銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】英雄は嘘がお好き

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-57
『英雄は嘘がお好き』(2018年 フランス,ベルギー)
 

うんちく

19世紀初頭のフランスを舞台にしたロマンティックコメディ。『アーティスト』でアカデミー賞主演男優賞を受賞したジャン・デュジャルダンと『イングロリアス・バスターズ』『オーケストラ!』のメラニー・ロランが共演。出征した婚約者を待つ妹のために嘘をついた姉の行動が、思わぬ騒動に発展するさまをコミカルに描く。監督は『おとなの恋の測り方』でもジャンと組んだローラン・ティラール。実際に存在する城で撮影がおこなわれ、オリジナルの美しい衣装も見どころ。
 

あらすじ

1809年のフランス、ブルゴーニュ。ボーグラン家の長女エリザベットには、戦地に赴いたまま音沙汰のない婚約者のヌヴィル大尉を待ち続ける妹ポリーヌがいた。傷心で病に臥せってしまった妹を心配したエリザベットは、ヌヴィル大尉のふりをして自分が書いた手紙を妹に届けることに。手紙のおかげでポリーヌは回復するが、調子に乗ったエリザベットはヌヴィル大尉の英雄譚をでっち上げ、最終的に「勇敢に戦って戦死した」ことにしてしまう。ところが、それから3年後のある日、エリザベットは町に戻ってきたヌヴィルと出くわしてしまう...
 

かんそう

「少々のエスプリを効かせたシニカルな笑いが散りばめられた小洒落たフレンチ・コメディ」という形容がぴったりの、理屈抜きでくだらない映画だった(真顔)。部屋でソファに寝転がりながらNetflixで観るくらいで丁度良いんじゃないかな。19世紀フランスの世俗にちょっと触れられるのと、メラニー・ロランが可愛いのと、時折気の利いたセリフの応酬があったり、ふと素敵なシーンが現れたりするのは楽しかったが、風呂敷広げたなら畳まんかい!布石置いたなら回収せんかい!という消化不良。のちのち『おとなの恋の測り方』の監督だと気付いて納得。ただ、劇中でジャン・デュジャルダン演じるヌヴィル大尉が唯一語る真実、オーストリアで彼が身を投じた激戦の描写はリアリティに溢れ、虚構だらけの物語がその時と同じ状況、いわば現実へと転がっていく展開は興味深かった。世界史に少々疎い私は、時代背景を予習あるいは復習しないと1809年のフランスと言われてもすぐにピンとこないのだが、なるほどナポレオンによるヨーロッパ征服の戦争が繰り広げられていた頃なんだな。ついでに19世紀初頭のフランスにおける人々の生活や文化を数珠つなぎに調べてみたら、食事は1日2回で手掴み、お風呂に入らない文化、道端や河川には大量のゴミや腐敗物、馬や人の糞尿、放置される死体、街中にも民家にも宮殿にも立ち込めるさまざまの悪臭、気つけ薬ってなんだよって思ってたけどなるほど悪臭で気絶しそうな時に嗅いでたんだね・・・。現代に生まれて良かった・・・。
 

【映画】ボーダー 二つの世界

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-56
『ボーダー 二つの世界』(2018年 スウェーデン,デンマーク)
 

うんちく

ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが原作と共同脚本を手掛け、イラン系デンマーク人の新鋭アリ・アッバシが監督を務めた幻想的なミステリー。出演はエヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ。本年度アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネート、第54回スウェーデンアカデミー賞で作品賞をはじめ最多6部門を受賞し、第71回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」でグランプリを受賞した。各国の映画祭で「ショッキング過ぎる」と物議を醸したシーンがあるが、製作者の意向を汲み、無修正での日本公開が決定した。
 

あらすじ

スウェーデンの税関職員ティーナは、渡航者の違法な所持品を嗅ぎ分ける特殊能力を持っていたが、生まれつきの醜い容姿に悩まされ孤独な人生を送っていた。ある日、彼女は勤務中に風変わりな旅行者ヴォーレと出会う。ヴォーレに対し本能的に何かを感じ取ったティーナは、後日、彼を自宅に招いて離れを宿泊先として提供することに。次第にボーレに惹かれていくティーナだったが、彼にはティーナの出生にも関わる大きな秘密があった...
 

かんそう

IKEAの国から届いた問題作。何を書いてもネタバレになるのでうっかり何にも書けやしないが、しかし凄まじい作品。こんなの初めてよ。スウェーデンIKEAだけじゃないのよ。私の浅はかな知識で思うことには、北欧と日本って感覚的な部分がちょっと似ている。うまく言語化できないけど、日本神話がやたらと生々しいことだとか、そういう原始的な部分だ。北欧の森は深いなぁ(語彙力)。人間の羞恥心や罪悪感を嗅ぎ分ける嗅覚を持ち、生まれつきの醜い容姿によって孤独と疎外を強いられてきた税関職員のティーナが、奇妙な旅行者ヴォーレとの出会いによって運命が狂わされていく物語だ。何となく違和感を感じる、「異形のもの」を形作るための特殊メイクがあまりにもリアルで唸らされた。予告をチラ見して、そういう顔立ちの俳優さんかと呑気に思っていたら、女優さんの面影一切ないやんけ・・・。クリスチャン・ベイルも驚きの20キロ増量と1日4時間の特殊メイクで、フリークスと呼ぶにふさわしい野性味あふれる容貌を作り出し、それが人間社会にも溶け込んでいる様子は見事。実際、撮影時には大変な苦労があったそうだ。獣の息遣いや森の匂いまで伝わってくるような緻密で生々しい描写、そして衝撃的な「例の」場面に息を呑む。幻想世界を独創的なリアリズムで描き、詩的でありながら何ひとつ美しくない、グロテスクで獰猛な映像世界に辟易する。しかし、その美しいもの、美しくないものを切り分けているものは何だろう、と思ってしまうのだ。長い歴史のなかで形成されてきた世界のかたち、スタンダード、あるいは常識だと思っていることは、本当にそれが当たり前なのか。民族、人種、性別、美醜、文化、習慣、善悪、ありとあらゆるものの境界線は、本当にそれが正しいのか。異質なものとして排除され虐げられ、二つの世界のボーダーで揺れ動く彼らの姿を通して、我々が見えている世界は「多勢」が勝手に作ったものだと知る。ティーナはこの世界で、幸せになっただろうか。誰にもお勧めできないけど、私はこの作品のことを忘れないだろう。
 

【映画】イエスタデイ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-55
『イエスタデイ』(2019年 イギリス)
 

うんちく

トレインスポッティング』『スラムドッグ$ミリオネア』のダニー・ボイル監督と、『ラブ・アクチュアリー』などの脚本家リチャード・カーティスがタッグを組み、自分以外は「ザ・ビートルズ」の存在を知らないパラレルワールドになってしまったミュージシャンの姿を描いたドラマ。新星ヒメーシュ・パテルが主演を務め、『シンデレラ』『マンマ・ミーア! ヒア・ウィ・ゴー』などのリリー・ジェームズ、『ゴーストバスターズ』などのケイト・マッキノンのほか、世界的人気アーティストのエド・シーランが本人役で出演する。
 

あらすじ

イギリスの小さな海辺の町サフォーク。シンガーソングライターのジャックは、幼なじみで親友のエリーの献身的に支えられてきたがまったく売れず、音楽で成功する夢を諦めようとしていた。そんなとき、世界規模で12秒間の大停電が起き、それが原因でジャックは交通事故に遭遇。昏睡状態から目覚めてみると、史上最も有名なバンド、「ザ・ビートルズ」が存在しない世界になっていた。彼らの名曲を覚えているのはジャックだけになってしまったが...
 

かんそう

トレインスポッティング』の斬新な映像と音楽で世界にインパクトを与え、『スラムドッグ$ミリオネア』で作品賞を含むアカデミー賞8部門に輝いたダニー・ボイル監督と、『ラブ・アクチュアリー』『ブリジット・ジョーンズの日記』などユニークな設定のロマンチック・コメディを世に送り出してきた脚本家リチャード・カーティスが初めて手を組んだのよ。ダニー・ボイルの音楽とリンクしたスタイリッシュな映像が大好物で、毎年クリスマスイブに1人で泣きながら『ラブ・アクチュアリー』を観ていた身としては、公開が楽しみ過ぎて楽しみ過ぎて、勝手に盛り上がり過ぎた。もうちょっとダニー・ボイルとリチャード・カーティの化学反応起きて欲しかった、というのが正直なところだが、それは欲張り過ぎというものだろう。リチャード・カーティスが紡ぎ出す優しい世界は人々を笑顔にし、ダニー・ボイルが織り成す魅力的な映像世界は我々を惹きつけてやまない。そしてビートルズは偉大。ビートルズのことはもちろん知っているし、ビートルズの珠玉の名曲の数々はいくらでも聴いたことはあるが、特別にファンというわけではない。それでも、物語の中でビートルズのナンバーを初めて聴く人々と同じ高揚感を味わいつつ、ビートルズの音楽が持つ圧倒的な力を思い知ることができた。路上、ライブハウス、ウェンブリー・スタジアムに至るまで、ライブ演奏での撮影を貫いたダニー・ボイルのこだわり、ジャックを演じたヒメーシュ・パテルの優れたパフォーマンスの賜物でもある。ジャックのオリジナルソングは誰が聴いてもイケてないし、何なら見た目も野暮ったくて冴えない。そんなジャックを金の卵として磨き上げ、スターダムに押し上げようとする音楽業界の面々が描かれるが、それはアーティストの存在よりマーケティングやイメージ戦略が先行し、楽曲の良し悪しより売り方次第、という現代の音楽シーンに対するアイロニーを孕んでいて興味深い。そして俳優としてのエド・シーランがいい仕事してた。当初はコールドプレイのクリス・マーティンのキャスティングを想定していたらしいのだけど、エド・シーランで本当に良かったと思う。クリス演技出来なさそう。でもって、ビートルズのフォロワーだの再来だの言われているOASISの存在まで消えていたのには思わず笑ってしまった。他にも音楽ファンの心をくすぐる小ネタがたくさん仕込まれていて、とても素敵な作品だったよ!たぶん。
 

【映画】ジョーカー

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-54
『ジョーカー』(2019年 アメリカ)
 

うんちく

DCコミックスバットマン」の悪役として広く知られるジョーカーの誕生を、原作にはないオリジナルストーリーで映画化。これまでジャック・ニコルソンヒース・レジャー、ジャレット・レトらが演じてきたジョーカーを、『ザ・マスター』『her/世界でひとつの彼女』などのホアキン・フェニックスが演じ、名優ロバート・デ・ニーロが共演している。『ハングオーバー』シリーズなどのトッド・フィリップスが監督を務め、『ザ・ファイター』などのスコット・シルヴァーがフィリップス監督と共に脚本を担当。第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、最高賞の金獅子賞を受賞した。
 

あらすじ

1980年代のゴッサム・シティ。心の優しい孤独な男アーサーは、「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、コメディアンを目指している。母の介護をする傍ら大道芸人の仕事をしているが、彼自身も幼い頃から感情が高ぶると反射的に笑いだすトゥレット障害を持っており、社会生活に困難を抱えていた。そんなある日、仕事中に路上で不良少年たちから暴行を受けたあげく仕事道具の看板を壊されてしまったアーサー。この些細な出来事をきっかけに、彼の人生が変わり始めるが...
 

かんそう

ホアキン・フェニックスは、特に好んで出演作を観る俳優だ。という前置きをした上で、ホアキン・フェニックスの普通とは言い難い生い立ち(色眼鏡なのかもしれないが)について言及したい。彼には4歳年上の兄リバー・フェニックスがいるが、人気絶頂の23歳のとき、ホアキンの目の前でオーバードーズにより命を落としている。遡ると、彼らの父ジョン・リー・ボトムは、交通事故で重度の脳障害を抱えた母親とともに実父に捨てられている。そして13歳で麻薬と飲酒に溺れ、16歳で事故に遭い障害を抱えてしまう。やり場の無い怒りを抱えたジョンは、社会への怒りを爆発させていた女性アーリーンと出会い、意気投合。LSDにはまり、農場などで日銭を稼ぎながらヒッピーコミューンを転々としているときに長男リバーが生まれている。その後、麻薬を断ち切るためカルト集団「神の子供たち」に入信。フリーセックスを掲げる教団内の子供たちは、大人たちによって性的に虐待されており、リバーも4歳でレイプされたことをのちに告白している。幸いにもホアキンが4歳のときに教団から離れているが、アメリカに戻った一家は困窮し、子どもたちが街頭で歌や演奏をおこない金銭を恵んでもらう生活を送っている。そのような歪んだ環境で生まれ育ったホアキンが背負ってきたものなど、想像もつかない。何が言いたいかって、この作品のすべては、ホアキン・フェニックスが全身全霊をかけて放つ狂気に他ならない、ということだ。もともと狂気のなかにいた人間が社会の不条理に飲み込まれ、その狂気ゆえの妄想を増幅させ、異形のものに成り果て堕ちていく。やがて「歪んだユーモアを持つサディスティックなサイコパス」と呼ばれることになるスーパーヴィランの誕生を、どこまでも自然な振る舞いのなかで演じることが出来るのはホアキン・フェニックス以外にいないだろう。長い長い階段を登る重い足取り、駆け下りるときの軽やかなステップ。私たちはそれを見せつけれられただけだ。クリストファー・ノーラン監督の傑作『ダークナイト』シリーズをまた観たくなった。
 

【映画】ホテル・ムンバイ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-53
『ホテル・ムンバイ』(2018年 オーストラリア,アメリカ,インド)
 

うんちく

2008年に起きたムンバイ同時多発テロで、テロリストに占拠されたタージマハル・パレス・ホテルに閉じ込められた500人以上の宿泊客と、彼らを救おうと奔走したホテル従業員たちの姿を描いたドラマ。本作が長編映画デビュー作となるアンソニー・マラスが監督と脚本を務め、主演は『スラムドッグ$ミリオネア』『LION/ライオン ~25年目のただいま~』などのデヴ・パテル。『君の名前で僕を呼んで』などのアーミー・ハマー、イラン出身の英国女優ナザニン・ボニアディ、『世界にひとつのプレイブック』インドを代表する俳優アヌパム・カー、『ブラックホーク・ダウンジェイソン・アイザックスらが共演している。
 

あらすじ

インドの巨大都市ムンバイ。臨月の妻と幼い娘と暮らす青年アルジュンは、街の象徴でもある五つ星ホテル、タージマハルで、厳しいオベロイ料理長のもと給仕として働いていた。ところが2008年11月26日、武装したテロリスト集団によってホテルが占拠されてしまう。500人以上の宿泊客と従業員を銃弾が襲う中、1300キロ離れたニューデリーから特殊部隊が到着するまでに数日かかるという絶望的な報せが届く。アルジュンら従業員は、「ここが私の家です」とホテルに残り、宿泊客を救う道を選ぶが...
 

かんそう

2008年11月26日夜から11月29日朝にかけて、インド・ムンバイで外国人向けのホテルや駅など複数の場所がイスラム過激派と見られる勢力に銃撃、爆破され、200名を超える死者が出たムンバイ同時多発テロを覚えているだろうか。日本人も一名、犠牲となっている。その標的の中心となった五つ星ホテル、タージマハル・パレス・ホテルのなかで何が起こっていたのかを描いている。当初はアルカイダが関与しているのではないかとの憶測もあったそうだが、実際にはインド過激派グループによる可能性が高いとのことだ。実行犯たちは貧困層出身で、生まれた土地の外のことは何も知らないようなナイーブな若者たちだったらしい。まだアイデンティティも確立していないような少年たちが、信仰心や家族への愛情を利用されテロの実行犯となり、何の躊躇いもなく人を撃ち殺す表情に戦慄する。絶え間なく容赦ない銃撃音と爆発音が鳴り響く臨場感のなか、いくつもの凄惨な場面を目の当たりにし、生死の境目で極限状態にある人々の心理描写も生々しく、張り詰める緊迫感とともに無差別テロの恐怖の渦に巻き取られてしまう。しかし、どうしても『ホテル・ルワンダ』と見比べてしまうし、そうすると少々奥行きが足りないと感じてしまう。マラス監督曰く「文化的、人種的、民族的、宗教的、経済的な隔たりを超えて団結することでより良い世界になるという概念」について、どこか描き切れていない印象。そんでもって、赤ん坊と離れ離れになってしまった夫婦、ホテルに逃げ込んできたバックパッカー、ホテルの従業員たち、地元警察の面々・・・と、さまざまなドラマが描かれる群像劇であるがゆえに、主人公アルジュンを演じたデヴ・パテルの存在感が薄く、全く感情移入しないのである。デヴ・パテルの無駄遣い。とは言え、いまも世界中でこの悲劇が起きているという現実を知るべきだ、という点では、観るに値する作品だろう。
 

【映画】パリに見出されたピアニスト

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-52
『パリに見出されたピアニスト』(2018年 フランス,ベルギー)
 

うんちく

恵まれない境遇で生まれ育った青年と、彼のピアニストとしての才能を見出した教師たちの交流を描いたヒューマンドラマ。リュック・ベッソンギョーム・カネ作品で助監督として研鑽を積み、本作が長編作品3作目となるルドヴィク・バーナードが監督を務める。主演はフランス映画界のサラブレッド、ジュール・ベンシェトリ。『神々と男たち』などのランベール・ウィルソン、『イングリッシュ・ペイシェント』などのクリスティン・スコット・トーマスが脇を固める。
 

あらすじ

パリの主要ターミナル、北駅に置かれた一台のピアノ。そのピアノを弾くことが、マチューの密かな楽しみだった。決して裕福とは言えない家庭で育ったマチューは、幼い頃にふとしたきっかけでピアノと出会い、誰にも内緒で練習していたのだ。ある日、パリの名門音楽学コンセルヴァトワールパリ国立高等音楽院)でディレクターを務めるピエールが偶然そこを通りかかり、マチューの才能に強く惹かれた彼は、ピアニストとして育てたいと声を掛ける。乗り気ではないマチューだったが、その後仲間と一緒に盗みに入ったことで逮捕されてしまい、実刑を免れるためコンセルヴァトワールで公益奉仕をすることに。そしてピエールの強い勧めによって、“女伯爵”と呼ばれるピアノ教師エリザベスのレッスンを受けることになるが...
 

かんそう

貧しい母子家庭で育ち、仲間と盗みを繰り返して何度も警察の厄介になっている不良少年が、パリの名門音楽学コンセルヴァトワールのディレクターに見出され、紆余曲折しながらピアニストとして成長していく物語である。「EMINEM WORLD TOUR」って部屋に貼ってるけど本当はピアノが大好きな不良少年マチュー、フランスを代表する大女優イザベル・ユペールが主演している『アスファルト』という群像劇で、イザベル・ユペールの向かいに住んでいた美少年だ。イケてない角刈りで気付かなかったよ。『アスファルト』はとても素敵な映画だよ。さて、観ているときはそれなりに面白く観たような気がするのだが、冷静に振り返ってみると、ストーリーは凡庸の極みで奥行きがなく、そのうえ予定調和にも程がある。たいへんツッコミどころが多い作品で、教師には全身全霊で反抗するのに、気になる女の子には「ありがと(俺がんばる)♡」って、キャラクターがブレすぎである。んでもって一応ピアニストなのに遊び方が危険ーーー!女子のほう、君もコンセルヴァトワールの学生やろ!国際ピアノコンクール前に怪我させる気か。そして極め付けは、コンクール当日までフルオーケストラと練習したことない子がぶっつけ本番で(閉口)。ああそうか、これはもしかしてファンタジーなのかしらと思ったら、穏やかな気持ちで大好きなラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調」を聴くことができた。感動のクライマックス、私の心が震えたのはドラマチックでロマンチックなラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調」の圧倒的な美しさによるものだったと気付いたのは、エンドロールが終わり、劇場の灯りが点いたときである。結論、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調」は偉大。気持ちが昂ぶってラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調」って3回も書いてしまった。あー死ぬまでに生のオーケストラ演奏で聴きたい。ラフマニノフが第二番を作曲したときのエピソードがストーリーに絡まっていくところが素敵。あと、子どもの頃のマチューにピアノを教えてくれた老先生、晩年のシーモアバーンスタインを彷彿とさせる雰囲気でよかったな。
 

【映画】アド・アストラ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-51
『アド・アストラ』(2019年 アメリカ)
 

うんちく

ブラッド・ピットトミー・リー・ジョーンズが共演し、太陽系の彼方で消息を絶った父親を捜索するため宇宙へと旅立つ宇宙飛行士を描いたSFサスペンス。『エヴァの告白』などのジェームズ・グレイが監督を務め、撮影は『インターステラー』などにも参加していたホイテ・バン・ホイテマ。ブラッド・ピット率いるプランBエンターテインメントが製作に名を連ね、ピットはプロデューサーも務めている。『ラビング 愛という名前のふたり』などのルース・ネッガ、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどのリヴ・タイラー、『ハンガー・ゲーム』シリーズなどのドナルド・サザーランドらが出演。
 

あらすじ

時は近い未来。地球外知的生命体の探求に人生を捧げ、著名な宇宙飛行士である父クリフォードの姿を見て育ったロイ・マクブライドは、自らも宇宙飛行士の道を選ぶ。しかし、その父は地球外生命体の探索船に乗り込んだ16年後、地球から43億キロ離れた海王星付近で消息を絶っていた。時が流れ、優秀な宇宙飛行士として活躍するロイに、軍上層部から父クロフォードが生きているという情報がもたらされる。さらに、父が進めていた「リマ計画」が太陽系を滅亡させる危険を孕んでいることを知ったロイは、軍の依頼を受けて宇宙へと旅立つが...
 

かんそう

第76回ベネチア国際映画祭でお披露目されると、世界中のメディアや批評家たちは軒並み高評価を送り、「ブラッド・ピット史上最高の演技」と称賛が集まったそうだ。そんな前評判を眺めているうちに、「よくもまあ、こんな難しいオファーを受けたものだ。」という記事を見つけて椅子から転がり落ちそうになった。優れた映画プロデューサーでもあるブラッド・ピット率いる”PLAN B”が製作してるんだから当たり前だし、そんなことは映画ファンなら誰でも知っている。PLAN Bは『それでも夜は明ける』『ムーンライト』『バイス』など、ここには書ききれないほどたくさんの優れた、且つエッジの効いた作品を世に送り出している。PLAN Bの作品だと言われれば、それだけで期待に胸が膨らむし、PLAN Bが宇宙をどう描くのか興味津々だった。舞台は少し先の未来。観光や商用で月に行くことが当たり前の世界になっており、月へはエアポートから出発する。運行はバージン航空だったりして、宇宙船や宇宙服の仕様などは現在と変わらず、妙にリアリティがある。とは言え、全体的にSF的なエンターテイメント性は低め。ホイテ・バン・ホイテマによるフィルム撮影の映像美も手伝って、硬質な手触りの、哲学的で味わい深い作品だった。任務中に行方不明になった父を追う息子と言えば『地獄の黙示録』を思い出す。『2001年宇宙の旅』+『地獄の黙示録』+『ゼロ・グラビティ』とはよく言ったものだ。父の足跡をたどりながら、自己と向き合う息子の成長譚。その移ろいゆく心情を、つぶさに体現してみせたブラッド・ピットの演技が実に見事。タイトルの「アド・アストラ」は「to the stars」を意味するラテン語だ。星の彼方、その先にたどり着いた場所でプラッド・ピットが見せた表情に、長い長い旅路のすべてが集約されている気がした。記憶に残る良作。