劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-29
『幸福なラザロ』(2018年 イタリア)
うんちく
前作『夏をゆく人々』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、世界の注目を集めるアリーチェ・ロルヴァケルの監督最新作。1980年代初頭にイタリアで実際にあった詐欺事件から着想を得たこの物語は、社会から隔絶された村で農園主から搾取される農夫たち、そしてキリスト教の聖人ラザロと同じ名前を持つ、無垢な青年の姿が映し出される。1000人以上の中から発掘された新星アドリアーノ・タルディオーロが主演を務め、『ライフ・イズ・ビューティフル』などのニコレッタ・ブラスキ、『ハングリー・ハーツ』などのアルバ・ロルヴァケルらが出演する。今作もデジタルではなく、スーパー16mmフィルムで撮影されている。第71回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した。
あらすじ
20世紀後半のイタリア。渓谷によって社会と隔絶されたインヴィオラータ村の農民たちは、小作制度が廃止されたことを隠蔽する公爵夫人に騙され、以前としてタダ働きを強いられていた。その村に暮らす青年ラザロは誰よりも働き者だったが、純粋でお人好しの彼は村民たちに軽んじられ、皆に仕事を押し付けられていた。そんなある日、公爵夫人の息子タンクレディが町からやってくる。彼はラザロを仲間に引き入れて、自身の誘拐騒ぎを演出。それが発端となり、領主による大規模な労働搾取の実態が世間に暴かれ、村人たちは初めて外の世界に出ていくことになるが...
かんそう
この作品は、1980年代初頭にイタリアで実際に起きた詐欺事件が基になっている。イタリアでは1982年に小作制度が廃止されているが、その事実を農民たちに知らせず、搾取し続けた貴族がいたそうだ。日本では1947年、GHQの指揮により農地改革が行われ地主制度が解体されていることを考えると、ずいぶんと最近だという印象を受ける。にもかかわらず、家畜を狼から守るため一晩中見張りをし、ひとつの裸電球を交替で使い、残り少ないワインを回し飲みするような極めて質素な農村の暮らし、そして純朴で疑うことを知らないラザロが村人たちにこき使われている様子が映し出され、その光景はあまりにも前時代的だ。公爵夫人が登場し「小作人から搾取し、小作人はラザロから搾取する。」とつぶやく。携帯電話を持ち、ポータブルプレイヤーで音楽を聴く息子がやってくると同時に、世界から置き去りにされていた村が外的世界の介入を受けることになる。閉じられた世界で営んでいた生活が突如崩壊した農民たちが、右も左も分からない都会に放り出されることによって、果たして人間らしい生活が出来たのか。何にも汚されないのは、清らかなる魂を持つラザロだけだった。その末路は何とも皮肉である。ラザロは言わずもがな、聖書の「ヨハネの福音書」に登場する“復活のラザロ”がモチーフであろう。死後4日経ってキリストの奇跡により生き返ったラザロは、人類全体の罪をキリストが贖罪するため十字架で死に、三日目に復活したことの予兆として解釈されてきた。世界のすべてを一身に受け止め、あるがままを見つめる“聖なる愚者”ラザロの無垢な瞳に、衝撃を受ける。例えば「イワンのばか」のような、トルストイの寓話を彷彿とさせる。あるいは宮沢賢治「アメニモマケズ」のような。忘れがたい映画体験となった。