銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】テーラー 人生の仕立て屋

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映画日誌’21-35:テーラー 人生の仕立て屋
 

introduction:

ギリシャアテネを舞台に、廃業の危機に立たされて移動式の仕立て屋を始めた老舗テーラーの2代目が、オーダーメイドのウェディングドレスづくりに奮闘する人間ドラマ。新鋭ソニア・リザ・ケンターマンが監督・脚本を務め、ギリシャで活躍する俳優ディミトリス・イメロスやタミラ・クリエヴァらが出演。第61回テッサロニキ国際映画祭で、ギリシャ国営放送賞、青少年特別審査員賞、国際映画批評家連盟賞の三冠に輝いた。(2020年 ギリシャ,ドイツ,ベルギー)
 

story:

ギリシャの首都アテネで36年間、高級スーツの仕立て屋を父と営んできた寡黙なニコス。不況のあおりを受けて店を銀行に差し押さえられ、そのショックで父が倒れてしまう。崖っぷちに立たされたニコスは、屋台を手作りして移動式の仕立て屋になることを思いつく。しかし路上で高級スーツが売れるはずもなく、途方に暮れてていたある日、ウエディングドレスの注文が飛び込んでくる。これまで紳士服一筋だったニコスは隣人に協力してもらい、ドレスづくりに挑戦するが...
 

review:

ギリシャと言えば、リーマン・ショックからようやく世界経済が立ち直りつつあった2010年、政権交代を発端に旧政権の赤字隠蔽が判明した「ギリシャ危機」が記憶に新しい。経済危機のあおりを受けた厳しい社会情勢に加え、伝統や格式にこだわるあまり時代に取り残されてしまった老舗の紳士服テーラーの、再生の物語である。
 
足踏みミシンのリズミカルな動きとBGMがシンクロして、テーラーの仕事場を映し出していく。冒頭のシーンで引き込まれたのも束の間、ひとつひとつのシーンが冗長でテンポが悪くなっていくのが残念。監督は「次世代のアキ・カウリスマキ」とのことだが、彼の場合はあの徹底的に計算し尽くされた絶対の構図、映像美があるから「間」が持つのである。カメラワークにはこだわっていそうだが、意図がよく分からないカットも多く、残念ながら絵に強さがなかった。
 
とは言え、アテネの街並み、人々の暮らしを垣間見ることができたのは良かった。ギリシャ人ってどんな人たちなんだろうと思って調べてみたところ、代表的な気質としては家族思い、女性を大切にする、フレンドリーでおしゃべり好き、おもてなし好き、時間にルーズ、約束守らない、小さな嘘は当たり前、美意識が高くて綺麗好き、そして意外なことに働き者なんだそうだ。
 
ギリシャでは、遠い親戚を含む家族、友人知人を何百人と招待して盛大な結婚式を挙げるのが習わしとのこと。当然、ウェディングドレスにもこだわるのだろう。レンタルではなく仕立てるのが当たり前なのかもしれない。というわけで繊細で美しいニコスのドレスは大人気になるのだが、不本意ながら引き受けた依頼仕事で思いがけず秘めていた感性が呼び起こされ、才能が開花するようなことが人生にはある。
 
とは言え、紳士服と婦人服では仕立てが基礎から異なるだろうから、隣の奥さんにちょっと手伝ってもらったくらいでは方向転換できないんじゃないかしら。中途半端な色恋沙汰を描くより、ウェディングドレスづくりの四苦八苦や出来上がる過程を掘り下げて、ニコスが職人として人間として成長していく様にフォーカスしたほうが良かった。隣人との人間関係もとっちらかったままで消化不良だが、新しい一歩を踏み出したニコスの幸せを祈りたい。
 

trailer: