銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-

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映画日誌’20-45:ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-
 

introduction:

ビューティフル・マインド』などの名匠ロン・ハワードが手掛けたNetflixオリジナル映画。タイムズ紙ベストセラー第1位のJ・D・ヴァンスによる回顧録ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』を原作に、3世代にわたる家族の愛と再生の物語を描く。『アメリカン・ハッスル』などのエイミー・アダムス、『天才作家の妻 -40年目の真実-』などのグレン・クローズをはじめ、『SUPER 8 スーパーエイト』などのガブリエル・バッソ、『マグニフィセント・セブン』のヘイリー・ベネット、『スラムドッグ$ミリオネア』のフリーダ・ピントらが共演する。(2020年 アメリカ)
 

story:

名門イェール大学のロースクールに通い、希望している法律事務所に採用されるための重要な面接を控えているJ・D・ヴァンス。その矢先、いつも問題を抱えてきた母ベヴがヘロインの過剰摂取で病院に搬送されたとの連絡が入り、苦い思い出しかない故郷に戻らざるを得なくなってしまう。ヴァンスは変わらず身勝手な振る舞いをする母親と向かい合ううち、小さかった自分を育ててくれた明朗で聡明だった祖母マモーウの思い出を胸に、自分のルーツを受け入れようとしていた。
 

review:

トランプ大統領の出現で、一口にアメリカの白人と言っても階層や格差、差別があることを知った人もいるだろう。アメリカにおいて、白人の優位性を享受してきたのは北東部のWASPだけである。WASPとはWhite,Angro-Saxon,Protestant の頭文字をとった略称で、白人でアングロ=サクソン系でプロテスタント信者。つまり最初の入植者であるイギリス系移民の子孫であり、アメリカ支配層・中上流階級を形成している人々のことだ。後から来たカトリックアイルランド系やイタリア系、ポーランド系、東欧・ロシア系などは白人であっても差別の対象であったし、歴史的に貧困の中に生きてきた労働者階級である。

 

アイルランドからきたスコットランド系白人の多くが住み着いた中西部は、かつては誰もが豊かな暮らしができた一大工業地帯であったが、急速にIT化していく世界に置き去りにされ「ラストベルト(錆び付いた工業地帯)」と呼ばれるようになった。あっという間に貧困化していった彼らはヒルビリー(田舎者)やレッド・ネック、もしくはホワイト・トラッシュ(白いゴミ)などと呼ばれ、アメリカの繁栄から取り残されて忘れ去られた。アルコールや麻薬、暴力の問題が蔓延する場所で喘ぐように生きていた彼らに、声をプライドを取り戻させたのがトランプだったのだ。

 

まさに”ヒルビリー”である白人労働者階級出身でありながら、名門イエール大学ロースクールを卒業して弁護士となり、ベンチャーキャピタリストとして成功したJ・D・ヴァンスによる自伝「ヒルビリー・エレジー」は、北東部のWASPが構成するエリート白人の”アメリカ”と、その繁栄から取り残された”アメリカ”を描き、ベストセラーとなった。それを原作にして、Netflixが映画化したのが本作だ。ロン・ハワードがメガホンを取り、グレン・クローズエイミー・アダムスら実力派のベテラン俳優が熱演している。麻薬中毒の母に翻弄されるヴァンスの壮絶な生い立ちをドラマチックに描きつつ、エリート白人社会のマナーや社交に戸惑う姿を交錯させ、白人貧困層のメンタリティやマインドセットを映し出している。

 

名匠ロン・ハワードのドラマは、さすがに引き込まれた。グレン・クローズの気迫に圧倒されるし、エイミー・アダムスステレオタイプ感すごい。でもこの作品が、悲痛な怒りを内在させた原作のエネルギーを削ぎ落とし「金持ちの白人が考えるプア・ホワイト」の物語を描いていると酷評されているのも何となく分かる気がする。プア・ホワイトを題材にした作品は近年いくつも公開されており、確かにクリント・イーストウッド監督の作品などはアメリカの光と影を克明に映し出し、そのいびつな構造を目の当たりにさせるものだ。我々は鈍い衝撃と苦々しい感情を噛み締めながら、アメリカ社会が孕む問題を考え続けたりする。原作に比べ、そうした奥行きが乏しくなってしまったことは少々残念ではあるが、アメリカの今を生きる「ある家族」の物語として受け止めると、きちんと心に響くものがあった。Netflixに加入してる人は観てみたらよろし。

 

trailer: