銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】20センチュリー・ウーマン

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’17-31
20センチュリー・ウーマン』(2016年 アメリカ)
 

うんちく

自身の父親を題材にした前作『人生はビギナーズ』が絶賛されたマイク・ミルズ監督が、自身の母親をテーマに制作したヒューマンドラマ。1970年代末の南カリフォルニアを舞台に、15歳の反抗期の息子と自由奔放なシングルマザーの親子、彼らを取り巻く人々のひと夏の物語を描き、第89回アカデミー賞において脚本賞にノミネートされた。『キッズ・オールライト』などのアネット・ベニングが主演を務め、『フランシス・ハ』などのグレタ・ガーウィグ、『ネオン・デーモン』などのエル・ファニングらが共演。
 

あらすじ

1979年のカリフォルニア州サンタバーバラ。シングルマザーのドロシアは、思春期を迎える15歳の息子ジェイミーの教育に悩んでいる。息子の身を案じたドロシアはある日、下宿人の写真家アビーと、近所に住むジェイミーの幼なじみのジュリーに「複雑な時代を生きるのは難しい。彼を助けてやって」と相談する。不安定なジュリーは相変わらずジェイミーを翻弄し続け、パンクやニュー・ウェイブウーマンリブの洗礼を受けたアビーはジェイミーにポップ・カルチャーとフェミニズムを授けるが…
 

かんそう

とにかく心地よい。どこを切り取っても、映像と音楽が素敵なのだ。70年代の街並み、インテリア、車、ファッション、カルチャー。当時の南カリフォルニアの空気感がノスタルジックに伝わってくる。20世紀後半の世相を描くドキュメンタリーのように、リアルな日常の描写を積み上げていく。大恐慌時代を生き抜いた55歳のシングルマザードロシア、24歳のパンクな写真家アビー、セラピストの母親の呪縛に苦しむジュリーの3人はそれぞれ「20世紀を生きた女性」の象徴だ。抑揚気味なのにエモーショナルな演出、気が利いた、それでいて無駄のない脚本が良い。キャストも絶妙で、アネット・ベニングを筆頭に俳優の演技が素晴らしい。父親を題材に描いた前作『人生はビギナーズ』も良かったけれど、本作がマイク・ミルズ監督のマスターピースとなるだろう。
 

 

【映画】ローマ法王になる日まで

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’17-30
ローマ法王になる日まで』(2015年 イタリア)
 

うんちく

第266代ローマ法王フランシスコ、史上初めて中南米出身のカトリック教会長となったホルヘ・マリオ・ベルゴリオの激動の半生を、事実に基づき映画化。ビデラ軍事独裁政権下のブエノスアイレスで、苦悩しながらも貧しさや困難にあえぐ人々に寄り添い、信念を貫く姿を描く。『我らの生活』のイタリアの名匠ダニエーレ・ルケッティが監督を務め、「タンゴの幻影」で知られるスペイン出身のアルトゥーロ・カルデラスの音楽が作品を彩る。主演のベルゴリオを演じたのは『モーターサイクル・ダイアリーズ』のロドリゴ・デ・ラ・セルナ。 
 

あらすじ

2013年、コンクラーベ(法王選挙)のためにバチカンを訪れたベルゴリオ枢機卿。運命の瞬間を目前に、自らの半生を振り返り始める。1960年、ブエノスアイレスの大学で化学を学んでいたべルゴリオは、20歳にして家族や友人、恋人と別れ、神に仕えることを決意。イエズス会に入会すると35歳の若さで管区長に任命される。ときはビデラ大統領による軍事独裁政権下にあり、多くの市民が反勢力の嫌疑で捕らえられ、ベルゴリオの仲間や友人も次々と命を奪われていく苦難の時代であった…。
 

かんそう

サッカー(「サンロレンソ」の大ファン)とアルゼンチンタンゴをこよなく愛し、ローリング・ストーン誌の表紙を飾った”ロックスター法王”こと、南米出身者として初めてローマ法王に選出されたホルヘ・マリオ・ベルゴリオの人生を描いた作品だ。軍事による独裁政権下にあった1970年代アルゼンチンの様子も含めて、映画というより史実として非常に興味深く観た。おそらく意図して、過剰にドラマチックに描くことを避けているのだろう。劇中ショッキングな出来事も描写されているが、何しろ演出があっさりと淡白で抑揚に欠けるのだ。睡魔が静かに歩み寄ってくる。うう。お願いもうちょっと盛り上がって。映画として面白かったかと言われたら否、しかしながら、ホルヘという青年が光に導かれて苦難の道を歩み、辿り着くべき場所に辿り着くさまは感動。宗教色の強い映画ではないのでご安心を。
 

【映画】光をくれた人

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’17-29
『光をくれた人』(2016年 アメリカ,オーストラリア,ニュージーランド)
 

うんちく

傑作『ブルー・バレンタイン』の監督デレク・シアンフランスが、世界40か国以上でセンセーションを巻き起こしたオーストラリアの作家M・L・ステッドマンのベストセラー「海を照らす光」を映画化。二つの大洋がぶつかる大海の孤島というロケーションで共同生活を送りながら撮影された。主演は『それでも夜は明ける』『スティーブ・ジョブズ』でアカデミー賞に2度ノミネートされているマイケル・ファスベンダーと『リリーのすべて』でアカデミー賞助演女優賞に輝いたアリシア・ヴィキャンデル。『ナイロビの蜂』でオスカーを手にした名女優レイチェル・ワイズが共演。
 

あらすじ

1918年、トム・シェアボーンは戦争の英雄として帰国したが、心に深い傷を負い、人生のすべてを拒むかのようにオーストラリア西部バルタジョウズ岬から160キロも離れた絶海に浮かぶ孤島、ヤヌス島の灯台守の仕事につく。その後、正式契約を結ぶためバルタジョウズの町へと戻ったトムは、その土地の名士の娘イザベルと出会う。美しく、眩しいほどの生命力に輝いているイザベルとの出会いが、自分の人生に光を取り戻させてくれたことに気付いたトムは、彼女に感謝の手紙を送る。やがて彼らは結ばれ、孤島で新婚生活を始めるが...
 

かんそう

邦題がさぁ、イマイチあざといのだよ。その手に乗るか!と思いつつ、マイケル・ファズベンダーに乗せられて観に行った。この邦題だと、あ、そっち系の映画ね〜って思われがちで勿体無い。確かに夫婦の愛についても描かれているが、この作品のキモはそこじゃない。今ある幸せと抱き合わせの罪悪感と葛藤し、良心の呵責に苦しむ人間の姿と、そのエゴイズムの末路である。何が素晴らしいかと言うと、アリシア・ヴィキャンデルら俳優の演技。っていうか、この共演をきっかけに恋に落ちたらしいので、二人の間に流れる微笑ましい空気も納得。さすがリアリティを追い求めるシアンフランス監督と思ってたけど、リアルじゃねぇか。しかしそれだけに、イザベルが気付きを得てから終盤の駆け足感がちょっと残念。俊足過ぎて、何がなんやらと思っているうちに時間がワープする。いやそこもうちょっと丁寧に描こうよって思うくらいには、全体の構成においてバランスに欠ける。とは言え、この物語を巡るそれぞれの幸福と苦悩、喜びと哀しみが丁寧に描かれていて、切なく胸が締め付けられる。良作。
 

【映画】メッセージ

 
劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’17-28
『メッセージ』(2016年 アメリカ)
 

うんちく

SF映画の金字塔『ブレードランナー』の続編の監督に抜擢されたドゥニ・ヴィルヌーヴが、優れたSF作品に贈られるネビュラ賞を受賞したアメリカ人作家テッド・チャンによる小説「あなたの人生の物語」を原作に映画化。独特の映像美と世界観で、まったく新しいSF作品を生み出した。主演は『アメリカン・ハッスル』を含め5度アカデミー賞にノミネートされたエイミー・アダムス、『ハート・ロッカー』など2度アカデミー賞にノミネートされたジェレミー・レナー、『ラストキング・オブ・スコットランド』などのフォレスト・ウィテカーらが共演。
 

あらすじ

突如地上に降り立った、巨大な球体型宇宙船。世界中が不安と混乱に包まれる中、謎の知的生命体と意志の疎通をはかるために軍に雇われた言語学者のルイーズは、彼らが人類に何を伝えようとしているのか探っていく。試行錯誤しながら彼らが使う言葉を解読するうちに、彼女は時間を遡るような不思議な感覚体験をするようになる。やがて知的生命体「ヘプタポッド」との対話が進むにつれ、彼らが地球を訪れた理由と、人類へのメッセージが判明し...
 

かんそう

言わずもがな、例のアレが「ばかうけ」にそっくりなことで話題になった映画である。英会話クラスの宿題で日記(英文)を書かなくてはいけないのだが、この映画を観たよっていうトピックスで"BAKAUKE" is a rice cracker, and “KAKI-NO-TANE”came out from a big “BAKAUKE”.って書きながら私はどこに向かっているのかと。あっ、巨大ばかうけから柿の種が…って思ったのは私だけじゃないはずだ。
さて、事前にどのくらい情報を仕入れて観るかが肝になってくるが、新鮮なインパクトとハッとするような気付きの瞬間を得たいなら、最小限にしておいたほうがいいだろう。でも、理解するには集中力が必要。例えば、既成概念にとらわれると、ものごとの本質や大切なことが見えなくなってしまう。時間の流れすら、概念にすぎない。そういったことを念頭に置いて観ると分かりやすいかもしれない。SFではあるけれども、これは壮大な愛の物語である。理屈ではなく、愛によって運命を受け入れること、そして私たちは未来を選ぶことができるということ。「彼ら」からのメッセージが、じわじわと胸に押し寄せてくる。もう一度観て、散りばめられた秘密をひとつずつ、紐解いていきたい。
 

【映画】ジェーン・ドウの解剖

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’17-27
ジェーン・ドウの解剖』(2016年 アメリカ)
 

うんちく

身元不明の女性の検死を行うことになった検死官の親子が、逃げ場のない空間で怪奇現象に襲われる様子を描いたホラー映画。松竹メディア事業部による企画“戦慄の<遺体安置所(モルグ)>ネクロテラー”第1弾として公開された。『トロール・ハンター』でカルト的な人気を博したアンドレ・ウーヴレダルが監督を務め、『28週後...』など数多くのホラーやスリラーを手掛けたセブ・バーカーが視覚効果を担当。出演は『X-MEN2』『ボーン・アイデンティティー』の名優ブライアン・コックスと『イントゥ・ザ・ワイルド』で一躍脚光を浴びたエミール・ハーシュ。全米最大のジェンル映画の祭典ファンタスティック・フェストでベスト・ホラー賞、シッチェス映画祭では審査員特別賞を受賞した。
 

あらすじ

バージニア州の田舎町。ある一家が惨殺された家の地下で、身元不明の女性の変死体が見つかる。“ジェーン・ドウ”と名付けられた彼女の検死を行うことになった検死官のトミーと息子オースティンだったが、メスを入れる度に、その遺体に隠された戦慄の事実が判明し、次々に不可解な現象が起こり始める。外では嵐が吹き荒れ、遺体安置所という閉ざされた空間で逃げ場のない恐怖が彼らに襲いかかろうとしていた…。
 

かんそう

実はホラー映画が大好きである。無類のオカルト好きである。目に見えない世界のことについて興味がある。それは子供の頃から不思議な体験をしてきたからであるが、それについてこれ以上言及するとイタい人間だと思われるので(イタい人間だけど)やめておこう。さて本作。題材はオーソドックスながら、切り口が斬新で非常に良い。ちなみにジェーン・ドウとは日本で言うところの「名無しの権兵衛」である。謎に包まれた身元不明の遺体を解剖しながら、紐解いていく過程がミステリーのような緊張感をもらたし、少しづつ積み上げられる違和感が言い様のない恐怖心を煽る。その構成は素晴らしいが、時折使い古されたチープなセリフまわしが残念。クライマックスに向かう展開でもたついた感もあり、少々詰めが甘い。もう少し、背筋が凍るようなオカルトの持つ不気味な「恐さ」を演出してくれたら最高だったのになぁ。とは言え、全体のクオリティは「良質なホラー」と呼ぶに値するものであった。
 

【映画】パーソナル・ショッパー

劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’17-26
パーソナル・ショッパー』(2016年 フランス)
 

うんちく

フランスの鬼才オリヴィエ・アサヤスが、『アクトレス~女たちの舞台~』に続きクリステン・スチュワートを起用し、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したミステリー。忙しいセレブに代わって買い物を代行するパーソナル・ショッパーが自らの欲望を膨らませていくうちに、不可解な出来事に巻き込まれていく様を描く。撮影は、『しあわせの雨傘」などフランソワ・オゾン監督作品で知られるヨリック・ル・ソー。アートとカルチャーの最先端ストリート・パリのカンボン通りを舞台に、シャネルやカルティエなどハイブランドの華やかなファッションが劇中を彩る。
 

あらすじ

忙しいセレブに代わり、服やアクセサリーを買い付ける“パーソナル・ショッパー”としてパリで働くモウリーン。ずば抜けたセンスで仕事をこなしていたが、数カ月前に最愛の双子の兄を亡くし、悲しみから立ち直れずにいた。そんな中、まるでモウリーンを監視しているかのような奇妙なメッセージが携帯電話に届き始める。謎の送り主によって、モウリーンの別人になりたいという秘めた欲望が暴かれるうちに、次々と不可解な出来事が起こるようになり...
 

かんそう

ホラー×サスペンス×ファッションって盛り過ぎちゃったから、演出構成を引き算した結果なんだろうなーと思うのだが、引き算し過ぎた感が拭えない。もう少し手の内をみせてくれたほうが、モウリーンの葛藤に寄り添えたんじゃないかと思うんだけど、どうだろう。モウリーンの雇用主であるキーラを演じている女優さんにそれほどセレブ感やカリスマ性が無いので、そりゃクリステン嬢が着たほうが圧倒的に美しいだろ、ってのはともかく、「今の自分よりも恵まれた別人になりたい願望」の実現が表層的で説得力がないことになってしまってる気がするんだけど、どうだろう。悪くなかったけど、全体的に物足りなさと消化不良。ホラー×サスペンス×ファッションのいずれか、一点集中で掘り下げて振り切っちゃったほうが良かったね、きっと。そして下世話な心配であるが、クリステン嬢の脱ぎ損感が半端ない・・・。
 

【映画】マンチェスター・バイ・ザ・シー

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劇場で観た映画を適当に紹介するシリーズ’17-25
 

うんちく

第89回アカデミー賞主演男優賞脚本賞の2冠に輝き、ゴールデン・グローブ賞ほか世界各国の映画賞を総なめにした人間ドラマ。『ギャング・オブ・ニューヨーク』でアカデミー賞脚本賞にノミネートされたケネス・ロナーガンが監督・脚本を手がけた。ハリウッドを代表する俳優マット・デイモンがプロデューサーを務め、彼の親友ベン・アフレック実弟ケイシー・アフレックが主演を演じ、高く評価された。『ブロークバック・マウンテン』『ブルーバレンタイン』などに続き本作で4度目のアカデミー賞ノミネートを果たしたミシェル・ウィリアムズ、『ギルバート・グレイプ』の原作・脚本を手がけた脚本家・監督のピーター・ヘッジズを父にもつルーカス・ヘッジズらが共演。
 

あらすじ

アメリカ、ボストン郊外。アパートの便利屋として働くリー・チャンドラーのもとに、兄のジョーが倒れたという知らせが入る。車を飛ばして故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに向かうが、ジョーはすでに息を引き取っていた。その後リーは、弁護士に兄の遺言を聞かされ、16歳になる兄の息子パトリックの後見人に指名されていることを知る。甥の面倒を見るため故郷の町に留まったリーは、誰にも心を開かず孤独に生きるきっかけとなった過去の悲劇と向き合わざるを得なくなるが…。
 

かんそう

当初、マット・デイモンが主演を務める予定だったらしい。マット・デイモンのことは大好きだが、本作の主演に限ってはケイシー・アフレックで本当に良かったと思っている。屈託無く笑いあう無邪気な日々を失い、十字架を背負って孤独に生きていく男の業(ごう)を体現するには、マットでは優等生過ぎるのだ。これは、生ぬるい「再生」の物語ではないし、陳腐な「贖罪」の物語でもない。どこか大人になりきれない雰囲気を持ち合わせているケイシーが、絶望とともに生きる「リー」という男の姿を全身全霊で演じきることで、人生には、どんなに時間をかけても乗り越えられないことや、折り合いをつけられない痛みや苦しみがあるのだと、我々に知らしめるのだ。ルーカス・ヘッジズ、ミシェル・ウィリアムズら、脇を固める俳優も素晴らしく、一切の無駄を廃したような脚本と演出、美しい音楽に彩られた端正な映像から、リーの心の痛みがヒリヒリと伝わってくる。それは静かに、心の奥深い場所で波紋のように拡がって、忘れがたい余韻を残す。今年を代表する傑作となるだろう。