銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】パブリック 図書館の奇跡

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映画日誌’20-25:パブリック 図書館の奇跡
 

introduction:

『ヤングガン』シリーズなどで知られる名優で、『ボビー』『星の旅人たち』など映画監督としても活躍するエミリオ・エステベスが製作、監督、脚本、主演を務めたヒューマンドラマ。実際の新聞記事から着想を得て、大寒波の夜に行き場を失ったホームレスたちに占拠された図書館の顛末を描く。『ブルージャスミン』などのアレック・ボールドウィン、『トゥルー・ロマンス』などのクリスチャン・スレイター、『ネオン・デーモン』のジェナ・マローン、『バスキア』などのジェフリー・ライトらが共演。(2018年 アメリカ)
 

story:

オハイオ州シンシナティ公共図書館で、図書館員を務めるスチュアート。ある日、常連の利用者であるホームレスから「今夜は帰らない。ここを占拠する」と告げられる。記録的な大寒波により凍死者が続出していたが、市の緊急シェルターが満杯で彼らの行き場がなくなってしまったのだ。約70人のホームレスの苦境を察したスチュアートは、出入り口を封鎖して3階に立てこもった彼らと行動を共にする。彼らにとっては、代わりの避難場所を求める平和的なデモのつもりだったが、政治的なイメージアップをもくろむ検察官やメディアのセンセーショナルな偏向報道により、スチュアートは心に問題を抱えた”危険人物”に仕立て上げられてしまう。
 

review:

エミリオ・エステベスは『地獄の黙示録』で知られる名優マーティン・シーンの長男で、チャーリー・シーンの兄。ふと、エステベスという姓どこから出てきたのだ?と思ってググったら、マーティン・シーンは芸名なんだそうだ。本名はラモン・ジェラルド・アントニオ・エステベス、父はスペイン人で母はアイルランド人。ハリウッドデビューした1960年当時は人種差別が色濃く、出自が分かりにくい芸名にしたらしい。
 
パパのうんちくは置いといて、息子エミリオ・エステベスは『ヤングガン』シリーズで俳優としても活躍し、映画監督として素敵な作品を世に送り出している。最初の監督作『ボビー』は、ボビーの愛称で親しまれたロバート・F・ケネディが暗殺された日に、事件が起こったアンバサダーホテルに居合わせた人々を描いた群像劇で、『星の旅人たち』は、放浪の旅に出たまま疎遠になっていた1人息子の遺体を引き取りに行った眼科医が、息子が辿るはずだった聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅に出る物語だ。実父マーティン・シーンが主演しており、息子への深い愛情と後悔と喪失感を抱きながら直向きに歩き続ける父親の姿に、心を鷲掴みにされたのを覚えている。
 
エミリオ・エステベスは、映画に人生の縮図をぎゅっと閉じ込めてみせる。今作では図書館という公共施設を舞台に、社会の縮図を映し出した。公共とはなにか、という大きな問いとともに。貧富の格差が広がる一方のアメリカにおいて、図書館が行き場を失った人々の生命を守る最後の砦となっており、図書館員はソーシャルワーカーのような役割すら負っている。そのことを知ったエミリオ・エステベスが、10年の歳月をかけてこの作品を完成させたのである。
 
街が大寒波に襲われたある日、行き場を失い図書館に居座ったホームレスたちと行動を共にすることを決意した図書館員のスチュアート。市長選を目前に存在感をアピールしたい検事、行方が知れないホームレスの息子を探している交渉人の刑事、特ダネを掴んで視聴率を取りたいメディア。それぞれの思惑が絡み合い、スチュアートの過去が晒され、「平和なデモ」だったはずの占拠は、危険思想人物がホームレスを人質に立てこもっている事件へと仕立て上げられていく。登場人物の背景を丁寧に描き、ドラマを丹念に作り込むことで、作品に重層的な奥行きを生み出すエミリオ・エステベスの手腕はさすがだ。
 
そしてスチュアートは、スタインベックの「怒りの葡萄」を引用し、社会的弱者の存在を世の中に訴える。1939年に刊行された「怒りの葡萄」は、社会に虐げられ、抑圧される貧しき農民たちの窮状を描き出しているが、その内容から非難され、アメリカの多くの図書館で禁書扱いとなった。それがきっかけとなり、1948年にアメリカ図書館協会が「図書館の権利宣言」を採択。誰もが持つ「知る権利」を保障し、表現の自由を守るために検閲を拒否する、という姿勢を明らかにしたのだ。
 
いわば「怒りの葡萄」は「図書館の公共性」の象徴であり、本と図書館に救われたスチュワートがそれを掲げることの重大さを知れば、館長の「図書館は民主主義の最後の砦だ」という叫びが心に深く突き刺さるだろう。図書館では、出身地や肌の色やジェンダーや宗教や思想が何であろうと、大人も、子どもも、ホームレスも、みんな平等。出自を曖昧にするため「マーティン・シーン」という芸名で活躍した名優を父に持つエミリオ・エステベスが、この映画を撮ったことの意味も考えたりする。いかにも彼らしい、やさしさとユーモアにみちた秀作であった。
 

trailer: