銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ジョーカー

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-54
『ジョーカー』(2019年 アメリカ)
 

うんちく

DCコミックスバットマン」の悪役として広く知られるジョーカーの誕生を、原作にはないオリジナルストーリーで映画化。これまでジャック・ニコルソンヒース・レジャー、ジャレット・レトらが演じてきたジョーカーを、『ザ・マスター』『her/世界でひとつの彼女』などのホアキン・フェニックスが演じ、名優ロバート・デ・ニーロが共演している。『ハングオーバー』シリーズなどのトッド・フィリップスが監督を務め、『ザ・ファイター』などのスコット・シルヴァーがフィリップス監督と共に脚本を担当。第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、最高賞の金獅子賞を受賞した。
 

あらすじ

1980年代のゴッサム・シティ。心の優しい孤独な男アーサーは、「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、コメディアンを目指している。母の介護をする傍ら大道芸人の仕事をしているが、彼自身も幼い頃から感情が高ぶると反射的に笑いだすトゥレット障害を持っており、社会生活に困難を抱えていた。そんなある日、仕事中に路上で不良少年たちから暴行を受けたあげく仕事道具の看板を壊されてしまったアーサー。この些細な出来事をきっかけに、彼の人生が変わり始めるが...
 

かんそう

ホアキン・フェニックスは、特に好んで出演作を観る俳優だ。という前置きをした上で、ホアキン・フェニックスの普通とは言い難い生い立ち(色眼鏡なのかもしれないが)について言及したい。彼には4歳年上の兄リバー・フェニックスがいるが、人気絶頂の23歳のとき、ホアキンの目の前でオーバードーズにより命を落としている。遡ると、彼らの父ジョン・リー・ボトムは、交通事故で重度の脳障害を抱えた母親とともに実父に捨てられている。そして13歳で麻薬と飲酒に溺れ、16歳で事故に遭い障害を抱えてしまう。やり場の無い怒りを抱えたジョンは、社会への怒りを爆発させていた女性アーリーンと出会い、意気投合。LSDにはまり、農場などで日銭を稼ぎながらヒッピーコミューンを転々としているときに長男リバーが生まれている。その後、麻薬を断ち切るためカルト集団「神の子供たち」に入信。フリーセックスを掲げる教団内の子供たちは、大人たちによって性的に虐待されており、リバーも4歳でレイプされたことをのちに告白している。幸いにもホアキンが4歳のときに教団から離れているが、アメリカに戻った一家は困窮し、子どもたちが街頭で歌や演奏をおこない金銭を恵んでもらう生活を送っている。そのような歪んだ環境で生まれ育ったホアキンが背負ってきたものなど、想像もつかない。何が言いたいかって、この作品のすべては、ホアキン・フェニックスが全身全霊をかけて放つ狂気に他ならない、ということだ。もともと狂気のなかにいた人間が社会の不条理に飲み込まれ、その狂気ゆえの妄想を増幅させ、異形のものに成り果て堕ちていく。やがて「歪んだユーモアを持つサディスティックなサイコパス」と呼ばれることになるスーパーヴィランの誕生を、どこまでも自然な振る舞いのなかで演じることが出来るのはホアキン・フェニックス以外にいないだろう。長い長い階段を登る重い足取り、駆け下りるときの軽やかなステップ。私たちはそれを見せつけれられただけだ。クリストファー・ノーラン監督の傑作『ダークナイト』シリーズをまた観たくなった。