銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】小さき麦の花

映画日誌’23-10:小さき麦の花
 

introduction:

中国西北地方の農村を舞台に、互いに家族の厄介者だった男女が夫婦となり、社会の変革などに翻弄されながらも絆を深めていくさまを描いた人間ドラマ。監督は『僕たちの家に帰ろう』などのリー・ルイジュン。主演は『白鶴に乗って』でもルイジュン監督と組んでいるウー・レンリン、『オペレーション:レッド・シー』などの国民的女優ハイ・チン。第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品。本国では公開から2ヶ月後にTikTokが火付け役となり、若い世代を中心に大ヒットを記録した。(2022年 中国)
 

story:

2011年、中国西北地方の農村。貧しい農家の四男ヨウティエは両親とふたりの兄を既に亡くし、三男ヨウトンの家で厄介者扱いをされながら暮らしている。あるとき、同じく家族に厄介者とされていた体に障がいがあるクイインと見合いをさせられ、夫婦となる。最初はぎこちない二人だったが、互いを思いやりながら慎ましく日々を重ねていくうちに、心を通わせるように。農村改革によって住んでいた空き家を追い出されるも、力を合わせて懸命に働き、ついに自分たちの家を持つが...
 

review:

中国西北地方の農村を舞台に、厄介払いのため家族に見合いさせられ一緒になった貧しい農民の夫婦が、不器用に互いを慈しみ合いながら慎ましく日々を生きていくさまが描かれる。華やかさとは対極の、人間臭いドラマだ。これが中国の若い世代の心に響いてヒットしたというので、どういうことかと劇場に足を運んだ。
 
監督のリー・ルイジュンは、急速に変化する中国の田舎の“家族”や“生死”に焦点を当て、これまでに5本の長編映画を監督している。本作の撮影は主に親しい友人や親戚と共に、監督自身の故郷でおこなったそうだ。ヨウティエを演じたウー・レンリンは本作の舞台となった甘粛省の村で実際に耕作を営む農民であり、監督の叔父というから驚きだ。
 
障がいを持つ妻のクイインを演じるのは、大ヒットしたドラマ『彼と私と両家の事情』で「国民の嫁」と呼ばれ、『オペレーション:レッド・シー』などで知られる国民的女優ハイ・チン。役作りのためヨウティエ役のウー・レンリンの家に10ヶ月滞在して実際に生活し、土地に溶け込んだ見事な演技を見せている。
 
大地に寄り添い、ロバと共に生きる夫婦の、実に人間らしい暮らしが淡々と描かれる。貧困であっても、自分たちの力で何とかして暮らしている彼らの表情に悲壮感はない。そんな二人の生き様を見ていると、いきすぎた資本主義にスポイルされてしまった我々の無力さを痛感する。原題を直訳すると「ほこりの中へ」、あるいは土に還るという意味だろう。
 
土は人を嫌わない / 人も土を嫌わなくていい / 土は清らかだ / 金持ちにも / 貧乏人にも 平等だ / 1袋の麦を植えれば / 10倍や20倍にして / 返してくれる
 
四季折々の美しい農村の風景に心洗われる。次第に仲睦まじくなっていく夫婦の愛のしるしがそこかしこに散りばめられ、夫婦喧嘩すら微笑ましい。愛という言葉は一度も出てこないが、確かにそこには永遠の愛があった。しかし格差社会は持たざる者である彼らから搾取し、変わりゆく時代の波は彼らを飲み込んでいく。思いがけない展開に苦く切ない気持ちを抱きつつ、胸に広がるのは温かく静かな感動。心に残る良作であった。
 

trailer: