銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】カセットテープ・ダイアリーズ

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映画日誌’20-26:カセットテープ・ダイアリーズ
 

introduction:

1987年のイギリスを舞台に、パキスタン移民の少年がブルース・スプリングスティーンの音楽に影響を受けながら成長していく姿を描いた青春ドラマ。原作はパキスタンに生まれ、現在は英国ガーディアン紙で定評のあるジャーナリストとして活躍するサルフラズ・マンズールの自伝的な回顧録「Greetings from Bury Park: Race, Religion and Rock N’ Roll(原題)」。『ベッカムに恋して』などで知られ、自身もインド系移民であるグリンダ・チャーダが監督を務め、『キャプテン・アメリカ』シリーズのヘイリー・アトウェル、『1917 命をかけた伝令』のディーン=チャールズ・チャップマンらが出演する。
 

story:

1987年、イギリスの小さな田舎町ルートンに暮らす、音楽と詩を書くことが好きなパキスタン系の少年ジャベド。SONYウォークマンペット・ショップ・ボーイズを聴きながら自転車を走らせる彼は、この9月からハイスクールに入学する。幼なじみのマットには恋人ができて日々充実した青春を楽しんでいるが、その一方でジャベドは、古臭い慣習や伝統を重んじる父親との確執、閉鎖的な町の中で受ける人種差別に鬱屈と焦燥を抱えていた。そんなある日、モヤモヤをすべてぶっ飛ばしてくれる、ブルース・スプリングスティーンの音楽と衝撃的に出会い、彼の世界は180度変わり始める。
 

review:

SONYウォークマンから流れてくるのは Pet Shop Boys だし、何と言ってもカセットテープだし、『1917 命をかけた伝令』で蝋人形みたいになってたあの子がシティポップバンドのボーカル風でシンセは未来だぜ!とか言ってるし。なんとも甘酸っぱい1980年代の雰囲気に、いたいけな思い出が蘇って赤面したりしつつ、1987年のビルボード洋楽ヒットチャートを確認してみた。1位は The Bangles の ”Walk Like An Egyptian” だった。週末、MTVの1980年代特集でよく見かけるアレか・・・(遠い目)。
 
その年の18位にランクインしており、作中にも出てくる Tiffany の ”I Think We're Alone Now” を再生してみて、ああ、この曲ね!という発見があったりしたが、とにかく、こういう音が全盛期だった。どういう音かはYouTubeという文明の利器で再生するがいい。まあとにかく Pet Shop Boys はいいよね、時代を超えるよね。ジャベド君なかなかセンスがよろしい。と思っていたら、アメリカを背負う国民的アーティスト、ロック界の「ボス」ことブルース・スプリングスティーンに転向、心酔。シブい。
 
親友のお父さんとボスの件で盛り上がって親友を置いてけぼりにするくらいだから、現代の日本に例えるならおそらく、お父さん世代の長渕剛を聴いてる感じなんだと思われる。あるいは尾崎豊なのかもしれない。ちなみに小生、1枚くらいアルバムを持っていたような気がするものの、ブルース・スプリングスティーンにそれほど興味が無かった。でも、この映画を通して、どこかマッチョな印象を持っていた ”Born in the U.S.A.” の本当の意味を知れたことは良かったと思う。それはイギリスに生まれたパキスタン移民2世のジャベドの叫びでもあっただろう。
 
かつてイギリスの植民地であったインド・パキスタン系移民への差別は、映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも描写されていたが、この作品は残酷なほど鮮明にそれが描かれている。作品全体のトーンが明るいので、さほど悲壮感がないのが救いだが、サッチャー時代のイギリスにおいて労働者としても不当な扱いを受け、生きづらい時代だったことがひしひしと伝わってくる。そして、パキスタン人としてムスリムの伝統を頑なに守り、絶対の家長制を強いる父親からの抑圧、親子の確執。鬱屈した毎日のなかで、ブルース・スプリングスティーンの音楽と電撃的に出会い、たくさんの理解者に背中を押されながら、自分の人生を切り開いていくジャベドの姿が頼もしい。青春の疾走感があふれる成長譚と、時代を生き抜く家族の物語に心が温まる作品であった。
 

trailer: