き嫌いはともかく、興味深い作品だった。