銀幕の愉楽

劇場で観た映画のことを中心に、適当に無責任に書いています。

【映画】スティルウォーター

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映画日誌’22-03:スティルウォーター
 

introduction:

アカデミー賞受賞作『スポットライト 世紀のスクープ』のトム・マッカーシーが監督と脚本を務めたサスペンス・スリラー。仏マルセイユを舞台に、殺人罪でつかまった娘の無実を証明するため、真犯人を探し出す父親の姿を描く。『オデッセイ』『ボーン』シリーズのマット・デイモンが主演し、『リトル・ミス・サンシャイン』などのアビゲイル・ブレスリンが共演する。『幸せの行方...』などのマーカス・ヒンチー、『ディーパンの闘い』のノエ・ドゥブレや『預言者』のトーマス・ビデガンらが共同で脚本を手掛けた。(2021年 アメリカ)
 

story:

アメリカ・オクラホマ州スティルウォーターに暮らすビルは、殺人罪で服役している娘アリソンに面会するため、単身フランス・マルセイユを訪れる。無実を訴え続けるアリソンから真犯人に関する情報を得るが、法的手段を使い果たし打つ手がないことを知ったビルは、フランスに移住し自ら真犯人探しに乗り出す。偶然知り合ったフランス人女性のヴィルジニー、マヤの親子に助けられ、言語の壁、文化の違いに打ちのめされながらも、娘の潔白を証明すべく奮闘するが...
 

review:

マット・デイモン出演作にハズレ無し。異国の刑務所にいる娘を救出すべく奮闘するアメリカ人の父親ビルを演じているのだが、ジェイソン・ボーン『96時間』リーアム・ニーソンを期待してはいけない。愛する家族を命がけで捜索する元CIAのタフガイではなく、地味で世間知らずで保守的な田舎のアメリカ白人男性を泥臭く体現している。大きくて強い事が良いという文化で育った男、典型的なアメリカの「プア・ホワイト」になりきっており、その演技は確かに素晴らしい。
 
が、マットの場合、どうしても知性が滲み出ているよね...。娘に「とーちゃんはアレだから全く頼りにならない」と陰口叩かれても、あんまり説得力がない。しかし信用できない父親を頼りにするしかない娘をエキセントリックに演じたアビゲイルちゃんも素晴らしく、『リトル・ミス・サンシャイン』のあの子がいろんな意味で期待通りに成長していてうれしい。なお、マット演じるビルと心通わせるヴィルジニーさん、どこかで見たと思ったら『ハウス・オブ・グッチ』の愛人さんじゃないか。
 
さて、マルセイユを舞台にしたドラマなのに何故「スティルウォーター」なのかは最後にわかるのだが、ひたすらスリラー的展開があるのかと思いきや、ホテルで知り合った少女マヤと母親ヴィルジニーと心を通わせていく様子が微笑ましく描かれたりする。文化系男子と演劇論を交わしていた舞台女優が、その対極にいるマッチョなビルとどうしてそうなるのという非現実的展開に片目をつぶりながら眺めていると、ふと緊張が走りスリリングに展開していく。139分の長尺であるが、中弛みすることなく濃密な人間ドラマが紡がれる。
 
かつてアルコールとドラッグで荒んだ生活を送り、妻を自殺に追い込んだ男が悔い改め、娘を救出することで自分を立て直し、娘との関係を修復していく・・・んだけど、一筋縄ではいかない。トム・マッカーシーが描こうとした本当のテーマはもっと奥深いところにあるようだ。実は、序盤に登場するバーの元オーナーが重要な鍵を握っている。彼の差別主義的な発言がもとでビルとヴィルジニーは口論となり、「娘が最優先だ」というビルに対してヴィルジニーは「このアメリカ人め(とは言ってないけど)」とキレてしまう。ここが肝なのだ。
 
つまり、ビルは娘を救出することが正義で、そのためなら何でもやる。娘の無実を盲信して独りよがりな正義を貫く、実にアメリカ的な “ミー・ファースト(自己優先的)”が描かれているのだ。それは他国で自国の正義を振りかざすアメリカのようでもあり、トランプの代弁者のようでもある。その先に辿り着いた真実の、何と皮肉なことか。人生は冷酷だ。スティルウォーターの景色を眺めながら、ビルがつぶやいた最後のセリフが、全てを物語っている。示唆に富み、深い余韻を残す、重厚なドラマだった。マット・デイモン出演作にハズレ無し。
 

trailer: