銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】戦場のメリークリスマス

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映画日誌’21-18:戦場のメリークリスマス
 

introduction:

第2次世界大戦中のジャワの日本軍捕虜収容所を舞台に、日本軍人と英国人俘虜との複雑な関係を描いた異色の人間ドラマ。『愛のコリーダ』の大島渚監督が、デヴィッド・ボウイ坂本龍一ビートたけし内田裕也など俳優業を本業としない国内外のスターをキャスティングし、南アフリカの作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストの短編集『影の獄にて』をもとに映像化した。初の本格的な日英合作となった本作は、第36回カンヌ国際映画祭に出品され話題となったが、グランプリ最有力と言われながら受賞を逃した。2021年4月「4K修復版」でリバイバル公開されたが、2023年に大島渚作品が国立機関に収蔵される予定のため、今回が最後の大規模ロードショーとなる。(1983年 日本,イギリス)
 

story:

1942年、ジャワ島の日本軍俘虜収容所。日本語が流暢な英国軍中佐ロレンスは、粗暴な日本軍軍曹ハラに叩き起こされる。朝鮮人軍属が白人俘虜を犯すという破廉恥な事件が起き、その処分の立会人になるよう求められたのだ。そのことをきっかけに、交流を深めていく二人。一方、ハラ軍曹の上官で、収容所所長で陸軍大尉のヨノイは、ジャカルタの軍事裁判で裁かれていた美しい英国軍少佐セリアズに心を奪われてしまう。ヨノイの計らいによってセリアズは銃殺刑を免れ、収容所に移送されるが...
 

review:

大島渚は、野坂昭如に右フックをお見舞いされてマイクでどつき返した人であり、和製ヌーヴェルヴァーグの旗手として挑戦的な作品を次々と世に送り出し、ゴダールやスコセッシ、北野武など国内外の映画人に多大な影響を与えた巨匠である。その大島監督の代表作『愛のコリーダ』『戦場のメリークリスマス』の4K修復版がこの春、リバイバル公開された。しかも、今回が最後の大規模ロードショーになると聞いては、劇場で観るしかあるまい。実は初めて、きちんとこの作品を観た。
 
この『戦場のメリークリスマス』は、1983年5月に「男たち、美しく」というキャッチコピーで公開されるや、熱狂を巻き起こし大成功を収め、たくさんの「線メリ少女」を生み出した。配給収入は10億円を記録し、大島渚にとって最大のヒット作となる。坂本龍一が手掛けたテーマ曲「Merry Christmas Mr.Lawrence」は映画音楽史上屈指の名曲として、その美しい旋律が今も人々に愛されている。
 
グラムロックのスーパースター デヴィッド・ボウイ、音楽ファンの熱狂的支持を集めていたYMO坂本龍一、 人気絶頂のお笑いタレント ビートたけし。全体未聞の刺激的なキャスティングで、収容所で繰り広げられる男たちの愛憎劇、日本と西洋の文化、価値観、精神の対立と融合が描かれる。職業俳優ではない彼らのぎこちない演技は、却って作品に独特の味わいをもたらした。たけし演じるハラの、粗暴さと同居する聡明で美しい瞳が印象的だ。どこまでも美しくエモーショナルで、そこはかとなく滑稽な映画である。
 
出会った瞬間ボウイに胸キュンする教授はおいといて、菊の御紋が入った煙草をうやうやしく扱う仕草、茶番のような軍法会議、伝統や権威を重んじ異端を排除する不条理、それを正当化するための暴力、狂気、殺気・・・何もかもが、どこか滑稽なのだ。大島渚監督はおそらく、先の大戦が恥ずべき戦争であったことを日本人に突きつけているのかもしれない。戦闘シーンが一切登場しない異色の戦争映画であるが、こんな風に日本軍を描いた日本人の映画監督って他にいるのだろうか。
 
日本特有の全体主義と不寛容——個人は善良だが、「あるべき姿」以外を許容せず、何かとすぐに激昂し、暴力でしか解決できない日本軍の姿が容赦無く描かれる。生き恥をさらすくらいなら腹を切って潔く死ねと言う。生きて勝つと言っている人たちに勝てる訳がない。荒ぶるヨノイを抱きしめて黙らせ、キスで卒倒させるセリアズの圧倒的な力。そりゃ、日本軍は敗けるよな、と。この名場面は、無意識下でセリアズに惹かれていたヨノイの一瞬の動揺と陶酔、絶望までを映し出しており、ベルナルド・ベルトルッチ監督が「映画史上最高に美しいキスシーン」と感嘆したのも頷ける。
 
物語は南アフリカの作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストの短編集『影の獄にて』収録の「影さす牢格子」と「種子と蒔く者」に基づいているが、この作品で一貫して描かれているのは、断罪と贖罪だ。弟への罪の意識に苛まれていたセリアズは自らの命によって、二・二六事件で死に遅れた呵責を背負うヨノイの中に種を蒔いた。この作品を観た一人一人の中にもきっと、なんらかの種が蒔かれているのだろう。あまりにも有名なラストシーン、敗戦で戦犯となったハラがローレンスに見せた、あの無邪気で無垢な瞳に戸惑う、私の中にも。

trailer: