銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ホテル・ムンバイ

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’19-53
『ホテル・ムンバイ』(2018年 オーストラリア,アメリカ,インド)
 

うんちく

2008年に起きたムンバイ同時多発テロで、テロリストに占拠されたタージマハル・パレス・ホテルに閉じ込められた500人以上の宿泊客と、彼らを救おうと奔走したホテル従業員たちの姿を描いたドラマ。本作が長編映画デビュー作となるアンソニー・マラスが監督と脚本を務め、主演は『スラムドッグ$ミリオネア』『LION/ライオン ~25年目のただいま~』などのデヴ・パテル。『君の名前で僕を呼んで』などのアーミー・ハマー、イラン出身の英国女優ナザニン・ボニアディ、『世界にひとつのプレイブック』インドを代表する俳優アヌパム・カー、『ブラックホーク・ダウンジェイソン・アイザックスらが共演している。
 

あらすじ

インドの巨大都市ムンバイ。臨月の妻と幼い娘と暮らす青年アルジュンは、街の象徴でもある五つ星ホテル、タージマハルで、厳しいオベロイ料理長のもと給仕として働いていた。ところが2008年11月26日、武装したテロリスト集団によってホテルが占拠されてしまう。500人以上の宿泊客と従業員を銃弾が襲う中、1300キロ離れたニューデリーから特殊部隊が到着するまでに数日かかるという絶望的な報せが届く。アルジュンら従業員は、「ここが私の家です」とホテルに残り、宿泊客を救う道を選ぶが...
 

かんそう

2008年11月26日夜から11月29日朝にかけて、インド・ムンバイで外国人向けのホテルや駅など複数の場所がイスラム過激派と見られる勢力に銃撃、爆破され、200名を超える死者が出たムンバイ同時多発テロを覚えているだろうか。日本人も一名、犠牲となっている。その標的の中心となった五つ星ホテル、タージマハル・パレス・ホテルのなかで何が起こっていたのかを描いている。当初はアルカイダが関与しているのではないかとの憶測もあったそうだが、実際にはインド過激派グループによる可能性が高いとのことだ。実行犯たちは貧困層出身で、生まれた土地の外のことは何も知らないようなナイーブな若者たちだったらしい。まだアイデンティティも確立していないような少年たちが、信仰心や家族への愛情を利用されテロの実行犯となり、何の躊躇いもなく人を撃ち殺す表情に戦慄する。絶え間なく容赦ない銃撃音と爆発音が鳴り響く臨場感のなか、いくつもの凄惨な場面を目の当たりにし、生死の境目で極限状態にある人々の心理描写も生々しく、張り詰める緊迫感とともに無差別テロの恐怖の渦に巻き取られてしまう。しかし、どうしても『ホテル・ルワンダ』と見比べてしまうし、そうすると少々奥行きが足りないと感じてしまう。マラス監督曰く「文化的、人種的、民族的、宗教的、経済的な隔たりを超えて団結することでより良い世界になるという概念」について、どこか描き切れていない印象。そんでもって、赤ん坊と離れ離れになってしまった夫婦、ホテルに逃げ込んできたバックパッカー、ホテルの従業員たち、地元警察の面々・・・と、さまざまなドラマが描かれる群像劇であるがゆえに、主人公アルジュンを演じたデヴ・パテルの存在感が薄く、全く感情移入しないのである。デヴ・パテルの無駄遣い。とは言え、いまも世界中でこの悲劇が起きているという現実を知るべきだ、という点では、観るに値する作品だろう。